第22話 スズカ、誘拐
「なんで目を離しちまったかねぇ。」
チョウカの前でシゲンは土下座をしていた。時刻は夕刻を過ぎた頃、あれからシゲンは一度荷物を宿に置いた後、スズカを探し回ったが結局見つからずに戻ったしだいであった。商工会から市場の面々にもそれぞれ聞いて回ったが成果はなかった。
「チョウカさん。」
ミサオが部屋に入ってくる。後ろには今帰って来たばかりのゼロ。すでに事情は聞いていたようでシゲンの方を見る。
「すまねえ、ゼロ。スズカちゃんが....。」
「シゲン兄のせいじゃねえ。....オレも戻るのが遅くなっちまったからな。すまん。」
「....うちも迂闊やったわ。」
ミサオも暗い顔で謝る。そしてチョウカも。
一応建前上は保護している立場だったのだが御使いくらいなら大丈夫だろうと二人共思っていたためである。そしてその状況、シゲンの見失った場所からのスズカの移動経路、そして誰がそれに関与したのかをあたりを付けるためにゼロは市場周辺の簡単な地図を書いた。
「まず、シゲン兄が見失ったのがここ。で....」
そこから指をゆっくり動かし筆で思い当たる地形と道を記入する。
「川沿いに貧民街。あとは渡し船の乗り場と橋。川向こうはいくつかの長屋とその先に田園....。」
市場と宿の間の道を考えるとスズカが道に迷うとは到底思えないとチョウカは言う。そもそもシゲンも目を離していたとはいえ逐一スズカと一定距離を保ち常に確認しながら移動していたのだ。不意に消えるという状況自体が異常である。
間違いなく誰かが関与し、スズカをその場から連れて行った。それ以外は考えられない。
「となると....。」
まずスズカは女子衆の服を着ていた。これはこの周辺を知る者であれば即座にこの「たると」の従業員だとわかるくらいには目立つ格好である。
シゲンは市場からその近くの路地にまで聞き込みを行なったがそれらしい情報はなかった。
(あれだけ目立つ格好で目撃者はない。とすれば....)
ゼロは考える。人攫いの手段で言うなら不審に思われないために攫う対象目立たぬようにするかも知れないと。それこそ大きめの袋や籠に入れたりとかで。しかしそれも往来では結構目立つはず。
となれば移動は路地、しかも目立たないルートを選ぶはずである。
(可能性を潰していこう。)
まずは橋。おそらくだが人一人分の巨大な袋を持って橋を渡るのは無理だろう。なぜならあの往来には警備兵が定期的に巡回しているからである。不審なモノを持った者がいれば即座に検められることだろう。
渡し船も同じ理由、警備兵絡みで無理だろう。なぜなら船頭は定期的に乗せた者や物品を定期的に警備兵に報告する義務がある。しかもスズカがいなくなった夕刻前はすでに店仕舞いしている所がほとんどであり可能性としてはかなり薄い。それならとゼロは考える。
「ミサオ姉、この貧民街ってのはどんな所なんだ?」
ミサオはゼロの問いに少し考える。
「そのままの名前の意味の所やね。せやな、例えば長いこと税金を滞納してる人とか他所から流れてきた犯罪者が潜伏しとる、なんて話は聞くなぁ。うちらんとことは....せや。1回だけそこに住んでるっちゅー子がご飯せびりに来たことはあったかな。ああ、うちの従業員でもあそこに住んでる人は多分おらんはずやで。他には....。」
ミサオが何かに気付いた素振りをする。
ゼロはそれに視線を合わせる。
「貧民街自体が現領主、中の上家の管理下にあって....あとクワムラ組の傘下、ザンド組の事務所があたはずや。」
ゼロはその言葉に気味の悪い笑みを浮かべる。
そこは暗い部屋だった。灯りは天井に吊るされたランプのみ。床は石造りで部屋の真ん中には人1人分の大きさ、かつ縄でぐるぐる巻きにされた石があった。
「これはなんの真似か?」
石の傍らには少女、スズカが括り付けられる形で座らされていた。要するに石に固定する形で縄で拘束されてるのである。両手と両足もそれぞれきっちり縄で縛られており、スズカは起きた段階で抵抗するのを諦めた。
「答えぬのか?」
が、その表情は一歩も引かんと言わんばかりに周囲に睨みを利かせている。目の前にいるのは3人の男、それぞれ体躯に差はあるものの一筋縄ではいかなそうな猛者のようだった。
「ふん。」
男達は一定の距離を取り、視線は送るが近寄りも、スズカの問いに答える事もしない。スズカはここで小便でも漏らしてやろうかと考えたが後々自身に返ってくる諸々を想像して辞めた。スズカは取り敢えず目の前にいる男達を観察する事にする。
それぞれの表情に軽薄そうな感じはない。寧ろ統率された兵士のそれに近い。しかしそれぞれの顔、身体、腕に走る刀傷や打撃により歪んだであろう顔が堅気ではないことを殊更に主張していた。1人は入口の戸、1人は横にある窓、1人はスズカをそれぞれ監視している。
(何か、質問でも良い。軽めの会話を....。)
ここがどこなのかも知りたい。何しろ薬のようなモノを吸わされ数時間は寝ていたはずであったのだ。時刻はおそらく夜。きっと宿の皆も心配しているはずだ。
「おい。」
スズカはやや低めの声で男に話しかける。怯える演技をするのは馬鹿らしいと思ったからである。
「まず聞く。トイレはどうすればよい。」
素朴な疑問。この状態が長く続けば当然そうなる状況は出て来るだろう。男は表情を変えずに答えた。
「俺が担いで連れて行く。暴れないことが条件だ。悪いが戸は開けたままでしてもらうことになるだろう。」
他には?と男は聞く。取り敢えずスズカはここで1つ安心した。目の前の男は劣情で女を襲うような屑ではないと思ったからである。次にスズカは水と食事について聞く。しかし男はそれについては首を横に振った。
「そのへんは若頭の管轄だ。水はともかく食い物は今の俺たちは持っていない。....親父はもう少しでここに顔を出すだろう。それまで大人しくしてろ。」
脅しまでは言わない。男もスズカの素振りを観察している。スズカにはそれが利害の一致であると感じていた。
(まずはそのワカガシラとやらに会ったほうが良いか....。)
この者たちが誰なのか、スズカには大凡の当たりが付いていた。おそらくは「ゼロ」絡みの件である可能性にも。それ以外での可能性もあるにはあるが線は薄いとも思った。
「もう1つ。」
スズカは男に言う。
「手足の縄だけ取ってほしい。絶対に逃げない事は保証する。どうせ貧弱な私では逃げた所で息切れしてまた捕まるのがオチなのでな。」
自身のひ弱さもきっちり主張するスズカ。これは強がりではなく事実であると胸を張って鼻を鳴らす。
(これも、利害関係。)
男達は一瞬呆れたように見えたが、スズカとしても下手に逃げて命の危険に晒されるよりはここで監視に受けつつ籠城を決め込んだ方が安全だと考えたからである。....取り敢えずどうなるか決まるまでの話だが。
「嘘だと思うなら試しても良いぞ。この部屋を抜けた先に廊下があったなら2つ目の角で力尽きるし、階段があれば途中で踏み外して階下まで落っこちる自信がある。」
自信満々に言うスズカに対し、男は一度は断ったものの、取り敢えず縄を緩める所までは妥協してくれた。
(まったくとんでもないことに巻き込んでくれよってからに....ゼロのやつめ。)
その胸中は、「誰か助けて」でも「怖い」でもなく、「仕方ないから死なない程度に道具になってやるか」とでも言うような最早諦めに近い感情であった。およそ年頃の少女とは思えぬ考えではあるが、スズカとしては腰をじっくり据える以外の選択肢がないのも、また事実であった。
30分ほど経った頃だろうか。1人の男が部屋へと入って来た。
筋肉質でやや太めのガッチリした身体。毛が濃いのか露出している胸元や腕には目に見えてフカフカしてそうな毛が見える。顔はまさしく逞しい偉丈夫といった感じでそれ程強い威圧感はないもののしっかりした人物にスズカには思えた。
「若。お疲れ様です。」
「おう。」
こいつが若頭。確かに口調は極道のそれのようにも聞こえる。若頭はスズカの方に歩み寄るとしゃがんで視線を合わせた。スズカもそれに対して視線で威嚇する。
「ジュグロという。ここの、ザンド組の若頭をやらせてもらってる。よろしくな嬢ちゃん。」
「....スズカ。」
愛想良くする理由もないので名前だけを伝える。
ジュグロは少し驚くと目を細めてスズカをもう一度見た。
「なんだ、アンタ偉く肝が座ってるじゃねえか。おい、ホントにこいつなのか?」
ジュグロが後ろの男達、自身の舎弟に聞く。
「間違いありやせん。例のガキと同室でねんごろしてるのは確認済みです。」
「布団2枚、衝立付きだがな。」
スズカがしれっと答える。
ジュグロがそれに対して「え?」という顔をすると後ろの3人も同じ顔をした。
「....一応聞く。お前さん、今の自分の状況わかってるよな?」
「これでわからなかったら阿呆であると思うが?せっかく人質として使われてやろうという気になってるのに水を指すのか、そなたは。何だったらここで舌を噛み切って死ねと言われりゃ死んでやるし、抱かせろと云うなら股を開くくらいは吝かでもない。それともあやつの前に出てこの首に刃物でも突き立てさせてやるか?」
その言葉が言い終わるかくらいだった。ジュグロの拳がスズカの右横ギリギリを通過したのだ。後ろの岩は砕け、その風圧によるせいなのかスズカの髪の毛が数本だけ落ちた。
「.....。」
スズカはそれに眉1つ動かさず、瞬きもせず、真っ直ぐに無表情にジュグロを見つめていた。
「調子に乗るなよ小娘。本当にぶっ殺すぞ?」
スズカは返さなかった。あくまでもジュグロがどういう人間か見るためのカマ掛けだったからだ。
(こやつも信用してよいな。)
一度スズカは呼吸を置く。そして改めてジュグロに視線を移した。
「わかった。もう何も言わぬ。悪かったな。許せ。」
「ふん。何処ぞのお偉いさんみてえな喋り方しやがって。何者なんだ、お前は。」
そう聞かれるとややいたずらっぽくスズカは笑みを浮かべる。
「ただの宿のお手伝いさん。」
その場の全員が、いや絶対に違うだろと思ったのは言うまでもない。
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