第4話 廃棄姫

とある文筆家による数年前の記録にはこう記されている。

聖帝国家ヒノエ、かつては島の中にある小さな国の一つに過ぎなかったが今から五十年前に国土統一ために当時この島の各地にある小さな国を制圧及び侵略し、清濁汎ゆる手段を昂じてその勢力を拡げてきた。

そして、その中で現在のトウオウ領とされるトウカ国が7年前に長年の戦乱の末に敗北する。トウカ国は解体、吸収され、ヒノエの傘下及び国土として組み込まれる形となった。その際に当時の頭目とされたナカノウエサダキヨは責任を取るために断罪され殺害、その家族も自害という形で後を追ったという。

ただ1人、末の娘、スズカ姫を除いて。





鉄の軋む音を上げながらゆっくりと重い扉が開く。少女は部屋の真ん中でその扉を開けた者達の姿に目を凝らした。


(まだ良いとは言ってないはずだが。....まぁよいか。)


無言で入ってくる者に少女は不満を持ったが、先程声をかけた者の仲間であるなら襲われる心配はないだろうと思い、招き入れる事にした。


「お待たせしました。どうぞ。」


少女はそう言うか言わないかの段階でそれは闇から姿を現した。


「....。」


そこにいたのは目つきの悪い無愛想な少女から見てほぼ同世代の少年であった。というか少女の方が座り込んだ状態であったので完全に見下ろされる形になったので少女は何となく居心地が悪い。


(さっきの声の者ではないな。なんか陰気な感じだが....。)


身長は自分よりは少しあるくらい。体格も筋肉は付いていそうだがやや細身。目が隠れそうなほどの獣のような髪から覗く、この世の汎ゆる事を恨んでいそうな眼光がかなり不気味に見える。何より暗闇でもわかる程のボロボロで血の付いた服が一種の危険人物であることを物語っていた。


(ああ、なんかやばい奴だ。どうしよう。それに....)


少女は言葉が出なかった。少年の方からは明らかに視線を感じるからだ。なんというか邪でも色っぽくもなく、何か威圧するような攻撃的な視線を。すると少年は手の中から小さな鍵の束を取り出して少女に近づいていった。


「ひ....。」


「手と、脚か。こっちに出して。外す。」


最初に感じたのは恐怖だった。ただ声には敵意がなかった。急に距離を詰めてきたため反応できなかった少女は、返事もまともに返せないまま少年の指示に従う。すぐに両手両足の鉄輪を外すと少年は「ちょっと失礼」と言いながらそのまま手足の状態を触りながら確認する。


「わ、わ、わ、何をする!」


「腱は切られてねえな。何とか歩けるか。あ、口開けて。」


「何を....?無礼であるぞ....んあが!」


両手で顔を抑えられる。目、鼻、口の中まできっちり確認すると少年は手を離してようやく距離を取った。そして踵を返すと入口の方へ戻っていく。


「あとは他に任せる。少し待ってろ。人を寄こすから。」


「おい!御主!」


少年は「あ?」と機嫌悪そうに振り向いた。

少女はその露骨な反応に少し腹が立ったが報復されるのも嫌だったので少し声色を抑えながら言った。


「な....名ぐらい名乗れ。失礼であろう。」


少女の中には先程感じていた恐怖はすでにない。むしろこの無礼な少年に対して無礼者!と怒鳴ってもいいとすら思っていた。少年はそれに少し考えたようだったが正面に向き合ってこう答えた。


「ゼロ。あんたは?」


以外と素直な少年だなと少女は思った。おそらく悪人ではないのだろう。誠実かどうかは別として。

少女は自身の名を伝える事に決めた。


「私はスズカ、ナカノウエ スズカだ。今は....確かこう呼ばれておったかな。「廃棄姫」と。」


「ああ、そう。」


少年、ゼロはなんの気もなくそのまま踵を返して部屋から出ていった。その反応に困惑した少女、スズカはその場に1人取り残された。


「....え?....えぇ?」


ノリが悪いというか自分の言葉に全く乗ってこないゼロの背中を見送る。自分を見て、自分の話を聞いても動揺も、驚く事もなく、距離感も変な男の子。


(なんなのだ。あいつは。)


今度は怒りを通り越して呆れてしまったスズカは仕方なく、自身を介助してくれる者が来るまでその場で待つことにした。






「お前、なんで勝手に開けてんだよ?」


「なんでって、何か急を要する事があったら困るだろ。他の人も他の部屋で作業しっぱなしだし。」


リュウセイの咎めに対してゼロは当然だろ、と言うように答えた。現状バンリとその部下達は他の部屋に囚われていた者達の保護と遺体の回収に当たっている。もっとも今日中には到底無理なので、今日は以降の段取りを含めた現場の保存が優先されているが。


「奥にいたのはボロキレを纏った女だった。まぁそこそこ美人だったんじゃねえかな。ガキみてぇな感じだったけど。見た目がちょっと痩せてたけど健康状態はそんなに悪くなかったと思うぞ。目立った怪我もなかった。....たしか、自分の事を「ハイキヒメ」だか言ってたな。」


「「ハイキヒメ」?なんだいそれ?」


「しらん。肩書なんかじゃないのか?どっかの裕福なお嬢様だったとか。ここら辺じゃ見ねえ灰色の髪してやがったぜ。」


「ふーん。」とリュウセイは多少気になるようでスズカのいる部屋の方をチラチラ見る。そこにバンリが数人の部下を引き連れて来た。


「中に入ったのか。」


「ああ、待ってるってよ。」


バンリの問いにゼロが応える。うむ、とバンリが通り過ぎようとすると「そうそう。」とゼロに改めて声をかける。


「もう少ししたらお前の迎えが来る。今日の所はに帰してやろう。ただし、明日保護者同伴で出頭してもらう。処分もその時に決める。一応覚悟しておけよ。」


威圧感たっぷりのバンリの口調にゼロは適当に生返事で返した。


「もう一つ。」


まだあるの?とゼロはあえて嫌そうな顔で返す。


「その迎えの者も大変御立腹だ。まずはそっちの覚悟をしといた方が良いな。がははははははは。」


このやろう、とゼロは思った。その段階で迎えに寄越した、というか迎えに来た者が誰かであるか大体思い至ったゼロは一気に気が重くなった。


「一応同情しとくわ。知らんけど。」


「ああ、わりいな。」


リュウセイから言葉だけの慰めを貰ったゼロは一応体裁のために再度自分の両腕に拘束具を付けてもらうのだった。




バンリの言う「迎えの者」が来たのはそれから二十分後の事だった。先ず来たのは幌付きの一頭引きの獣車が2台。2台は到着するなり同乗していた数人の医療従事者が降り、すぐさま独房に囚われていた者達の状態確認と応急処置にかかった。最初の1台目は特に重篤であった2人を収容し、すぐに出発。もう一人生死の確認できなかった者は死亡が確認された後、検死のために袋に入れられ2台目の方へ収容された。他の遺体も一人一人丁寧に袋に入れられ同じように収容された。

その2台目も出るとさらにもう一台。今度は幌ではなくしっかりした作りの獣車が入って来た。おそらくは貴族等が移動のために用いるタイプの送迎用の獣車である。もっとも装飾の方に関しては最小限であり、横に付いている扉には「旅籠屋たると」の文字が入っていた。普段は専ら送迎に使っている車両なのだろう。


2台の幌獣車が去った後にはバンリと部下達、ゼロ、スズカ(一応軽い検査終わり、この後施療院護送予定)が残っていた。幸いバンリの部下には重症者は出ておらず全員がその場の応急処置である程度の治療を終えていた。

そこに獣車から1人の女性が降りてくる。スラっとしたイメージながら身体の線がきっちり現れるような着物を着た女性だった。一つ周囲の人と違う点といえば耳が人のそれではなくフサフサした毛が生えていて尻尾も生えているという点だろうか。女性は降りてすぐにバンリの方へ歩いていくと会釈をする。


「この度はうちの者がご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ありませんでした。」


「お気にめさるな。それよりも早急に獣車を手配して頂いた事。感謝する。」


「いえいえ、それも仕事のうちですので。」


そう社交辞令のように挨拶を済ますと今度はゼロの方へと移動してくる。およそ笑顔を貼り付けたような表情で。


「....。」


その顔を見たゼロが何となく尻込みしたのをスズカは見逃さなかった。つまりは彼にとっての天敵が来たのだ、ということを。


「ほな、とりあえず病院行こかゼロ坊。そっちのコも一緒にな。ちゃんとした所で診てもらわんと。」


圧のありそうな雰囲気から出た言葉は意外と柔らかく、少し間延びしたようにも聴こえる不思議な響きだった。この人は何処か特殊な出の人なのかもしれないとスズカは思った。


「スズカです。よろしくお願いします。」


形ばかりの自己紹介。女性はうんうんと笑顔で頷く。そして居心地が悪そうなゼロの方に視線を向ける。


「ミサオ姉....その....。」


「それは後。まずはここを離れるで。あ、うちミサオいうんよ。よろしゅうな。ええと、スズカちゃん、で、ええ?」


「ちゃん」付けのところで少し拒否反応が出たがスズカは了承することにした。今は居場所の確保が最優先だと感じたからである。取り敢えず取り入って数日寝る場所さえ確保出来れば。これからどうするかを考えるのはそれからでもいい。


(この人のいる所ならまぁ無下に扱われることもないであろう。....それに....。)


ようやく外に出られた。もう鎖に繋がれる必要もない。あの固くて冷たい石床の上で嫌な男どもの相手をする必要もない。

スズカは内心少し浮かれていたがそれを悟らせないよう表情を作る。自分が碌でもない人間だと思われたらおしまいだからである。


「....猫被り....。」


ゼロがボソッと言う。「ねこ?」とミサオが聞くとスズカが何でもないと云うように愛想笑いをする。そしてミサオの視線が外れた段階でゼロの方を睨みながら近付いてきた。


「それ、次言ったらぶつぞ。」


スズカの耳元での言葉に対してゼロは「やってみろ」と云うように睨み返した。先程の肝の座り方から考えるに脅しの効くような相手ではないことはわかっているが早い内にこいつに自分の立場はわからせてやらねばなるまい。そう思いつつスズカは獣車に乗り、続けてゼロとミサオも乗りこんだ。


「お願いします。」


ミサオが御者に言うと獣車はゆっくりと動き出した。





さて、ミサオにおいてはここに来る前にいくつかバンリから頼まれている事柄がある。

1つはスズカのこと。高貴な生まれらしいのでなるべく外部に情報を流さないように何らかの方法で匿うこと。ミサオ自身はその理由は聞かない。何故なら今のバンリの立場上何かしらの著名な者や有力者を近場に置いてそこから情報が漏れれば不利になる要件が多すぎるから。

2つはゼロのこと。当代の東の魔女と呼ばれる大術師の身内になる少年をこの街に留まらさせ、見守ること。これはその東の魔女本人からの意向も含まれており同じく弟子筋であるミサオも了承している。

もっとも今回のような騒動に捲き込まれる事は想定外であったため何かしらの抗議を打診するつもりではいるが。

これの他にもう一つ、重要な事柄があるがそれはまたの機会にする。3人の動向へと本筋を戻す。




パシン!


獣車の中で乾いた音が鳴る。それはミサオが拵えたであろう紙を折って作る、取っての付いた道具....すなわち「ハリセン」であった。それでゼロの頭を思いっきり脳天から叩いたのである。


「....うわぁ。」


とっさに声が出たのはスズカだった。さっきまで自身の前で強がったり平然としていたりした少年が見事に小さくなってしまっているのだ。たかだか一発年上の女性から貰った一撃で。


「....ごめんなさいミサオ姉。」


おそろしく素直に、従順になったゼロを見て眼の前にいるこのミサオという女性が彼の精神世界で上位にいる存在なのは間違いない。恐らくだが昔この女性に恥ずかしい所を見られたりお世話されたりしたんじゃなかろうかこいつは、とスズカは下衆に勘繰った。


「勝手に、その....勝手なことして....」


ミサオはそのゼロの態度に怒るでもなく、溜息もつかず、ただじっと見つめていた。


「敵を討った、というのは聞いとる。」


「うん。」


ミサオが口火を切る。

ゼロは下を向いたまま短く答えた。


「それはええ。けっして褒められはせんけど。」


「うん。」


良い光景だ、良い気味だ、とスズカは思った。そしてそのままその男の傲慢さもきっちりへし折ってしまえ、と。


ムッチリ。


一瞬の沈黙。それは丁度ゼロとミサオが向かいに座っていたからだろうか。有り体を云えばミサオからゼロに対して抱きついたのであった。


(な....!?)


驚いたのはスズカである。目の前で自分の数倍はあろうかという豊満な肉体で年頃の少年を柔らかく包み込む光景。正直それは親子や血縁の情愛よりかは如何わしさの方が優るほど刺激的であったのだ。


(....こやつら、私が乗っていることを忘れてるのではなかろうか....。)


スズカは自身の体温が上がるのを感じた。もしかしたら顔まで真っ赤になってるかもしれない。そして何となく見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった彼女は気付かれないよう視線を外に移すのだった。


「もう二度とこんな事せんといて。ゼロ坊が居なくなったら悲しむ人らが大勢いるんやから。な?」


「....おう。」


横耳で会話を聞きながらスズカはゼロが自分に対する態度があんなに素っ気なかったのかわかった気がした。この少年にとってはこんなスキンシップは日常茶飯事なのだろう。おそらくは慣れきってしまっているのだ。そもそも先程聞いた話だと事の発端になった人物も自身と同じ夜の仕事の女性だったらしい。


(.....腹立たしい男だな。)


スズカは何となく今のゼロの表情を見たいと思ったが、自身の今の顔もゼロに見せるのも正直嫌なので走る獣車の車窓から夜の闇を観続けるのだった。

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