死神と恐れられた俺、転生したら平和な世界だったので自由気ままな人生を享受する

@TMDN

一章

転生編

第1話 転生

「なんで……生きているんだっけ?」


 静かに降り注ぐ雨を存分に浴びながら、ボソッと呟く。


 誰しも一度は思ったことがあるだろう哲学的な問いだ。俺は正解も不正解もない議題を、愚かにも敵地の真ん中で考えた。


 だが、考えるのにこれ以上ないほどの環境だと言える。雨音は思考をクリアに出来るし、敵は全員殺した。眼前には先程まで俺に剣を向けていた剣士たちが、血肉や臓物ぞうもつを撒き散らし、絶望した表情で死んでいる。


「集中するか……」


 俺はまぶたを閉じ、己に議題を問い続ける。


 敵を蹂躙するのが楽しいから?


 莫大な富と名声を得られるから?


 誰もが羨む美女を抱けるから?


「いや、違うな」


 最初はそれで良かった。でもそれらは、俺を満足させるには至ることは無い。


 では、俺が満足できた時はいつだろうか?


 俺はふと、二つの光景を思い出すと、微かに笑った。


 訓練兵だった頃の光景、そして妻が生きていた頃の光景だ。


 こんな幸福な時間を二度も経験できたなんて、俺は運が良かったのかもしれない。 


 だが、その幸福をくれた彼らはもう居ない。


 現実に戻った途端とたんに俺から笑顔を消え去り、怒りの感情が込み上げる。


 俺は本当にどうしようもない奴だ。師匠を死なせた日から俺は何一つ変わっていない。


「何が死神だよ、クソがぁ――――!」


 俺は目を見開き、怒りのままに魔法を発動した。地中から針状の黒い柱が無数に飛び出す。地面がひび割れ、転がる死体にも突き刺さった。


「ハア、ハア、ハア……」


 突然湧き出た怒りは、急速に勢いを失う。


「……死ぬか」


 議題の答えは出た……残酷で、空虚な世界で生き続ける理由はもう無い。


 右手に漆黒の短剣を作り出し、躊躇ためらいなく己の心臓に突き刺す。傷口から服に血が染み出し、吐血する。


 俺が死神と呼ばれる理由の一つが、『死なないということ』だ。


 物理攻撃は勿論、魔法による攻撃を受けて殺されることはあっても、死ぬことは無い。

 

 この力のせいで散々苦労したが、この考察は当たっていたみたいだ。


 死が迫ってくるのを感じる。最早、思い残すことなど微塵みじんもない。


 俺は死体が転がっているのをお構いなしにその場に仰向けで倒れ込んだ。意識が朦朧もうろうとして、呼吸も浅い。


 ようやく死ねる……もう、辛い思いも己の不甲斐なさを感じなくて済む。


 俺を取り巻く全てから解放されるのだ。


「最低最悪で……良い人生だった」


 俺の行いは誰からも祝福されないものであったが、出会えた人達には恵まれた。


 俺の意識は消え去り――――息を引き取った。

 

 ***


 死累戦争しるいせんそうが終結して五百年後――――。


 ベルモンド王国王都で服屋を営んでいる夫婦の間に男の子が産まれた。


 「可愛い、貴方見て! アルムが目を開けたわ!」


 母親のレイナが我が子の顔を見るやうっとりする。


「レイナに似て可愛いな!」


 父親のロイドは我が子の頭を優しく撫でる。


「あうーばあうあー」


 赤ん坊はつたないながらも言葉を発した。


「もうっ! なんて可愛いのかしら」


「お父さん! 死んじゃうから止めて!」


 二人とも我が子にデレデレであった。


「そうだ、アルムの為に服をったんだった。今すぐ着せよう」


 ロイドは足早に二階へ駆け上がっていく。


「お洋服、楽しみでちゅねー」


「あうあーゆあうあー」


 レイナは言葉が伝わったと思い、更に舞い上がった。


(一体どういう事だ⁉)


 彼女の言う通り、言葉は伝わっていた。しかし残念ながら洋服が楽しみというわけでは無かった。


 世界中から恐れられた死神は五百年の時を経て、赤ん坊に転生したのだった。


 ***


「冷たッ⁉」


 目覚めた俺は桶に溜められた冷水で顔を洗う。


 俺がこの時代に転生して、早五年が過ぎた。五歳ではろくな情報が集められなかったが、それでも現状を知るには十分だ。


 現世の俺の名前はアルム=ライタード。両親はベルモンド王国の王都に住居を建て、衣服を洋裁ようさいして生計を立てており、満足な生活ができる程度には稼いでいる。 


 前世で過ごしていた土地は五百年前の死累戦争しるいせんそうで魔力循環系が崩壊し、仕方なく放棄したという。今はアグエラ大陸に移り住み、発展してきている。


「死累戦争、か……」


 俺はタオルで顔を拭いて、呟く。


 書き記された歴史によると、俺が自決した後もしばらくの間、戦争が続いた。また、当時の俺についても綴られていた。


残虐非道ざんぎゃくひどうの男』だとか、『災禍さいかの怪物』だとかよく書かれていたわけでは無かったが……しかし、自分が死んでから何年経ったのか知ることが出来ただけありがたいというもの。


「いつまで顔を洗っているの? 早く朝食を食べなさい」


 手洗い場から出てこない俺を不審に思ったレイナはリビングに行くよう促す。


「はーい、母さん」


「おはよう、アルム」


「おはよう、父さん」


 ロイドは新聞を読みながら挨拶を交わす。


 俺は椅子に座って朝食を食べ始める。今日はパンとシチューだ。


「貴方、今日は休みなんだからどこか行かない?」


「そうだな……アルム、行きたい所はないか?」


 行きたい場所があった俺は、急いで口に含んだパンを飲み込む。


「僕、ウサギさんが見たい!」


「ウサギさん、良いわね! 外に連れてってあげましょう。ねえ貴方?」


「分かった。ピクニックに行こう!」


「良かったわね、アルム。私は昼食を作ってくるわ」


 レイナは足早にキッチンに駆け込む。


「ウサギさんに会えるといいな」


「うん!」


 俺は大きく頷き、気持ち早めに朝食を食べ進める。


 勿論、ウサギに会いたいなんて建前で、魔物と戦ってみたい。戦闘経験はあるが、魔力量自体は前世には到底及ばない。仮に、前世のような魔法ブッパをしたら、あっという間に無くなってしまう。


 だからこそ、未成熟な体が育つまでの五年間、自身の固有魔法と向き合った。今の俺がどこまで出来るのか知っておくにはいい機会だ。


「食べ終わったら、水洗い場にあげておいてね」


「うん」


 朝食を食べ終えた俺は着替えるため、自室に戻った。


 ***


 俺は動きやすいようにジーンズに着替えた。


「良い天気だな」


 暖かく照らしつけるに日差しに、ロイドは肘くらいの高さまで袖をまくる。


「そうね、ピクニック日和だわ」


 城壁から吹きつける春風がレイナの白いワンピースを揺らす。


「アルムが好きなクロワッサンも入っているわよ」


 レイナは手に持っているバケットを俺に見せつける。


「お前は本当にクロワッサンが好きなんだな」


「うん、僕、クロワッサン大好き!」


 年相応の演技をしているが、クロワッサンが好きなのは本当だ。


「ロイド、家族連れて遠足か?」


 眼前に大きな門が見えた所で、門兵のイルクスに声を掛けられる。


 イルクスはロイドの友人で、もよおしごとで何度か見かけたことがある。


「今日も仕事とは精が出るな!」


「お前こそ可愛い妻子連れていいご身分だな、この野郎」


 この会話だけでも彼らの友情は硬く結ばれていると分かる。

 

「イルクスさん、こんにちわ」


「こんにちわ!」


「挨拶できて偉いな、アル坊。見ない間にまたデカくなったな」


 イルクスは俺を頭を力強く撫でた。 


「……ロイド、ピクニックは結構だがあまり森の奥には行かない方がいい」


「その予定だが、何かあったのか?」


「魔物の目撃情報が最近多いんだ。中には俺らでも対処が難しい個体もいると聞く。まあ、気を付けろよ」


「ああ、肝に銘じておく」


「ピクニックの感想聞かせろよ、アル坊!」


 離れていく俺たちにイルクスは手を振った。


 彼との交流は少ないが良い奴だし、死んで欲しくないと思う。


 だから任せろ。俺がその魔物を倒してやる。


 ***


 城壁が視認できる程度の距離で、緑に生い茂った森を散策していた。


「ほら、アルム。ウサギさんだぞ」


 ウサギが逃げないよう、適切な距離を保ってウサギを眺めている。


「ウサギさん可愛い」


 仕方ないとはいえ、二十代前半の男が五歳を演じるのは疲れる。こんな小動物はいいから凶暴な魔物と戦いたいものだ。


「そろそろお昼ご飯にしようか」


 かぱっ、と懐中時計を開いたロイドは昼休憩を提案する。 


「どこにしましょうか?」


 良さげな場所を探すために周囲を見渡す。


「あそこ、あそこにしよう!」


 俺は森の中で日差しが降り注ぐ、開けた場所を指差す。


「そうしようか」


 芝生の上に布を敷き、バケットからクロワッサンを取り出す。


「いただきます!」


 俺はクロワッサンを口いっぱいに頬張った。


 バターの香ばしい風味とサクサクの生地が絶妙に調和している。


「もう、お口にくっ付いているわよ」


「――――ありがとう」


 レイナは口に付いたクロワッサンをハンカチで拭う。


 この体に慣れたが好物を食べていると、行儀など二の次になってしまうな。


「サンドウィッチもおいしいよ」


たまにはにはピクニックも悪くないわね」


 自然を感じながら、他愛もない話で盛り上がる。


 野外でピクニックが出来るなんて、やはり平和が一番だな。


「「…………」」


 昼食を始めて数十分後、ロイドとレイナは眠りに就いた。


 平和ボケした両親でも、魔物がうろつく森で寝るほど馬鹿ではない。


「どうやって抜け出そうか考えていたけど、『眠り花』が生えていて助かった」


 眠り花は暖かい場所に自生していて、紫色の可愛らしい花に見えるが、睡魔を誘発する花粉を放っている。勿論、体の悪影響は一切なく、薬でも使われている。


「さてさて、今の俺はどこまで出来るかな?」


 俺は体を伸縮させて、期待を胸に躍らせた。

  

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