第20話 勉強会①

 ひとしきり寝て、目が覚めた。今の時間は……十二時過ぎか。疲れているのか、かなり寝てしまったな。今からご飯を作るのも面倒くさいし、久しぶりに外食にしようかな。


 適当な服に着替えて外に出る。起きたばかりだからか、日差しが眩しい。どこに食べに行こうかな。なるべく安上がりで済ませたいんだけど。


「ここでいいか」


 少しの時間ぶらついて、結局近場のファミレスに決めた。安いし割と何でもあるから、学生の味方だ。


「いらっしゃいませ〜」


「一人です」


「申し訳ございません。ただいま当店満席となっておりますのでこちらにお名前をお願いします」


 珍しく満席だったみたいだ。今までも何度か利用しているけど、ここにこんなに人がいるのは初めてだ。何かあるのだろうか。


「わかりました。えっと……」


 仕方がないから表に名前を書き込む。誰かが出るまで座って待っとこう。


「蒼? 来てくれたんだ!」


 入り口近くの椅子に座り、店員に呼ばれるのを待っていたところ、最近僕を悩ませる原因になっている人の声がした。


 よし。面倒事には巻き込まれたくないからスルーしよう。それに、昨日のことでちょっと顔を合わせづらいからね。適当に首を振って周りを見た後、再度持ってきた本に目を落とす。


「ちょっと! 無視しないでよ!」


 近くまで寄ってきている気がするけど、無視を続ける。諦めて席に戻ってくれると嬉しいんだけど。


 多分、黒井さんと二人で勉強会をしてるんだと思う。僕はただご飯を食べに来ただけなんだ。巻き込まれてたまるか。


「店員さーん! あそこの人私達と相席で大丈夫でーす!」


「かしこまりました」


 おい。強引に来たな。店員さんに迷惑をかけるんじゃないよ。店員も、勝手に了承しないでよ。確認ぐらいとってくれ。


「勝手に決めないでくれる?」


「やっぱり気付いてたんじゃん! ほら、行くよ!」


 そう言って白石さんは僕を引っ張っていく。あぁ……僕の1人の時間が……



「星華、遅かったですね。……どうして蒼君が?」


「朝誘ったから来てくれたの!」


「ご飯食べに来たら白石さんに連れ去られたんだよ」


「どっちですか……どうせ蒼君の方が正しいんでしょうけど」


「ちょっと〜、酷くない? 少しは私のことを信用してくれてもいいと思うんだけど」


「信用はしてますよ。どうせ貴女がなにかやったんだろうなぁ、という信用を」


 こういうやりとりも、二人の信頼関係があってこそなんだろうな。そこまでになるぐらい誰かと関われるのは、素直に凄いと思う。


 人と関わるのはかなり疲れる。だから、そうやって自分に負荷をかけるくらいなら、誰とも関わらないようにしたい。そう思うのは僕の悪い癖だろうか。


 まぁ、そんなことを考えてても仕方がないか。ひとまず何か頼もう。目の前に勉強してる人がいるし、あまり匂わないものがいいかな。


「適当にお昼頼むけど、2人はもう食べたの? 何かいるなら一緒に頼むけど」


「私達はもう食べたので大丈夫です。後はこのお馬鹿さんに勉強を叩き込む時間なので、何か食べてる暇なんかありません」


「え!? デザート頼もうと思ってたんだけど……」


「駄目ですよ。あなたは勉強です」


「はーい」


 明らかに凹んだ顔をする白石さん。仕方ないな。


「すいません! これください」


「かしこまりました」


 適当にパスタを頼んで、飲み物を取りに行く。ドリンクバーにすれば良かったかな?いや、食べて帰るだけだし、別に大丈夫か。水を注いで席に戻る。


「あ、おかえり〜。ドリンクバー頼まなかったの?」


「ご飯を食べたら帰るつもりだからね。別に水でいいかなって」


「え!? 駄目だよ。来たからには一緒に勉強するよ!」


「なんでさ。勉強道具も何も持ってきてないし、そもそも僕はご飯を食べに来ただけなんだけど」


 今日は勉強する気にならない。やるとしても今は集中できなさそうだ。目の前に当人がいるせいで、どうしても昨日のことを意識してしまうから。


「蒼君はテストは大丈夫なんですか?」


「多分大丈夫、勉強はするしね。わからないところも空に聞けばなんとかなるし」


「別に今聞けばいいじゃないですか。自慢じゃないですけど、私も頭は良い方だと自負しています。星華に教える時の息抜きにもなりそうなので、聞かれたら答えますよ」


 実際それはかなりありがたい。早めにわかるようになるに越したことはない。タイミングが今じゃなかったら絶対にお願いしていた。


 勉強道具が無くて、目の前に悩みの種がある状況でお願いしたい事かと言われるとかなり悩みどころだ。どうしようか。


「とりあえず食べながら考えるよ」


 ひとまず先延ばしにしよう。ご飯も届いたし、食べながら二人の会話でも聞いて過ごそうかな。主に白石さんが叱られるだけになる気もするけどね。


「星華、ここの式が違います。さっきも教えたところですよ」


「あれ? こうじゃなかったっけ」


「違います。何度言ったらわかるんですかあなたは」


 ……大変そうだなぁ。いつもこんな感じで勉強してるのかな?あ、あそこも間違えてる。


「あ、そこも間違えてない?」


「どこ!?」


「ほら、そこだよ。そこの途中式の展開のところ」


「ここ? ほんとに間違えてる?」


「いえ、合ってますよ」


「え? ほんと?」


 間違えてると思ったんだけど、僕のミスだったみたいだ。テストが急に不安になってきたな。白石さんでも間違えない問題を間違えるなんて……


 この一ヶ月で白石さんの学力はある程度把握している。だからこそ、危機感を感じた。今日から勉強を始めようかな……


「本当に大丈夫ですか? 星華程度でも間違えないような問題を間違えてるようでは、大丈夫とは言えないと思うんですが」


「あれ? ナチュラルに貶された?」


「そうだね。やっぱり今日参加しようかな。食べたら道具持って戻ってくるよ」


「蒼? 肯定しないでよ。ねぇ」


 このままではまずい。そう思った僕は、黒井さんに教えてもらうことにした。まぁでも、そんなに急ぐ必要は無いし、ゆっくりご飯を食べてから取りに帰ろう。


 そうだ。食べ終わったらデザートを頼もうと思ってたんだった。何にするか決めておこう。


「2人って前の学校だとどれぐらいの順位だったの?白石さんは低そうで、黒井さんは高そうってイメージなんだけど」


「私は大体は1桁をキープしてました。たまに下がることもありましたけどね」


「私は……どれぐらいなのかな?」


「下位30パーセントの辺りです。もっとちゃんと授業を聞いていればそんなことにはならないと思うんですけどね。最近は無いみたいですが、寝ているのを見かけることがよくあったので」


 うん。耳が痛い話だ。僕も最近授業をちゃんと聞けていないから、成績は下がることだろう。


 元凶は目の前にいるんだけどね。まぁ、無視できない僕も悪いか。去年までの僕ならスルーできてたと思うし、僕も初めての友達ができて浮かれてるのかもね。


「想像通りというか想像以上というか……授業はちゃんと聞かないと駄目だよ」


「それ蒼が言う?最近私とずっと話してるし、蒼もちゃんと聞けてないんじゃない?」


 それここで言っちゃう?黒井さんの前で言うのはまずかったんじゃ……


「星華? 最近は真面目に聞いてると思ってたんですが……寝てないだけで聞いてはなかったんですね」


「あ、やば。蒼助けて!」


「食べ終わったから色々取りに帰るね! じゃあまた後で!」


 伝票差しに刺さっているものを適当に取り、会計に向かう。デザートを頼みたかったけど仕方がない。追及から逃げる方が優先だ。


「――円です」


 あれ?なんか高くないか?もしかして混ざってる?


 まぁいいか。世話になっているお礼として払っとこう。ただ節約してるだけで、別にそこまでお金に困ってるわけではないし。


 お金を払ってから家に向かって歩く。時間はまだまだあるし、ゆっくりいこう。


「あれ、親無し君じゃ〜ん。何してんだよ」


「どうせあれだろ? バイトだろ? 家族がいない人は大変だねぇ」


 まさかこんな所で出会うとは思ってもみなかった。こいつらの名前は……なんだっけ。覚えてないや。中学の時に無駄にちょっかいをかけてきた同級生ってことだけは覚えてる。


 中三の時に、僕に親がいないことをネタにして色々言ってきた。まさか今でもそんなことを言ってくるなんてね。精神的には成長してないみたいだ。


「勉強道具を取りに帰ってるだけだよ。待たせてる人がいるからもう行くね」


「待たせてる? 強がらなくてもいいって〜。どうせ図書館だろ?」


「信じなくて結構。僕に構ってないでどっか行けば?」


「言われなくてもな」


 そうして2人は去っていった。取りに帰るだけのはずだったのに、最悪な気分になったな。

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