第2話 魔物狩り

 これから魔物を狩りに行くにあたり一つ問題があった。眠り花で寝てしまった両親の処遇についてだ。


 周囲に魔物の気配を感じないが、無防備に放置するわけにはいかない。そんな不測の事態に備えてこの魔法が役に立つ。


「【ローブ・ジエルド】」


 円形状の黒い膜が二人を包み込んだ。


 【ローブ・ジエルド】は『暗黒魔法』から生み出した魔法で、結界魔法を模して作った代物。


 俺は魔力を全身に巡らせて肉体を強化すると、全力の蹴りを結界に叩きこんだ。


 ガン、と鈍い音を立てたが傷一つ無い。


「悪くないな……」


 五歳児の体とはいえ、効率よく魔力を巡らせていれば、複数人の大人を倒すことも可能である。その全力の蹴りでビクともしなかったのなら、任せて良いだろう。  


「さて、行こうか」


 俺は地面を踏みつけ、やや大きな動作で走り出す。春風が体を通る心地よさは存分に感じながら、魔物探しを楽しんだ。


 俺は走りながら魔物を探すこと数十分後、黒狐スティングフォックスの群れを確認した。


 黒狐は黒い毛並みが特徴の小型魔物で、牙や爪が鋭く獰猛どうもうだ。数は十二体。初戦闘が群れとなると油断はできない相手だ。


 俺は助走をつけて跳躍し、群れの中心に飛び込む。


「まずは素手で相手してやる!」


 死角を突いた黒狐から蹴り飛ばす。もろに入ったが致命傷には至らず、即座に復帰す果たす。引っ掻きや噛みつきを回避しながら拳を打ち込むが、力不足と言ったところだろう。


「しゃあないな。【黒器創成くろきそうせい】」


 俺は漆黒の短剣を右腕に作り出し、飛び込んできた黒狐の腹を掻っ捌く。


 【黒器創成】は俺の魔力を結晶化する魔法。硬度は並みの剣を遥かに上回る。


 俺は急所を狙って次々に黒狐を斬っていく。


 複数で攻めてきても身体強化と冷静さ、そして小柄な体格を活かして回避する。


「ふう、悪くないじゃん」


 全てを切り伏せた俺は息を整える。


 打撃が通用する程の力はないが、戦いようがありそうな体だ。それに魔法も使える。前世では感覚的に魔法を使っていて、固有魔法と向き合うなんてしてこなかった。訓練兵時代の戦闘技術も合わせれば、強敵とも渡り合える。


「まだまだ時間はあるな」


 俺は次なる魔物を求めて再び走った。


 ***


「往復時間を考えるとそろそろ潮時しおどきか……」


 黒狐スティングフォックス戦の後も何度か魔物と出くわした。


 できればイルクスが言っていた魔物に会いたいものだが……。


 周囲の気配に敏感になっている中、微かに人の悲鳴が聞こえる。俺は足を止め、耳を澄ました。


「――――あっちか!」


 俺は悲鳴が聞こえた方向へ急転回して走り出す。そう遠くはないはずだ。


 悲鳴の先には少女が泣いていて、怪我人もいた。そして木と同じくらいの高さがある魔物が見えた。馬車は半壊しており、路上で襲われたことが推測できる。


「【黒器創成くろきそうせい】」


 短剣を片手に魔物の足に斬りかかる。が、ギャンと音を立てて俺の斬撃がはじかれた。


 注意を引くため全力の攻撃では無かったが、傷一つ付かないとはな。


 俺は少女のところに近寄り、状況を確認する。


「君たち、動けそう?」


「ヒグッ、ヒグッ――――」


 少女は魔物に怯えていて対話どころでは無い。怪我人の男は出血はしていないため、殴られて気絶したというところか。


 次に魔物を確認する。


 これは人鬼オーガか? でもこの見た目は――――。


超人鬼ハイ・オーガかぁ……」


 超人鬼は五メートルを超える人型の魔物で、他の人鬼と違って染め紅などが顔に塗られている。それは力の象徴、すなわち群れの中で一番強いことを意味するのだ。


 そんな群れの長が居るってことは、その群れが近くに居てもおかしくない。現状の俺では、人鬼が無理なく倒せるレベル。軽い運動だと想定していたため、ポーションは持ってきていない。超人鬼が相手となれば、命の保証も絶対とは言い切れないな。


 俺一人なら逃げても良かったんだが、怪我人に子供までいる。


 見捨てるか、いや流石にそれは――――。


「助けて……お兄ちゃん」


 少女は声を振り絞って、俺に助けを求めた。


「――――馬鹿だな俺は……」


 人生初の人助けチャンスをこんな雑魚に奪われてたまるかよ。 

 

「来いよ、世間知らずのクソオーガ! 元死神の力を見せてやる!」


「グオオォ――――!」


 右手に持っていた大木を勢いよく振り下ろす。地表が粉砕し、衝撃が轟く。


 いくら俺でもこれを食らったらお終いだ。身体的な力と耐久力では太刀打ちできない。俊敏性や手数は上だが、攻撃が軽すぎて倒しきるには時間が掛かる。


「【黒器創成】」


 自分の身長を上回る、長剣を作り出す。


 力不足なら武器の重量を上げる方法が一番手っ取り早い。とはいえ、強みの俊敏性が落ちてしまってはダメだ。


 俺は太陽の位置を確認すると森の方へ後退する。追撃しようと、超人鬼も追いかけた。


 超人鬼が陽光から生み出された森の影を踏むのを確認し――――。


「【シャドウムーブ】」


 森の影に潜るように消えると同時に、超人鬼の背後から出現する。無防備な背中に右肩から斜めに深く斬り込んだ。


 【シャドウムーブ】は影の中を移動する魔法で、俺と対象の影が繋がることで発動できる超短距離型の移動魔法。


 発動時間は刹那せつなの一瞬に等しく、相手にしてみれば目の前から突然消え去り、次の瞬間には背後にいる。初見で避けられるものなど居ないだろう。


 深めに斬り込んだつもりだったが、筋肉の層が思ったよりも厚い。まあ、大した問題にはならない。


「このまま畳み掛ける!【シャドウムーブ】」


 再び、超人鬼の背後に移動すると、先ほどの切り傷を辿たどるのように深く斬り裂く。斬り込みを入れておいたお陰で、より深部にまで刃が届いた。


「オオオォ――――!」


 細やかな抵抗で太い腕振り回し、頭に掠って額から血が伝った。


「ッ⁉ このクソオーガ……怪我させんじゃねえよ! 【シャドウムーブ】」


 血を拭い、三度みたび超人鬼の背後に移動する。


 次は内臓を掻っ切って殺してやる!


 己の勝利を確信した次の瞬間――――大木が自身の頭上に振り落とされた。


 ***


「オオオォ――――!」


 超人鬼ハイ・オーガは叫んだ。


 群れの中で一番の強者である自分が、人間風情にあしらわれていることに腹を立てた。だからこそ考えた。二度の経験からこれから何が起こるのかを予測し、一矢報いれたのだ。


「嘘……お兄ちゃん……」


 少女は再び絶望の底に叩きつけられ、超人鬼は舌なめずりをする。


 戦いで負った傷を癒すため、彼女らを食おうとしているのだ。


「嫌……こっち来ないで!」


 少女は後退あとずさりながら、石ころを投げる。無論、そんなことには気にも留めずに、太い腕を伸ばす――――。


「人助けの邪魔すんな」


 背後からアルムの長剣が心臓を貫いた。


 捕食しようと伸ばしていた腕が、死にたくないと背中に腕を伸ばす。


「一本じゃ物足りねえだろう!」


 彼は両手に長剣を作り出し、次々に超人鬼の体を貫き――――膝から崩れ落ちた。


「良い事をするのは気持ちいいな!」


 死んだのを確認したアルムは、少女たちの下へ駆け寄った。


 ***


「とりあえず応急処置は完了、と」


 馬車の廃材と布で男の腕を補強する。


 超人鬼ハイ・オーガに殴られて腕やあばらの骨は折れているが、命に別状はない。女の子は泣いていただけで怪我などは無い。


 群れがいると予想していたがそのような気配はない。一体だけで行動とは珍しいが、仲間が居なくて助かった。あの超人鬼は俺の想定を上回っていた。しかし、不意を突かれたあの瞬間、俺は大木の影と森の影が繋がっていたことに気付き、大木の影に潜り込んだ。


 一歩間違えれば死んでいたかもしれない。これからは更に用心していこう。


「魔物は倒したから心配ないよ」


「ヒグッ、ヒグッ――――」


 何とか安心させようと声を掛けるが、茶髪の少女は深緑ふかみどり色の瞳からボロボロと涙を流している。


 子供の扱いなんてどうすれば良いんだ……そうだ!


「見てこれ、カッコいいでしょ。君にあげるよ!」


 赤ん坊だった頃、両親が玩具を与えてくれたことを思い出し、短剣を差し上げるが……効果はいまひとつのようだ。


「流石に短剣で泣き止む少女はいないか……」


 女の子が好きそうな物……そうだ!


 【黒器創成くろきそうせい】で手のひらより大きい楕円形だえんけいを作りだし、短剣で削っていく。触っても怪我しないように端を綺麗に削って、表面に切れ込みを入れた。


「これ、何だか分かる?」


「……ウサギさん?」


「正解、景品として差し上げます!」


 差し出すと、短剣の時とは違って受け取ってくれた。


「可愛い……」


 少女はにっこり笑い、泣き止んでくれたようだ。


「俺はアルム。君の名前はなんていうの?」


「ラビス! 私の名前!」 


「そっか。よろしくね、ラビス」


「クッ……」


 気絶していた男が意識を取り戻した。


「パパ!」


 ラビスはそう言って、男の下に駆ける。


「ウッ……⁉」


 ラビスパパは骨折の痛みで額には脂汗をかいていた。


「動かないでください。腕とあばらが折れているから」


「娘を連れて逃げてくれ! 魔物が近くに――――」


「超人鬼なら俺が倒したので安心してください」


 俺は超人鬼の死体を指差すと、彼は口を大きく開けた。


「これは……夢か?」


「ラビス、パパの顔を引っ張ってあげて」


 ラビスは彼の両頬をぐにー、と引っ張た。


「いてて……夢じゃないのか。凄いな、君は……」


 痛みに耐えながらゆっくりと起き上がる。


 しかし、動ける状態ではなさそうなので門兵に知らせようと思う。魔物を狩ったことがバレてしまうが、どうにかなるだろう。


「結界張っておくのでここで待ってください。今、門兵を呼んできます」


「待ってくれ!」


 結界を張ろうとした俺の腕を掴む。


「動けない怪我ではないし、集落からそんな離れていない。門兵を呼ぶ必要はないよ」


 そう言ってはいるが、俺の腕を掴んでいるだけでも辛そうだ。


 俺はラビスに目を配る。


 彼の怪我が悪化するようなことがあれば、ラビスにも迷惑がかかってしまう。


「安心してくれ。肉体強化はできるし、薬学にも精通している。それに、これ以上恩人に迷惑を掛けたくはない」


 門兵に知らせる行為が俺にとって不利益をもたらすと気付いているらしい。


「分かりました。せめてこれを……」


 俺は長剣を作り出し、彼に渡した。丸腰より幾分かマシだろう。


「何から何までありがとう。この恩は忘れない……」


 折れた骨を庇いながら、自分より小さい子供に頭を下げる。


「じゃあ、ラビス。あの子にお別れの挨拶をして」


「バイバーイ! アルム!」


 ラビスは両手を広げ、元気よく言った。


「うん、バイバイ!」


 俺も小さく振り返した。ラビスたちの背中が見えなくなるまでその場に留まっていた。


「何も無いといいんだが……」


 家に帰ろうとした時、ふと思い出した。


「二人のこと忘れてたぁ!」


 俺は血相を変えて走り出す。


 潮時しおどきの時間から三十分は過ぎただろう。眠り花の効果も切れて起き出すころだ。


「これはまじでやばい!」


 全速全身超加速で茂みを抜け、森を抜け、魔物さえも抜ける。


「どけよ!」


 【シャドウムーブ】を駆使して戦闘を回避する。


「勘違いしないでよね! 別にお前の為に戦わないわけじゃないんだから!」


 過去一の焦り具合から、性格に難ある女子のような口調で言い訳してしまう始末。


 それでも正しい進路で走っていき、目的地に到着できた。


「アルム! 返事をして!」


 しかし、時すでに遅し。レイナは涙を浮かべている。結界は先の戦闘に集中すしていて、解いてしまったようだ。


「返事をしてくれ! アルム!」


 ロイドは木に上って叫んだ。


「父さん! 母さん!」


 まともな案が浮かばず、正直に草むらから顔を出した。俺の声に気付いた二人、真っ先にレイナが駆けつける。


「アルム! 頭から血が……!」


「少しぶつけただけで、平気だよ」


 レイナの形相に押されながらも、質問に答えた。


「――――良かったぁ……」


 頭の怪我と無事が確認でき、俺を力強く抱きしめる。


「レイナ! アルムは無事なんだな⁉」


 木から降りて来たロイドも俺たちの元まで走ってきた。


「ええ、頭をぶつけただけみたい」


「はぁ――――たくっ、どこ行っていたんだ!」


 レイナに対してロイドは怒っていた。


 俺が悪いのは分かっている。だが、魔物狩りをしていなかったらラビスたちは死んでいた。良い事をしたのに怒られるのは納得いかない。


 変な意地で謝るのを躊躇ためらうが、二人の服がひどく汚れているのが分かった。レイナのワンピースは土で汚れており、ロイドの普段着は木に上った時に破けてのか、肌を露出していた。


 服屋だからといって雑に扱っていないだろう。むしろ作る人間として、人一倍服を大切に扱っていた。


 そんな二人が俺を探し出すために、こんなになるまで……。


「……ごめんなさい」


 謝って数秒後――――ロイドは俺を抱き上げる。


「帰るか」

 

「そうね、帰りましょう」


 最低限の身なりを整えて歩き出した。


「「「…………」」」


 長い沈黙が続く。怒られた俺が喋り出すのは少し気が引ける。


「また来ような、アルム!」


 そんな俺を見兼ねたロイドは笑顔で声を掛ける。


「今度はもっと先まで行きましょう!」


 レイナも笑顔を見せる。


「うん!」


 夕暮れの日差しが俺たちの帰路きろを温かく照らした。

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