第13話 夜の訪問者

龍津軍隠密、ソウコク山のカスミ。

兄であるザクロと共に忍びとして龍津軍に入ったものの戦闘面での実力はパッとしなかったために諜報部隊に配属される。....が当の本人は素直で真面目な性格であったためかあまり成果を上げる事も出来なかったため特別枠としてバンリ直属の情報の伝達兼伝言役を任される事になった。

現在17歳。ヒノエにおいてはそろそろ嫁入りの話も聞く年頃である。


....で、その年頃の少女に今、今までの人生において3本の指に入るレベルの危機に見舞われていた。それを最初に見つけたのはその場に居合わせたゼロであった。


「あれは....ひどいな。」


もう一人、スズカがゼロの隣でその惨状を見る。


「お前さん起きて大丈夫なんか?」


スズカはゼロの方を見ると一気に顔色が悪くなり、目眩がするのかふらふらしている。


「全然....大丈夫じゃない。.....階段は降りれぬ。御主、あれは....さすがに可哀想だから助けてこい....。」


「....気が進まねえ。」


ゼロは仕方なしに階下へと降りて行くことにした。






(....どうしよう?)


龍津軍隠密、カスミ。今の彼女の状況は傍目から見れば大変に恥ずかしく、そして本人にもかなりキツい状況でもあった。身体の全身をくまなく麻紐で縛られ木に括り付けられた状況であったのである。その「くまなく」という状況を一言で表せばこうなる。


「....亀甲縛りとはまたマニアックだな。大丈夫?」


目の前に現れた少年、ゼロの最初の言葉がそれだった。カスミは顔を真っ赤にして目を逸らした。


「ああ、これ....そういう名前なんですね....。すいません、助けていただけませんか....?」


今にも泣きそう、いやもうすでに泣いている。忍者のよく着る黒い作務衣。その上からぴっちりと走るように縛られたその姿。一つ言うならばこのカスミという娘は身長以外は大変発育が良い。正直ゼロとしては目の毒と思うレベルで。特に縛られ方のせいか胸とお尻は際立っていてかなりよろしくない。しかもどうにか抜け出そうとしてその度「んん。」とか妙に色っぽい声を上げるのだから人によってはその場で興奮してしまう者もいるかもしれない。


(これ、見世物にしたら金取れそうだな。)


そんな下衆な思考を振り払ってゼロは紐を切る。ちょうど研いでいた苦無があったので助けるのは苦ではなかった。


「うう....ありがとうございます。」


「気をつけろよ。ここ、外部の人は決まった手順踏まないとこうなるように出来てるからさ。」


ゼロが言うのは宿舎の方に張り巡らせてある侵入者防止用の結界や罠の事を指す。さすがに人が死ぬ類のモノはないものの宿の一部の従業員の趣味が入ってるモノが大半であるため、人によってはトラウマになる内容のモノもある。


「....何というか、不思議な縛られ方でした。こう....動くと余計にきつくなりそうでならない....ゆっくりと身体が熱くなっていくような....。」


「ああ、悪い。早く本題話してくんねぇ?ええとオレはゼロ。あんたは?」


またカスミの顔が赤くなる。今度は紅潮すると言うより焦ってる感じの顔で。


「し!しししししし失礼しました!私、カスミと言いましてぇ、バンリ様の諜報、というか伝達係を努めさせて頂いております!!ああ、わ、割符を!!」


「うん、落ち着いて。何なら部屋で話聞こうか。茶も出すぞ。」


カスミが慌てて割符を出すとゼロも割符を出しながら部屋に上がっていくよう勧める。


「へ、部屋に上がるのはさすがに....そのぉ....。」


今度恥ずかしがっている。


(大丈夫か?こいつ。)


「ゼロ、助けたのか?」


上からスズカが小さめの声で呼ぶ。

ゼロが手を上げると「早く戻ってこい。」と言った。


「まぁ上がってきな。ツレも寝れねえってんでな。少し暇つぶしに付き合ってやってくれや。」


「は、はい。」


カスミは恥ずかしそうに俯いた。






部屋に上がるとゼロは火鉢に火を付け、湯を沸かし始めた。棚の方から昼間にトクシロウから貰った羊羹を出し、数切れ分を皿に並べる。


スズカはすでに卓袱台と座布団を用意していた。ただしそれだけで息切れしたらしく結局は布団の中へ戻っていたのだが。


「ええと、客人。こんな格好ですまない。」


横になった状態でスズカはカスミに話かける。


「ご病気なのですか。」


「ひ弱なだけだ。無理しないで休んでりゃいいのに。」


「スズカという。カスミ殿....であったな。よろしく。」


「はい、こちらこそ。」


たゆん。


「....。」


「どう、なさいましたか?」


たゆんたゆん。


(ゆ....揺れている!?)


スズカの目が点になる。

ゼロにはその理由がすぐにわかったがあえて口にはしなかった。


(大きい....。ミサオ殿よりもありそうな....。)


動くたびに揺れる胸部。おそらく晒布は巻いてそうだがそれではどうにも出来ないレベルの大きさなのだろうか?それとも先程縛られていた影響か?ともかく、カスミが一つの動作をこなすたびに胸部は必ず揺れていた。


(見た所、私とそう変わらぬ年頃。なのに、何故これほどまでに....。この娘は本当に同じ人類か!?)


「おい。」


見惚れているスズカにゼロの声が飛ぶ。

そしてスズカは真っ赤になっているカスミに気付く。


「えっと....。」


「なんか....ずっと....胸を見てらしたので....。変ですか?私....。」


ゼロが冷めた目でスズカを見る。スズカは「すまぬ」とカスミに一言謝った。


「本題、いいかな?」


ゼロがいい加減にしろと言わんばかりのオーラを出しながらカスミを見る。


「は、はひぃ....。」


スズカが腰に付けている収納から封書を取り出してゼロに渡す。ゼロはすぐに中を開けて確認するとカスミに「これは?」と聞き返した。


「ザンド組の構成員の先週一週間の行動表と今週予定されてるであろう会合等の情報です。襲撃する際の参考になれば良いかとバンリ様が。」


「丸投げかよ。」


「は、はひ。こちらとしてもすぐに用意出来る情報それしかなかったんですぅ。あとは不確定な情報で後々裏切られたと言われても困るから、とか仰ってましたが....。」


「情報はやるから地図はてめぇで書けってことかい。あのおっさん。」


ゼロはそこから資料一つ一つに丹念に目を通していく。そして封書を元に戻して机の引き出しに仕舞った。


「大体の状況はわかった。今後も伝言役はあんたがやるのかい?」


「はい。....私に何事もなければ。」


「....不吉なことを言うでない。あと私よりも具合の悪い顔をするな。」


布団からスズカがツッコミが入る。

カスミはスズカの顔が笑っているのを見ると少し照れくさそうに笑みを浮かべた。






「それじゃ、くれぐれも気をつけて。またよろしく頼む。カスミさん。」


お茶を飲み終わった後、カスミは次の場所に行かなければと言って窓を開けた。


「御主、そこから出るのか。」


「は....はい。宿の方に見つかるわけにもいかないので。」


ゼロは、おそらくさっきのトラップの発動でカスミが宿に侵入したことはとっくにミサオ辺りにバレてると思ったが黙ってることにした。


「それではゼロさん、スズカさん。またよろしくお願いします。おやすみなさい。」


カスミは窓から外に出て、屋根を飛ぶように走っていった。遠目から見ても殆ど音を立てずに移動しているのがわかる。


「すげえ、ありゃあ忍びの身のこなしだな。」


「御主もあれくらい出来るのではないか?」


「さてね。」


ゼロはそう言うと窓を閉める。そしてカスミを見送ったスズカも布団に入った。


「ゼロ。」


ゼロが武具の手入れに戻ると不意にスズカが喋りだす。


「やはり、あの乳房で男を誑かして情報を聞き出したりするのだろうか?」


ゼロの顔が無表情になる。そしてスズカにお前は何を言ってるんだという視線を向ける。


「....御主、私の頭がおかしくなったと思っとるだろう。」


「いや、やたら乳に目が行ってたのはわかってたけどな。なんだ?あれって同性からしても羨ましいもんなのか?」


スズカは考え込む。


「まぁ....出来る事は色々ありそうだなと思うただけだ。こう顔を埋ずめたり、ナニを挟んだり、押し付け合ったり、とかか?私では出来んかったからな。」


ぶふぅっとゼロがたまたま口をつけていたお茶を吹く。ゲホゲホ咳き込むゼロを見てスズカがニヤッとした。


「ほう、御主そういうモノの想像力はあるのだな。てっきり女に順応し過ぎて反応しなくなったのかと思ったが。」


「....昔、やられたことがある....。」


恥ずかしそうに頬を紅潮させたゼロ。スズカはその様子にさらに嬉しくなりゼロの方に近寄った。


「ほう、ほうほう。それはどんな感じだったのだ?私に詳しく聞かせよ。因みに相手は誰だ?」


「やだ、絶対に喋らん。」


「ケチなこと言わずに教えぬか。誰にも喋らないから。ほれ、こっそりと、この私に。」


「絶対にやだ。断る。」


スズカがしつこくゼロに詰め寄るとそのままゼロに担ぎ上げられ布団に突っ込まれる。「やめぬか」と抵抗するスズカにいよいよゼロが怒り、そのままスズカにヘッドロックを決める。


「あだだだだだだだだ!やめい!やめよ!私が悪かった!というか病人になにするのだ!離せ!あだだだだだだだだだ!!」


「元気に歩き回る奴を病人とは言わん!こっちが大人しくしてりゃ好き勝手言いやがって!これを機に教育したろうか!」


固め技をすれど、本気を出せなかったゼロはそのままスズカの反撃を受け、2人は布団に倒れ込む。今度はスズカがゼロに馬乗りになり両腕を抑えた。


「はぁはぁはぁ....ふふ....ふはははは、形勢逆転。これで動けまい....!」


「....。」


途端にゼロが無抵抗になる。

しかも白けた顔で。


(....あっれぇ?)


困惑するスズカ。形としてはスズカがゼロを押し倒した、よくよく冷静に考えればすごい状況である。


「....こっからどうすんの?」


ゼロが聞く。今度は少し勝ち誇った顔で。

スズカの顔が徐々に赤くなっていく。


(あ、ど、どうしよう....。)


このままこの状態で口を塞いでしまおうか。それともそのまま身体を....。


混乱するスズカ。

不意にゼロがやれやれと口を開く。


「スズカ。お前さ、月モノあったろ。」


スズカはハッと気付く。


「な....なぜ知っておる!?」


「なんとなくだ。とりあえずどいてくんね?」


「いや、その....」


今度はスズカの顔色が悪くなる。そして急に力が抜けたようにゼロの上にドサッと倒れ込んだ。


「あ....あれ?」


「言わんこっちゃねえ。」


ゼロはそのままスズカを横に寄かせてから持ち上げもう一度布団に寝かせる。そして上から掛布団をかけると額に手を乗せた。


「まだちょっと熱い。今日はダメだな。」


「....うん。」


完全に萎縮したスズカは力なく返事をする。ゼロはその様子を見届けるとそのまま机にもどっていった。


「ゼロ。」


「ん?」


「....すまない。今日は役に立てなかった。」


先程の元気さは全くなく、体調がぶり返し始めたこともあってか、スズカの声は弱々しくなっていた。


「そういう日もある。気にすんな。」


「....うん。」


ゼロが刃物研ぎを再開する。少しすると後ろから静かな寝息が聞こえ始めた。


(ようやく寝たかな。)


ゼロが振り向くとスズカはすでに熟睡してるようだった。スズカを起こさないようにゼロは研ぐための研磨剤や布を仕舞うと、灯りを消して自身も自分の布団の中に潜った。

横を見れば衝立の隙間越しにスズカの寝顔が見える。


(役に立てなかった、か。)


それはゼロにとってはどうでも良い事だった。今スズカに横にいられる事に特に不快感も何も感じなかったからだ。


ミサオから、アルシアから、サザミから、チグサから、女子衆統括のサザンカから、スズカの話は聞いている。慣れないながらもちゃんと頑張っていたことも。


しょうがないことはしょうがない。

だからゼロはこうして一緒にいる事を受け入れることに決めたのだ。ここを、ちゃんとスズカが安心出来る場所にしなければならない。守るということはきっとそういう事だと。かつて打ち捨てられていた自分がそうされたように。


でも、同じように出来るかはわからない、ともゼロは思う。自分が他人に優しく出来ているのかもわからない。師匠や、ミサオ姉や、フェル姉さんから貰ったモノをちゃんと次の誰かに渡したいと思ったとしても。


それが寝る前のゼロの頭の中にあった一番素直な気持ちだった。





さて、ゼロの所から移動したカスミは城にある龍津軍の屯所に戻っていた。次の封書を届けるために一度屯所にあるバンリの部屋へと立ち寄っていたのだ。


「お前、今日はもう良いぞ。」


「はい?」


すでに寝る準備をしていたバンリからそう言われたためにカスミの頭は一瞬真っ白になった。


「例の封書を渡す連中、ちょいと危ない連中だった事がわかったのでな。ランとザクロに行かせた。」


「は、はぁ。そうですか。」


「うむ」とバンリは言うと布団の中に潜った。

そして、


「おっと、ランが戻ってくるまで側付きで監視だけ頼む。多分2時間くらいで戻るだろうからな。ではワシは寝る。おやすみ。」


そう言ってバンリは小さい灯りだけ残して寝てしまう。カスミはそれに取り残された気分になりながらも命じられた役目のためにその場で正座するのだった。


(ラン様と兄様に行かせてしまった。)


カスミは自分の弱さが情けなくなったが出来ないものは出来ない。ここに来た時からわかっていることだ。

バンリに仕える事が決まり、兄のザクロに着いてきただけの何の力もなかった自分をそれでも良いと言って側に置いてくれたバンリ。その言葉だけで危ない橋を渡らぬように色々と配慮がなされた今の伝言役としての立場。


もっと自分に出来ることはないか?

もっと自分は色々すべきではないか?


そんな気持ちばかりが走り、余計なことはしなくて良いの一言で全て止められてきた。


(....バンリ様。)


今日は今日で結局あの男の子に助けられた。部屋にいたあの女の子も変だったけど良い人だった。

そしてあの紐による縛られた時の感覚も....。


(....あれ?)


カスミは思い出した。不意に木に縛り付けられ、身体をよじろうとすればするほど絶妙に食い込み、次第に身体が熱を持っていくあの感覚を。

あのまま見つけられず1時間、2時間と自分があのままだったらどうしてただろうと。


(....あ、やばい。)


カスミ自身は普段は特に邪な考えを持たない純真な少女である。しかし故郷の忍者の教えには当然性行為、房中術に関するあれこれを教えるモノもある。それを学ぶ程度には知っていたものの実践はしたことがなかった。


カスミは目の前のバンリを見る。こちらに顔を向けずに寝るバンリを見て一瞬あらぬ思考がカスミの中を巡った。


(....。)


カスミは身体を固め、何とか動かないように務める。ランが帰ってくるまでにバンリに何もないようにしなければならない。それがカスミの任務である。


(考えるな、考えるな、考えるな、考えるなぁー!!)


心の中で何度も叫ぶ。仮にも自分の主君の、その寝込みを襲うなど....いや、襲った所でカスミの方が返り討ちにされそうではあるが。


(ラン様....ラン様早く帰って来てぇーー!)


カスミは悶々としながら、すでに完全に火照った身体をどう諌めようかを考えた。しかし基本的に内気で優柔不断な彼女は自身の身体を直接諌めることもバンリに手を出すような事もできず、ランが帰った時にはその気持ちで板挟みになりながら涙を流していたという。

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