第18話 彼女の気持ち

 学校を出て、帰路につく。2人で並んで歩く帰り道は、いつもより明るい気がした。


「明日怒られないといいね」


「ほんとだよ。白石さんだけでも残って掃除してくれたらよかったのに」


「嫌だよ! 私だって掃除なんてやりたくないよ!」


「なら最初から僕を引き止めずに帰ろうとしたら良かったじゃん。なんで止めてきたのさ」


 てっきり、ちゃんと掃除して帰ろうとする真面目な人だから引き止めたんだと思ってたんだけど、そうじゃないならどうして引き止める必要があったんだろう。一緒に帰るのも抵抗が無さそうだし、同じタイミングで帰ればよかったのに。


「少しでも長い時間一緒にいたかったから。なんてね」


「適当なこと言って誤魔化してるでしょ」


「そんなことないよ〜。ほんとの事だよ?」


 もう騙されないぞ。どうせ僕のことをからかってるだけなんだろ。絶対他に何かあるはずだ。


「何回それに騙されたと思ってるの?流石にもう騙されないよ」


 白石さんは家に来たとき、大体似たようなことを言って僕をからかってくる。だから耐性がついてきたのか、軽くあしらうことができるようになっていた。


「あはは……信じてくれないか。今回は嘘じゃなかったんだけど……」


「はいはい。そんなこと言ってないで早く帰るよ。急がないと置いていくよ?」


「あ! 待ってよ!」


 僕的には置いていっても良かったんだけど、白石さんは走って追いついてきた。楽しそうに隣を歩く彼女の笑顔を見て、『やっぱり綺麗だなぁ……』なんて思ったのは、白石さんには内緒だ。


「そういえばさっき聞きそびれたんだけどさ」


「何を? 大体のことは正直に答えるよ。私のこと色々知ってほしいし、蒼に嘘はつきたくないから」


「ありがとう。で、質問なんだけど、どうして告白を全部断ったの? お試しで付き合ってみてから考える、とか言いそうだなって思ってたんだけど」


「あはは、それを聞くのか〜。結構グイグイ来るね」


 白石さんはちょっと困ったような表情をして笑っている。やっぱりちょっと答えづらい事だったかな?


「答えづらかったら答えなくても大丈夫だよ」


「ううん、大丈夫。ちょっと恥ずかしいだけだから」


 少し顔を赤くして、僕の方をチラチラ見ながら答えてくる。


「私、好きな人がいるんだ。だから断ってるの。それだけだよ」


「なんだ、それだけか。そっか……え!?」


 好きな人がいる!? 白石さんに!? そんな素振りは無かったけどなぁ。


 というか、好きな人がいるのに僕とこうやって一緒にいていいんだろうか? その人と一緒にいる方がいいんじゃないのか?


「誰? 同じクラスの人?」


「蒼ってこういう話題に興味あるんだ。ちょっと意外」


「話す仲の人のなら少しは興味あるよ。で、誰なの? 教えてよ」


「うーーん、どうしよっかな」


 やっぱり簡単には教えてくれないか。同じクラスの人なら、白石さんと話すのを控えようかと思ってたんだけどな。


「ヒントだけでもいいから! 駄目?」


「ヒントは今までにも何回か出してたと思うんだけどなぁ……わかった。じゃあ1個だけね」


「私がよく話す人、かな」


 ヒントのようなヒントじゃないような……白石さんがよく話す人はかなりの数いるし、僕が知らない人もいるはずだ。流石に絞れない。


「難しいな……僕が知ってる人?」


「教えませーん。ヒントは1個だけでーす」


「そっかぁ……じゃあわかんないや。でも大丈夫なの? 好きな人がいるのに僕と帰ったりしてて」


 そう言うと白石さんはため息をついた。え? 僕何か変なこと言った? 変な噂も流れてるみたいだし、その人にも勘違いされたらまずいんじゃないか?


「大丈夫だよ! 友達と帰ることの何がいけないことなの?」


「いや、そういうことじゃなくて……」


「大丈夫だって! 蒼は気にしなくていいの!」


「そう? まぁ、頑張ってね」


 友達の恋路なんだ。応援してあげなきゃね。


「……気付かないんだ」


「え?何?」


 いつの間に歩くのを辞めていたのか、白石さんとの距離が開いていてよく聞こえなかった。なんて言ったんだろう。


「なんでもないよ」


「ほんとに?」


「ほんと! そんな疑わなくてもいいじゃん」


「ごめんごめん」


 少し踏み込みすぎたな、反省反省。誰にだって踏み込んでほしくないラインはあるから、気をつけなきゃいけないね。


 そうだ、他にも聞きたいことがあるんだった。昼休みの最後のあの2人についても聞いてみようと思ってたんだ。


「後、黒井さんと空の距離が近くなってた気がするんだけど、なんでか知ってる?」


「距離が近かった? そんな時あった?」


「ほら、昼休みの終わり際に2人が急いで走っていったじゃん。あの時に2人とも口調が変わってたからさ、何かあったのかな〜って」


「バレてるじゃん……2人とも隠すの下手すぎない?」


 ほんとに何かあったのか……反応からして白石さんも知ってたみたいだし、僕だけに教えてないなんて酷いなぁ。


「ほんとにあったんだね。何があったの?」


「驚かせたいから蒼には内緒にするって言ってたのに……自分達でバラしてるじゃん。私もあんまり詳しくは聞いてないんだけど、幼馴染らしいよ。あの2人」


「隠すほどのことだった? それ。驚きはしたけど、色々納得がいったよ」


 空が転校生のことを知ってたのはそこの繋がりがあったからってことか。初日がやけに静かだったのも、それをバラさないようにするためだったのかな?


 でも、やっぱり隠していた理由がわからない。別に公表したところで何かあるわけでもないだろうし。あるとしたら噂になるくらいだけど、2人はあんまり気にしなさそうだし隠さなくても良かったんじゃないかなぁ。


「知らないのは僕だけだったのかぁ……白石さんはいつ知ったの?」


「栞に幼馴染がいるって聞いたのは中学の時だったかな? それが空だってわかったのは出会ってすぐだったよ。蒼の家から帰る途中に知ったんだったかな」


「そんなに前から知ってたのか。2人が隠してたことなのに勝手に言ってよかったの?」


「大丈夫でしょ〜。言ったのが蒼なら多分許してくれるよ……っと」


 白石さんが僕の前に来て、こっちを見ながら歩き出す。危ないことするなぁ。


「後ろ向きで歩くのは危ないよ?」


「へーきへーき! 蒼の顔を見ながら話したいからこのままがいい!」


「コケたりしないようにね?」


「わかってるって〜。言われなくても大丈夫!ってうわっ!」


 言ったそばから躓いて転けそうになっている本当に大丈夫かな……。


「ほんとに気をつけてよ?」


「危なかった〜。気をつけなきゃね」


 家までは後少しだけど、すぐそこには交差点がある。車に気を付けて欲しいけど、そんなこと気にしてなさそうだなぁ。


「そろそろ交差点だよ? 車に気を付けてね?」


「大丈夫だって! 私のことを何だと思ってるの?そこまで不注意じゃないよ」


「ほんとかなぁ……不安だよ」


 かなり楽観的な白石さんに不安を感じるけど、僕が気にすることでもないかな。いや、気にしておかないと駄目かもしれない。なんだか嫌な予感がする。


「あ、それでさ〜栞が……」


「危ない!」


「きゃ!」


 歩行者信号は青だったのだが、信号無視して車が突っ込んできた。流石に予想外だったけど、気を付けておいてよかった。飛び出しそうだった白石さんを抱き寄せて、歩道に避難させる。


「だから気を付けてって言ったでしょ!」


「あ……」


「危ないって言ったよね!」


 周りの人がこっちを見ている。でも、しっかり言わないと気が済まない。僕の周りから誰かがいなくなるのは、もう見たくないから。


「ごめん……」


「人の注意を聞かずに車に轢かれかけて、僕が助けられなかったらどうなってたと思うの!」


「うん」


「もう、僕の周りの人がいなくなるのは嫌なんだよ……」


「ごめんね……もうしないから。助けてくれてありがとう……」


 そこからは終始無言だった。それも当然だろう。僕も少し気まずいから。でも、怒ったことに後悔はしていない。あそこでしっかり言えるのは僕だけだったから。


「ねぇ、蒼」


「どうしたの?」


 白石さんの家の前に着いた。そのまま帰るのかと思ったんだけど、なにか話があるみたいだ。


「やっぱり私、蒼の事が好き。さっきのことで、しっかりわかった。」


「そう。ありがとう」


「友達としてじゃない。異性として、私は蒼のことが好き。こんなにすぐ伝えるつもりはなかったんだけど、我慢できなくなっちゃった」


 違う。それはただの吊り橋効果だ。危ないところを助けてもらったから、勘違いしてしまっただけだろう。


「ただの吊り橋効果だよ。その気持ちは気のせいだと思う」


「ううん。違う。私はずっと、蒼のことが好きだった。一目惚れっていうのが一番近いのかな? 私のことを嫌な目で見てこないし、見返りもなく優しくしてくれる男の人は初めてだったから。私がチョロいのは自覚してるよ。でも、それでも私はあなたが好き。これは勘違いでも嘘でもない」


 初めから僕のことが? からかってるんじゃなくて……? 駄目だ、頭が混乱してきた。


「返事はすぐじゃなくていいよ。これからは、蒼に私のことを好きになってもらえるように努力するから。覚悟しててね」


 そう言って、彼女は家に帰っていった。未だに理解が追いついていない僕は、しばらく白石さんの家の前で立ちすくんでいた。


 ※※



「蒼君が家の前にいるけど、あんたに用事でもあるんじゃないの?」


 窓から外を見て、お母さんがそう言った。蒼君、まだ家の前にいるんだ。そんなに衝撃的なことだったかなぁ。空君と栞が言うにはかなり分かりやすかったらしいんだけど、蒼君は気付いてなかったからなぁ……


「何もないと思うよ。さっき一緒に帰ってきたし」


「あら、さっき別れたばかりなの?それならなんでまだ家の前に?」


「多分だけど……」


 私は、お母さん今日あったことを説明した。事故に遭いかけたことは隠して。


「突然告白ねぇ。そりゃあ固まるわけよ。それにしても、貴女はもっと奥手だと思ってたんだけど、随分積極的に行くじゃない」


「私から行かなきゃ、蒼は最後まで気付かないと思ったからね」


「そうね。鈍感な人はいつまでも気付かないから」


 この後は恋愛相談に乗ってもらったりしたんだけど、内容は恥ずかしいからまたの機会に! ってことで。1つだけ言えることは、この母にして私ありなんだなぁ……ってこと

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