第7話 殺意と暴力

スズカとフェルティナがたどり着いた先は石造りの部屋だった。部屋自体の大きさは先程の診療所の部屋と同じであり下には同じような魔法陣が刻んである。そしてそれはスズカにとっては何故か見覚えのある光景だった。


「え....?」


スズカは何となく壁を触りながら記憶を辿る。しかし見覚えがあっても自分がなぜこの場所か、もしくは似たような場所にいたことがあったのかは思い出せなかった。


「どしたの?こっちだよー。」


フェルティナが外への扉を開けて手招きする。スズカは自身の記憶に関しては一度端に置いておき、医療鞄を持ってフェルティナを追うのだった。


石造りの部屋は途中から木造の壁や天井に置き換わり、2人はその中の狭い階段を登っていく。どうやら武家の屋敷のよくある脱出用の通路のようだった。その光景もスズカは何となく覚えていた。


(きっと私はここを通った事があるのだ。)


もしかしたらだが父が殺された日。部下の1人と城から落ち延びるために通ったのかもしれない。それ以外では姉とかくれんぼした時にたまたま入った可能性もある。スズカの頭の中で少しずつ昔の光景が甦ってきていた。


薄暗い通路を抜けると屋敷の縁側の廊下へ出た。暗闇に慣れ始めていた目に外の光は少々眩しい。そしてそこは声、というか騒ぎの音がすぐ届く位置でもあった。


「あれは....。」


木で作られた柵がその広場一帯を囲っている。周囲には兵士達やその他数人が何やら盛り上がっているようである。


パシーン


何かを打つような音が響く。それと同時に歓声も上がる。


「やってるねぇ。」


「何を....ですか?」


スズカが聞くとフェルティナは近くで見ようか、と手を引いて歩いていく。その間にも何度も、何かを叩いたり走る音、そして兵士たちの歓声が上がっている。


(そういうことか。)


スズカは以前にもこういった事があったのを思い出した。確か何処かの異国の人が来た時に城一番の力持ちと拳闘を催したのだ。スズカの母はそうした野蛮なモノ等見てはいけない、としてスズカの姉とスズカをそこから遠ざけたが、スズカはそれを遠目から見ようと目を凝らして観察していた。


(あの日はどっちが勝ったのだったか?....覚えてないな。今は誰が戦ってるのだろう?)


距離が近付くにつれて戦ってる者達が見えてきた。その片側は見覚えのある少年....ゼロだった。


(な....!?あやつ....何をしとるのだ!?)


「おおー、やってるねえ。」


フェルティナがウキウキしながら近付いていく。


「いや、やってるね、ではなく....。」


「ん?どったの?」


ええと、とスズカが口籠る。まずは状況を確認しなければなるまい。


「な....なんで戦ってるのですか?あの人たちは。」


「なんでって、拳闘だよ。知らない?お、兵士間で賭け金もやってるね。混ぜてもらおっかな〜?な〜んて....。」


スズカが睨みつける。フェルティナはそれに戯けるとごめんごめんと謝った。


「....まぁ言いたいことはわかるさ。何が理由か?だろう?そうだね。まず相手方はウライシ組のトクシロウって人。あれでも極道、組のおえらいさん。今回は彼の希望でゼロとの試し合いを望んだらしいね。理由は彼の舎弟をゼロくんが襲って怪我させたから、だったかな?」


「それは、なぜです?」


「昨日キミのいた遊郭に彼がいた理由だよ。ミサオちゃんっていたでしょ。あのムチムチの獣人のお姉さん。彼女の身内を殺した奴があの遊郭に遊びに来ていた。ゼロくんはそいつを殺すために侵入し見事に殺す事に成功した。その過程でキミを見つけるきっかけを作った。」


「....!」


本来あの地下独房は隠されていた場所だった。それをたまたま見つけたのがゼロだった。もしあの時彼が建物の違和感に気付かなければ自分は気付かれずにまだあそこにいたままだった可能性があった。

スズカはゼロがあの場にいなかったらここにいる事さえ出来なかったのである。


「でもね、その殺人鬼を探す過程でゼロくんは随分無茶したらしいね。極道の寄合所をいくつか襲撃、で、結果的に怪我人も出しちゃった。うちも何人か治療したしね。たぶんその落とし前の意味もあるのかな....て、あれれ?」


スズカは鞄を置いて一目散に走り出した。そして兵士達をかき分け柵の前に出ると大声で叫んだ。


「何をやってるのだ!この馬鹿者が!!」


周囲も、その中にいたトクシロウも、一斉にその声の主に視線を向ける。唯一それを無視したゼロがその隙を見逃すはずはなかった。


ゼロはその場で一気に飛び上がり、トクシロウの顎下を靴のつま先で横薙ぎに蹴りに行く。しかしそれはトクシロウも予測済みの攻撃だった。


「来ると思ったぜ。」


空中で姿勢を変えられないゼロにトクシロウは真下から拳を突き上げた。それはゼロの鳩尾を正確に捉え、そのまま弧を描く様に柵の所まで吹っ飛ばした。


「ゼロ!」


スズカがゼロが飛んでくる位置に向かって走り出す。ゼロの身体は背中から柵にぶつかり同時に打ち据えられた衝撃で破壊される。


周囲の兵士が口々に「飛んだなぁ」「すげえなあ」と囁く中ゼロはすぐに身体の反動だけで飛んで立ち上がる。


「え?」


その様子を見て驚くスズカを少し見るとそのままトクシロウの方へ身体のあちこちをゴキゴキ鳴らしながら歩いていった。


「すげえなあ。」


「ああやってふっ飛ばされるの何回目だ?」


(え?何回も、あれ、やられてるの?)


見れば服も昨日と同じようにボロボロで顔や腕には痣も出来ている。唯一右脚だけは痛めているのか少し跛を引きながら歩いているようにも見えた。


「ゼロ!」


スズカが呼ぶ。ゼロは振り向きはしなかったが右手を上げて見えるように振った。


(そこで見てろ、とでもいうのかあやつは。)


「お嬢さん見物に来たの?」「こっちに椅子あるけど使うかい?」とスズカは兵士たちから口々に声を掛けられたが「ここで良い!」と恫喝するように追い払った。少しすると鞄を持って追いついてきたフェルティナと別の所で見ていたミサオが駆け寄ってくる。


「今どんくらい?結構やられてるようだけど。」


フェルティナがミサオに聞くと「30分経った。」と答えが返ってくる。スズカはそれを聞いてもう一度ゼロの状況を遠目で確認する。


(あんな身体で、30分も?)


相手のトクシロウという初老の男を見る限り目立った傷もなければ服も破れてはいない。対するゼロは服を引っ張られたり先程のように強烈な一撃を頻繁に受けているのか、すでにあちこちが破けていて流血こそないものの赤黒かったり青黒い痣が見えている。明らかにダメージではゼロが不利であると云えるだろう。


「誰もやめさせようとは思わぬ....いや、思わないのですか?」


「この状況で止める人はいないと思うけどね。」


スズカの問いにフェルティナは笑い、ミサオは顔を曇らせる。どうやら愉しむ方向のフェルティナと違いミサオはこの勝負には乗り気ではないようだ。

フェルティナは白衣の内側から棒付きの飴を取り出すと口に入れてコロコロ転がし始める。そしてその飴の先を今度はゼロ達の方へ向けた。


「これは理由あっての決闘だもの。他所様が止めるってわけにはいかないさ。ましてやこうして外野の私達には見守る以外に出来る事なんてないよ。」


「でも....!」


ミサオも諦めた顔で首を横にふる。

そしてその後ろからもう一人、髭面の男が近寄ってきた。


「お嬢さん、物事ってのはただ「ごめんなさい」って言えば収まるわけじゃないんだよ。特にアイツラみたいな極道とかの何かと手が出るような連中ならな。落とし前の付け方とか責任の取り方ってのが重要になるのさ。」


よお。と髭面の男ことバンリはスズカに挨拶した。


「身体の方は平気かい?あんなに走っちまって、まだ寝ていなくて大丈夫か?」


おそらくは長い事独房にいた事で衰弱していた事を心配しているのだろう。スズカは少し頷くとまた視線をゼロたちの方へ戻す。


「それは、まぁ。それより....。」


「あいつが心配かな?」


「....。」


スズカが押し黙る。確かに心配といえば心配ではあるが別に情があるとかそういった類ではない。ただ昨夜のようにボロボロで、今目の前の自分から怪我をしにいっているような戦い方を見てられないと思ったからである。


「その....見てるほうが痛々しいので....。」


「ん?そうなのか?まぁわかるっちゃぁわかるが....。」


スズカの言葉はその場しのぎのものだった。まだ自身の中で明確な答えが出てない、話を合わせるためだけの言葉である。バンリもそれに対してどういう答えをすべきか考える。そしてスズカを見ずに語りだす。


「おそらくだが、あいつはあの戦い方しか出来んのだ。元々が人殺しを生業にしていた一団の中で育ったらしいからな。」


「人殺し?」


そうだ、とバンリは返した。


「本当にガキの時分の頃だったらしいがな。おそらくだが戦い方にその時の癖が染み付いているのだ。身体の丈での距離感を縮めるための脚技、跳躍を主体にした視線誘導による撹乱、そして的確に急所や体制崩しを狙う判断力。その過程で培われた無尽蔵の体力と精神力。ワシも若い頃は同じような事をした覚えがある。」


「それらが実戦の中で培われたからああなった、ということですか?」


「だと思う。....ん、わかるのか?」


「まぁ、少しは。父も武人だったので。」


スズカはいつも庭で藁斬りをしたり臣下を相手に組手をしていた父の姿を思い出した。自身も稽古を付けてもらおうとして母に厳しく反対されたのを覚えている。もっともひ弱で体力もなく、女の身でもあったのもあって早々に諦めたのであるが。


(武人....か。)


スズカはゼロの動きを目で追う。過去に見た父や臣下の人達、城内にいた兵士たちの動きはそれは綺麗なものであった。槍の構えも刀を振る軌道も弓の構えも、それらは「実戦」というものから程遠い「訓練」としての動きであった。


では目の前にいる彼、ゼロはどうだろう。

剥き出しの殺意、構えも動きも一貫性がなく、しいて云えば泥臭い、といった感じだろう。別の言い方をすれば獣のようでもある。


対するトクシロウは基本的に一定の場所からそれほど動かない。汎ゆる方法で向かってくるゼロに対して只管手を変え品を変え対応しているといった状況である。

しいて今後彼が不利になる状況に陥るとすれば体力の差、と言った所だろうか。


「ふう....。」


ゼロは額に付いた汗を拭う。基本的に定位置から動かないトクシロウに対し動き回ることで攻めていくゼロの方が最終的な疲労は蓄積していくだろう。しかし基本、攻めて来ないトクシロウに対しては動き自体に緩急を設けたり、距離を一気に取ることで合間合間で息を整える時間は十分に確保出来た。

しかしその一方で以外と疲弊していたのはトクシロウの方であった。元々初老の身で体力や身体のキレの問題もある。動かないのではなく動けないのだ。


(こいつの身体、どうなってやがる?)


無尽蔵に思えるほどの体力、何度攻撃を当てても平然と立ち上がり初手の方で捻ったはずの足首もおそらくは治りつつある。

トクシロウにとってはそれは化け物に等しかった。今までこんなデタラメな人間と相対したことはなかったからだ。


(オイラも衰えたもんだ。こんなガキに翻弄されちまうたぁ。やっぱ一気に決めるしかねえか。)


開始30分。拳闘で考えても長期戦になりつつあるこの状況。これ以上長引けば間違いなくこちらが不利になる。


「なぁ兄ちゃん。」


トクシロウは不意にゼロに声をかける。

ゼロはその場で歩みを止めその場で構えた。


(うわ、読まれたかな?)


察知されてるのか?そう考えつつもトクシロウは続ける。


「認めるよ。お前さんは強い。でも、もうお互いに限界だ。だからこいつで決めたい。」


トクシロウは右手を掌底の形にし脇を締めて構えた。


「こいつから逃げ切るか、もしくはぶっ壊したらお前の勝ち。逆にこいつにやられちまったらオイラの勝ちだ。どのみちこれを使っちまったらオイラは倒れちまう。....なぁ?面白えだろ?」


ゼロは何のことだ?と思った。いよいよ戦いが長引きすぎておかしくなったのか、とも思ったがすぐにそういう発想をする爺じゃないと振り払った。


「その前に潰してもいいぞ。逃げ切った後で倒れたアンタを潰してもいいな。」


ゼロは冷酷に言い放つ。何が来るにせよ勝敗を決する形となるなら乗らない選択はないと思ったからだ。

トクシロウはその反応に対して少しだけ嬉しそうにすると、大きく息を吐いてから体を引き締め全体に力を込めた。


「いや、遊びのねえ兄ちゃんだなぁ。....覇ぁ!!」


ヒュッ!


それは同時だった。前に一気に飛び出したゼロ、そして掛け声と同時に掌底を一気に突き出したトクシロウ。

それは警戒していたゼロに対し以外な形で現れた。

見えない空気の塊がゼロの肩を掠ったのである。


(何!?)


その段階ですでに複数の何かが周囲を高速で動いているのをゼロは察知する。しかしそれらは意識するより早くゼロの腕に、足に、そして身体に打撃を与えてくる。


「く....!」


もっともそれらを感覚だけを頼りに急所を避けながら何とか凌ごうとするゼロ。しかし数発がすでに身体の体制を崩すレベルのダメージを与えておりその場で膝をついてしまう。


「あちゃ、耐えるんかい。見上げた頑丈さだな。」


トクシロウは掌を前に出しながらゼロに狙いを定める。トクシロウ自身もこれが最後の一撃になると覚悟して気を込めた。


(悪いな兄ちゃん。オイラの勝ちだ。)


「....覇ぁぁーーー!!!」


ドオオッ!!


その力は放たれた。風を巻き上げ周囲に衝撃波を放って。すでにゼロにそれを回避する力は残ってなかった。


「ゼロ!」


スズカの叫びと一緒にゼロは衝撃波にふっ飛ばされた。今までのどの状況よりも高く遠くに。そして庭にあった一本の樹の枝葉に激突し、そのまま下まで落っこちた。


「オジキ!」


「大丈夫ですか!?」


トクシロウの周囲に舎弟達群がって来た。

さすがのトクシロウも今の放った力の疲労感で膝をついてしまったためである。


「あ、ああ。だ....大丈夫、とはいかねえかな。おい、誰か、あそこに来てる医者の姉ちゃん呼んでくれや。」


トクシロウは「ほれ」と自身の右腕を部下に見せる。そこには一本の太い釘。柵を固定していた鉄の釘が突き刺さっていた。


「あのクソガキ、最後の最後で逆襲してきやがった。」


トクシロウは舎弟達に体を支えられながらフェルティナの所へ歩き出した。一方でスズカはバンリの部下達と共にゼロの所へと走っていった。




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