2 女子高生、生物学の本に感動した挙句無茶ぶりをする
「うわ、なんだ……これ、めっちゃ、おもしろいじゃん……」
その夜、さっそくレポートのネタに図書館で借りてきた本を読んでいた私は、ただただ驚愕しました。
進化論とは言え、小難しい話が続くんだろうなあ、とページを捲りだしたが最後、私の手は止まらなくなりました。小難しいなんて、とんでもない。魚の起源から、魚が陸上に上がり、両生類となり、やがては虫類が陸上を制覇し、恐竜が幅をきかし、その後脳の進化をも説明しながら哺乳類の繁栄を綴ったその「本」は、予想を裏切る面白さでした。
それまで理科の本というと、難しい専門用語に辟易してしまうのが常でしたが、まず、その解説が平易で丁寧。勉強嫌いの高校一年生でも安心して読むことが出来ました。
加えて、私は歴史大好き少女。理系の科目とは言え、生物の進化という「歴史」を遠い古代から現代まで、あらゆる生物の発生と滅亡の様子、その変遷を詳しく綴った内容は、壮大な一大絵巻、または荘厳な神話を読むかのよう。これが興奮しないわけがない。
そして特徴的だったのが、文章のそこかしこに潜むユーモア。それはときに軽妙であり、またときには生物の有り様を人間社会から持ってきたシニカルな比喩で表現してみたり。夢中になって読めたのは、この要素あってこそでした。
なにより、これがなければ、そのあとの私が「暴挙」をかますことはなかったように思うのです。
……とまあ、その話については、ちょっとおいておいてですね。
結果から申し上げれば、私はおかげで意気揚々とレポートを書き上げることが出来、しかもそれに高評価をもらうことが出来たのです!
つまり、無事に進級できたのです! 高校二年生に。やったね!
ところが、話はめでたしめでたしでは終わらなかったのです。
肝心なのは、ここからなのです。
春休み、私は図書館で再度借りたその本を、飽きもせず読んでいました。
そのうち、読むごとに高まっていってしまったのが、軽妙な文体から滲み出る著者の人柄への興味だったのです。
――こんな面白い本、どんな人が書いているんだろう?
――どんな人間が、こんなに自分を引きつける文章を書いているんだろう?
奥付を捲れば、著者名とその経歴は簡単に探ることが出来ます。
それによるとこの本の著者は「O」という名前の、北陸地方にあるK大学理学部生物学科の助教授ということでした。
「いいなあ。K大学に入れば、こんな面白い先生の授業受けれるんだ、いいなあ」
そう独り言ちてみたものの、K大学と言えばかなりの偏差値を必要としたんじゃないか、と思い直し、それは憧れで終わるんだなあ、という諦観が胸を覆います。
だけど、そこで私のずうずうしいというか、世間知らずならではの怖い物知らずというか、まあ、そういう本性がうっかり疼いちゃったわけなんですよ。
で、うっかり、こう思っちゃったわけなんですよ。
――でもさ。大学って自由らしいから、うまく行けば講義に潜り込めるんじゃん? 頼んだら聞かせてもらえるんじゃない?
天啓を得てしまった私は、思い切った行動に出ることにしました。
この「O」とかいう先生に、手紙を出してみようと。
そして、授業に潜り込んでいいか聞いてみようと。
それから、私は友だち同士で使うようなファンシーなものでない、比較的地味な縦書き便せんを部屋のなかから見つけると、思い立ったが吉日とばかりに、まったく見たことも会ったこともない本の著者に、いきなり手紙を書き始めたのです。
(ちなみにその本の奥付には、著者の現住所も載っていたんですよね。今じゃ考えられない個人情報の扱い方! いやあ、時代だねえ)
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