第14話 連絡先

『ピピピピピピ!ピピピピピピ!』


「相変わらずうるっさいなぁ……そのおかげで起きれるから良いけど。ふわぁ」


 いつも通り、家を出る1時間前に目が冷めた僕は大きく伸びをする。目覚ましを止め、いつも通り朝食と弁当を作りに台所へ向かう。少し寒いけど、作業できないほどじゃない。


「今日はどうしようかな。朝はパンだけでいいとして……弁当は何にしよ」


 たまには昼を作るのをサボって学食にするのものも悪くないのだが、少しばかりお金がかかってしまう。できるだけ節約をしたい身としては、できれば遠慮したい所だ。


 有り合わせで何が作れるか見てみよう。そう思った矢先……


『ピーンポーン』


 インターフォンが鳴った。なんで? 何も頼んでないと思うんだけど。それに頼んでたとしてもこんな時間に設定しないし……ま、一応見てみるか。


 カメラに写っていたのは……


「あれ? 誰もいない?」


 こんな朝からイタズラか。そう思い、弁当を作りに戻ろうとした時


『わ!』


 え、人いたの!? 誰だろう。僕は再度カメラを見てみる。そこにいたのは


「白石さん?」


「おはよー!」


「あ、おはよ。ちょっと待ってて」


 いつまでも外で待たせるわけにもいかない。ひとまず中に入れよう。


 僕は玄関の扉を開け、彼女を招き入れる。家に人を入れるのはあの時ぶりだな。抵抗は少なくなったけど、まだまだ緊張するな。


「それで、なんでここに?」


「せっかく来てあげたのにその態度は酷くない?」


「それはごめん。でも、本当になんで来たの?」


 そこがわからない。約束をしていた訳でもないし、わざわざ僕の家に来る理由はなんだろう?


「えっとね……ご飯、食べさせてくれない?」


「はい? ご飯?」


「うん。ご飯」


「……なんで?」


 家に何もなかったのか?それでも、僕の家に来る暇があるならその辺で何か買って食べればよかったのに。


「昨日お母さんが買い物するの忘れてたみたいでさ、家に何もなかったんだよね。だから何か買いにいこ〜って思って外に出て、ここに来たんだ〜」


「うん。外にいる経緯はわかったよ。で、なんで僕の家に?」


 聞きたかったのはそこである。決して、外に出た理由を聞きたかったわけじゃない。


「食べさせてくれるかな? って思ったから!」


「僕のこと便利屋か何かだと勘違いしてる? いつでもご飯が出てくるわけじゃないよ?」


「そんな!? じゃあ私の朝ごはんは!?」


「ないよ。って言いたい所なんだけど、僕もまだ食べてないから軽いものなら用意できるよ」


「ありがとう! 大好き!」


「そういうことを軽く言わないの。勘違いされちゃうよ」


 本当に心臓に悪い。多分言った本人にそんな気持ちは無く、ただ反射で口から出ただけなのだろう。


 ただでさえ女の子との会話の経験が少ないのに、そんなことを言われると凄い緊張してしまう。吃らなかっただけ奇跡だ。


「そんなすぐ言わないよ。私が、言ってもいいかな?って思ったときだけ」


「じゃあ今のは言ってもいい時だった、と?」


「うん! 蒼にならいつでも言っちゃうかも!」


「それは心臓に悪いから辞めてほしいかな。時間もそんなにないしパンだけでいい?」


 僕は今から弁当も作らないといけないんだ。そんなにしっかり作ってる余裕はない。おかずを多めに作って出すぐらいはしようかな。


「えー! せっかく来たのに何もないの!?」


「勝手に来ただけでしょ。パンを出してあげるだけでもありがたく思ってほしい」


「ありがたく頂戴致します」


「うむ。苦しゅうない」


 とりあえずパンを焼こうか。白石さんは何かつけるかな。僕は適当にジャムをつけて食べるのが好きなんだけど、白石さんはどうだろう?


「白石さんはパンに何かつける? それとも何もいらない?」


「軽くジャムだけ塗って欲しいな〜。あったらでいいよ」


「りょーかーい。あ、焼いたほうがいい?」


「もちろん!」


 ジャムは……あるやつ全部出そうか。何が好きかはわからないし、本人に好きなのを使ってもらおう。


 昼も用意しないといけないんだけど、今から作るなら簡単に作るだけしかできないや。昨日の残りと、適当に卵焼きとかベーコン巻きとか作って終わらせよう。


「何作ってるの?」


「今はアスパラのベーコン巻きだね。今日の弁当のおかずにするつもり」


「蒼って自分でお昼作ってるの!? もしかして、毎日?」


「うん。そうだよ」


「疲れない?」


「疲れるけど、学食よりお金がかからないからね。節約できるところは節約していかないと」


 削れるところから削っていかないとね。使いたい時に、使えるお金がない! ってならないようにしたいからね。


 話しているうちに意外と時間が経っていたようで、トースターから音が鳴った。


「出来たみたいだね」


「だね! やっとご飯だ〜」


「はい。ジャムは好きなやつを好きなだけ塗ってくれていいよ。好みとかわからないから家にあるの全部出してみたけど、好きなのある?」


「えっとね……いちご!」


 白石さんが手に取ったのはイチゴジャムだった。美味しいよね、わかる。僕も個人的に一番好きだ。


「じゃ、先食べてていいよ。これ作ったら僕も食べるから」


「せっかくだし待っとくよ。一緒に食べよ!」


「別にいいのに。お腹空いてるでしょ」


「そりゃ空いてるけどさ、蒼と一緒に食べたいんだもん」


 まーたそういうことを言って。急に言われるからかなりびっくりするんだよね。


「はいはい、了解。じゃあさっさと作るね」


 とはいったものの、火力を上げて早くするとかはできないし、別にスピードは上がらない。精々失敗しないように丁寧にやるくらいだ。


 おかずになるものを適当に作り上げ、お皿に置くだけおいて机に座る。やっと朝ごはんか。


「ごめんね、ちょっと遅くなった。あ、これついでに作ったやつ」


「全然大丈夫だよ! それに、これ今作ってくれたんでしょ?ありがと!」


「ついでだけどね。それじゃあ、いただきます」


「いただきます!」


 ちょっと冷めちゃったな。別に食べれるからいいんだけど、僕が焼く時間を少し遅らせたら焼き立てが食べれたと考えると少し惜しい。


 ゆっくり食べたいけど、時間も無いし早めに食べないとね。


「冷めちゃってるね。全部作り終わってから焼けばよかった。ごめん」


「全然気にしないよ。食べさせて貰ってるだけで十分だから」


「そう? でも僕が気にするんだよ」


「そっか。じゃあせっかくだし、後で何かしてもらおうかな?」


 あれ? 僕また余計なこと言った? この後僕は何をさせられるんだ?


「えっと……軽めでお願いできる?」


「私基準で軽めでいくよ。安心して!」


「ぜんっぜん安心できなくなった。僕基準にならない?」


 白石さんの基準って僕とかなり離れてそうだから、何をやらされるかわからない。なるべく目立つことは避けたいんだけど、難しいかもしれないな。


「ならないよ。そんなことしたら何もできなくなるじゃん! 蒼目線の軽いことは大体もうやった気がするしね」


 ……確かに、色々やらされた気がするからね。今だって、家に突然来てご飯を食べてるけど、僕からすれば全然軽いことじゃないからね。


 今から怖くなってきた。僕は何をやらされるんだ?


「そうだ、蒼。私そろそろ筆談で話すの辞めようと思ってるんだよね。ノートもいっぱい使うし。それ以外の方法で、バレないように話したいんだけど、何かある?」


「そもそも話さずに、真面目に授業を受けるって選択肢は無いの?」


「無いよ?私は早く蒼と仲良くなりたいんだもん! そのための事だし、辞めないよ。で、何かある?」


 授業中に喋る手段はあるにはある。でもそれは白石さんも気付くだろうし、あえて言ってないだけだろう。


 その方が僕の精神衛生上有り難いからいいんだけど。今の僕にはハードルが高いよ。女の子お連絡先を交換する、なんて。


「うーーん、思い浮かばないかな」


「そっかぁ……どうしよう」


 うーん、ここで蒼君に『連絡先交換する?』って聞いてもらう算段だったんだけど。想像してたより頑なだなぁ……私の見てたかんじ、蒼君も授業中の会話を結構楽しんでたと思うから行けると思ったんだけど。


 流石に蒼君でも、連絡先を交換したらいいってことには気付いてると思うんだけど……もしかして、交換したくない?そうだったらちょっと悲しいな……。


 やっぱり私から動かないといけない。恥ずかしいけど、覚悟を決めろ私!頑張るぞ!


「じゃあさ! れ、連絡先交換しない?」


「え? 僕と? なんで?」


「理由は今は言えないけど、交換したいの!」


 交換するだけなのに、言えない理由なんてあるのかな?僕には連絡先を交換した経験が殆ど無いからわからないけど。


 なんで言えないのかだけは知りたいな。人間、どんな裏が隠れてるかわからないからね。もしかしたら、僕にとって都合の悪い理由かもしれないし。


「それで? なんで言えないの?」


「今は言えないってだけだよ。いつか言ってあげる。なんでそんなに知りたがるの?」


 なんで、か。簡潔に言うと、こうなのかな?


「白石さんのこと、もっと知りたいから」


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……正面から言われると恥ずかしいんだよ。蒼」


「そう?僕はただ思ったことを言ってるだけなんだけど」


「それが恥ずかしいの! 私は!」


 受け手からするとそうなんだ。よくわからないや。僕が人と話さないから、そういう経験が無いだけなのかもしれないけど。


「そっか、じゃあ控えるよ」


「うん。私以外にはやらないように」


「白石さんにならいいの?」


「私はもう慣れてきたからね。別に大丈夫。時間も無いし、早く連絡先交換するよ」


 いつの間にか食べ終わっていた白石さんが、スマホをこっちに向けてくる。


「僕が食べ終わったらね。白石さんはまだ帰らなくていいの?」


「そろそろ1回帰らなきゃいけないね。だから早く交換しよ?」


 時間を理由に返すことはできないか。仕方ない。交換してさっさと帰らせよう。白石さんを遅刻させるわけにはいかないからね。


「わかったわかった。そんなに焦らないでよ。もうカバンに入れてあるから、食べ終わったら取りに行ってくる」


「わかった、待ってるから早く食べてね」


「はいはい」


 白石さんに急かされながら、朝ごはんを食べる。家族以外の人に見られながら食べるのははじめての経験で、全然落ち着かない。


「あの、白石さん?」


「どうしたの?」


「あんまり見られると恥ずかしいんだけど」


「そうなんだ」


 そう言うだけで、白石さんは結局僕のことをずっと見てくる。早くこの状況を終わらせようと思い、僕は急いで残りを口に運ぶ。


「うぐっ! んー!」


 やばい! 詰まらせた!


「ちょ、蒼!? 大丈夫!?」


 白石さんが急いで飲み物を持ってきてくれる。僕はそれを手に取り、慌てて口に入れて、パンと一緒に飲み込む。


 なんとか飲み込み、落ち着くことができた。白石さんには感謝だね。


「はぁ、はぁ……ありがとう」


「一気に食べようとするからだよ。もー」


「ごめん。急いで食べなきゃって思っちゃって……」


「ゆっくりでよかったのに。まだ時間あるからそんなに急いでないし」


「そう?ならゆっくり食べたら良かった」


 少し話してかなり落ち着いた僕は、もう一度水を口にする。


「蒼、落ち着いた?」


「うん。もう大丈夫だよ。じゃあカバン取ってくるね」


 今の出来事で忘れかけてたけど、連絡先を交換するって話だったはずだ。ついでに着替えとかも済ませてこようかな。


「あ、行ってらっしゃい!」


 部屋に戻って準備にとりかかる。とはいえ着替えるだけなんだけどね。


「よし、おっけー。これですぐにでも出発できる」


 さくっと着替えてリビングに戻る。僕が戻ると、ソファーで寝転がってくつろいでいる白石さんが迎えてくれた。

テレビまでつけてるし……人の家でよくそこまでくつろげるね。


「あ、おかえり〜」


「うん。よくそんなにくつろげるね。人の家って落ち着かないと思うんだけど」


 小さい頃に従兄弟の家とかに行ったことがあるけど、かなりそわそわして落ち着かなかった。


 来たのも3回目だし、慣れてるのもわかるけど、ここまで慣れるものなの?一瞬、家族かと思ってしまった。白石さんが僕の家族ってわけでもないのに。


「蒼の家だからなのかな? 凄い落ち着くんだ〜。定期的に来てもいい?」


「自分の家の方が落ち着くでしょ。わざわざ来なくてもいいよ」


「そりゃあ家のほうが落ち着くよ? でも、それは別として私が蒼の家に行きたいの。それとも蒼が私の家に来る? あ、家で遊ぶのは決定事項だから」


「勝手に決めないでよ。僕もバイトとかで忙しいんだから。どうせ言っても勝手に来るんでしょ?連絡だけはしてね」


 そうしてスマホを差し出す。さっさと交換しないと時間がギリギリになりそうだからね。


「わかった〜。交換完了っと、ありがとね!てか、蒼バイトするの?」


 そう。僕はバイトを始めたのだ。まぁ、来月からなんだけど。初めてのことだし、うまくできるか不安だなぁ。でも、面接してくれた人は良い人そうだったし、良いところを見つけれてよかった。


「うん。折角バイトオッケーの所入ったんだし、やろうかなって」


「うちってバイトしてよかったんだ。なら私も探してみようかな」


「いいところが見つかるといいね」


「うん! 後で何を基準で選んだかとか、面接どんな感じだったかとか聞かせてもらうからね!」


「はいはい。じゃあまた後で」


「うん!また後で!」


 こうして白石さんは帰っていった。出発するまではあと少し時間がある。僕は新しく追加された連絡先を見て、ガラッと変わっていきそうなこれからの生活に思いを馳せる。


 そうやってスマホを眺めていると、突然通知が鳴った。どうせ公式からだろうと思い見てみると、白石さんからだった。


『これからよろしくね!』


 わざわざこっちで言わなくても直接言えばよよかったでしょ。僕は苦笑しながら挨拶を返した。


『こちらこそよろしく』

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