第16話 4人でお昼

 昼休みがやって来た。普段は1人で黙々と食べるか、空と食べるかしているけど、今日は僕含め4人になっている。やっぱりこの4人で集まると僕だけ浮いてない?


 最初は教室で集まろうとしていたんだけど、なんとか言いくるめて屋上で食べることになった。人目がある所だと目立っちゃうからね。説得の時間と移動時間で昼休みが少し短くなってしまったけど、まぁそこは気にしない方針で。


「この4人で食べるのも久しぶりだね〜」


「そうだな。蒼が集まりたがらないから、なかなか機会がなかったんだよな」


「別に僕だけのせいでもないでしょ。予定が合わない日だってあったじゃん。それに、昼休みに集まろうってなったのは今日が初めてでしょ」


 今までにも、何度か集まろうとする時はあった。僕が断ったのも数回あったけど、それも最初の方だけだ。最近は誰かしらの予定が合わないから集まってないだけだった。


 最初のうちは僕も抵抗があったんだけど、白石さんに絡まれ続けているうちに、少しずつ気にならなくなってきている。いや、諦めかけているというのが正しいかも。どうやってもほぼ毎日のように絡んでくるから、離れることができないと察したんだ。


「確かにね〜」


「そうですね。それぞれ別々で動いていた、というのが大きいと思います。後は蒼君が断ったからですかね」


「僕のせい? それは関係ないでしょ。最近はあんまり断ってないし」


 最近は用事があるとき以外は断らないようにしている。抵抗が無くなってきたというのもあるけど、人と話すのが楽しくなってきたのが大きい。その楽しさを教えてくれたのもまた、白石さんだ。僕がどれだけ無視しても話しかけてくれたから話す気になったし、そのおかげで楽しさに気付けた。


 正直、最初は面倒くさいと思っていた。別に誰かと話さなくても学校生活は送れるし、今までと同じ生活でも十分楽しめていたからね。


 当時の僕は、人と関わるとろくな事にならないし、相手に合わせるのが疲れる。だから、自分に負担がかかるぐらいなら誰とも関わらずに1人でいた方がいいと思っていたんだ。


 でも白石さんと関わっていくにつれて、誰かと一緒にいるのも悪くないと思いだした。楽しいのもそうなんだけど、安心感があるから。1人でいる時も気楽だったけど、それと同じかそれ以上に自然体でいられる。普通はそんなことなくて、白石さんが例外なのかもしれないけどね。


「先月、昼に一緒に食べるのを何度か断られたのであまり誘わないようにしてたんですよ。なので蒼君も関係してますね」


「そうそう! これでも気を使ったんだよ?」


「あれで? あれで気を使ってたの?」


 そんな感じはしなかったんだけどなぁ。逆に全然そんなこと気にせずにグイグイ来てなかった?あんまり関わらないで欲しいって言ったのにほぼ毎日話しかけて来てたから、あんまり気にしてないと思ってたんだけど。


「当たり前じゃん! 私がそんなに気の使えない人に見える?」


「見えたから言ってるんだけど」


「酷い! そんなことを言う人にはこうだ!」


 そう言って白石さんが僕の弁当のおかずを取ってきた。


「あ、ちょっと、なにするの! それ僕のなんだけど!」


「うん。相変わらず美味しいね」


「褒めてくれるのは嬉しいけど勝手に食べないでもらえる? 僕の弁当が減ったんだけど」


「ごめんごめん。こっち分けてあげるから許して?ほら、あーん」


 白石さんが自分の弁当から卵焼きを取り出して差し出してくる。あれ以来、相変わらず食べさせようとしてくるね。


「自分で食べれるんだけど」


「まぁいいじゃん! ほら、早く食べて?腕が疲れちゃう」


 それなら食べさせようとするのを辞めたらいいんじゃないかな?早く自分で食べるかどこかに置くかすればいいじゃん。僕が悪いみたいに言ってるけど、僕は全く関係ないよ。


「疲れるならそのまま腕を下ろしたら? それで解決だよ」


「嫌だ! 今日こそは食べさせたいの!」


「いい加減諦めなよ。それ言ったの何回目? 人前では絶対やらないよ」


「むー。じゃあ今日の放課後家に行くから! 人前じゃなかったらいいんだよね」


「今日は駄目。バイトがあるから」


 いつも通り適当に話をしていると突然、空が割って入ってきた。どうしたんだろう? ずっと黒井さんと話してたし、こっちに来るとは思ってなかったんだけど。


「待て待て! お前らいつの間にそんなに距離が縮まったんだ!? 何回かそのやり取りをやってるみたいな感じだったし……え? この1ヶ月で何があった?」


「何もなかったけど」


「それにしては距離が近くないですか? 食べさせてあげるなんて、普通の友達がやるものじゃないと思うんですが」


 え? そうなの? 友達同士でもやるものって聞いたんだけどな。もしかして嘘つかれた?それとも白石さんの距離感がおかしいだけ?そう思い白石さんの方を見る。


「そ、そんなことないよ! 私と栞だってたまにやるじゃん!」


「それは同性での話でしょう? 異性の友達とやることはあまりないと思うのですが」


「そうだな、かなり珍しいと思うぞ。俺もただの友達の関係でやってるのは見たことがない」


「そうなの? 聞いてた話と違うんだけど。恥ずかしいけど、友達同士でも普通にやるんじゃないの?」


 そういうと2人が驚きのような、呆れのような、よくわからない表情をしてこっちを見てきた。そしてその後に白石さんの方を向いた。


「星華、話を聞かせてもらいましょうか」


「純粋な蒼に何を吹き込んでるんだ? 自分の欲望が出てるんじゃないか?」


「違うよ! 異性同士でもやると思ってたの!決して、私がやってみたかったわけじゃない! 欲望なんて……ないよ」


 なんだ、普通はやらないことだったのか。見られたのがこの2人でまだよかった。話したこともない人に見られていたら、冷やかされたり、噂にされたりしてただろうし。


 その点、2人なら心配ない。ネタにしてくることはあれど、広めるようなことはしないだろうから。


「じゃあ、これからはやらないってことで。おかしなことをしない、普通の『友達』になれるように頑張ろう」


「うん。今は友達だもんね。ゆっくりやってこ」


「友達、か。思ってたより心を開くのが早かったな。まさか1ヶ月で蒼がそこまで心を開くはな。何か心境の変化でもあったのか?」


 変化……か。僕は何も変わったつもりはない。ただ単に、白石さんが距離を詰めてくるのが早かっただけだ。高頻度で連絡してくるし、家にも来る。距離を離そうとしても、離れた以上に詰めてきたから。


「僕は特に変わってないよ。白石さんが異常だっただけ」


「異常って酷いな〜。私も、何もなかったらもっとゆっくり行くつもりだったよ?でも蒼が離れようとするから、私も積極的に行くようにしただけ」


「その結果が『あーん』だったわけだ。随分と攻めた距離の詰め方をするんだな?」


「掘り返さないでよ! 恥ずかしい……」


「でもうれしい、ですか?」


「なんでそうなるの! 嬉しかったのは認めるけど……」


 嬉しかった? どうして? 1ヶ月と少し、白石さんと関わってきたけど、白石さんの思考は全くわからない。まぁ、他人の思考を完全に理解しようなんて土台無理な話だし、別にいいか。わからなくて困ってる訳でもないしね。


「嬉しかったの? なんで?」


「えっと、あっと、その……」


 聞いちゃ駄目なことだったかな? そんなことを思いながら、僕はあまり食べれてなかった弁当を頬張る。


 少し待っていると、白石さんから回答があった。


「好き、だから……」


「んぐっ!」


 まさかの回答に驚いた僕は、食べていたものを吹き出しそうになるのをなんとか抑える。みんなの方を見てみると、白石さんは顔を赤くしてワタワタしているけど、他の2人は驚いた表情をして固まっている。とりあえず落ち着かせないといけないね。


「えっと……白石さん?」


「ひゃう!?」


「友達として好きって意味だよね?ありがとう」


 そっちの意味でも、僕としては全然恥ずかしいんだけどね。異性の友達ができて、その友達にどんな意味合いとはいえ、好きだと言われるのは嬉しいけど恥ずかしい。


「あ、うん。そうだよ! 友達としてね! 友達として!」


「そうやってはっきり言われるのもそれはそれで悲しいな。それと、何回も言ってるけど今みたいに勘違いさせるようなことはあんまり言っちゃだめだよ? わかってくれる人ばかりじゃないんだから」


「だからいつも言ってるでしょ。蒼にしかやらないよ」


「僕にやるのも辞めてって言ってるんだけど……」


「なんで? 蒼は勘違いしないじゃん」


 そういう問題じゃないんだけどなぁ。確かに勘違いはしない自信がある。でも、恥ずかしいのは変わらないからできるだけ辞めてもらいたい。


「確かにしないけどさぁ……」


「じゃあいいじゃん! この話何回するの?」


「白石さんが納得するまでかな」


「なら無理だね! 諦めて!」


 なんで最初から諦めてるの……もうちょっと努力とかしてくれてもいいと思うんだけどなぁ。


「お2人さん?じ ゃれ合うのもいいけど、早く食べたらどう?時間なくなるよ?」


「え? うそ!もうそんな時間!?」


「まだ時間はありますが、今のペースだと食べきれませんよ? 2人とも喋りすぎです」


 どうやら喋りに夢中になりすぎていたようだ。いつの間にか昼休みが後10分程になっていた。


「最初の方に余計な時間があったからね。空がすぐ折れてくれたらもっと時間があったはずなんだけど」


「それを言うならそもそもお前が駄々こねなかったら時間が残ってたはずなんだけど?」


「僕の意見は結果的に正解だったからいいんだよ。さっきの流れを教室でやったらどうなってたことか」


「別にいいだろ。お前らが付き合ってるって噂が流れるだけだ」


「それが良くないって言ってるんだけど?」


「なんでだよ。約得だろ? 俺なら喜ぶか、気にしないかだね」


「それは空の価値観でしょ。僕は喜べない」


 この辺は空とは全く意見が合わない。普段は意外と気が合うんだけど、こういう話題になると全く合わない。


「そもそも、少しずつ噂されてますよ? 2人が付き合ってるんじゃないかって」


「え? ほんと?」


「そうですね。星華が自分から話に行く男子が蒼君だけですし、蒼君はあまり人と話さないのに星華とはかなり喋ってますからね。傍から見たらそう見えるのかもしれません」


「2人から見てもそう見えるの? その、私と蒼が……こ、恋人に」


 白石さんが、顔をほんのり赤くして2人にそう聞く。勝手に噂にされたから、やっぱりちょっと怒ってるのかな?


「今日はかなりそう見えたな」


「そうですね。少なくとも友達以上には見えましたね」


「ほんとに!? 私達はいつも通り喋ってただけなんだけどね」


 確かに、今日はこれといって特別なことはやっていない。普段白石さんが家に来たときと同じことしかやっていないと思う。


 もしかしてだけど、僕達は普通にやってるけど普通はやらないことって他にもあったりするのかな?


「いつもこんな感じなのかよ。いっそ付き合ったらどうだ? お前ら。1ヶ月でそこまで仲良くなれるなら、多分お似合いだぜ」


「急に何を言い出すかと思えば、全然お似合いじゃないだろ。僕なんかじゃ不釣り合いだ」


 そんなもの、普段の生活を見ていたら明らかだろう。僕と彼女じゃ立っている場所が違う。


 そもそも、白石さんが僕なんかを好きになるとは思わないから、今の関係より進むことはないと思う。僕には友達で十分だ。


「またそんなこと言って。そういうの辞めてって私ずっと言ってるよね?同じ学年で上も下もないよ。蒼が勝手にそう思い込んでるだけ。私達も、蒼も、何も変わらない。みんな普通の高校生だよ」


 何回か考えた。でも、やっぱりそんなわけがない。僕達は同一種族ではあっても、同一人物ではないのだ。どこかで違いが出るし、差も出る。だからこそ上下関係は必ずできるはずだ。で、僕はその下の方にいる。それだけのことだ。


 僕は彼女の言葉をスルーした。何回言われても、今の僕の回答は同じだから。


「そんなことより早く食べよう。時間ないんでしょ?」


「あっ、そうだね」


 そうして再びご飯に手を付けようとしたところで、タイミング悪く昼休み終了のチャイムが鳴った。


「あ! 終わっちゃった!」


「急いで片付けなきゃ!」


「2人とも先に戻ってるぞ!行くぞ栞!」


「うん! 急ぐよ空君!」


 早く食べ終わっていた空と黒井さんは、チャイムが鳴るとすぐに走っていってしまった。それにしても……今気にすることじゃないんだけど、2人の口調変わってた?普段より仲良さそうだったような……


「蒼、早く片付けて! 私達も早く行くよ。遅れちゃう!」


「あ、うん!」


 早急に片付けて教室に向けて走る。かなりギリギリだけど大丈夫かな?間に合うといいんだけど。


「ねぇ、蒼!」


「何!」


「私今、青春って感じがする!」


 そう言って白石さんは笑っている。楽しそうな彼女の笑顔に釣られるように、僕も笑う。


「僕もそんな感じがする!」


 ギリギリなのに、楽しげに走る僕達。この一瞬は間違いなく、青春の1ページに刻まれるだろう。


「間に合ったー!」


「ギリギリセーフ!」


「遅刻だ。後で話があるから残っていろ」


「「あ」」

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