第12話 スズカ、倒れる
あいつの目の動きを見ろ。どこを狙っているかはすぐに分かる。
(はい。)
あいつが狙うのはできる限りの重い一撃だ。そこさえ防御出来ればこちらの優位は動かない。
(はい。)
ライカ、一度だけで良い。あいつに意思だけで良い。お前を殺す。その意思を持ってあいつに対して気を飛ばせ。
(やってみます。)
組手10分。途中数回の仕切り直しを挟んだが最後はトクシロウの声で何事もなく終了した。双方軽い擦り傷や痣が出来た程度にはダメージを負ったが実質的な部分は疲労の方が大きかった。
「おつかれ。」
リュウセイとシュロウが手拭いをゼロ、ライカ両名に渡す。ライカはゼロを一瞥もせず他の門下生の中に引っ込んでいった。
(あいつ、強かった。)
もしこれに勝敗があったとすれば確実に自分の負けであったろうとゼロは思った。おそらくライカに自分の攻撃が通ったのは全体の2割程度。他は間違いなく全部見切られていた。
「強かったろ。あいつ。」
リュウセイがゼロに声をかける。
「ちょっと前に出稼ぎのために西から流れて来たらしい。何をやってるかはわかんねえけど。」
「....ふぅん。」
ゼロにとってはライカが何処から来たなど興味はなかった。ただ一つ、その強さだけは気になった。
組手開始から8分ほどのこと。それは間違いなくゼロを徴発する目的で行われた。それまで受け中心で動いていたライカが突然攻勢に出たのである。突如それまでのゼロの攻撃を真似たかのような動き。急所を狙ったり気絶を狙うようになったりと、まるでこれがお前の動きだ、とでも言わんばかりの攻撃。
ゼロにはその意味がわからなかった。バカにされてるのかとも思ったがおそらく違う。
(こいつ、オレを殺す気なのか。)
そう気付いた段階ですぐにライカは元の受けの体勢に戻っていた。
ゼロはあれが何だったのかと思案する。そして不思議に思ったのはその時のゼロにはライカを殺そうと思う意志が湧かなかった事だった。
(あれはなんだったんだ?)
殺意を向けられれば殺意で返す。殺意以外でも自身を攻撃、もしくは敵対された場合も殺意で返す。
今まではこの流れだったはずだとゼロは考える。
それ以外ではどうだったろう?相手が悪人だった場合、危険な人間だった場合は即座に攻撃に移れたはずだ。バンリの問いに悪人だけしか殺してないと返したゼロ。果たして本当にそうだったのだろうか?
(オレが相手を殺せる基準はなんだ?なぜ殺したいと思える?)
その仕組みを掴めれば今の自分をコントロールすることが出来るかもしれない。それがゼロの意思であり望みでもあった。
目が覚めた時、スズカは布団の中にいた。
目の前には天井とミサオの心配そうに覗き込む顔が見えた。
「うちがわかる?スズカちゃん。」
「ミサオ....殿?」
身体が熱くて重い。頭もクラクラする。スズカはなんとか身体を動かそうとするが手を上げるのでやっとだった。
「ごめんな、さすがに昨日の今日で無理させすぎたな。もう一日くらいは休ませるべきやったわ。」
ミサオが額の汗を拭いてくれている。スズカ自身もこんなに自分の身体が弱っているとは思わなくて申し訳ない気持ちになった。
「さっき、フェル姉さんが来てな。お薬とか色々置いていってくれたから今日はそれ飲んでおやすみ。後でお粥さんも持ってくるから。」
「サザミさんと、チグサさんは....。」
「2人は仕事に戻っとるよ。何回か顔出してくれはったんやけどね。会ったら御礼言っときや。心配しとったから。」
「....はい。」
ミサオは水を取り替えてくると言って部屋から出て行った。1人残されたスズカはそのまま鬱屈とした気持ちで天井を見つめた。
(1日目からこれか。どうしようもないな、私は。)
色々考えようかと思ったが思考が回らないと思ったスズカはそのまま目を瞑る。布団の中で思い出したのは幼い頃、まだ父も母も姉も生きていた頃だった。
たぶんあの時も同じように布団で寝ていた事だろう。身体の調子が悪くて寝込んだことは1度や2度ではないからだ。何かにつけ身体を壊し、その度に寝込んでいた。
(なぜ自分はこうなのだろう。)
死線を彷徨うような事はなかったにせよ丈夫でなかったことは事実だった。いつだったか母の遺伝で身体が弱かったこと、自分の他に3人の兄弟がいて死産であったり幼い内に死んだと聞かされたこともスズカは思い出した。
人は選べない。産んでくれる親も生まれた身体も。
それでも恨んだことも憎んだこともなかったのはスズカは間違いなく幸運だった証なのかもしれない。
(父上、母上、姉上....。)
次第にスズカは深い微睡みの中に落ちていった。
「さて、どうしたものか。」
ゼロは先程いた道場からすぐ近く、トクシロウの部屋へ連れて来られていた。手元には人物捕物帖が開かれておりトクシロウはその中からゼロに始末してほしい人物を選んでいる最中だった。
「....こんなもんでいいか。」
トクシロウはリストの名前とページを指定したメモをゼロに渡す。ゼロはそれを確認すると自分の人物捕物帖の方に挟んだ。
「全員ザンド組の連中か。」
ゼロの問いにトクシロウは頷く。
「いっぺんに殺せた方が楽だと思ってな。あと所在が見当つきやすい奴。全部で5人。期限は、そうさなあ。今週中でどうだ?」
ゼロは各々の対象の情報を確認する。
「....いいだろう。引き受けた。何か追加で要望は?やり方とか、条件とか。」
「上に書いてあるの親玉と幹部2人。そいつらは首を落としても首は丁寧に扱え。情報を引き出すために使うからな。他は普通に殺して構わん。下っ端連中は鼻皮だけ剥ぎ取って持ってくれば追加で換金しても良い。格安になっちまうがな。」
「出来る限り戦力は減らしたい、か。えげつねえな。」
「そりゃあな。バカどもを潰すのに手心は加えねえよ。」
トクシロウはそう言うと手を2回叩く。すると出てきたのはリュウセイとライカだった。
「助っ人としてこいつらを寄越す。バンリに1人じゃ不安だって言われたんでな。どう組むかは各々相談して決めてくれ。」
ゼロが不満そうな顔をする。
「....どうした?」
「いらないよ。助っ人なんて。取り分が減るだろ。それともそいつらタダ働きさせる気かい?」
その問いが来ることはすでにトクシロウは予想していた。ゼロ自身は元々1人で戦ってきた少年であったのだから当然の答えであると。
「タダ働き....な。こいつらはこれでも龍津軍所属の兵士だからな。給料はお前さんとは別口で払われる。」
「てぇ事は監視役か。首輪でも付けて飼い慣らせるようにしておけとでも言われたか?」
トクシロウは笑みを浮かべるのをやめる。
こいつ、存外頭は悪くない。しかし腹芸は出来るような器でもない。トクシロウは目の前の少年をどう丸め込むかを考えたがそれが出来るような相手ではないと悟った。
「ま、信用がねえのはお互い様だ。特にオイラもバンリもお前さんには死ねって言ってんのと変わらねえ。だから少しでも生きててもらわにゃ困るからこいつらを付けるんだ。体の良い駒は長生きじゃなきゃ意味がねえんだよ。」
ゼロは視線を外さないままトクシロウを睨み付ける。やがて諦めたように目を逸らし溜息をつく。
「オレは金さえ払ってくれりゃ文句はねえ。その分の仕事もちゃんとやるさ。」
ゼロは立ち上がる。そしてリュウセイとライカの方を見る。
「リュウ、あとライカさん?だっけか。」
「....ライカでいい。私もゼロと呼ばせてもらう。」
ライカは素っ気なく言い放った。普段あまり喋るタイプではないのだろうか。
「....そうか。取り敢えず日程とか時刻とか、決めたら早めに伝える。....誰か伝言役はいるか?」
ゼロがトクシロウに聞くとトクシロウは懐から木端を一つ出した。どうやら木の割符のようで二つに割った片割れのようだった。
「龍津軍に1人、隠密がいる。そいつがこの割符の半分を持ってる。今夜辺りお前さん所に行くように言っておいたから、こいつを持って待ってな。」
そう言うとトクシロウはゼロに割符を投げて寄越した。ゼロは割符を仕舞うとそのまま縁側から帰ろうとする。
「おい。」
不意にゼロはトクシロウに呼び止められた。
「死ぬなよ。」
「....殺しを依頼する奴に言う言葉かね。」
ゼロはそのまま振り向きもせずに出て行った。
残されたリュウセイとライカはそれを見送る。
「なかなか面白そうな奴だろ。」
「いや、面倒だ。実際そうだった。」
リュウセイの問いに組手とは言え相対したライカは素っ気なく答える。
「楽しそうにしてたくせに。」
「あれをどう見たら楽しそうに見える?」
そう2人は言い合うのを横目で見ながらトクシロウはゼロの去っていった方を見ていた。それは去っていく自分の息子や弟子を見るような、そんな視線だった。
夕刻、ゼロが宿に戻ると出迎えてくれたアルシアからスズカが倒れた事を聞かされた。
「大丈夫なの?」
「熱が出ているだけよ。数日は休ませるってミサオさんが言ってたわ。」
一先ず様子を見ようとゼロは部屋に入る。するとスズカはすーすー寝息をたてながら熟睡しており、顔色も心なしか良いように思えた。
(大丈夫....そうだな。)
ゼロは何となく安心した自分を感じながらも自分の着替えを始める。そして仕事着の作務衣に着替えると何となく自分の心に違和感を感じる。
(なんでオレ、ホッとしてんだろ。)
ゼロはもう一度スズカを見る。先程と変わらず穏やかに寝息を立てているようでやはりゼロは安心した。
(....こうして黙ってりゃ充分美人なんだよな。なんだかんだでやっぱり姫なのかね。....と、黙って見てる場合じゃねえや。)
ゼロはなるべく足音を立てずに部屋の外に出ると風呂場や厠の掃除のために道具を取りに行くのだった。
闇夜の中で3つの影が動く。
影の一つは着物の女。肩と脚を露出させた姿でその肢体を惜しげもなく晒していた。
影の一つは包帯で身体を覆われた男。口元以外は一切晒さず不自然に細い身体からは不気味さを醸し出していた。
影の一つは巨人とも思えるサイズの大男。丸太のような手脚とそれを支える屈強な身体はまさしく人外を思わせる程だった。
そして彼らが集結したのは夜のナザムの町を眼下に望む崖の上。彼らはとある理由によってこの町に招かれた危険な者達であった。
「待ち合わせはここで良いの?」
着物女が包帯男に聞く。包帯男は頷くとミイラのように細い指をゆっくり上げた。
「時間は日付の変わる頃、伝言役は1人。それが依頼主からの情報だ。こっちもあと1人が来れば人数が揃う。....カカカ....。」
包帯男がカラカラ笑うと着物女が侮蔑するような視線でその様子を見る。もう一人の大男はそれを見るでもなく夜景の方へと視線を向けていた。
彼らは馴れ合いではない。
彼らは今日ここに集められただけの初対面である。
そして彼らはこれからしばらくの間、協同して仕事に当たらなければならない。そのために呼び出され者達であった。
「悪いけど私あっちに行ってるわ。あんたのそばだと臭うから。伝言の人が来たら呼んでね。」
着物女はそう言うと姿を消した。大男もそのままその場で横になり寝る構えのようだ。
「カカ....真面目なのは俺だけかい。カカカ....。」
包帯男は近場の木に横たわり包帯の隙間からいくつかの羽虫を出す。羽虫はぶーんと飛んでいくとそのまま木の上にとまった。
「遠目はこれで良いかな。どんな奴が来るのかな?女だと良いな。カカカカ....。」
包帯男は気持ち悪く笑った。
夜、夕飯を済ませ、風呂から上がったゼロはいくつか手持ちの刃物を机の上に並べていた。その一つ一つを丁寧に磨き、研いでいく。
「物々しいな。」
後ろの布団の中から声がした。振り返るとスズカが寝たままの状態でゼロの方を見ていたのだ。
「もう良いのか?」
ゼロが聞く。スズカはそのまま動かず「うん」とだけ返事をした。
「御主に飯を食べさせられる日が来るとは思わなかった。」
夕飯時、ミサオがお粥と梅干し他、消化に良いおかずを持って部屋に来た。ミサオはすぐに仕事に戻ってしまったため、身体を何とか起こす程度までしか回復出来てなかったスズカはゼロに食事の介助をされる羽目になったのである。
「中々に屈辱的であったぞ。目の前でフーフーされて口に運ばれたり、梅干しを匙で混ぜられたり、漬け物を目の前で細かくされたりな。」
「うん、わかった。もうやってやらん。」
ゼロはそっぽを向いた。
「....冗談だ。すまぬ。許してくれ。」
「誠意のない謝罪だこと。」
そのまましばらく沈黙が続く。
「なぁ。」
「ん?」
またスズカから声をかけられる。
「寝ないのか?」
「まだ寝ない。これを終わらせてから寝る。」
「そうか....。」
またしばらくの沈黙。
スズカが布団の中でモゾモゾ動く。
「おい。」
「ん?」
また声をかけられる。
「眩しくて眠れない。」
「もう少しで終わるから目ぇ瞑ってろ。」
また沈黙。スズカの方から溜息が聞こえた。
「ゼロ。」
「暇なのかい、お前さんは。」
ゼロがもう一度スズカの方を向いた。
「なんか眠れん。」
「そりゃ眠れんだろうよ。昼間あんだけグースカ寝てりゃな。良いから無理やり寝ろ。でなきゃ治るモンも治らんぞ。」
「なんかお話しして。」
「お前は子供か。いやだ、断る。」
「....(ウルウル)。」
「そんな目してもだめ。だめです。」
「どうしても?」
「....。」
どうしたものか、この姫様は。
そうゼロが呆れた時、窓の外から音がした。壁に石が当たった音だろうか?
(来たかな?)
ゼロは音を立てないよう窓を開ける。
「どうしたのだ?」
「客人、たぶん....。」
ゼロは夜明かりの中、階下の庭へと視線を向けた。
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