第8話 気まぐれと偶然

 いつもと違うことをしたからか、少し疲れを感じていた僕は家に帰ってからすぐ眠ってしまった。そのせいか今日はいつもより早く起きてしまった。


 まぁ、やることがあるかと言われたら特にないんだけど。課題は終わってるし朝食を食べるにはまだ早い。


「眠気覚ましついでに外でも走るか。体力もつけたいし」


 適当に動きやすい服を見繕い外に出る。朝早いこともあり少し肌寒い。


「さむっ」


 冬は明けたとはいえまだまだ寒波は残っている。空気の冷たさを感じながら僕は走り始めた。軽く動いた感じ今日は調子が良さそうだし、少しスピードを上げていこう。


 昨日は多少のアクシデントはあったものの、思ったより楽しかった。人と関わるのって、意外と楽しいんだな。疲れるけど。


「あ、ここは」


 少し走っていると白石さんの家の前だった。昨日も思ったけど、かなり近いんだな。


「そういえば空達はあの後どうしたんだろう。普通に帰ったのかな」


 帰ってすぐ寝たから空に聞きそびれたんだよな。今聞いてみるか?いや、流石に起きてないか。


 スマホを取り出し、連絡を取るかどうかを迷ってウロウロしていた。すると──


「こんな朝早くから人の家の前で何をしている」


「へ!? あ、すいません!」


 突然後ろから声をかけられた。ここは白石さんの家の前。でも白石さんの声ではないしお母さんの声でもない。つまりお父さんなのか?でもそれにしては少し声が高いような気がする。そう思い後ろを見てみると


「えい」


 僕の頬に何かが当たった感触がする。え?なんで?


「あ、引っかかった〜」


 白石さんだった。え、なんで?さっきの声の人は?というかこんな時間になんで起きてるの?


「えっと、白石さん、こんな時間にどうしたの? まだ4時なんだけど。それとさっきの声の人は?」


「私昨日早く寝ちゃったからさ〜、凄い早く起きちゃったんだ。お母さんから聞いたけど、運んでくれたんだよね? ありがと!」


「後、さっきの声は私だよ?わからなかったんだ〜。蒼こそなんでここにいるの?」


 さっきの声が白石さん……? あんな声も出せるんだ。傍から見たらさっきの僕は不審者だったし、見つかったのが白石さんでよかった。


 それにしても朝から元気だなぁ。起きたにしてもなんでこんな時間に外に? まだ女の子一人じゃ危ない時間だと思うんだけど


 そんなことを考えながら少し上がった息を整え、僕は答える。


「朝から元気だね。僕は早く目覚めちゃったしランニングしてたんだ。あっちに行ったら僕の家があるから、ここにいるのはただ走るルートだったからってだけだね」


「へぇ、いつもこんなに早起きしてるの?」


「いや、昨日は疲れてすぐ寝ちゃったからね。珍しく早く起きたんだよ」


「そうなんだ。私と一緒だね?」


 そう言われると少し恥ずかしくなるから辞めてほしい。


「でもごめんね? 無理やり連れ回しちゃって。昨日やっぱり疲れちゃったよね。私転校初日でテンション上がり過ぎちゃってさ」


 そう言い白石さんは謝ってくる。全然大丈夫なんだけどね。


「全然気にしてないよ。迷惑だとも思ってないし。見た感じちゃんと寝れたみたいだね。よかった」


 面倒くさかったけどね。という言葉は飲み込む。本当に気にしてないのだ。想像以上に楽しかったからむしろ感謝したいぐらいだ。


「むぅ、面倒くさかったって顔してる。顔に出るんだから隠し事しても駄目だよ」


「そこまでわかるもんなの? まぁそこは認めるよ。面倒くさかった」


「やっぱりそうだったんだ、ごめんね。次からは了解をとってからにするから」


 あ、次があるのは確定してるんだ。誘われるぶんには嬉しいけど学校だと目立つし終わった後とかだといいな。


「うん。楽しかったからからいつでも誘って。でも学校では誘わないでほしいな」


「どうして?」


 私は学校でも誘いたい。堂々と蒼君と話したりしたい。蒼君と話すだけで、心が暖かくなるから。


「どうしてって……ほら、僕と白石さんじゃ住んでる世界が違うから。昨日だけでわかったでしょ? クラスの人から話しかけられてた白石さんと、空以外には話しかけられなかった僕。全然違うんだよ」


 だから学校で話してるとおかしいと思われちゃう、と彼は言う。


 どうして?


「どうして、そんなこと言うの?」


「僕の経験則からの持論だよ。どうしてって言われても、そうとしか言えない。」


 なんでそんなことが言えるの? 私と蒼君に違いなんてない。私は、転校生だってだけだから。昨日のは物珍しさだけだから。


「違いなんてないよ。私と蒼君に違いなんて……」


 やばい、やっちゃった。せっかく明るい感じで高校デビューしたのに台無しだよ! バレてなかったらいいけど。


「違いがない……?なんで?」


 よかった。バレてないみたい。今のを聞かれたのが蒼君でよかった。他の人だったらバレてたかもしれない。


 いつか蒼君には、打ち明けれる日が来るといいな。


「同じ学校に通ってて同じ人間だからかな。キャラが違う? っていうのはあるかもしれないけど根本は何も変わらないよ」


 そうなのか? 僕とみんなは一緒……?僕には、わからない。


「そう、なのかな?」


「そうだよ!」


「そっか。でも今すぐ納得するのは難しいから、やっぱり学校で誘うのは辞めてほしいかな。」


 僕は結局まだ全く納得できていない。信じきれていないのだ。


「うーん、そっか。そうだよね。無理は言いたくないし仕方ないね。控えることにするよ」


 うん、嘘は言ってない。控えるよ、控える。毎日誘おうとしてたのを半分くらいに控えることにしよう。誘わないって選択肢は私には無いから、覚悟しててね。


「よかった。ありがとね」


 これで僕の学校生活の平穏は守られた。学校での諸々は空に任せよう。僕は1人で本でも読んでるから。


「じゃあ今から蒼の家行っていい?」


「なんでそうなるの!?」


「学校じゃなかったらいいんだよね? 今は学校じゃないしこの時間ならまだ遊べる時間じゃん! それとも私の家に来る?」


「なんで家で遊ぶって選択肢しかないの?」


「だって外だと寒いじゃん」


 今はチャンスだ。この場には私達しかいないから無理矢理でも距離を詰めたい。多分蒼君は私のことをなんとも思ってないから。


 少なくとも親友くらいの距離までは早めに縮めておきたい。蒼君鈍感そうだしね!


「それはそうだけどさぁ。このまま帰るって選択肢は?」


「無いよ!」


「はぁ……」


 白石さんは相変わらず強引だ。それでいて何故か断りきれない力強さを感じるから厄介だ。


 どうするか僕が考え込んでいると白石さんの顔が少しずつ曇っていく。ああもう、そんな顔されたら断りづらいよ!


「仕方ないか。僕の家でいい?」


 そう言うと白石さんは明らかに嬉しそうな顔をして返事をしてくる。そんな顔をされると勘違いしてしまいそうだから辞めてほしい。


「ほんと!?いいの?」


 実際OKされるとは思ってなかった。あと少し押して駄目なら引き下がろうと思ってたけど、思ったより普通に許可が出た。


 やっぱり蒼君はちょろいのかな? 多分そうだよね。


「自分から言っておいてなんで疑問形なの?やっぱり辞める?」


 辞めるならありがたい。こんな朝から白石さんを家に上げてた、なんて知れたらとんでもないことになりそうだから。それを抜きにしても、朝から人を家に招くなんて、緊張してまともに話せないかもしれないし。


「やだ! 準備するから待ってて!」


「はいはい。了解」


 こうやってわがまま言ってくる所は子供みたいだ。


「お待たせ。準備できたよ! どれくらい歩けば着くの?」


「多分5分くらいかな。さっきは走ってたからわからないや」


「思ったより近いね。これならいつでも遊びに行けそう」


 お母さん達がいない時に勝手に行ったりしようかな。蒼君優しいからなんだかんだ許してくれそう。うん、そうしよう。


「え? そんなに来るつもりなの?」


 それは予想外だな。正直今回だけだと思ってた。奇跡的に出会ったからその流れで、ってだけだと思ってたんだけど。


 家に人を呼んで遊ぶなんて初めての経験だからちょっと嬉しいや。楽しみ。


「駄目? 一回行ったらもう何回行っても同じでしょ?」


「確かにそうかも。あ、着いたよ」


 僕の家に着いた。やっぱりかなり近いな。


「へぇ、ここが蒼の家なんだ。ほんとに近いんだね。」


 ここが蒼君の家なのね、覚えたよ。これでいつでも行ける。


「そうだね。じゃ、入ってよ」


「ありがとう。お邪魔します」


 今は5時を少し回った頃。2人の秘密の朝は、まだまだ終わらない。

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