第19話 再会

シーワンは料亭から少し離れた所に着地していた。千切れた足を術式によって止血し配下の男、バンウに自身を運ばせていた。顔色はかなり悪い。


「バンウ....急ぎなさい。....早く....。」


アンジが殺された。他にも各々の組の構成員も。

たかだか6人ばかりの少年少女達によって。


(早く....知らせなければ....!)


薄れようとする意識を何とか保ちながらシーワンとバンウはザンド組の根城である貧民街の方へと走っていく。その様子を遠目から見る男が一人いた。

全身を厚手の外套で覆った長身、長髪の男。

一見外からは屈強そうに見える体躯だが外套から覗く足首はかなり細く見える。男はおもむろに懐から腕輪のようなものを取り出すとそれに話しかけ始めた。


「ウジワラ、シュラだ。今取れるか?」


その返事はノイズ混じりで聞き取りづらい音だった。どうやら聞こえてはいるらしい。


「例のザンド組の術士を見つけた。後を追うか?」


今度はやや短めの返事が来る。そこから説明らしき音が続くとシュラが「わかった」と頷いた。腕輪を懐に戻す。


「....やれやれ。」


シュラは足音を立てないように走り始める。


「もう、一人死んだのか。情けない。」


その顔は無表情だった。どんな感情も乗り得ない皺だけが刻まれ、上から仮面をつけたような無表情。

年齢で言えば20代くらいかもしれないがそれ以上の風格は備えているようにも見える。


「弱いのだから当然か。」


そう言うか言わないかでシュラは走る速度を上げる。「先回りして潜伏場所を突き止めろ」、それがシュラがウジワラから言われた言葉だった。


時刻はすでに日が変わる頃。往来する人々が消え、闇夜はより深くなっていった。






多くの遺体を乗せ、龍津軍の輸送用の獣車が料亭を発つ。後に残ったバンリ達も現場保存の段取りの後、城に戻るための撤収準備にかかっていた。その中で一人、派手な着物の少女がバンリの待機していた部屋へと近付いてきた。部屋にはバンリ、ラン、ゼロの他、入口の戸の前にはリュウセイとライカ、龍津軍の兵が2人。


「どちら様ですか?」


兵の一人が聞く。ライカとリュウセイも少女の纏う気に違和感を覚え、すぐに身構えた。


「バンリ様にお会いしに来ましたの。降魔忍軍のツバメと申します。」


「降魔忍....?」


その単語に聞き覚えのあるライカとリュウセイが反応する。その様子に警戒心を解くためかツバメは後ろから2つの容器を取り出す。それはゼロが使ってるのと同じ首桶だった。


「バンリ様という方に会えば報奨金を貰えるとお聞きしましたので。こちらにいらっしゃるのでしょう?通していただけませんこと?」


兵士2人が顔を向け合う。ライカも警戒を緩めないように気を付ける。その中でリュウセイのみが不用意にツバメに近づいていく。


「そいつら、君が殺したの?」


軽く微笑みながらリュウセイが声をかける。


「私ではないですわ。貴方がたと同じくこちらもチームを組んでおりますので。私はあくまでも代表です。」


「ふぅーん。まぁいいや。兵士さん。通してやってよ。オレも一緒に入るから。」


「しかし....。」


渋っている兵士に大丈夫だからとリュウセイは説得する。その様子の不自然さになんとなくライカは何かを感じていた。





ツバメとリュウセイが部屋の中に入った時に最初に驚いた反応を見せたのはゼロだった。おそらくは、この中で真っ先に気配に感づくであろうゼロが2人が部屋に入るまで気づかなかったのである。リュウセイはそのゼロの反応に対しては後で聞くことにして後ろの戸を閉める。


ツバメがバンリの前で正座するとそこから突っ伏す形で深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。降魔忍軍の一人、ツバメと申します。」


「龍津軍軍団長バンリ。ようやく顔を見せたか。其の方が代表か。」


「は、あくまでも「代理」でありますが。」


そうか、とバンリは煙管に火をつけ煙をくぐらせる。その合間にツバメは用意してきたいくつかの首桶を前に出し「お改めを。」とランに頼んだ。


ランは一つ一つを開けて中の首を手で確認していく。そして横にいた兵士に捕物帖の中にある名前とページをそれぞれ伝えていった。


「ご苦労であった。金銭は後日所定の場所へ届けさせよう。日付と場所はそちらで決めて良い。」


「承知致しました。こちらに。」


そう言うとツバメは小さな紙を取り出しバンリに渡す。バンリはそれを受け取ると横の兵士に渡した。


「それでは失礼します。次の予定が決まり次第お教えくださいませ。」


「うむ、またよろしく頼む。」


そうしてツバメは立ち上がると一度ゼロの方を見る。ゼロは目線を合わせないようにしているのか壁の方へ視線を向けた。


「....知ってる顔か。」


バンリが聞く。


「さて、どうでしょう。」


ツバメが笑みを称えながら態とらしくゼロを見つめた。


「多分他人の空似ですね。すいません、それでは失礼します。」


そう言ってツバメは部屋から出ていった。

ツバメが部屋から出た途端に息を止めていたかのようにその場にいた者達全員が深呼吸した。


「ふう、重苦しかったですな。」


最初に口火を切ったリュウセイが安心した顔をした。


「ええ、あんな静かな殺気は久しぶりでしたね。」


ランもツバメが出ていった戸の方を見て言う。するととの向こうから待機していた兵とライカも入ってきた。


「無事ですか。バンリ様。」


「おう、肝が冷えたわ。殺されるかと思ったわい。」


ライカがリュウセイの方を見て言う。「どこで気づいたのか」と。


「最初になんかどす黒い「気」を感じた。んですぐにそこにいたライカ以外の兵士さん達に対して意識が移動したからやばいと思ったんだ。...やっぱあれ、殺気だったんだな。」


「その状態でワシの所に通したのか。お前自分の主君を殺す気か。」


「バンリ様なら大丈夫だと思ったんですよ。それにゼロとラン殿もいたし。あ、後で今料亭内にいる人の安否確認したほうが良いかもですね。真新しい血の匂いがいくつかしたので。」


恨み2割、不信感8割といった顔でリュウセイを睨むバンリ。その一方でゼロは黙りこくったまま下を向いていた。


「....知ってる顔だったか?」


リュウセイが聞く。ゼロはそれに反応すると先程ツバメが出て行った戸の方を見た。


「どうかな。知ってたかもしれないが....多分だいぶ昔のことだ。同じ奴かどうかもわかんねえ。」


「ふぅーん、そっかぁ。」とリュウセイはゼロの様子に納得はしないまま話を切ることにした。もしかしたら何かあるかもだが今はそれほど重要ではないと思ったからだ。ゼロもリュウセイが下がったのを見てそこで考えるのを諦めた。わからない事をいつまでも考えてもしょうがないと思ったからだ。


「さて。」


バンリが立ち上がる。


「今夜はこれで解散。内部の検分は明日行うから各々帰って休むように。」


そう言ってランと兵士を連れ立ってバンリは部屋から出て行った。そしてゼロ、リュウセイ、ライカも共に料亭から外に出る。


「それじゃあな。」


リュウセイとライカはそこから帰路へ。ゼロも「今日はありがとう」と言うとリュウセイは手を振って離れて行った。ゼロも踵を返し宿の方へと歩き出す。しばらくして橋の天辺部まで行くと一人でも佇む影が見えた。それは先程会った少女、ツバメだった。


「久しぶり。元気だったみたいね。」


纏わりつくような嫌な気をゼロは感知する。全てを諦めたような、どす黒い、人間のものとは思えない重い気の障壁。


「とっくに野垂れ死んだかと思った。」


少しずつゼロに近付いていく。そしてゆっくりとゼロの顔の方に手を伸ばす。その手が触れるか触れないかの所でゼロは半歩後ろへ下がった。


「....。」


その反応に対してツバメは物凄く傷ついたような、残念そうな顔になった。


「触らせてはくれないの?」


「....。」


ゼロは無言で腰の短刀を握る。当然それはツバメを警戒しての態勢であったが同時に纏っている気の状況も気になったゼロはツバメを威嚇するかのように睨みつけた。


「....人に対して睨む癖、変わってないのね。」


「....アンタは変わったな。気持ち悪いモン纏いやがって。....ツバメ姉さん。」


ツバメがその言葉に一瞬何か気付いたようだったが、すぐに表情を戻した。「そうね」と一言返すと少しゼロに距離を詰める。


同じくらいの背丈。顔と身体が触れそうな位置までツバメは近付く。まるでゼロを見定めるかのように。


「10年以上経つんですもの。変わってなかったらおかしいわよ。あなただって昔はこんな....」


ツバメの足が止まる。ゼロの発した殺気によって。

そしてそれと同時にツバメの顔から表情が消えた。


互いに人殺しの顔になる。

構えるゼロと構えないツバメ。

双方のどす黒い殺気が橋の上で交差し、拡がっていく。


「ゼロ。」


ツバメが着物の左手袖の下から苦無を一本出し、指先で持つ。


「アンタ、勝てないわよ?」


一瞬の動きだった。金属の反響音が周囲に木霊する。一気に距離が離れる2人。ツバメは一気に数メートルほど真上に跳び、ゼロに向かって何かを複数回投擲した。無数の針だ。


「く....!」


即座に打ち落とせないと判断したゼロはツバメの真下を一気に走り抜け、針を数本受けつつもやり過ごす。着地したツバメはその動きに合わせてさらに数本の針をゼロに向かって放った。ゼロはそれを引き抜いた小刀で打ち落とし、ツバメに一気に接近する。だがその手前でゼロは前のめりに転んでしまう。


「ほら。」


倒れ込んで起き上がろうとしたゼロの背中をツバメが思いきり踏んづける。ゼロはまるで岩に押し潰されたように動けなかった。


「だから言ったでしょ?」


「....ツバメ....ねぇ....」


ツバメは一度ゼロの背中から足を離すと、今度は頭を蹴り上げる。


「が....!」


ツバメは動けないゼロから丁寧に刺さっていた針を抜いていく。


「避けるなら横の方が良かったわね。わざわざ逃げ道示してあげたのに突っ込んでくるんですもの。」


「そ....そっちに行ったら....追撃で....潰され....」


ツバメは手に持っていた針をゼロの腕に深々と突き刺した。


「がぁ!!」


「うん、そうね。そうしたわね。」


何度かその針で傷口をぐちぐちとかき回した後、鮮血のついたそれを引き抜いた。そしてその針の血を舌で舐め取ると懐へ仕舞った。


「....次はどうする?」


ゼロは視線を合わせずに黙りこくる。

ヘタに動けば攻撃は全て潰されるのを知っているからだ。幼少期から、それがゼロとこの少女、ツバメとの関係である。

....もっとも今においては遊びの延長ではなく、互いに殺し合う間柄になりつつあるが。


「アタシを殺してみる?」


ツバメが屈みながら顔を近付ける。


「アイツラを殺ったみたいにさ。ね?」


「....本気で言ってんのか、それ。」


ツバメの顔が明らかに普通じゃない笑顔になる。目も、口も、無理矢理引き攣らせたような笑顔に。


「あ...あは、あははははははははははははははははははははははははははは!!あーはっはっはっはっはっはっは!!本気で!?言ってる!?バッカじゃないの!?あーはっはっはっはっはっはっはっは!!」


ドゴ!!


転がっているゼロの横腹に蹴りを入れる。その一撃で悶絶しているゼロを無理矢理ひっくり返し仰向けにするとツバメはそのまま馬乗りになった。


その体制でツバメは指を鳴らす。そこから右手でゼロの襟首を掴み少し持ち上げるとその顔面に拳を見舞った。


「昔さ、あの屑どもにこうやって黙らされたことあったよね?覚えてる?」


ゴッ


「何回か私が身代わりになってアンタを守ったこともあったよね。ね?」


ゴッ


「ガキだったアンタのためにさぁ!」


ゴッ


「はぁ、はぁ、はぁ....」


ゴッ


「....。」


ゼロは無言を貫く。


「抵抗....しないんだ....。なんで....?」


ツバメがゼロの首を掴んだ状態でその身体を持ち上げる。そしてそのまま手摺に頭を河川の上に来るように抑え込んだ。


「ほら、今度はホントに死ぬよ。どうする?」


ゼロはうめき声は上げても答えない。

ツバメがさらに力を込める。


「何とか言いなよ。」


ツバメの声色がどんどん狂気に近付いていく。

そこには感情すら乗らない。


「....そっか。このまま死んでもいいんだ。うん、わかった。わかりましたとも。」


ツバメが腰に下げていた短刀をゼロの首に押し当てる。そこでようやくゼロはツバメの方を向いた。すでに瞳は死んでおり、覇気もなくただされるがままの顔で。


「....ごめん。」


その一言をようやく吐き出した。


「....!」


驚いたのはツバメの方である。咄嗟に抑えていた手を離し、半歩ほど定まらない足取りで下がる。手摺りに身を預ける形でずり落ちたゼロは力なく俯いていた。


「守れなくて....ごめん。....追えなくて....助けられなくて....。」


そこでゼロは力尽きたのかそのまま横になる形で気絶した。ツバメさらに数歩後ろへ下がるとその場でへたり込む。


「なん....で....?」


ゼロは応えない。すでに幾度の殴打により意識を失っている。


「今さら....なんで....なんで....」


ツバメの問いにゼロは応えない。それがツバメにわかっていたとしても。


それが可の日の事件から心も気持ちも離れてしまった、今の2人の距離であった。

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