第3話 ゼロという少年

地響きが聞こえる。

暗闇の中で少女は目を覚ます。

腕と脚を自由に動かせる程度の鉄輪と鎖に繋がれ、粗末な着物の姿で石造りの床から立ち上がったその姿はまるで物語に出てくる幽霊のようだった。脱色したようにも見える伸びっぱなしの髪が尚更説得力を持たせることだろう。


ほとんど日を浴びてないかのような白い肌、ぎりぎり肉が付いてるかのような痩せぎすの身体で少女は扉に手を掛ける。


ここは独房だった。どうやら少女のいる場所以外に複数部屋はあるらしく、囁く声や布の擦れる音が聞こえる。


「....せっかく気持ちよく寝ておったものを。」


天井からは音と共に頻繁に砂や埃が落ちる。振動も身体で分かる程度には近い。もしかしたらすぐ真上で何か事件が起こっているのやもしれない。少女は多少様子が気になったので壁を登って採光用に開けられたであろう高い位置の小窓から周囲を確認した。

どうやら外には大勢いるようで篝火の動く様や騒いでる人達やその所作も見えるほどだった。同時に建物の壊れる音とそれに悲鳴や声を上げる者達が騒がしく思えた。


「あんな大勢うろちょろされたら月が見えぬではないか。」


「どうしてくれよう。」と毎夜の僅かな愉しみを奪われた少女は顔も知らない外の者達を恨む。そして仮にここにも危険が及ぶような状況になれば、その時はその時だ、強いて言えば痛い死に方だけはしないことを願いたい....と、少女はそんなことを呑気に考えながら毛布や着物についた砂を振り払う。

そして朝までもう一眠りするために毛布で身体を包み、硬く冷たい床で横になったのであった。






「バンリ様、こいつどうします?」


バンリの部下の1人、リュウセイが血溜まりの中から拾って来た少年を抱えながら言う。


「第一容疑者として拘束。ただ先に手当てからな。そこそこ出血は酷そうだ。」


先程盛大に壁に突っ込んだせいで全身あちこちに砕けた石やら鋭い木端が刺さっており、中には内蔵にまで到達してる可能性のある怪我もあった。他の部下も「なんでこいつ動けたの?」と疑問を持ちながらも遅れて着いた医療班と傷の処置を始めていく。


「ハカシラは?」


「死んでます。ただ、脳は無事だから原初記憶なら脳潜入(ブレインダイブ)で吸い出せるかもですね。」


「そうか、医療班の方で応急処置が終わったら輸送班に引き継いでおけ。」


「了解。ついでに店の修理に関しても人の手配しておきますね。」


バンリの部下の眼鏡の少年はそう言うと医療班の1人とハカシラの遺体の処理を始めた。同時に気絶したゼロの処置に当たっていたリュウセイが声を上げる。


「うわ、なんだこいつ。」


リュウセイは気持ち悪いとでも云うようにゼロの身体と距離を取る。すぐに周囲にいたシュウベエや他の部下も駆け寄ってきた。


「なんだ、どうした?」


「いや、こいつの木端とかちくちく取ってたんですけど....なんか勝手に出て来たつーか、排出されてきて....」


「なんだいそりゃ?」


見れば体内に入った石や木片が血液と一緒にどんどん排出され、また傷も排出されてる側から治って行っているようであった。実際に端からみると恐ろしく不気味であるが。


「このガキ、ぜってえ人間じゃねえだろ。」


「なんか変な術でもかかってんじゃねえ?治癒系の。」


「医療系の術式でもここまでの速度と精度のモノは多分ありませんよ?」


複数人でワチャワチャと次第に賑やかになっていく状況の中バンリが割って入る。


「くぉら解散だ。解散。お前ら仕事しろ。あと傷治ってんならちょうどいい。そいつをさっさと拘束せい!」


バンリはそう言うと自身の刀を引き抜いた....と同時にその一瞬で伸びてきた刀身を受け止めていた。


「....ち、言わんこっちゃねえ。」


「はあ....はあ....」


その刀の主はゼロだった。近くにいた部下の1人の腰から刀を抜き瞬間的にバンリに斬り掛かっていたのだ。


「あ....あれ?」


自身の刀が奪われている事に気付いた部下が狼狽えながら離れた。周囲にいた他の部下もゼロの刀の範囲から後すざるように距離を取る。


「1人も部下をやらなかったこと、賢明だな。ワシを殺すか?」


ゼロは一度大きく息を吐いて息を整えると持ってた刀を持ち主の方に投げる。刀はそのまま持ち主の部下の手前の床に刺さると部下はそれを注意深く鞘に戻した。


「降参。好きにしろ。」


ゼロはそう言うとその場に胡座をかき両腕を前に出す。部下はすぐさま木枠の拘束具を両手に付け、腰を紐で括ると二人体制でゼロの側で待機した。

バンリはゼロに目線を合わせるよう屈むと手で顔を上げさせた。


「ゼロ、だな。「旅籠屋たると」の。」


バンリが視線をゼロに向ける。同時にゼロも視線を逸らす事なくバンリを睨み返した。


「オレを知ってんのか。」


「お前さんとこの主人と昔馴染なもんでね。というかお前さんの師匠とも知り合いだ。」


ゼロは「だから?」とでも言うようにふてぶてしい顔で返した。


「ワシはともかく、この件、お前さんの師匠が知ったらどうなるかな?どうせ許可なんざ取っちゃいまい?」


「許可どうこう以前に、あの人放任主義だから何も言わねんじゃねえかな。面白かったー?とかニヤニヤしながら聞いてきそうだけど。....おっさん?」


バンリは宛が外れたとでも云うように微妙な顔になっていた。というかもう少し狼狽えるかなと思ったら妙に肝が据わりまくってる少年だったことに正直驚いていたのだ。


「...まぁ、何かしら罪状が出てるならちゃんと受ける。さすがに情報探すのに無茶したからな。」


「ん?....ああ。それは、うん。」


バンリは何となく調子が狂うのを感じた。狂人のように戦ったのかと思えば妙に素直な顔を見せたりもする。年相応の少年だからなのかとも思ったがどうにも違和感がある。なのでバンリは一つ、思い付いた疑問をぶつけることにした。


「なぜ、殺そうと思った?」


ゼロの表情が変わる。それは少し怯えたようにも見えた。そして少し間をおいて口を開く。


「.そのほうが一番良いと思ったから....いや、違うかな。...でも、言えるのは自分で自分を止めらんなかったからだと思う。....アイツを、殺したいと思う自分を。」


殺人衝動の類か?とバンリは思った。気質として他人を殺す事に抵抗感のない人間は存在する。ただそういった者達はどこか精神的な箍が外れていたり常軌を逸した異常者が多い。

しかしこの少年にその感じはない。挙動も対面した印象も至って正常に見える。正常に見えるだけにそれが逆に違和感として感じてしまう。

当のゼロも徐々に精神的な高揚感が治まってきているのか「迷惑かけてすいません。」とバンリとその周囲に頭を下げている。その言葉を受け取った部下達もそれが先程まで大男を一太刀の下に殺した少年と同じように見れず戸惑っているようだった。


「ありがとうも言っとけ。」


部下の中から声が上がる。先程ゼロの治療を受け持っていた少年、リュウセイだった。


「そっちの医療班の兄ちゃんとオレでテメエにぶっ刺さりまくってた木端や石を除去してた。必要だったかはわからんけど。まぁ、オレはともかく、そっちのお兄ちゃんには礼言っときな。」


ゼロはその言葉に一瞬キョトンとしたがすぐに医療班の青年に向き合うと頭を下げてありがとうございます、と礼を言った。そしてその様子に気を良くしたのかリュウセイはゼロとしゃがんで目線を合わせ、自己紹介をする。


「オレはリュウセイ。こっちの髭面のおっさんはオレの雇い主のバンリ様だ。ゼロって言ったな。よろしく。」


「....なんか、馴れ馴れしいな。」


あ?とリュウセイは一瞬殴りたくなる衝動を覚えたがすぐに抑え、顔を背けたゼロに向き合う。年代的にはゼロより2つか3つくらい年上なのだろう。一連のやり取りを見ていたバンリから「当面はお前が面倒見ろ」と言われ承服していた。


「リュウセイ。」


「リュウでいいよ。なんだゼロ。」


ゼロにリュウセイが返すとゼロは下を向いて足で床をトントンと叩く。


「この下が気になる。人の気配がする。一緒に来てくれないか?」


「へ?いや、勝手に移動するわけには....。」


「逃げたりはしない。ただ変な感じがする。匂いも含めて。」


その言葉にリュウセイは「匂い?」と訝しげに思うがすぐに移動のために周囲の部下に確認を取る。


「オッケーだ。一緒に行く。下に行く道がなかったら諦めろよ。ゼロ。」


「ありがとう。リュウ。一応腰紐握っててくれ。」


そう言うとゼロはスタスタと何事もなく歩いて行こうとする。リュウセイはそれを「ちょっと待て」と呼び止めた。


「なに?」


「お前、傷どうした?」


「傷?腹のなら縫ってもらったろ。もう血も止まってる。ああ、そうそう。抜糸は自分でやるから大丈夫ってあのお兄さんに言っといてくれ。」


「いや、そうじゃねえだろ!?普通なら入院モノだろそれ!....なんで動けてんだよ。お前。」


「あー。」とゼロは少し考え込む。そして「治るように出来てるんだ。」と含みがあるように返した。


「なんだよ、それ。」


「そういうふうにしか言えない。察してくれ。」


「誰かに言うな、とでも言われてんのか。」


「そんなところだ。すまん。」


リュウセイは納得がいかなかったがとりあえず飲み込む事にした。そしてゼロの動向を見守る。


ゼロは1階の床を端から少しずつ靴底でトントンと叩く。そして南側の柱の直ぐ側で靴底で床をこすり始めた。


「見ろ、これだ。何に見える。」


ゼロはリュウセイに確認を取る。


「....溝?いや、境目か。」


「引き戸1枚分の大きさはありそうだな。この建物、地下室はあるのかい?」


リュウセイは今回の作戦においてのこの建物の構造と地図を思い出す。


「....いや、その情報はなかったはずだ。」


ゼロは床を見つめながら頷く。


「地上4階以上の建物。これだけ大きけりゃ基礎作りのためにそれなりの深さの穴を掘る必要はある。違和感があったのは、さっきあのハカシラのおっさんが落ちた時。何となく下に空洞があるような音がした。そしてもう一つ、オレが倒れていた時。」


「気配がした?話し声でも聞こえたのか?あと匂いがどうとかって....。」


「ああ。」とゼロは今度はしゃがんで拘束具で軽く床を叩く。


「死体の臭いさ。それもそこそこ時間の経ったやつ。干からびてるようなの。」


リュウセイがぎょっとした顔をする。


「し....死体の安置場とか骨壺でも保管してんじゃねえの?」


「ナザムに土葬の文化はないはずだ。それに死体を保管する場所を作るにはヒノエ国政府の許可がいるとも聞いた。カンだけど、そんな綺麗なもんじゃないと思うぜ。」


「....仮にだぞ、仮にお前さんの言う事が本当だとしたら....。」


嫌な顔をするリュウセイにゼロはニヤリと笑う。


「こういうモンは暴かれてナンボだろ?もっともこっからこれを突破する方法がないけどな....。」


リュウセイはしばし腕を組んで考えると「よし」と言って拳を鳴らす。


「少し粗っぽくやるぞ。離れてろ。」


リュウセイはそう言うと脚を肩幅に開き、脇を締めて力を、気を溜めはじめた。そして自身の力を放つ場所を探し始める。


「....この下、確かに人がいるな。」


「わかるのか?」


「ああ。」とリュウセイはゼロに返すと少しずつ移動を始める。そして「崩すならこの辺りだな。」と屈んだ状態で拳を上に振り上げた。


「せーーーーっの!!」


バコンッとリュウセイは拳で床の石板を破壊した。石片が落下したその下は同じく石で作った階段が続いており、どうやらさらに下に行けるようだった。


「すげえな。リュウ。」


「御守りみてえなもんだよ。お前と同じさ。」


ゼロはその返しに何も聞かなかった。そして音を聞いた部下数人がリュウセイの下へ来る。


「リュウ。どうした?....なんだこれ。階段?」


「こいつが見つけた。今すぐバンリ様と店の責任者に確認取ってくれ。あと調査用に2人。確認のために同行してほしい。見た感じかなり広そうだ。」


来ていた部下のうち3人は報告と確認に戻り、2人は前方と後方警戒のためにそれぞれの位置についた。そしてリュウセイはゼロの拘束具を外した。


「おい、リュウ。何してる。」


部下の1人が咎める。


「一時的にな。この下何がいるかわからんし、自分の身は自分で守ってもらわにゃな。ゼロ、いいだろ?」


ゼロは無言で頷いた。すでに地下室の気配を察知するために意識が向いている。リュウセイも周囲警戒しながら気を巡らせ始めた。


「部屋は全部で8つ。....死臭は奥からが強いな。」


降りてきた場所は石で作られた留置場のような場所だった。鉄で作られた扉に小さな窓がついており、そこから中の者と面会する形らしい。


「あまり見ないな、この扉。下は配膳するためのものか?ここを開けて中を覗くのか?」


先頭の部下が順次部屋を確認していく。

一部屋目、1人発見したが生死不明。動かない。

二部屋目、女性を発見。ただしまともな管理はされておらず、異臭もする。

三部屋目、おそらく女性。ただし伸び切った髪で顔が見えない。地面で何かをひたすら舐めている。

四部屋目、死体。すでに白骨化しており殺される前に拘束され尋問された跡がある。

五部屋目と六部屋目は無人。ただし床の掃除がされてなかったのか六部屋目の奥には凝り固まった排泄物の痕跡が多数あった。

七部屋目、多くの死体を確認。大まかな臭いの元はここであるようだ。遺体が積み重なっており状態によっては数日以内に遺棄されたものもあるようだ。


そして、八部屋目。

ここで報告を受けたバンリが降りてきた。


「こりゃあ酷いな。鍵は?」


「今、店の責任者を尋問で聞き出し中。正直ハカシラよりでかいのが釣れたと思いますがね。」


部下の1人がこじ開けられないか色々試している最中、少女の声が男達に届く。


「何方かそちらにいらっしゃるのですか?軽ならば扉の上に。各部屋に一つずつ付いているはずです。」


声の出処は八番目の独房だった。この扉だけが窓が完全に閉ざされ、外側からも開けられないよう固定されていたのだ。


「そこにおるのか?ワシらは聖帝国の龍津軍。御主らを助けに来た。」


バンリは部屋の主に声をかける。


「....そうでしたか。すいませんが開けるのは少し待っていただけますか。身支度をさせてほしいのです。」


こんなところにいるにはえらくしっかりとした物言いをするものだとバンリは思った。まだここに入ってから日が浅いのだろうか?


「わかった。準備が出来たら声を掛けるが良い。ワシらは他の部屋から順に片付けてくるのでな。」


部屋の中の主は「助かります」と一言返すと自身の着衣を整え始めるのだった。

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