プロローグ③
子供のころに少し無茶をしたことがあった。また、たかしの話にはなるけど、近くの公園に高い木があった。私の背丈より何倍もあって、樹齢何十年もあり、幹は私の体よりも大きく、すごく立派な木だった。
たかしは頑張ってその木をよじ登った。そして、私にも登るようにいった。私は、無理だと思った。だってそんなもの登れるとは思えないし、なによりももし落ちたとき、大けがでは済まない。もしかすると死んでしまう。そういう恐怖があった。
しかし、あいつは、そんなことはお構いなく、登るように要求する。
泣きそうになって拒否していた。たかしは降りてきて、肩を貸すから登るように言った。
私は、あいつの肩に足をかけて一生懸命よじ登り、なんとか登りきることができた。
なんというか、足ががくがくしていた。心臓がバクバクして、恐怖が体と心を支配していた。でも、次第に、恐怖心が薄れていった。何故なら、登り切った後の、普段では見ることはできない高さからみた周りの景色がすごくきれいに見えたからだ。
達成感、非日常が私の恐怖心を徐々に薄めていき、次第にはなくしていく。
私はうれしく思った。
「いい景色だろ」とたかしは笑いながら言った。私は、たかしの頭をたたいた。
でも、実際よかった。
少し無茶しなければ見えない景色というものがある。味わえない達成感というものがある。そういうものをこいつが教えてくれる。
たかしによって泣いたこともあるけど、その分うれしいこともある。知らないことを教えてくれたりする。そして、なんだかんだいって、困っていたら助けてくれる。
だからきっと、今回も、私を助けてくれるだろう。そういう思いが片隅にある。
でも、あいつはいない。
でも、きっと……
「うっ……」
私はうねった。どうやら意識を失っていたようだった。地面に倒れていた。顔を上げると砂利がそこにへばりついていた。
あたりを見渡す。
真っ暗だった。いや、明かりは少し。夜なのだろうが、なんだろう。すごい違和感がある。あたりが赤いように感じる。
私はゆっくりと起き上がる。
どれくらい寝ていたのかわからないが、廃墟でしばらく倒れていたようだ。
私は外の様子を見に行く。
すると、驚いた。なぜなら、外が赤かったのだ。違和感の正体はこれか、と納得してしまった。
月が、赤かった。青白い光を空に輝かせておらず、血のように不穏をあおるような赤い怪しげな光を放っていた。
摩訶不思議。
混乱している。私は思わず振り返った。気が付けば、ここは私がいた廃墟ではない。
構造が違う。
冷汗が流れる。
混乱している頭を整理しようとする。
たしか、変な空間が見えて、それに触れた。そうしたら気が付いたら倒れていて、ここにいた。
私は急いで外へ出た。
ここはどこだ?
まるで戦後の街並みに近かった。
前の廃墟は、あたりが気に囲まれていて、雑草なんかも生え放題だったのだが、ここはどうだろうか。周りは更地である。ぺんぺん草一つも生えていない。空襲でもあったかのように、崩れ壊れ放題の屋根も壁も禿げている建物が点々としていた。
いったい、ここはどこなの?
へんな、所へまよいこんでしまった? タイムスリップした?
いったいどういうことか。私はさらに混乱した。
そういえば、呼吸もしづらい。息が苦しい。
胸を締め付けられるようだった。
急に一人ぼっちの世界に飛ばされ、不安で気持ちがおしつぶされそうだった。
「たかし!」
私は助けを呼ぶ。でも、助けなどくるはずもない。
人。そう。誰でもいいから、人が……人を探さなければ。
私は目的地もなく、ふらふらと歩いていく。
「誰か―! 誰かいませんか!?」
私の声は空虚に消える。風と共に去る。
どうしていけばいいのだろうか。私は途方に暮れていた。
その時だった。
「誰だ?」
人の声がした。
私は振り返った。
その声の先に、私が探していた、人の姿があった。
全く見知らぬ男性。年齢は30代くらいか。長身で、すらっとしていた。そしてこのわけのわからない廃れた世界にはにつかわないぴっしりとしたスーツを身に着けていた。
上下は暗めのワインレッドのスーツで、黒色のシャツを着ていた。ネクタイ、ベストはしていない。
私はようやく人に出会えたことに感謝した。
そして、かけよった。
「よ、よかった! あの、すみません。ここ、どこですか?」
「……はあ」
「あ、すみません。いきなり……」
しゅんとする。
「またか。最近多いな」
「なにがですか?」
「まあいい。興味はない。不運だったな」
「え、ど、どういう意味ですか?」
男はため息を一つついて、踵を返し、どこかへ行こうとする。
「す、すみません。わけがわからないんです。なんかへんな亀裂を見て、触ったら、こんなところに飛ばされて……」
起こったことを短く伝えようとする。
「なに?」
すると、男は足を止める。私のことを怪訝な面持ちで見た。
「もう一度言ってみろ。いや、詳しく説明してみろ」
「え、えっと、廃墟にいまして。そうしたら、空間が歪んでいたんです。空間に亀裂がはいっているようで、そこに触れたんです。そうしたら、どこかからカギが開くような音がして、気が付いたら、こんなところにいたんです」」
「……」
男の顔はさらに険しくなった。
「そうか。もしかすると、お前が『鍵』か」
「え? なにがですか?」
「この空間は、お前がいた世界とはまた違う世界だ。だから、48時間もいれば元の形を保っていられず、崩れ去る。だが、お前は違うかもな。だから……」
ガッと男の手が伸びる。
私の首を片手で締め上げる。
私の体は宙に浮く。声も出せない。苦しい。
なぜだろう。私が何をしたのだろうか。
ようやく人に会えたと思ったら、目の前の人に殺される。
嫌だ。助けてほしい。死にたくない。
……たかし
うすれいく意識の中、あいつの名を心の中で呼ぶ。
「やめろ!」
走馬灯かなにかか、私の希望か。どこからかあいつの声が聞こえた。
ドン! と音がして私は宙を舞った。そして地面に落とされる。
「げほ……がはっ……」
むせる。かすんだおぼろげな視界で、あいつを捉えた。
「たかし……?」
「玲奈になにしてんだ!」
「殺そうとしたに決まっているだろう」
「な、なんでそんなことを!」たかしは一歩下がり、私の盾になろうとする。「玲奈に指一本触れてみろ、お、俺がお前を、こ、殺してやる」
「お前にはむりだ」
腹を殴った。体が九の字にまがり、そのまま意識を失った。
「たかし! いやだ! なんで?」
「不運だったな。どうせこいつももうすぐ人の形を保てなくなるだろう」
わたしは男をにらみつける。戦う姿勢をしめす。
体が震える。血の気が引いていく。だが、心臓はバクバクといっている。きゅっと締め付けられるような感じがする。奥歯がガタガタいう。これから死ぬのではないかという恐怖、逃れられないかもしれないという恐怖、それらに支配されつつも、それを必死に抵抗し、男に立ち向かおうとする。
男は不思議な力を使った。
無から、鉄の棒を生み出した。手から、鉄の棒が生えてきた。そして、100センチくらいの長さになったら、それを抜き出した。
「えっ?」
考える間もなく、男はそれを振り下ろした。
死んだ――。
そう直観した。目をつむり、手で無駄なガードを行う。
だが、カキン! と金属同士がぶつかる音がした。
まだ、死んでいない。恐る恐る。閉じていた目を開ける。
すると、見知らぬ少年が刀で鍔迫り合いをしていた。
さらに混乱する。人生で経験する中でここまでわけのわからないことがおこるものか。一生分の混乱をしている。
「大丈夫ですか?」」
少年は私に問う。こくりとうなづく。声が出せない。
力負けしているようで、押されだした。
だが、さらなる第三者が介入する。
謎の男をよこから蹴り飛ばしたやつがいた。
男は吹き飛んだ。
「くっ……」
「間一髪ってところかな」
「そうですね。ありがとうございます」
少年と蹴りを入れた新しく乱入してきた男がそう会話をする。
「ふーん。まあ、見ていたが、殺すのはよくないと思うぞ」
「どうしようが俺の勝手だろうが」
謎の男はゆっくりと立ち上がった。
「よくはない。お前は危険だから、こいつらは俺たちが預からせてもらうとするよ。じゃあな」手を振った。「おい、ロイ」
「わかりました」
そうして、ロイと呼ばれた少年は返事をし、そして、どういう原理かわからないが、私たちはどこかへ飛ばされた。
ワープ? した。一瞬で景色が変わった。
今まで、世紀末のようなところにいたが、瞬きをした一瞬で、どこかの屋敷に移動していた。
「ど、どどういう……?」
状況の整理が追い付かない。
この短時間でなにが起きたのか。変な空間にいたり、殺されかけたり、男が手から鉄の棒を出すし、よくわからない人たちに助け? られて、気が付いたらどこかの屋敷にいる。
もうわけがわからない。
「まあ、落ち着け。紅茶でもどうだ? 苦手か? なら緑茶でもどうだ? じゃあ、美和子さん、よろしく」
「かしこまりました」
メイド姿の女性は頭を下げるとどこかへ行った。
「まあ、座れ。そこの少年は、ソファーにでも寝かせようかな。じゃあ、ロイ、よろしく」
「わかりました」
ロイと呼ばれた少年は、たかしにふれると、瞬間移動した。一瞬にして目の前から消えていった。
「た、たかしをどうしたの!?」
「安心しろ。俺たちはどうもしないさ。混乱するのもわかる。だが、これだけは信じてほしい。味方だ」
ここはどこかいいお屋敷なのか今いる部屋だけでも、私の部屋の倍以上の広さがあった。
そこに何十人も会食できるような長―い机があり、そこの一つの椅子に男は座る。そして私にも座るように要求する。
「み、味方とかそういうの、もうわけがわからないわよ」
「まあ、そうだろうな。だが、混乱や今抱いている恐怖は未知、無知からだ。お前には知る権利がある。一つでもその恐怖をつぶしていこうじゃないか。だから、まずは座りな」
私は恐る恐る座った。
「まあ、お前の名前は?」
「……」
「おっと。悪いなこっちから名乗るのが筋だな。俺は、ソール・トゥーレ・ヴェイトネン。まあ、ソーとでも呼んでくれ」
「そ、ソーさん?」
外国人なのか。ちょっと、鼻も高くて顔も整っている。体格もがっしりしている。たしかに、日本人のような顔たちではない。短髪で、そこまで身だしなみに気を使っていないのか、寝癖がたっていた。
「わ、私は……玲奈です。山高玲奈」
「わかった。玲奈な」
ソーという男は背もたれによりかかった。
コンコンとノックの音がする。
「お茶をお持ちいたしました」
たしか、美和子さんといわれていたような。彼女がお茶をソーさんと私の前に出した。そして、部屋を出ていった。
ソーさんは、お茶を一啜りし、ふうと一息つく。
「さて、どこから話していこうかな」
ソーさんは腕を組んで、左上を眺めた。
「まあ、あの世界はなんなのか、そして、なぜ君が殺されそうになったか。そして、俺たちは何なのか。大まかに分けると、そんな感じか。ちょっと長くなるが大丈夫か?」
私はこくりとうなづいた。
「まずは、そうだな。インパクトだけ先に残しておこう。お前は、人間じゃない。そして、俺たちもだ」
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