第2章 砂川玲のアヤシイ雰囲気
その日俺が事務所に顔を出すと、見慣れないおばさんがいた。
ここの人事みたいなことをしてる樫尾が、俺の視線に気がついて紹介を始めた。ちなみに樫尾は俺の昔馴染みで、こいつだけはいくらやめろと言っても俺をソウと呼んでくる。
「あっ、ちょうどいい所に。この人は今日から『架け子』として来てくれてる砂川玲さん」
架け子とは、詐欺グループにおいて詐欺の電話をかける役割の人間を指す。
樫尾は砂川さんにも声をかけた。
「砂川さん、こいつはここで『道具屋』をやってるソウってやつなんだ。腕は確かだからこき使ってやって」
「オイ!!」
俺はすかさずツッコミを入れる。
玲サンはこのやりとりにまったく動じず、ただこう言った。
「今日からお世話になります、砂川玲です」
そして、にこやかに俺の目を見た後、お手本のように完璧な会釈をした。
玲サンは、何か不思議な雰囲気の人だった。
一見普通の人(それも結構美人だ)に見えるが、その目を見ると、コッチ側にドップリ浸かってることは明らかだった。俺のこういう勘は外れない。
俺はなんとなく玲サンのことが気になって、こう聞いた。
「それ、本名ですかぁ?」
「……どうかしら」
玲サンは笑顔を1ミリも崩さずそう言って、俺にも質問をしてきた。
「ところで、『山本亜子』って名前に聞き覚えはある?」
俺は妙な質問に眉根をよせつつ、考えた。
その時、樫尾が玲サンの後ろでぴくりと身動ぎした。でも俺はとりあえずそれには気づかなかったふりをした。
「……ない、っすね」
「それならいいわ。ソウくん、これからよろしくね。」
俺は喉の奥になにか張り付いたような顔で頷いた。
普段なら、「『道具屋』と呼んでくれ」と注文する所だが、なぜかそうしようという気が起きなかったのだ。玲サンの口から出た「ソウくん」という響きは、悪くない気がした。
そう、この時すでに俺は玲サンに恋をしていたのだろう。
樫尾はぼーっと立っている俺を珍しいものを見るように眺めた後、からかうように「ソウくん?」と言ってきた。もちろん俺は即座に食ってかかった。
その後数日、俺は仕事に身が入らず、ミスを連発した。詐欺グループの面々は最初は「しっかりしてくれ」と怒っていたが、数日経つと「どうしたの?」と各方向から心配の目を向けられるようになっていった。
原因はもちろん、恋煩いである。
寝ても覚めても浮かんでくるのは玲サンのことばかり。こんなことは初めてだった。玲サンのことを、もっと知りたくて仕方がない。
途方に暮れた俺は、さんざん悩んだ挙げ句、生まれて初めて恋愛相談なるものをすることにした。
俺は相手を誰にしようかと、家のベッドに寝転んで考えた(樫尾に「病院に行け」と休みを与えられたのだ。一応行ったが異常なしだった)。
樫尾は一番付き合いは長いが……ダメだな。からかわれるに決まってる。下手をすれば親父にまで話が伝わるかもしれない。それは絶対避けたいところだ。
となると……
他に役に立ちそうなのは、ミオくらいか。
ミオは、ここで「出し子」と呼ばれる詐取金の引き出し担当をしている女である。女子大生で俺とは同年代。確かここに来て2年目くらいか。詐欺はバイト感覚でやってるというちょっと頭のネジは緩めな奴だが、恋愛経験はけっこう豊富だ。アイツならまあ、からかってはくるかもしれないが、相談には乗ってくれるだろう。
俺はミオに電話をかけた。
「もしもし」
「もしもしぃー! 珍しいじゃん、どうしたの~?」
ミオの後ろからガヤガヤと喧騒が聞こえる。飲み会にいるようだ。
「取り込み中スマン、ちょっと相談があってさ…近々会えない? 奢るからさあ」
「マジで? 相談くらい、いっくらでも乗る乗る~!! やりぃ」
「んじゃよろ。いつ空いてる?」
「ちょっと待ってねぇ。え~と、来週なら月、木夜ならいけるよ!!」
「そしたら月曜夜で。行きたい店あったら送って」
「おけまる~」
俺は電話を切り、ベッドに突っ伏した。俺には1人で悩むのは性に合わない。女心の塊みたいなミオに聞けば、なんかしらヒントはあるだろう。
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