6話

 病人となり、精神鑑定にかけられた僕は、判決を今かと待っていた。1年ほどの歳月が経った。裁判所にて、僕の死刑判決、そして刑事責任能力があるのかの裁判が行われていた。世間は死刑にすべきという声が多数挙がっていた。それはその通りで僕が大量の殺人犯であることだから、僕が死ななければ、報われないという考えなのだろう。


 今か今かと判決を待った。裁判官たちは俺の目を見ながら問いた。


「……君は何者だね?」

「僕は誰ですか?」

「私が聞いている」

「……僕は、奪われたニンゲンです」

「何を奪われた」

「性格、生活、金、全て」


 そう答えた瞬間だった。後ろから怒号が飛ぶ。


「お前が金を奪い人の命を奪ったんだろうがッ!!!」


 誰かの父親なのだろうか。とてつもなく怖い顔で、凄い剣幕で俺を罵った。いや、罵ったのでは無い。本気で僕を殺しにかかってきた。飛び出してきたニンゲンはすぐに警備の人間たちに取り押さえられた。僕はそんな彼を見て思った。


 哀れだと。本当に奪われた経験がないんだろうなとそう思った。そう思った瞬間笑みが零れた。


「何笑ってやがる!!」

「本当に奪われたのかな。貴方は本当は奪った側じゃないの?」

「……は?」

「僕は君たちのようなニンゲンから助けてあげただけだよ」

「おちょくってんのか!!!」

「僕はね、幼い頃は幸せだったんだ。パパもママもいて幸せで。でも壊れたんだー、僕が奪われる側の人間に回ってから」


 裁判所は静まり返った。僕の演説を静かに聴いていた。


「僕が産まれた理由はなんだろう。僕が生きている理由はなんだろう。そう思って生きていたよ。家庭崩壊からママが水商売に落ちて、ママが出ていって生活が苦しくなって。ママは男と駆け落ちした。本当に君は奪われた側なの?」

「……な、なんなんだよお前!! 死刑にしちまえよ! こんなヤツ危険だ!!」


 僕は彼を再び彼の深淵を見て分かった。本当に哀れなんだなって。


「……出ていかせなさい」

「離せ!!」

「暴れるな!」


 男は大きな扉の外へ出された。


「……聞き直します。貴方は何者ですか?」

「僕は哀れで寂しいニンゲンです」

「……精神鑑定の結果を元に、そして今の状況を元に考え、死刑判決を撤回し、刑事責任能力が無いと判断し無罪といたします」


 裁判官から突きつけられた無罪。


「え、死ねないんですか?」

「……はい?」

「僕たくさんのニンゲン殺したよ。罪もないニンゲンを」

「……許されるべきものでは無いのは確かですが、貴方の現状を見て、そして今の発言をまとめた結果です。世間から叩かれるのは私でしょう。ですがこれが今の結果なのです」

「……そっか」


 僕は晴れて無罪となった。世間からの風当たりは強いものだった。当たり前なのだろうが、仕事も就けない、家も購入できない。寝床はどこにも無い。ダンボールで身体を温めるホームレス生活を送る今、僕は現状を変えたくなり、またオヤジ狩りをしていた。


 次は誰にもバレないように。


 ☆☆☆


 無罪判決から2年。18歳になった僕はとある建物の中、3人の信者とともに祈りを捧げていた。僕は今までの経験を元に中原教を設立、新宗教として確立を得た。奪われる側に回りたくない人々へ救いの手を差し伸べる神となった。


 僕に着いてきてくれている3人はイジメを受け続け心が弱ってしまった可哀想な子たちだった。その心を少しでも癒せるようにと毎日3回の祈りと衣食住の用意をして、一緒に過ごしていた。


「教祖様」

「教祖なんて呼ばないで。今ここでは名前でいいんだ」

「呼ばせてください」

「……うん。分かった」

「今晩の食事が出来上がりました」

「ありがとー」


 信者たちと過ごす日々は楽しかった。新宗教ということ、そして新宗教の教祖として日々色々と回り、可哀想な少年、少女達を救っていると見る見るに信者は増していった。

 テレビにニュースとして流れることも多々あった。だがどれも僕に対しての悪口を叩く最悪な内容だった。信者はそれに対して怒り心頭だったが、僕が慰めていた。


「僕は何言われてもいいんだ。君たちは自分の心のままに、安心安全に生活させてあげるから」

「教祖様素敵……」


 僕はそこから嫁を貰い受けることとなった。僕に一生着いてきてくれる事になり、孕ませた。子どもを産ませ、たくさん子作りをして、信者たちが結婚できるように信者合コンを開いた。


 そして幹部を設けることが出来るくらいまでには信者が増えた。世界にもその名が轟くように、世界各国にも回った。戦争地域で孤立した少年たちを助け紛争地域からアメリカ、ロシア、中国と広げて行った。


 そんな時だった。


「教祖様!!!」

「どうした?」

「私の子どもが、虐められ苦しめられ、金銭を奪われてしまい、何か助ける方法はありませんでしょうか!!」

「なんと、そんな事は許せない。幹部たちを集めなさい」


 信者のひとり。名前をユウダイと言う。最近入ってくれた仲間であり、幹部の1人からの誘いによって私を崇めてくれる良い子だった。

 彼の子どもが虐められているということであれば、復讐せねばなるまい。そう思い幹部たちに武器を持たせその家を襲わせた。


 ここから中原教は名前を全世界に悪い意味で轟かせ始めた。


 警察に捕まった僕の大事な部下たちは僕の権力によって釈放した。だって何も悪いことはしていないのだから。復讐を行い、悪い行いをしたものに神より天罰を下しただけなのだから。


 警察も馬鹿だ。権力があるのか何か知らないが神の前では無力で僕の目の前ではなんの効力もないのに。


 そして、ニュース記者たちは僕の元へ取材に来た。一言一句間違ったことは言っていないのに拡大解釈されニュースは瞬く間に全世界に渡ったが、僕の信者たちは僕を崇めてくれた。


「教祖様、お布施でございます」

「ありがとう」


 気づけば全世界に散らばりを見せた僕の中原教は約15万人の信者と活動することになった。各地でたくさんの天罰が下される中、皆が捕まってしまい可哀想だと感じた僕は政治家になろうと考え、出馬の仕方を調べていた。どうやら年齢の壁があり、出馬が今の現状では難しいという事が判定し、何年か待つしか無かった。


 今すぐにでも状況を変えたいと考えた僕はとある薬液を買い、腐った政治を壊そうと考えた。これはかの大事件を起こした教祖の真似事だったが、僕はそれが一番効率的だと考えた。そして輸入した薬液を幹部たちに渡し、再び名を知らしめて、神がどれほどの物なのか再確認してもらおうと考えた。


 そして運命の日。4月某日。学生や新社会人が増える地下鉄。満員ラッシュの中、教徒達を各地に配置し、僕はあの数十年前の教祖を習ってサリンを撒いた。


 ☆☆☆


 あの事件以来の最悪な出来事に世間は再び恐怖でめいいっぱいになった。そして僕は幸運を得た。


「死んだ者の中に教祖様の狙っていた人物が」

「え?」

「マツヤという名の青年。教祖様がずっと狙っていた人物と合致します」


 僕は本当に愛されているんだなと思った。数年ぶりの復讐がここに来て終わったのだから。スズ、ルイ、マツヤ、クラスメイトにマサト。全てを破壊し、全世界に僕を見てもらった。欲求が満たされ満足した僕は政治を壊すなんて考えを忘れて、満足して命を絶ち、本物の神と出会った。


 だけど神は僕を軽蔑した。


「お前の起こした行動は神への冒涜だ」

「ぼ、僕はみんなを救った!」

「……神を語るな」


 ☆☆☆


「教祖様ああああ!!!」


 教祖ミチヒロが亡くなった現場はたくさんの教徒達で溢れ返った。彼の起こした全ての事件は語り継がれることになり、負の歴史として名を残した。だが彼の復讐によって、日本からイジメが徐々に減っていっている。


 何故減っているかは明白だった。彼の起こした行動により、イジメの恐ろしさ、虐められた側、奪われる側の悲しさが伝わったからだろう。奪う側のニンゲンも下手すれば奪われる側に回るのが恐ろしくなったのだろう。


 亡くなった人たちは底知れない数だが、彼が起こした行動により救った命も底知れなかった。


 復讐は悪いのか。否か。その答えは全世界共通認識として、【悪い】のだろう。だが彼がミチヒロが教えてくれた行いは一概に悪いと言えるのだろうか。


 そう俺はメモを書き残し、彼を弔った。


「ミチヒロ。お前、本当にやってくれたな。最低だよ」


 ミチヒロの骨が埋まった墓の前、元家族として俺は彼を弔った。本当の父親である俺が助けられなかった後悔を背負って。

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