第11話 いつも通りにはいかない

 3人を置いて一足先に教室に入った僕は、自分の席に座って本を読み始める。まるで何事もなかったかのように。普段と何も変わらないかのように。


「ふぅ」


 そういえば入ってきた時に時計を見てなかったな。ふと時間が気になり、僕は顔を上げて教室にかけてある時計を見る。


 今の時間は8時10分。いつもよりも少し遅い時間だ。そんなに時間が経ってる感覚はしなかったんだけどな。やっぱり喋りながらだと少し遅くなるみたいだ。


 遅刻はしてないからいいか。と、また本に目を落とす。誰にも邪魔されず、黙って本を読む。この時間こそが僕にとって至高の時間だ。


「あれ?」


 読むのを再開しようとした矢先、ひょい。と誰かに本を持ち上げられた。僕が本を読むのを邪魔するのは誰だ?と抗議しようと顔を上げると……


「よ! 蒼、だっけ?」


 ……誰?僕に話しかけてくる物好きがあの3人の他にもいるなんて思わなかったな。


「えっと……誰? どうして僕の名前を?」


「おっと、悪いな。俺はお前の前の席の者だ。これからよろしくな」


「前の席だったんだ。よろしくね。ところで君の名前は? なんで僕の名前を?」


 昨日は自己紹介をしてない。なのになんで僕の名前が……もしかして!


「あぁ、昨日白石さんが呼んでただろ? それで知ったんだよ。俺の名前は後で自己紹介やると思うし、その時にでも覚えてくれ」


「やっぱりそれかぁ……初日から悪目立ちしちゃったなぁ」


「確かにな。自己紹介もしてないのにみんなに名前を知ってもらえたぞ? おめでとう!」


 ニヤニヤしながら言いやがって。面白がってやがるな。


「本人を目の前にしてニヤニヤするな。それで?急に話しかけてきて何が聞きたいんだよ」


「聞きたいことなんか無いさ! 友達になりたかっただけだよ。って、言いたいところだけどな。聞きたいことは大体わかってるんじゃないか?あ、友達になりたいってのはホントだぜ?」


 それは当たり前だ。僕も今のでわからないほど鈍感でもない。昨日連れて行かれてから、何を話したかを聞きたいのだろう。


 昨日は意外と誰も聞いてこなかったから、もう大丈夫だと思って油断してた。どう説明すればいいんだ……


「うーん。説明が難しいんだよね」


 正直に本題を言ってしまうと大きな話題になるのは目に見えてる。かといって他の理由だとわざわざ連れて行かれた理由が説明できない。どう誤魔化せばいいんだ?


「難しい事はないだろ。起こったことをそのまま話してくれたらいい。安心しろ。言いふらしたりしないから」


「だったら教室の観衆をどうにかしてくれないかな? 凄い視線を感じるから多分聞き耳を立てられてると思うんだけど」


「気のせいだろ。俺は感じない」


 どうすればいいんだ。どうすれば話さなくて済む?誰か助けてくれー!


 僕のそんな願いが届いたのか、教室に救世主が現れた。遅くない?


「蒼おはー! 誰かと話してるなんて珍しいじゃん。遂にクラスメイトと話す気になったのか?」


 やっと来たのか。3人で話し込みすぎじゃないか?


「昨日のことを聞かれてただけ。別に話そうと思ってた話した訳じゃないよ」


「そうかい。それでも受け答えしてるあたり、お前もちょっとは成長してるんだな」


「お前は僕の親か」


 空と話し始めると僕に向けられていた視線が一気に無くなるのを感じた。やっぱり昨日のことをを聞き出すのが目的だったか。空が来てから、彼も前を向いて座ってるし。友達になりたいってのも嘘だったのか?僕が1人の時なら答えさせれるだろう、って魂胆かもしれない。


 そういえば黒井さんは見かけたけどなんで白石さんがいないんだろう。一緒に来たんじゃないのか? 後で空に聞いてみようかな。


「あぶなーい! 遅れるところだった〜」


 そう思った矢先、白石さんが走って入ってきた。HRまでは後3分。僕達と来たはずなのになんでギリギリになってるのさ。


「おはよ! 蒼」


「おはよう。白石さん」


 彼女が来たことでまた僕に注目が集まってる気がする。まぁそれは仕方がないか。さっきまで白石さんとの事で僕が注目されてたんだから、挨拶をするだけでも見られるのは当たり前だ。


「遅かったね。どうしたの?」


 何かあったんだろうか。


「あ、えっとね……うーん。内緒!」


 どうやら僕に教えてくれる気はないらしい。秘密にしたいことなのかな?無理に聞き出すことでも無いし、別にいいか。


「そっか。内緒なら仕方ないかな」


「そう!仕方ないよ!」


 蒼君のこと考えて悶てたらいつの間にか時間が立ってた、なんて本人の前で言えるわけないよー!


「それじゃ、ホームルーム始めるぞー。起立!」


 学校が始まる。今日ばかりは学校よりも帰るほうが憂鬱だ。いや、緊張すると言ったほうが正しい。今朝初めて人を招いたのに、その人放課後には朝より多い人数が家に来ることになるのだ。


「これで今日のホームルームは終わりだ。しっかりやるように! 1限目は俺の授業だから、昨日できなかった自己紹介をやるぞ!」


 考え事をしている間にホームルームが終わっていた。この調子で特に何もなく学校を過ごしたいんだけど……自己紹介か。憂鬱だ。


「それでは1限目だ。全員、内容は考えたな? 自己紹介を始めるぞ! それじゃあそっちの席の先頭から!」


 僕達のクラスの席の並びは番号順ではない。もしそうだったら、僕と白石さんが隣になることはなかっただろう。どんな神のいたずらだ。


 僕の席は一番後ろだが、はじめにやる列の隣の列だから思ったよりすぐに順番が来そうだ。何より白石さんの次になりそうなのが荷が重い。


「白石星華です。好きなことはみんなと話すこと! 勉強が苦手だからみんな教えてください! あ、みんな栞とも仲良くしてあげてください」


 相変わらず、眩しいな。これの次に僕が?無理無理無理! 頼むから次が前に行ってくれ……


「次は……隣にしようか。波波に行くぞ」


 神よ。どうして私を助けてくれないのですか……


「えっと、い、池田蒼です。好きなことは読書かな。えっと、以上です。」


 やっべ、やらかしたよこれ。どもってんじゃねぇよ僕! あーもう、なんでこうなるかなぁ……教室も冷えちゃったし、どうしよう……


「ぷっ、あはははは!」


 誰も喋らない空気の中、白石さんの笑い声が響いた。


「蒼〜、もうちょっとどうにかなったでしょ〜! あるかもしれないって話したのになんでそうなっちゃったの〜」


 白石さん? フォローしてくれるのは嬉しいけど、あんまり学校では関わらないでくれって言ったよね?


「1日考えた程度でどうにかなるなら苦手とは言わないよ。でもフォローありがとう。昨日あるかもって言ってくれたのが台無しになっちゃった」


 昨日の話ってことにしとこう。そうすれば昨日のことを聞きたい人も昨日のことがわかるから聞きに来なくなるでしょ。


「話は纏まったな? じゃあ早く次に進め。時間がなくなるだろ」


 先生が話を中断させ、自己紹介が進んでいった。さっき話しかけてきた人は芝田君と言うらしい。一応覚えておこう。もしかしたらまた話しかけてくるかもしれないし。


 一応名前は覚えておこうと思いぼーっと自己紹介を聞く。すると突然


『カサッ』


 机の上に紙が飛んできた。進級早々嫌がらせか?そう思いつつも丸められた紙を開いてみる。


『これで喋ろ』


『自己紹介、やらかしたね』


 筆談? この時代に? スマホじゃだめなのかな。僕の席は一番後ろだから気付かれないと思うけど誰がこんなことを……


 ひとまず無視して普通に授業を受けてようか。僕に授業を聞かずに遊んでられるほどの余裕はない。


 無視してみんなの紹介を聞き続けていると不意に横腹を突かれる。やっぱり白石さんなのね。学校では関わらないでって言ってるのに……


「なに?」


「無視しないでよ」


「ごめんね。でも、学校じゃ関わらない約束じゃなかったの?」


「控えるって言っただけだよ。それに好きにさせてもらうって言ったからね」


 昨日の今日で絡んでくるのは白石さんの中では控えてるうちに入るらしい。思ったより僕の感覚と違いがあるみたいだ。


 好きにしてくれって言ったのは失策だったなぁ。半分ぐらいそれのせいだもんね。今の状況は。


「はいはい。降参。でも周りにバレないようにしてね?」


「どうして? いいでしょ別に」


「今日の朝も空が来るまで昨日の事で質問攻めされてたんだよ。そうなったら白石さんも嫌でしょ」


 白石さんも僕なんかとのことを根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だと思う。だからこれは妥当なはずだ。


「むぅ……別にいいのに。でもそこまで言うなら今は尊重してあげる」


 そんなこと言えなくなるように、ちょっとずつ表に出してあげるからね。覚悟しといて!


「こらそこー。喋るなー」


 先生に見つかったようだ。つまり周りの生徒にもバレてしまったんじゃないのか?あらぬ噂が立つ前に説明しないといけない。白石さん、頑張って。


『怒られちゃったね』


 筆談は続けるのか。仕方ないから乗ってあげよう。どうせ暇だしね。


『話しかけてくるからでしょ』


『蒼が無視するから悪いんだよ。最初からこうしてたらバレなかった』


『だからそれはごめんって』


『うむ。寛大な星華様が蒼を許してやろう』


『ありがたき幸せ〜』


 白石さん、意外と難しい漢字も書けるんだな。正直驚いた。


『意外と漢字書けるんだね。驚いた』


『でしょ?私国語は得意なんだ!』


『他は?』


『きかないでください……』


 駄目なんだな。そもそも得意って言ってるけど自分の中で1番できる、ってだけでそんなにできてない可能性もある。その辺はわからないんだけど。


『駄目なんだね』


『うー! そんなはっきり言わなくてもいいじゃん!』


『めんごめんご』


『絶対反省してない!』


 この調子で僕達は、今日の授業中ずっと筆談で会話をしていた。正直、楽しかった。人とこんなことをするのは初めてだし、秘密で何かをする。という状況に僕はドキドキしていた。



 そして、授業が終わり放課後になった。僕としてはこれからが本番だ。クラスメイトが家に来る。何も準備してないし、男の友人が家に入るのも初めてだ。人が来るのが初めてじゃなくなった、という意味では朝の白石さんの突発訪問があってよかったのかな?と少しだけ思う。


「蒼ー、帰ろーぜ」


「ちょっと待って!すぐ行く!」


 僕達は終わるや否やすぐに帰る準備をし、教室を後にする。校門を出て少し進んだ所で待ち合わせだ。


 白石さんと黒井さんはクラスの人に囲まれてなかなか出られそうになかったから、少し時間がかかりそうだ。


「おまたせ!」


「すいません。遅くなりました」


「大丈夫だよ。全然待ってないから」


「じゃ、行こーぜ」


 合流した僕達4人は、僕の家に向かって歩き始めた。少し視線を感じるが、まぁ許容範囲内だ。仕方ないと割り切るしかない。


「そうだ。ノート買いにいっていい?」


「あ、私も!」


 今日1日でかなりノートを消費してしまった僕と白石さん。僕達はその辺にあるお店でノートを買いたかった。


「まぁいいけど、そんなに早く無くなるものか?」


「今日はそんなにノートを使わなかったと思うのですが。何をしてたんですか?」


 それはそうだ。怪しまれて当然だ。でも、授業中に遊んでたことがバレるとお互いにマズいから隠し通さないといけない。


 今日話してて聞いたけど、白石さんも黒井さんに勉強を教えてもらっているらしい。僕も空に教えてもらっているから、授業を真面目に聞いていなかったことがバレると間違いなく怒られる。それだけは避けたい。


「去年使ってたノートに書いてたんだけどさ、思ったより残ってなかったんだよ」


「私は、家にあったノートが落書き用の何ページもちぎってあるノートだけだったから」


 白石さん、その言い訳はちょっと苦しくない? 家にそれしか無かったのがわかってたなら先に買えばいいってなると思うんだけど。学校で買うとかもできるしさ。なんとかなってくれ……


「まぁ、わかった。気をつけろよ」


「そうですね。じゃあお店に向かいましょうか」


 よし、気付かれてない! このまま行ければ怒られないで済むぞ。想像してたより2人が鈍感で助かった。


 今日は色々あって疲れた。でも、それ以上に楽しかった。こんな毎日が続くのかな?楽しみになってきた

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