第15話 テストに向けて

 5月が始まり、肌寒さが無くなってきて過ごしやすい季節になってきた。でも、僕達からしたら別に来てほしくない時期でもある。『あれ』があるからね


「よーし、全員揃ってるな? この調子で無遅刻無欠席で頼むぞ。さて、そろそろテストの時期だが、勉強はしっかりできているか?」


 そう。中間テストが近付いてきているのだ。テスト、それは学生の敵。今の自分の実力が点数で浮き彫りにされ、自分が学年の中でどれくらいなのかを突き付けてくる。そんな行事だ。


 勉強が得意ではない人も、好きではない人も、この時期だけは嫌でも頑張らないといけない。かく言う僕も、その中の一人だ。正直、空がいなかったら去年も全く勉強せずにテストに望んでいたと思う。


 テストが嫌というのは皆の共通認識だったようで、クラスの多方向から嫌そうな声が上がる。こうやって皆で文句言ったら無くなったりしないかな?流石に無理か。


「テストかぁ……面倒くさいなぁ」


 今回は去年以上に心配だ。授業中に話す、という去年は無かったことが追加されて、あまり集中できていないことがあったから。


 メッセージアプリでの会話は数日でバレてしまって、結局今は筆談に戻ったんだけど、それでも喋るペースは意外と落ちなくて、書いてる時間も合わせたらメッセージの時より授業を聞けてないかもしれない。


 そう考えると、やっぱりメッセージアプリはバレてほしくなかったな。授業の時に集中できない問題もあるんだけど、何よりバレたときに先生にしっかり怒られて、学校が終わった後に空と黒井さんにも怒られたのがきつかった。あの時の二人は怖かった。本当に怖かった。


「ねぇ、蒼って勉強できるの? 私に教えてくれたりってする?」


「できないよ。だから去年は空に教えてもらってたんだ。人に教えることはできないから、黒井さんと勉強頑張ってね」


「駄目かぁ……今年こそは鬼教官から逃げれると思ったのに」


「鬼教官? そんなに怖いの?」


 そんなイメージ無いんだけどなぁ。結構優しく教えてくれそうってイメージなんだけど、白石さんには対応が違うとかかな?それとも、勉強の時は急変するのかな?空みたいに。


「普段と違って怖いんだよ! 怒る感じじゃないんだけど、静かに詰めてくる感じで『なんでできないの? さっき教えたよね?』って言ってくるの。怒鳴ってくれる方がよっぽど楽だよ。それに、できるまでやらされるからすっごい大変なんだ……」


「なるほどね。だから鬼教官って言ってるわけか。じゃあ今回も頑張って」


「はぁ、頑張るかぁ。ちなみに一緒に犠牲になってくれたりは?」


「しない。僕も空に教えてもらう予定があるしね。お互い頑張ろう」


 面倒くさいけどやるしかない。勉強は大事だからね。目標は……2桁に入れたらいいかな。今回はそんなにできる気がしないし。授業内容を覚えてないところも結構あるからね。


「ぶー。別々にやらなくてもいいじゃん。栞にお願いして2人も一緒にできないか聞いてみるから、いいって言われたら一緒にやろうね」


「はいはい」


「そこの2人!まだホームルーム中だぞ!話すんじゃない!」


 話しているのが先生にバレてしまった。少しうるさかったのかも。それか、前のことがあったから、先生に目をつけられているのかもしれない。もしそうなら、ちょっと面倒くさいな。僕1人なら何とでもなると思うけど、白石さんも一緒となると少し難しい。目立たないように何かする、というのが難しくなってしまうと思うから。


 この一か月でわかったことだけど、白石さんは何かと目立つ。本人は普通にしているだけのつもりなんだろうけど、彼女は一挙手一投足に華がある。ただそこにいるだけで、なぜか目立ってしまうんだ。今だって、ただ怒られているだけのはずなのに何故か目を引く。


「ごめんなさい。次から気を付けまーす」


「すいません。気を付けます」


「前もそう言ってただろう。本当に気を付ける気があるのか?まぁ、今は授業ではないし、時間も無いから許してやる。次から気をつけろよ」


 ふぅ、なんとかなった。今回は時間に助けられただけで特例な気がするから、次は本当に無いようにしないと。気をつけなきゃね。


「あぶなかったね~、やっぱり声に出すとバレるもんなんだ」


「当たり前だよ。ただでさえ、前のスマホの件で注目されてるかもしれないのに。ほら、今もみんなこっち見てる」


「私達、人気者みたいだね!おめでとう!」


 何もおめでたくない。目立つにしても、こんな形で目立ちたくなかったな。いや、そもそも目立ちたくないんだけど。


 最近、人の目に晒されることが多くなってる気がする。もれなく、白石さんが関係しているのは言うまでもないことだけど。そのせいなのか、僕は度々クラスメイトからの嫉妬の目や、奇異の目を向けられたりする。みんなからしたら僕みたいなぼっちが、白石さんに連れられて何かしているのが不思議なんだろうね。僕からしても不思議だから仕方ないと思う。


「人気になりたいわけじゃないんだけど。それに、白石さんが人気があるだけで僕は関係ないよ」


「そんなことないと思うけどなぁ」


「そんなことあるんだよ。僕が見られてるのは物珍しいからってだけだと思うから。あと少ししたら、また誰も僕のことを見なくなる」


「じゃあ私が蒼の事を見とくよ! ずーーっと見とくから、覚悟しててね!」


 近くの人が色めき立つのを感じる。それも当然か。捉え方によっては、今の言葉は告白と同義だ。


 こういうことをサラッとやるから、僕も目立つ羽目になるんだよなぁ。誰にも注目されずに過ごすことはもう諦めよう。既にかなり目立ってしまっているからね。


「ずっとって……無理だよ。常に僕と一緒にいれるわけじゃないでしょ」


 いつまでも同じ人のことを見る。そんなことは現実的じゃない、と思ってる。人間の感情なんてものは何かのきっかけですぐにでも揺らぐものだ。誰か1人を見ていたはずが、いつの間にかその人のことを全く見なくなる。全然ありえることだ。


「無理じゃないよ。無理だったら言わないもん。私が見れるうちは、君のことをずっと見る。逃さないから」


 その言葉に返す間もなく、授業が始まった。今日は数学からか。僕が一番苦手な科目だ。家でも勉強はしているからある程度はできるのだが、苦手なものは苦手なのだ。


 さて、しっかり授業を受けなくちゃね。できないものは尚更ちゃんと聞かないと。まぁ、それで理解できるかどうかはまた別問題なんだけど。


「むぅ」


 授業は順調に進んでいるが、隣で白石さんが唸っている。何が原因だろう。先生が言ってることが全くわからないとかかな? それとも、さっきから数枚飛んできてるこれに反応しないせい?


 気付いてはいるけどあえて無視している。テストが近いのに遊んではいられないからね。そろそろ真面目に授業を受けて、しっかり勉強したいんだ。悪いけど構ってる暇はない。


「じゃあ、白石! ここの答えはなんだ?」


「え、あ、はい! えっと……」


 突然、先生が白石さんを指名した。白石さんは話を聞いていなかったのか、突然の事で驚いたのかはわからないけど、当てられてあたふたしている。ちょっとおもしろい。


 おもしろいし、少し眺めていよう。こっちを見てる気がするけど気のせいだ。絶対に気のせいだ。


 そうやって眺めているうちにタイムリミットが来たようで、先生からのアクションがあった。


「白石もういいぞ、わからないならちゃんと言うように。じゃあ隣の池田。答えてみろ」


「8です」


 どこの問題かさえわかっていれば、このレベルなら僕でも解ける。多分話さえ聞いていたら白石さんも解けたんじゃないかな?そこまで難しい問題でもないし。


「よし、正解だ。しっかり理解できているな」


 隣の席からの視線がすごい。多分、わかってたのに何でも教えてくれなかったの?みたいな感じだと思ってるけど、話を聞いてないほうが悪いよね。うん。僕は悪くない


 それ以降は特にこれといった事がなく、普通に授業が終わった。僕は終わるやいなや、いつも通り本を開く。普段なら近くには誰もいないから落ち着いて読めるんだけど、今日はそうじゃないみたい。


「なんでさっき教えてくれなかったの! それにこれも返してくれないし」


「話を聞いてないのが悪いでしょ。僕は何も悪くない。それに返さなかったのは、授業に集中したいから。そろそろテストだから、わからないところは減らしておきたいんだ。納得してもらえる?」


「むう、私よりテストの方が大事なんだ」


「当たり前でしょ。何言ってるの」


 悪いけど、そこまで大事な人だとは全く思ってない。ある程度は大事にするべき人だと思ってるけど、自分の事を疎かにしてまで構うレベルにまでは至ってないから。


「即答された……なんかムカつく」


「別に気にすることでもないでしょ。普通成績の方が大事だと思うんだけど」


「私はそうでもないけどなぁ。勉強するより遊んでたいし。でも、そういうものなのかな?」


「どうだろう? そう思ってるのは僕だけなのかも。隣に違う意見の人がいたから、自信なくなってきちゃった」


 まただ。こうやって会話していると周りの人がこっちを見てくる。普通に話しているだけなのに勝手に興味を持って、何かあると思って聞き耳を立ててくる。


 聞いたところで特に何もないし、辞めてほしいんだけどな。話している内容にいちいち聞き耳を立てられるのは、いい気分がしないからね。


「蒼が自身持ってくれないと私もわからないじゃん! それにしても、蒼って意外と意識高いんだね〜。面倒くさいって言ってやらなさそうなイメージだったんだけど」


「面倒くさいよ。でも、だからってやらなきゃいけない事をやらないのは違うでしょ。僕ができることなんだったらしっかりやるよ」


「はえ〜、真面目だ」


「貴女もそれぐらい真面目だと良かったんですがね。蒼君も、無視するだけではなくしっかり言ってやってください」


 いつの間にこっちに来ていたのか、黒井さんが会話に参加してくる。それによってまた視線が増えた気がするけど、気のせいか?


 2人で話しててもらおうと思ったのに、声をかけてくるんだもんなぁ。僕も参加せざるを得なくなるじゃんか。


「なんで僕が言わなきゃいけないの? 自分で言えばいいと思うけど」


「私が言っても聞かなかったから言ってるんです。そうでなければ、こんな手のかかる人を他の人にお願いしません」


 黒井さんが言っても聞かなかった事なのに、僕が言って聞くと思ってるのか?無理だと思うんだけど。黒井さんより付き合いが薄い人の言葉でなんとかなるとは思わないな。


「手のかかるって何! 私のことそうやって思ってたんだ!」


「そうですね。私にとっては手のかかる子供みたいなものですよ。貴女は」


「なんでよー!そんなに迷惑かけた覚えないんだけど!!」


「貴女にかけた意識がないだけでしょう? かなり手がかかりますよ、貴女は。蒼君も大変ですね」


「なんで僕が大変になるの? 僕には関係ないと思うんだけど」


 本当になんで僕? その辺は黒井さんがやってくれたらいいと思うんだけど。白石さんと一緒にいる時間は僕より長いだろうし。


「私から星華のお世話係を任命します。光栄に思ってください」


「勝手に引き継がせないでよ。そこまで関わるつもりもないし、無理だよ」


 どうせ今の関係も、小さなきっかけがあればすぐに無くなる。そんな薄い関係だと思うから。


「それは聞き捨てならないよ。さっきも言ったけど、私は蒼の事をずっと見てるつもりだから。離れようとしてもこっちから寄っていくよ。明確に拒絶されない限りはね」


「諦めてください。星華は1度言い出すと止まらないので。」


「はぁ……わかったよ。これからもこんな日が続くってことね」


 今までに無かった事だから困惑はしている。でも、目立つことに目を瞑れば、こうやって話している時間は意外と楽しい。だから、この時間が続くのはちょっと嬉しい。


 僕がこんなことを思うようになるなんてね。これも成長なのかな?そう考えると、白石さんには感謝しかない。


「これからよろしくね」


 僕がそう言うと、こう返されるとは予想していなかったのか、白石さんが驚いた顔をしていた。確かに僕が言わなそうな言葉ではあるけど、そこまでかなぁ。


「よろしくお願いします。星華、驚くのはいいですけど、何も言わないのは失礼ですよ」


「ごめんごめん! もっと嫌そうな返事が帰ってくると思ってたからびっくりしちゃった」


 特に悪びれず、笑いながら謝ってくる。まぁ、不快に思ったわけでもないし別にいいんだけど。


「うん。これからよろしくね!」


 そうやって笑う彼女の笑顔は、太陽のように明るく、綺麗だった。


「あ、それと勉強会の件は昼休みに」


「それ今言うこと?」


 少なくとも、今の流れで言うことじゃないと思った。どうするか、昼休みまでに考えておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る