第3話 薬草探し

「坊主! これの赤色があるか?」


 中年男性から服の在庫を問われた。


「在庫を確認して来ます。少しお待ちください」


 俺は足早に在庫置き場に足を運んだ。


「赤色、赤色、赤色――――あった!」


 商品を見つけた俺はお客さんの下へ駆ける。


「こちらでお間違いありませんか?」


「おう! ありがとうな」


 満足そうな表情を浮かべて、会計の列に並んでいった。


「家の売り上げに貢献しないと……」


 困った人がいないか店内を見回る。


 俺は今年で八歳になり、店の手伝いを任されることが多くなった。正しくは、自らやりたいと頼んだのだ。理由は二つある。


 一つは、まともな判断力があると思わせたかったからだ。中身は二十代の男だが、外見は子供。年相応の言動を見せてきたが――――。


『ウサギさんが見たい!』


『お花さん可愛いね!』


『これ大好き!』


 精神的に限界を迎えていた。だからこそ少しでも大人らしい素振りを見せて、精神年齢とのギャップを埋められるよう努力していた。その甲斐あって、一人称が『ぼく』から『おれ』に変えることに成功した。


 二つは、レイナが懐妊したからだ。元々ロイドが独立してからこの店を立ち上げ、後にロイドとレイナは結婚した。俺を身籠みごもっていた頃は、まだ駆け出しだったということでロイド一人でも切り盛りできたのだが、今じゃ王都の中でも指折りの人気店にまで成長した。その上、季節は冬に変わり想像以上に繁盛している。レイナも出来る仕事があるのだろうが、匂いが気になってしまう仕事にならないらしい。俺としても、日頃お世話になっている恩返しとして店の手伝いをしているというわけだ。


「アルムちゃん、久しぶり」


「メーデルおばさん!」


 このメーデルという高齢女性は王都内で診療所を営む夫人だ。森で遊んでいると怪我をすることがあるので、よくお世話になっている。大半は魔物狩りだけど……。


「こんな小さいのに、頑張ってて偉いねぇ」


 頭を撫でてポケットから、砂糖菓子を寄越よこす。


「ありがとうございます」


「……お母さんの体調は良くないのかい?」


「そうですね。吐き気とか頭痛とか辛そうで……そうゆう症状に効くお薬はありませんか?」


 診療所を営むだけあって薬学に関する知識は豊富だ。何か知らないか探りを入れる。


「勿論あるにはあるけど、特効薬じゃないから副作用が心配だね……」


「特効薬、あるんですか?」


 メーデルは失言をしたような表情を浮かべる。


「ええ、その、それは……」


「教えてください! お母さんに元気になって欲しいから」


 けむに巻こうとする彼女に、子供らしい愛嬌のある素振りを見せつけた。


「……北方のレブロック山脈に自生している薬草があればね……」


 レブロック山脈……王都周辺の山脈では一番近いし、行けない距離ではない。


「色々な薬に使うから商人の方に頼んだのだけど、無理そうなのよね」


「何かあったんですか?」


「その山脈付近に大蛇の魔物が出たらしいのよ。困ったわ」


 メーデルは大きくため息をつく。


 冬の、しかも山脈付近で蛇の魔物が活動しているとは思えないが……。


「その薬草ってどうゆう見た目なんですか?」


「お薬のこと気になるの? じゃあ、お手伝いが終わったら診療所に来てね」


「はい」


 世間話を終えた俺は、お客さんとして彼女の服を探した。


 ***


 夜を迎えて家族で夕食を囲んでいた。今日は雪が降っていつも以上に冷え込むため、白煉瓦しろれんがの暖炉を焚いている。


「メーデルさんの診療所に行って何したんだ?」


「……おいしいお菓子を貰っただけだよ」


 ロイドに薬草ことを伏せることにした。嘘を隠すためスープを口に運ぶ。


「――――しょっぱい……」


「嘘つくなよ、お父さん頑張って作ったんだぞ――――しょっぱっ! なんで⁉」


 この世の神秘を見たような表情を浮かべるが、作ったのはあんただぞ。


 レイナの体調が優れないため、最近ではロイドがご飯を作るのだがお世辞にも美味しいとは言えない。


「ご馳走様……」


「しっかり食べないとだめだぞ」


「食欲がないの。それに貴方のシチューは美味しくないわ……」


「…………」


 レイナは夕食の半分も食べずに寝室に籠る。ロイドは去り際の一言で意気消沈いきしょうちんしている。


 最近はずっとこの調子だ。レイナは不調によって機嫌が悪く、言葉の節々に棘がある。ロイドは仕事と家事で疲労困憊ひろうこんぱい。お互い心に余裕がない状態で、少しギスギスしている。


 二人には仲良し夫婦でいてもらうため、俺が何とかしなくては。


「洗い物は俺がやっておくから休んでて」


「……済まないな、アルム」


 重い腰を上げてロイドは立ち上がる。


 あの様子だと朝まで熟睡だろうな。


「レブロック山脈には今夜決行だな」


 俺は食器とたわしを両手に持って、夜の予定を決定した。


 ***


 時針が十二時を過ぎた頃――――。


 俺は静かに毛布を退かし、ベットから降りる。こんな夜遅くまで起きたことは無いので、念のため仮眠を取っておいた。


「さむッ……⁉」


 昼間より一層冷え込んでいた。正直、毛布が恋しいが今はそれどころでは無い。


 外着の上から毛皮のコートを羽織はおり窓を開ける。しんしんと雪が降っているが、大した障害にはならない。


「行ってきます」


 俺は小さく呟き、屋根の上を駆ける。


 ここから薬草の群生地ぐんせいちまで数十キロ程度。体が大きくなったので、多少道草を食っても往復は可能だ。勿論、心配を掛けないよう余計なことはしない。


 薄っすら白く積もった屋根を飛び越えながら、城壁を飛び越える。


 薬草の特徴はメーデルの図鑑で記憶したが、問題は魔物の方だ。蛇系の魔物は何体か知っているが、どれも冬に活動するような個体ではない。見間違えだという線もあるが、この知識は前世のもので五百年もたった今、新たな個体が存在しても不思議ではない。倒せるのならば薬草ついでに狩っても良いが、慣れない場所での戦闘はリスクも高い。


「当初の目的通り、薬草取りに集中しておこう」


 森を切り分けた街道に足を踏み入れ、さらに加速した。


 ***


「凄ぇ雪だ……」


 平らな街道を抜け、山道に差し掛かろうとした所で降雪量が増え、足首の高さまで雪が積もっていた。


 【シャドウムーブ】で移動したいところだが、ぶ厚い雲で月が覆われてしまい地上に月明かりが届かない。【シャドウムーブ】は影の無い場所では発動できないのだ。


 仕方ないが雪の上を歩いていくしかない。不慣れな足場に戸惑いながらも、ザクザクと音を立てて踏み歩いた。


「はぁ――――もう疲れた!」


 山道を歩き始めてから数十分後、俺はその場に仰向けで寝転がる。積もった雪が俺の体を冷たくも、優しく包み込んだ。


 遊んでいるように見えるが、あまりかんばしくない。俺はメーデルから正確な薬草の位置を教えてもらったが、広大な山脈の中から見つけ出すだけでも骨が折れる。その上、地表は雪で覆われ見つけ出すハードルが数段上がってしまった。この地点ですら、膝下くらいまで積雪が進んでいる。


「火属性魔法でも使えたら良かったんだけどな……」


 無いものねだりをしても現状を打開できないことは知っているが、弱音を吐かずにはいられなかった。


「⁉」


 突然、人の気配を感じる。俺は気付かないふりをして仰向けのまま周囲を観察した。


 こんな大雪の山で人? 猟人か? 山賊か? それとも――――。


 地中からの震動を感知した俺はその場から離れ、戦闘態勢を取る。徐々に揺れが強くなっていき――――地面の中から魔物が姿を現す。


泥潜蛇グランド・サーペント


 紫みがかった青色のうろこを全身に纏い、鋭く細い眼光は『捕食者』という印象を浮かばせた。地中に隠れていて全長は分からないが、見えているだけでも五メートルはある。


「強そうだな……でも、何で?」


 前世でも存在した魔物だが、冬場に活動する個体ではない。先程の人間たちがこの蛇と関わっている可能性が高い。関わる予定では無かったが、巻き込まれてしまった以上、仕方がない。


「新魔法のさびにしてやる! 光栄に思え!」


 気分転換のため、薬草のことはすっかり忘れて戦闘に集中した。


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