第3話 療法

 作業療法、略してOT(英語表記は長いので省く)が週に3回から4回ほどあったのだが、初日、コミックと塗り絵で潰した私はあるものを見付けた。ファミコンである。

 40インチほどのモニターとセットでファミコンがあり、ソフトも15本ほどあった。これはいい時間潰しになるな、と早速使用を申し出て、任天堂の古いアクションゲームをプレイした。

 懐かしくも楽しい。

 繰り返しだが、これが療法か、と思いつつゲームに興じる。別の古いシューティングゲームをやっていると見物人がちらほら現れて「上手ですね」と言うものだから、そこからはやや必死になったりもした。

 そしてこれでOT時間は気分よく潰せそうだなと半ば確信する。ついでにコミックも借り出して自室で読んでいた。こちらも当たりでなかなかに面白かった。

 この頃、2週目から3周目の辺りは大した事柄はなかったように思う。記憶にないのだから間違いないだろう。

 別のOTの日、ファミコンに先約があった際は、備え付けのオフラインPCに内蔵されていたソリティアを延々とプレイしていた。プレイしたことのある方なら解るだろうが、こちらは別に面白くも詰まらなくもない、単なる時間つぶしである。

 CIA陰謀論大好きな麻生さんから逃げるように席を移動した食事時間に、青峰さん(仮)と言う方と親しくなった。職務経歴が近かったからだ。

 勤めていた頃はこんなことがあった、という切り口で話題が尽きず、気付けば相当に仲良くなっていた。

 青峰さんは退院したら復職するか、農業でもやろうか、とこぼしていた。しかし復職するには自信がなく、また体調を崩すのが怖いから、持っている土地を農業に使おうと思っている、と言っていた。

 閉鎖病棟に限らず、患者の退院後のケアと言うのはなかなかに難しい話で、そういう専門家もいるが、人数も足りず浸透しているとは言い難い。事実、青峰さんのように退院後に不安を抱いているケースは多い。

 みんながみんな、私のようなお気楽ではないのだ。

 そんな青峰さんはスマホを持っていたが、連絡先を家族限定にされているとのことで、なるほど、そんなケースもあるのだな、と自分の自由度と比較して思った。

 この頃だっただろうか、15時におやつの配給があると知ったのは。

 事前に売店での購入申請をしておいたジュースやおかしなどが、後日の15時に配られるというシステムである。そんなものがあるのなら最初から言っておいて欲しい、とは我がままだろうか。

 しかしこのおやつ配給、実にやかましくて仕方がないのだ。

 時間になっても取りに来ないと病室まで来て「時間になったら取りに来てください」を毎度毎度連呼する、とても不愉快な方が担当している。

 1度言えば解る、こっちにだって都合がある、と反論しそうになるのをぐっとこらえるのに必死だった。

 時間軸が飛んでしまうが、青峰さんからはこちらが退院して少ししてからSMSと電話があった。内容は……。

「一緒に東京旅行に行きませんか?」

 ……東京! いや、青峰さんは良い人だから旅行に異存はないのだが、正直、東京に用事はない。観光地をあそこ、あそことピックアップする青峰さんだが、興味が湧かない。

 どう断ろうかと悩んでいると、病棟事情で電話は終了となった。

 コミュニケーションスキルが高いのも考えようだな、と自戒する。

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