婀娜骨(あだぼね)
春木みすず
第1章 形代双のアイデンティティ
俺は10歳ごろからコンピューターが好きだった。
暴力団員の親父の事務所に出入りしていた「道具屋」、つまり金融機関や携帯電話事業者から不正な手段で個人情報を入手するハッカーは、俺の一番の遊び相手になってくれたし、そいつと遊ぶには電子の海は実に都合がよかった。最初はPCでいっしょにオンラインゲームをしているだけだった。しかし、俺の親父はそれを良しとはしなかった。
俺は親父のことは嫌いだった。親父がカタギでないことは、しばしば俺が同年代の友達に疎外される原因になったし、俺は暴力団には向いていないのに親父は俺を引き入れようと躍起だった。ひょろくて腕っぷしも弱い、内気な俺には迷惑千万な話だった。
やがて親父はPCゲームに没頭する俺を見て、俺に「道具屋」の後を継がせることを思いついたのだった。そして、それは実にうまい考えだった。俺はゲーム感覚で次々にクラッキング技術を吸収し、道具屋も驚くほどに腕のいいハッカーに成長した。高校は行かなかったが、高校に上がる年齢には既にハッカーとして仕事を受注するようになっていた。
そうして俺はハッカーとしての居場所を確立していった。そのうち、暴力団の中で俺を含め数人は詐欺グループとして活動を始め、俺はそのグループの新たな「道具屋」におさまった。俺はクラッキングによる個人情報の取得や、闇金業者との取引による個人情報の買い取り、その他金に困っている匿名の一般人からの個人情報の買い取りを行い、それを詐欺グループに横流しして、それなりに稼ぎを得た。親父も俺の手腕を認めるようになり、昔のようにすぐ殴ったりはしなくなったので、俺は満足していた。まあ、たまに愚痴を言われることはあったが。
母親のことは記憶にない。それもそのはず、母親は俺を産んだときに死んだそうだ。俺は本当は双子だったが、先に生まれた兄は死産した。えらい難産の末に俺はなんとかこの世に生を受けたが、その時には母親はこと切れていた。俺の名前「双」はこの双子のことを表している。兄を忘れないためにつけられた名前だった。俺はこの名前が嫌いだ。自分以外のものまで込められた名前なんて重い。なので俺は組織内ではもっぱら「道具屋」と呼ばれることを希望した。そう、「道具屋」こそが俺のアイデンティティなのだ。形代双なんてのはただの記号、無駄なコードにすぎない。
グループにいるうちに、俺は何人かの女とつきあい、肉体関係を持つようになった。俺は童貞を捨てたことで若干調子に乗り、内気な性格はいくらか改善された。少なくとも、デートでどぎまぎすることは減ったし、女性にアタックすることも増えるようになった。しかし、女たちとのそういった関係は俺にとっては単なるお遊びであり、あまり本気になれるものではなかった。そして女たちもそれは分かっていたし、彼女らは年若い俺をどこかからかっているような雰囲気があった。
かくして俺はハッカーとして10代の後半を過ごし、20歳の誕生日を迎えた。
玲サンが俺らのグループに雇用されたのは、その数ヶ月後だった。
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