第21話 人殺しのルーツ

物心ついた時には刃物を握っていた。

親の顔も名前も知らない。

同じような奴が周りにいっぱいいたけど気付けば数人しか残ってなかった。最初に人を殺せた日に、ようやくまともな飯にありつけたのを今でも覚えている。


真っ先に殺したのは感情だ。

泣いたり、反逆して口答えした奴はすぐに折檻され、運悪く死んだ奴もいた。

10歳を過ぎるくらいになると適性に合わせた教育がされるという。しかし自分が10歳になる前に里は壊滅した。


「降魔忍軍」。

そういう名前の集団だと知ったのは今の親代わりの人、「師匠」に拾ってもらった後の話だった。各地から出自関係なく子供を攫い、殺しの道具として育てる組織。その方法は外法にも通じる危険なものとされ、その被害者と与える影響から聖帝軍によって里ごと制圧されたのである。





「....オレが最後にいたのは里の襲撃から逃れた連中の一軍だった。近隣の峠に打ち捨てられてた寺を拠点にしてたが、月日が経つごとに裏切り者が出たり精神的に疲弊していった結果、仲間内で殺し合って瓦解した。」


話を聞いていたリュウセイとライカが話の内容に顔を顰める。対してゼロ本人は何処か他人事のような、どこにでもある取るに留めない話のように淡々と話していた。


「....ていうかお前その瓦解した....というか殺し合いの現場にいたってことだよな。....8歳くらいで。」


「そうだな。確かその中の10人くらいは殺してる。裏切り者も含めて。最後の4人....いや5人だったかな?....は私怨で殺した。」


「私怨....ね。」


ライカが少し考えると口を開く。


「あの女はその生き残りか。」


ゼロが頷く。


「昔馴染だよ。確か5歳くらい上だったかな?弟分としてそこそこ可愛がってもらった記憶はある。ただ....。」


ゼロが口を噤む。


「....お前が人殺しをした現場に居合わせていた。いや、お前が最後にその残った5人を殺す際の理由になった、とかかな?」


ライカが「当たりか?」と言いたげにゼロに聞く。ゼロはそれにゆっくりと頷いた。


「....よくある話さ。その逃げた一軍には女が少なかった。元々はそういったのを専用にしていた役目の女が一人いたんだが、病気になって口減らしと防疫のために殺された。そうなると今度はあいつ、ツバメ姉さんに御鉢が回ってきた。良識派の奴らがいなくなって穀潰しの屑どもしかいなかった段階での登用さ。オレはオレで盗みや殺しでほぼ毎日外に出ていたから長い事気付かなかったんだ。そして....。」


「出くわした....現場に遭遇しちまったってわけか。」


リュウセイが本気で嫌そうな顔をしながら呟く。


「何やってるかは理解してたさ。でも、ま、それを許せるような気持ちでもなかったんだろうな。あの当時ツバメ姉さんは日に日に窶れていってたし、その時の状況が違和感の答え合わせだった。そりゃ、まぁ、助けるって選択肢にはなる。オレや他の連中の稼ぎをアテにしてるだけの穀潰しども。こいつらを殺しとけばオレたちの食い扶持も増えるだろ、てな。」


ゼロは一度大きく息を吐く。


「だから、殺した。」


ゼロの顔に暗い笑みが宿る。内に秘めた狂気を表に出したかのような表情で。


「最高だったよ。死ぬべき人間を殺す時ってこんなに気持ち良く殺せるんだなって、そう思っていた事を今でも覚えてる。もっとも....その後ツバメ姉さんは居なくなっちまった。オレの目の前から。まぁこんな凶状持ちの危ないクソガキと一緒にいようなんて思わねえだろうけど....。」


リュウセイもライカもそのゼロの話す様子を見て半ば恐怖を感じながらも、同時にその過酷な道程に同情した。その流れが今目の前にいる彼なのだと。


「そこからは山の中を何日も彷徨った。ほとんど野生児みたいに生きてたはずだけどあんまり記憶がない。気が付いたら今の師匠、魔女スグリが管理している集落の人達に助けてもらっていた。エンリ村っていうその山間の集落は国境に程近い農村で、同時に魔女スグリによる国境を防衛するための戦略実験の場でもあった。村民の半数は何年も侵略軍を追い返してた民間兵だったし、魔女傘下の弟子達は山間部で敵兵を殺すための戦闘部隊だった。オレは迷いなくその一団に加わった。魔女の弟子、という肩書き欲しさと結局慣れてた仕事が殺しだったからな。今は見聞のため、ていう名目でここに住んでるけどいつかはまたあの村に戻るんだろうなと思う。」


そこまで話し終えるとゼロはまた大きく息を吐いた。


「なんか質問はあるか?」


ライカとリュウセイは互いに顔を見合わせる。正直ここまでの話を聞いてどういう言葉をかけて良いかわからなかったからだ。そして少し間を置いてから先に口火を切ったのはリュウセイだった。


「その師匠ってぇの、魔女だっけ?降魔忍の連中もそうだがその魔女てぇのも大概クソ野郎だな。」


ゼロのこれまでの話してきた様子を見ての言葉だった。リュウセイから見てゼロはおそらくは自身の師匠である魔女に感謝はすれど尊敬や心酔をしているようにも見えなかったからだ。ライカもそれに同じように見えてたのか咎めるようなことはしない。


「まず、十歳かそれ以下のガキを戦場働きに出すってのがありえねえ。ふざけてんのかって思う。」


ライカも「同感だ。」と首を縦に振った。

ゼロはその言葉自体は予想の範囲ではあったがリュウセイの表情にはやや面食らっていた。理不尽に対して怒っているのがわかったからだ。


「....そいつはオレもわかってる。ただ、今はともかくあの時は、その普通の感情すらもわからなかった。生きるために必死だったからな。でもさ....」


ゼロは口を噤む。


「....誰かがやんなくちゃいけねえんだよ。そういう役割は。出来る奴がやるべきなんだ。」


「そいつは大人の役目だろうが!!絶対にお前じゃねえ!!」


リュウセイが激昂して立ち上がる。ライカはその袖を引っ張るとリュウセイをゆっくりと座らせた。


「じゃあお前は人を殺せるか?それこそ息をするように、なんの罪悪感もなく。....オレは出来るよ。誰だろうと殺してみせる。」


リュウセイはその言葉にハッとするがすぐに自分の言葉を飲む。それは言ってはいけない言葉だと思ったからだ。


「....それは命令があれば誰だって殺すってことだよな。それさ、ちゃんと自分で考えてるか?金貰えればそれで良いって事かよ。お前にとって命って何なんだよ?」


出任せで出た言葉だった。自分でさえ何を言ったか正直わかってない。ただしこの少年の心は何かの拍子に壊れ、そして今もそれが直されぬまま生きている。リュウセイから見てそれだけは明確だった。


(俺たちみたいな稼業の連中が言えた事じゃねえけどよ。それでも....)


自分は人間でありたい。人としての認識を逸脱したくない。たとえそれが人殺しを強要される立場の者だとしても。リュウセイはそう思っていた。


「命....ね。わからんな。何しろ身内だったら守んなきゃいけねえし、敵なら狩る対象なだけだし、生きるためにゃどうしたって金がいる。何かにつけて尊重しろだの言ってる連中の感覚はオレにはわからねえ。」


「....。」


わからない。なぜそう答えるのかをリュウセイは知っていた。その答えが出る事はこの時代のヒノエにおいて別に珍しいことではない。

必要なのは魂。必要なのは志。

戦場に身を置く者にとって命はその為の糧でしかないのである。


(こいつは精神までも殺しに特化してるってのか。)


良識がないわけではない。意味がわからないわけでは当然ない。ただその「殺す」の一点においては一般人とは逸脱している。それが今目の前のゼロであり、この稼業を生業と決めた者達の精神性なのである。幼い頃からそれを叩き込まれたからこそ、それは彼の意識の奥深くに抜けない楔として存在しているのだ。






夕刻前、商工会にて用事を済ませたスズカとシゲンは市場から出た大通りを歩いていた。シゲンは紐と木の棒で固定された大量の積み荷を背負っており、それを何の苦も無く平然とスズカの後をついて行く。


「重くないですか?それ。」


スズカが聞くとシゲンは笑顔で返す。


「うーん、そうだな。思ったよりも多かったから大八車持ってきても良かったかな。まぁ、慣れっこだけどよ。こんなもんは。スズカちゃんは大丈夫か?まだ歩けるかい?」


「ええ、まぁ。....宿までなら。」


シゲンが心配するのも無理はない。宿と商工会のある市場は数百メートル圏内であるため、馴れた者であれば目と鼻の先程度の距離である。しかしスズカは宿から出て市場に入り、商工会の入口の手前で息を切らして座り込んでしまったのである。周囲の人間がそれを見るや否や駆け寄り、やれ水持って来いだの疲労に効く漢方売るよだのでスズカをすっかり囲ってしまったために当のスズカはシゲンに申し訳ない気持ちでいっぱいであった。


「途中で1回休み入れときゃ良かったなぁ。」


「いえ、片道15分少々の道でさすがにそれは....。」


「いやぁ、オレもさすがにあれは予想外だったもんよ。」


その後スズカはシゲンに肩を支えられながら商工会に入るのだが、その出来てしまった人だかりに受付の人は苦笑い、職員の一人はすぐさま水をスズカに飲ませ横になるかを催促した。スズカがフラフラになりながらも「大丈夫です」と断ると2人は商工会の会長の元へと通された。


商工会の会長は頭部が禿げ上がった髭を蓄えた恰幅の良い初老の男で帳簿や紙束の山からヒョコッと顔を出すと手紙を受け取り職員の一人に荷物の準備を命じた。そして2人の顔を見ると子どもっぽく笑みを浮かべ軽い談笑をした。シゲンはどうやら取り引き相手としては長いのかその会話に自然に乗っかっていた。スズカは息を切らした事により起こった動機がようやく収まり、身体に不調を感じながらもなるべく平静でいるよう心掛けた。


(何かあったらまたおいで)


目立った会話の中でもスズカには基本、相槌を打っていた記憶しかない。しかし会長は帰り際、そんなスズカに向かってそう言ったのだ。スズカは多少無理してでももう少し会話に加わるべきだったと少し後悔した。


「良かったな、気に入られたみたいで。」


シゲンの言葉にスズカはキョトンとする。「そうなんですか?」と返すとシゲンは「あの人表向きは優しい人けど、以外と気難しい所もあるから。」と返した。

聞けば元々は帝都を拠点にしている卸問屋で働いており、迷惑を働く客や商売相手として不適格な人間を表情を変えずに追い払うのが上手かったのだと云う。シゲン自身も最初はそれがわからなかったせいか、そこから信頼関係を作るまでにはかなり時間がかかった事をスズカに話した。


「まあ、よかったよ。これならまた何かしらのおつかいさせられるかもしれないな。良い体力付けにもなりそうだし。」


その言葉にスズカの顔が曇る。今回の事で自分の大凡の体調の変化や体力についてはなんとなくわかったが、それを習慣づけられるのはさすがにきついと思った。何しろ日頃の労働でさえ肉体的な面で結構ギリギリなのだ。それが今後改善されるだけの見込みがあるかどうかなどわかるはずもなかった。


「....頑張ります。」


シゲンはスズカのその様子に、何か悪い事言ったかな?と気にしたがとりあえずは考えないことにして歩き始めた。今度はシゲンが前を歩き、ついてくるスズカを振り返りながらゆっくり歩を進める。


....数分後のことだった。

シゲンが振り返るとスズカの姿が消えてしまっていた。シゲンは、そんなに早く歩いてたかな?と思い来た道を周りを見渡しながら戻る。その過程で横にあった暗がりの路地は見落とされた。


(シゲンさん....!)


遠目でシゲンがキョロキョロしているのが見える。スズカは後ろから羽交い絞めにされ口を塞がれていた。


「声を出すな。黙っていれば殺さない。」


不意に甘い匂いがスズカの鼻の中に入っていく。

それと同時にスズカの意識は闇の底へと落ちていった。


スズカを羽交い絞めにした男はスズカの意識が落ちたのを確認するとすぐさま縄で拘束し、大きめの麻袋の中にスズカを入れる。そばに待機していた別の仲間達も合流し、路地の奥の奥、人気がない方向へとスズカを担いで連れて行くのだった。

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