第9話 彼女との朝
僕の家に、女の子がいる。今までになかった状況に正直困惑してしまっている。白石さんはソファーに座って寛いでるが、男の家に入るのに抵抗は無かったのだろうか。
家の中が散らかっていなかったのだけは救いだ。他人をそんな汚い空間にあげたくないからね。
「蒼の家って綺麗だね。男の人の家って汚いってイメージがあったから、ちょっと驚いちゃった」
失礼な話だな。でもそんなイメージがあるのもなんとなくわかる。実際空は部屋が汚いって言ってたし、世の中そんなもんなのかもしれない。いや、偏見か。
まぁ僕の場合は1人で動き回って色々やらないといけないから、床に物が多いと邪魔ってだけなんだけどね。
「すごい偏見だよ、それ。片付けが当たり前にできる人だっているんだから」
正直私は驚いてる。蒼君は面倒くさがりっていうイメージだったから家はかなり汚いと思ってたんだけどね。
私の想像とかけ離れた部屋の綺麗さ、私の部屋より綺麗にされていて本当に面倒くさがりな蒼君の家なのか疑いたくなる。家族の人が掃除してたりもするのかな
「そうだね。蒼もそうみたいだし。でもこれ全部蒼がやってるの?家族の人がやってるとかじゃなくて?」
やっぱり聞かれるのか。正直まだ本当の事を教える気にはならない。家に入れる程度には信頼してるとはいえ、僕の家の事情を話すには流石に関係値が足りなすぎる。
「そうだよ。家事とかも基本的に僕が1人でやってる。家族は家にいない日もあるからね。」
「そっか。蒼って思ったより真面目で立派なんだね」
思ったより?白石さんは僕にどんな印象を抱いてたんだろう。
「僕のことをどう思ってたのかすごく問い詰めたいんだけど」
「不真面目で面倒くさがり屋だけど優しい人」
私の蒼君の印象はこれだった。授業は寝てるし、交流会をしている時も偶に面倒くさそうだった。でも、昨日の色んな出来事から優しい人だというのは伝わってきた。
「正直褒められるところがあるとは思ってなかったよ。優しいところなんてあったかな?」
僕は普通にしてただけなんだけどな。その時自分にできることをやってただけ。
「蒼は優しいよ」
白石さんは真っ直ぐ僕を見てくる。そんなに見られると照れるんだけど。
「そんなことないよ。僕はただいつも通りしてただけ」
目を逸らしながらそう答える。
「いつも通りだとしてもだよ。結果的にそう見えただけだとしても、他人から優しいと思われて、それが当たり前にできる人は優しい人なんだよ?」
蒼君は自分をあまり信じられない人なのかもしれない。私もそうだったからよくわかる。
自分を信じてあげる。それはやろうと思っても意外とできないこと。
私に栞がしてくれたように、私も蒼君を肯定してあげたい。それが、今の私でもできる手助けだと思うから。
「そうなのかな?」
「そうなんだよ。私が優しいって言ったら優しいの! わかった?」
そうは言われても、正直僕にはあまりわからない。でも、ただ真っ直ぐに僕を見る彼女の目を見て、彼女の言う事なら、少しだけ信じてみようと思った。
「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいよ。」
「少しは信じてくれた?」
今の言葉で少しでも力になれたならよかった。私の言葉でも彼に響く。それがわかっただけでも嬉しい。
「うん。白石さんに言われたことだし、ちょっとは信じてみるよ」
白石さんに言われたことは、自然と信じたくなる。これは僕がちょろいからなのかな?それとも何か別の要因があるのかな?
考えても全然わからない。混乱するだけだ。やっぱり、僕には僕がわからない。
「ならよかった。嬉しい。」
私に言われたから!? 私じゃなかったら信じてなかったってことかな。それはずるくない? でも多分蒼君は意識して言ってないから……
もー! 私だけすごい意識してるみたいですごい恥ずかしい!!
私顔赤くなってないよね? 平静を保ってるつもりだけど表に出てないよね?
「そろそろ6時だけどどうする?」
そろそろ帰らないといけないんじゃないか?白石さんの家族も起きてくる頃だろう。家にいないと心配させると思う。
それに僕もご飯を作らないといけない時間帯だからね。
「このまま学校行くからご飯作ってー?」
…………聞き間違えか?
「え、今なんて?」
「だから、このまま学校に行くから蒼にご飯作って欲しいなー、って」
「一回帰らないの?」
「帰らないよ? もう連絡したし」
「もう連絡したの!? 早くない?」
そんなに早く連絡するなんて……それに帰らないってことは許可を貰ったってことだよね?許可が出るのも早くない?
「実は来るって決まったときにもう連絡してたんだよね〜」
蒼君と一緒に登校したかったから家には早めに連絡してたんだ。ちょっとずつ距離を詰めて行きたいから。
「だからそんなに荷物を持ってたのね……まぁ連絡しちゃったなら朝ごはんも用意されてないだろうし、仕方ないか。何が食べたい?」
ただでさえ初めて人を家に呼んで緊張してるのに更に自分の作った料理を食べさせることになるなんて。
「私パンがいい!」
「りょーかい。他に希望は?」
「無いよ。シェフのおまかせで!」
「じゃあ適当に何か作るから座って待ってて」
「はーい。ママ」
「誰がママだ!」
本当にお母さんみたい。適当に作って何か出すんじゃなくて、さらっと何がいいか聞いてくるのがもう優しいよね。
朝から蒼君のご飯を食べて、一緒に登校する。これ、凄い彼女になったみたいな気がして急に恥ずかしくなってきた!
「うぅ……」
「どうしたの?」
蒼君がキッチンから顔を覗かせてくる。この感じ、一緒に住んでるみたいな感じがしてその、凄く良い!
「大丈夫だよ! 大丈夫!」
「そう? 何かあったら言ってね」
「うん。心配してくれてありがとね」
やっぱり優しいな。こういう所に私は……って違う違う! まだそうかどうかはわからないんだって!
「はい、できたよ。簡単なものだけど」
「ほんと!? いや〜、お腹空いてたんだ〜」
そう言い机の前の椅子に座る。そして、食卓に並べられたものを見て私は驚いた。
「パンに、目玉焼きと、野菜炒め?」
「うん。野菜炒めは昨日の残りを温めただけ。あ、スープいる?レトルトならあるよ」
思ったより料理ができそうな感じがする蒼君に私は驚いた。実際に料理してるところを見たことはないけど、もしかしたら私よりできるかもしれない。
次は作ってるところから見せてもらおっと。昼のお弁当とか作ってくれたりするかなぁ……
「じゃあ食べよっか。遠慮しなくていいよ」
「ありがと!」
「「いただきます」」
うん、美味しい。正直私より上手くできてる。ちょっと悔しいな。
「どう? 口にあったかな?」
「うん。すごく美味しいよ。多分私より料理上手いんじゃないかな」
「ならよかった。料理だけは自信があるんだよ。ずっとやってきたからね」
「そうなんだ。あ、じゃあさ!」
「どうしたの?」
「私に料理を教えてくれない?」
これは名案だと思う。私は料理が上手くなって、蒼君との距離も縮めることができる。蒼君は……蒼君のメリットって何かある?あれ?何もないかも。
蒼君の優しさに甘えるだけには絶対になりたくないから私も何かしてあげたいんだけど、何かできるかな?
「別にいいけど、どうして?」
「ほんとにいいの? 頼んだ私が言うのもなんだけど蒼君には何もメリットが無いと思うよ?大丈夫?」
別にメリットは無いかもしれないけどデメリットも無いからね。別に気にすることもない。
「別にいいよ。デメリットがあるわけでもないし」
それに、
「だれかと料理をするのは楽しいからね」
僕は昔母と料理していたときのことを思い出した。あの時は楽しかった。あれがきっかけで、僕は料理を好きになったのだから。
「そっか。ありがとう! それじゃあよろしくね。蒼」
「うん、了解。食べ終わったし僕は学校の準備してくるよ。ごちそうさまでした」
ご飯を食べ終わった僕は自分の部屋に行き学校に必要なものを用意する。
「これは……いらないな。これは持っていって、休み時間に読む本も必要だね。ちょっと早いけど着替えもしとこうか」
一通り準備が終わり、部屋から出る。リビングに戻ると白石さんが皿洗いをしているところだった。
「あ、蒼準備終わった? もう着替えてるけどそんなに早く出るの?」
「いや、なんとなく着替えただけだよ。白石さんは……何してるの?」
「見てわからない? お皿洗いだけど」
「それはわかってるよ。でもなんでやってるの?」
帰ったらやろうと思ってたんだけど……有り難いけど急にどうしたんだろう。
「うーん。迷惑料? みたいな?今日は無理やり押し入っちゃったし、ご飯まで作ってもらったのに何もしないのは私が嫌だったから」
「別に気にしないのに」
「私が気にするの!」
蒼君は優しいから許してくれてたけど、強引すぎたし迷惑だったと思うから。何かで返さないと落ち着かなかった。
それに、準備してる間に家事してるのって夫婦っぽくて良くない?
「ありがとね。僕の家のことなのにやってくれて」
「当然だよ。というかここまで色々してもらったのに私が何もしてないのはどうなの?って思ったから」
僕はそんなこと気にしないんだけどなぁ。ま、その辺は自己満足の域だから僕がどうこう言うことでもないか。
「蒼は普段いつ頃出発してるの?」
「8時過ぎくらいには着いときたいから7時45分くらいには家を出るようにしてる」
想像以上に早かった。確かホームルームは8時30分からの筈なんだけど……そんなに早く着いてどうするんだろう。
「どうしてそんなに早く? もうちょっとゆっくりでもいいんじゃない?」
「先生に真面目だって思ってほしいから。評価点稼ぎだよ。家にいても暇だし」
もうちょっと寝ててもいいと思うんだけどなぁ。ちゃんと寝ないと昨日の私みたいになっちゃうし。
「ちゃんと寝れてるの? 昨日の私みたいに学校で寝ても知らないよ?」
「寝れてると思うよ。早いのも平日だけだし。朝食とは別でお弁当とかも作ってるからどうしても早く起きたくなるんだよ」
「へぇ。蒼も大変なんだねぇ」
私には無理だ。それに加えて普段の家事もしてるなんて……ほんとに同じ高校生?ちゃんとしすぎてない?
「別に。慣れたら大したことないよ。それが普通になるからね」
「やっぱり慣れないうちは大変だったの?」
蒼君の言い方的にそうなんだろう。何をやるにしても最初は大変だ。
「それは当然。それで遅刻しそうになったこともよくあったよ」
「それが今や普通にこなしてるなんて……池田蒼、恐ろしい男やでぇ」
「どんなキャラなのよそれは」
白石さんがいるだけでいつもの朝に彩りができる。まるで虹みたいだ。それを間近で見ることができている僕は、幸せ者なのかな?
「そろそろ行こうか」
あれからも僕達は他愛もない会話を続けた。『好きな料理』だとか、『高校で何がしたいか』だとか。かなり充実した時間で、話し込んでいるうちに家を出る時間になっていた。
「あ、着替えて軽いメイクしてくるからちょっと待ってて! 洗面台ってどこ?」
「あそこだよ。ゆっくりでいいからね〜」
「ありがと〜」
そう言いカバンを持って洗面台に消えていく白石さん。そういえば服とかメイク道具はどうするんだろう。学校には持っていけないだろうし、1回家に帰って置いてから行くのかな?
「おまたせー! じゃあ行こっか!」
数分待つと、白石さんが出てきた。さっきまでとはまた違った雰囲気の彼女に一瞬見惚れてしまった。
白石さんの何分後に家を出ようかな。遅れない時間には出ないとね。とりあえず見送ろうか。
「行ってらっしゃい」
「え? 蒼も一緒に行くんだよ?」
「え?」
2人の朝は、まだ終わらないみたいだ。
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