5話
殺人鬼。ミチヒロという名が知れ渡ってから数年の時を経た。あれから俺は警察から逃げ回り、懸賞金も上がっていく快感を覚えていた。ルイやマツヤを探しながらも自分の欲求を満たすために動き回っていた。オヤジ狩りだけでなく、コンビニでの強盗などを繰り返していたおかげで金は貯まりに貯まった。
あの日から2年が経ち、15歳になった俺はルイがどの高校に行くのかをずっと嗅ぎ回っていた。空手の強いところへ行くのか、はたまた別の高校なのか。それが分かったのは受験シーズン真っ只中の寒い冬、新聞紙に書かれていたルイの情報。全国三連覇を成し遂げたルイは外へ飛び出し強豪校への進学が決まった。
俺はルイが居なくなる前にカタをつけようと、学校へ向かいルイが出てくるのを待った。皆が寒い寒いと言いながら歩いて帰る中、女の子数人を引連れ、ハーレム状態のルイが現れた。俺は見つからないように後ろからつけて行く。
「ねえ、あの人ずっと着いてくるんだけど」
「ルイくんこわぁい」
「たすけてー」
「……身長高いな。誰だろう。先帰っててくれるかな」
「気をつけてよ?!」
女の子3人は早々と歩き帰って行った。ルイが帰らせたのか会話までは聞こえず分からなかったが、俺の方に近づいてくるということは、俺を退治しに来たヒーロー気取りなんだろうなと嘲笑った。
「君、何?」
「……」
「喋れないの?」
「……」
「えっと、誰?」
「……」
俺は静かにルイに近づきナイフを刺した。思い切り腹に、数発も入れる。あの2年前とは違い容易に間合いに入れたのは、この2年間で15cm身長が伸びたおかげだろう。ルイは痛みから地面に倒れ込む。
「僕が何したって言うんだ……」
「……ははは。ルイ。お前惨めだな」
「お、お前えええ!!!」
「ハハハハッ!!!!」
元気そうに声を発するルイに怒りが湧く。静かに殺られてくれればいいものの、俺に対して鋭い目付きをして弱者の目を、奪われる側の目をしないことに腹が立つ。傷口を思いっきり踏み歪む表情でも目付きだけは変わらない。いつまでも輝いている。そんな目が鬱陶しかった。
「死ねよ」
「目は目はやめてくれー!!!!」
目にナイフを突きつけ視界を奪う。そして俺はそのままルイを放置した。いずれか死ぬだろう、死ななくても視界が奪われている今、あいつの将来は暗いものになる。地獄に落ちてくれた。その喜びでお腹がいっぱいだった。
そしてルイが大丈夫か戻ってきた女3人。地面に倒れ込み視界の奪われたルイに驚いてしまったのか全員は気持ち悪さから吐き散らす。汚い嘔吐物が俺の靴にかかり、気づけば3人を刺し殺していた。
気づけば俺の標的の人数は増えていく一方だった。これで残るはマツヤ1人。そしてイジメを見過ごしてきた教師たちだけだ。
翌日にはルイのニュースは各所に飛んだ。天才、神童と呼ばれていた少年のわずかなチヤホヤ時期。
そしてニュースの取材に対してこう話していた。
【僕が悪かった。ミチヒロ。イジメなんかしなければこんな事にはならなかった】
この言葉は世間に瞬く間に伝わり、翌日のニュースでは全国の教育委員会によるイジメ調査が一斉に行われた。
俺は満足した。だがマツヤだけは俺を満足させてくれなかった。何処にいるのかも、何をしているかも全く掴めない。警察に聞こうにも自分が指名手配のために情報源がない。金を使って探偵を雇っても良かったが、見つからなかった場合のリスクがデカすぎる。
考えが巡り巡った中で、やはりマツヤを放置し、イジメを無くす努力のしなかった教師、校長、そしてクラスメイトを殺して回ろうと考えた。手元に持っていたクラスメイトの帳簿と住所を1つずつ回って行った。
☆☆☆
初めに狙ったのは出席番号1番の相澤。小学校の頃から金魚のフンで、カーストの高い人間に付きまとうただの雑魚。俺がイジメを受けている中でも金魚のフンらしく俺が悪くイジメっ子は悪くないという考えの持ち主だった。中学に上がってからは部活をしているようで、かなりの実力をつけていた。
金魚のフンごときが活躍するなんて許せなかった。ずっと影に潜んでいたのにも関わらず、輝かしい生活なんて送っては行けない。そう考え、相澤の家に向かった。
家のチャイムを鳴らした。
「相澤ですー」
「クラスメイトの者です。忘れ物を届けに」
「あら、ありがとう〜」
チャイムに出たのは母親のようで、すぐさま相澤を呼んだ。そして玄関から出てきたところを狙い、腹部に思い切り包丁を刺す。痛みから叫び散らす相澤。俺は相澤の手の中に手紙を忍び込ませてその場から逃げた。
数秒後とても大きな声で母親の叫び声が聴こえた。
いつものように俺は手紙に【復讐は悪いのか】と添えた。楽に1人目を殺せたことで、全員を殺すのはそう時間はかからないと見た俺は調子に乗って数日間で全員を殺す勢いで行こうと考えた。
だがやはり考えが甘かった。俺が来ることを見越してか、全クラスメイトの自宅周辺には警察が1人は巡回するようにされていた。学校の帰り道なら狙えるだろうと考えたが、私服警察官らしき人間たちが周りを囲っており、どうにも出来ない状況になってしまっていた。
「チッ……」
「……兄ちゃん。久しぶりだなぁ」
「誰だッ!」
「……もう自首したらどうだ」
「あの時の爺さんかよ……」
後ろから急に声をかけてきたのはいつかの包丁を買ってくれた老人だった。
「もう自首しなさい」
「殺すぞ」
「恩人を殺すと運が悪くなるぞ」
「……自首なんてしない。復讐を果たすまでは」
「そうかい。そういえばもう会えないからの。サヨナラの挨拶をしに来たんじゃ」
「え?」
「ナナミ。彼女と暮らすことになってな」
「ナナミ……?」
老人から聴こえた名前は俺の愛した1人の女の子だった。何故繋がりがあるのか分からず混乱していると老人は言った。
「ナナミはお前が指名手配になって、酷く泣いたぞ」
「そりゃそうだろ。自分が好きになった男が世界最悪なんだからな」
「そうでは無い。いずれか分かるだろうがな」
「……は?」
すると老人はゆったりと歩み始め、遠くへ消えていった。
☆☆☆
老人の言葉が耳に残っていた。だが今更復讐を終えるわけにはいかなかった。クラスメイトを1人ずつ消し去るにはどうしたらいいか分からなくなっていた。だが、よくよく考えれば俺が今どこに居るのかが分からないから警戒する。
俺は警察署に一通の手紙を送った。指定手配犯の殺人鬼はこの街に潜伏していると。
この手紙が全警察署に渡り、俺の捜索が活発になり、学校の警備が手薄になった。俺はそこを狙い1人ずつ教師も消し去るために学校に立て篭もろうと考え1階から侵入、深くフードを被った男を見る子ども達の目は困惑していた。
真正面から踏み込み、2階にある職員室に入る。
「誰だ!?」
「……おい、3年の教師はどこだ」
「お前、ミチヒロか?!」
「騒ぐな。警察に連絡すれば、おまえら全員殺すぞ」
「わ、分かった……」
「全員床に座って互いの手を結束バンドで縛れ。1番端のやつは机と繋げ」
「あ、あぁ!」
全員が結束バンドで繋がれた後、職員室に運悪く入ってきた少女を教師の目の前で殺した。可哀想に。ぶかぶかの制服を見る限りまだ1年生なんだろう。
「ミチヒロおまえ……!!」
「黙れ。おい、マツヤはどこだ」
「そ、それは」
「何処だよ」
「……あ、おまえら入ってくるな!!」
職員室に続々と現れる生徒。授業の時間にも関わらず来ない教師を心配して来たのだろう。俺は笑みを浮かべながら言った。
「良いか、お前ら。騒ぐな。全員教室にいるようにと伝えろ」
「は、はい……」
学校中が静まり返ったのが分かる。俺は家庭科室に行き、包丁を限りあるだけ職員室に持ち込んだ後、事前に買っておいた仮面をつけて、PCを使い動画を撮った。全ては犯行を映し、マツヤを探し出すという目的のために。
「1年の教室何処?」
「や、やめろ。生徒に手を出すな!」
「……イジメってさ、酷いよな」
「ミチヒロ……?」
「なぁ、先生たちさ。俺に授業してよ」
「な、なんのだよ!」
「今午前10時。給食が始まる13時までには俺ここから逃げたいし、1時間だけ授業して。何故復讐が否定されるのか」
「……何を言ってるんだ!」
「もういいや。3年の教室行くね」
「や、やめろ。分かった!」
教師の1人の拘束を解き黒板の前で授業をさせた。復讐を止めて欲しいと心のどこかで思ってしまっているからなのか、教師に授業を求めた。
「ふ、復讐はダメなんだ。デメリットしか生まない。幸せにならないんだ」
「……ふーん。幸せになったよ。俺」
「そんな物はまやかしだ。お前は不幸自慢をしてしまっているんだ」
「へー。不幸自慢?」
「私はみんなと違う。みんなは幸せなのに俺は何でこんなに不幸せなんだろう。あー可哀想って自分で思ってるんだ! そしてそれをあたかも正当化し殺人を起こした!」
教師は俺の目を見なかった。見てくれなかった。
誰も俺を見てくれない。見てくれないからこそイジメが起きた時も俺を助けようとしなかった。なのに何故俺は怒られているんだろうか。不思議で仕方なかった。
「じゃあ質問」
「な、なんだ」
「先生ってさ、つまりは俺が悪いって言いたいんだよね?」
「え?」
「虐められた俺が悪い。家庭環境を悪くしたのも俺。人を殺したのも悪い。全て俺の責任ってことだよね?」
「そ、そうは言ってない!!」
「そういう事だよね。だってイジメを見過ごした時点でお前らは虐められる側、奪われる側が悪いと思って目を瞑ってるんだから」
「ミチヒロ……?」
俺は無性に腹が立っていた。イジメが正当化され、虐められている側の正当化はされない。復讐が悪いなんて有り得ない。復讐されるべきニンゲンが復讐されてからゴタゴタ抜かすなんて、自分の罪を振り返って見れていない愚か者だ。
「もういいや、何のためにもならなかった。先生役たたずだね。所詮は学校っていう狭い社会でしか生きてきていないガキそのものなんだね」
「舐めるなよ!!!」
「……死ねよ」
俺は教師の腹に包丁を突き刺した。
「ああああぁっっ!!」
「死ねよ」
滅多刺しにした。その光景に吐く教師たち。
俺はある教師1人だけ残し、全員を抹殺した。
「先生、貴方は生き残ってていいよ」
「な、なんで……」
「……んー。なんか貴方だけが俺を見てくれた気がした」
感覚的なものだった。この教師だけは俺を見てくれるような気がした。俺を見てほしいという欲求に応えてくれるような気がした。ただそれだけだった。
その教師をひとり職員室に残して俺は3年の教室に向かった。
「……階段キツイなぁ」
一段一段が長く重く、そして当時の記憶をフラッシュバックさせた。
そして教室の扉を開けた。
「……!!!!」
「やっほー」
「殺人鬼……!!」
出席番号順に殺し方を様々にして、殺して回った。逃げ惑うクラスメイトたち、追いかけ回す楽しさ。本当に狂ったんだなと思いながら殺し回るうちに悲しくなってしまった。
「な、なんで泣いてんだよおおお!!! ああああああっっっ!!!」
「や、やめてえええ!!! 謝るからやめてお願い!!!!」
「やめろよ、俺なんもしてねーじゃんか!」
全員が自分を正当化した。俺は見ていただけ。私は逆らったら怖くて助けられなかっただけ。全員が俺は私は。自分本位だった。
殺すのに時間がかかりすぎたのか、時刻は夕方16時半を回っていた。そして最悪なことにパトカーのサイレンに気づくのが遅れてしまった。
「殺人鬼ミチヒロ、今すぐ出てこい!!」
窓から覗いた外には沢山の盾を持った大男たち、拳銃を構える警察官が大勢居た。そして恐らく刑事ドラマではよく見るスナイパーも居るのだろうなと絶体絶命のピンチを迎えた。
俺は交渉に移った。
「おい警察。マツヤはどこだ!」
「マツヤ……?」
「俺を刺して警察の世話になったやつだ!」
「そいつがどうした!!」
「そいつを殺させろ。そうしたら死刑でもなんにでもしやがれ!」
「殺させる訳にはいかん!」
警察との交渉は絶対に上手くいかないと考え、俺はどうにか逃げる方法がないか探った。学校の周りは完全に包囲され、逃げ場などはある訳もなかった。緊急用の脱出袋を外にひっかけても、そこから降りるとバレてしまう上に時間がかかる。
もう捕まるしかない。この何年か逃げ回ったのが運が良かっただけなんだと思い、大人しく外に出た。
「確保おおおお!!!」
警察全員が突撃してきたところで最後の抵抗をした。3人を刺し、服を破られても突破しようと試みた。が、あっという間に取り押さえられた。
俺の復讐はここで終えた。マツヤを殺せずに。
☆☆☆
「殺人鬼ミチヒロ。15歳にして世界最悪の殺人犯。少年法などは使用出来ぬ悪行ぷり、死刑を言い渡す!」
「……僕は」
「ん? なんだね」
「僕は虐められてたんだ。僕は何もしてない。僕はボクはボクハ。ボクハダレモコロシテナンカイナインダ」
「お、おい」
「アハハハハハハ!!!!」
今までずっと耐えてきた復讐への心が崩れた。
鼻から目から股間から大量の水が滴り落ちる。制御が効かなくなっていた。
「早く病院へ!!!」
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