竜の時代

第7話 「ヨミガルドへの遠征」

 「また城が落とされたそうだ」


「本格的にドットの血筋が出張ってくれれば良いのだが、、、」


「どの国も、貴重な戦力は手元に置いておきたいのだろう、万が一、竜がヨミガルドの出城を突破してここまで来てしまえば、恐ろしいことこの上ないからな。」


 民たちの囁きが王国を駆け巡る頃、国の要人たちも頭を抱えていた。


「私が出陣すれば、まず間違いなく彼の土地の開発は安定するでしょう。どうかご英断を。」


「しかし、、、其方の力が、我が王国の最大の戦力なのだ、東西の隣国の動きに不穏なものが見える今、国を離れられるのは、、、。」


戦神ホルスを曽祖父に持つ、今代のドット達の中でも最も強力な魔術師であるドット・コロンソは、渋い顔をする王を見つめる。人間の富と名声の頂点に立つこの男はしかし、優柔不断なきらいがあった。


 額の痣に皺を寄せて、コロンソは思案する。

遥か昔から、そこにあったのであろう白い大理石の宮殿の床に、英雄の血筋を表す純白のローブが垂れる。


 「なに、じきに私の子が生まれます。その時には一度帰還しましょう。」


「ううむ、しかし、、、。」


しばらくコロンソの顔を窺っていた王であったが、やがて何を言っても無駄なことが分かると、その豪奢な分厚い衣服を着た肩へ、ガックリと頭を落とした。


 コロンソとその妻は、ヨミガルドの地へと旅立った。





 ヨミガルドの出城にて。


始めこそ怒涛の勢いで城を突破しようと体当たりを繰り返してきていた灰竜達も、魔術師であるコロンソとその妻の魔法の餌食となり、最近はめっきりその姿を減らした。


 現在人間の陣営は、ヨミガルドの「第二節」まで拠点を建設している。

この調子で灰竜を捌いていけば、そう遠くないうちに「第三節」まで到達できるだろう。伝承に聞く始祖竜なるものと遭遇していないのはやや懸念事項だが、それ以外はまず順調である。


 ヨミガルドの土地は、平原の広がる低地と、険しい山脈が順番に続く地形をしている。これは、巨大な蛇竜である大地の背中の突起が山となっているためである。それらは現地では節と呼ばれていて、全てで12、もしくは14あるという。現在人間が手中にしているのは第二節までで、残りは竜たちの棲家となっている。


 「灰竜、実に興味の尽きない対象だ。」


強靭な爪と牙。そして、爬虫類特有のしなやかな筋肉と薄いながら丈夫な鱗の配列。

コロンソは、机の上に乗せられた灰竜の死骸を観察しながら図に記していく。


 、、、見れば見るほど、摩訶不思議な生物である。

まるで意図的に作られた生物のようだ。


 とはいえ、実際は凶暴で巨大なトカゲ以上の能力は持ち合わせていない。翼らしき一対の器官が見られるが、それは未だ不完全で、とても空を飛べる様なものではない。


 「おぉ妻よ、我が子はどんな調子かね」


「それが、もう出てこようとしてるみたい。まだ成長しきってないはずなのに。」


「本人が出てきたいのなら、好きにさせてみよう。なぁ、小さなバレルシウス、、、。」


子の名前を唱えて、コロンソは妻の腹を撫でた。

その瞬間、感触と首筋が凍るような感覚がして、コロンソは素早く腹から顔を離す。


 「今、何か言ったか?」


「いや?私は何も。」


おかしい、今確かに。



「”急ぐ”と聞こえたが、、、。」


眉を顰め、再び腹を撫でたコロンソだったが、やがて何もないことを確かめて、陽の光を招き入れる窓から外の様子を見た。出城の外で、兵たちが訓練をしている。

 そこで、ある小さな人影を見たコロンソは、青いローブを着るような階級はあったかと考えを巡らせたが、最後まで思い出すことはできなかった。






 「父よ、魔法を教えてほしい。」


バレルシウスは、たった十年でメキメキと成長した。

異常なことであった。通常、長い寿命を持つ英雄はその成長も遅い。


 だが彼は、生まれて五年で体格を人間と同じにまで成長させ、まず最初に剣を、その次に学問を学び出した。

やがて8歳になる頃には、そのどちらでも、教えていた人間を追い越した。彼は何かに追われるように急いでいた。


「魔法か、、、そういえば教えていなかったな。」


コロンソは、明らかに異常な自分の子に戸惑いながらも愛を忘れなかった。

とはいえ、急いでいる理由を教えてくれたらもっと安心できるのだが、、、。


 「どこから教えようか、、、初めは炎を灯す魔法からでどうだ?」


初めて使うには難しいが、きっとこの子なら簡単にこなすだろう。

バレルシウスは、そんな父の予想を遥かに超えることを口にした。



 「いえ、もう”三階梯”まで発動できます。”四階梯”はまだ僕では魔力量が足りないので、父には”第五階梯”の魔法を教えて欲しいのです。」


 「は、、、?」


魔法は”階梯”という位によって分けられている。

英雄の血を少しでも引いていれば使えるのが第一階梯、練習すれば扱えるようになる第二階梯、使えれば一人前と認められる第三階梯、英雄の中でも特に優れた者が習得できる第四階梯、そして、世界でも数えるほどしか扱える者のいない最大の第五階梯。

 基本的にはあまりの威力を制御しきれないものであったり、範囲が広範囲に及ぶために使用の場面がない、など使い勝手の悪いものが多い上に、当然だが子供が発動できるようなものでもない。


 「本当に第三階梯まで扱えるのか、、、?」


「えぇ、今からお見せしましょうか?」


 この子供は、生まれた時から異常にまみれていた。


まず、額に三つ目の目が開いている。コロンソの痣がある位置に、本物の目玉が瞬いているのだ。産湯から子を取り出し、その黒い瞳に見つめられた途端、コロンソは自分が失敗作であり、この子こそが”完全”なる魔術師なのだと直感したほどだった。

 その上、食事を一切摂らなかった。英雄が好むカカオの実を食べることはあるが、基本的な栄養は朝と晩の日光浴だけで補っているとしか考えられない。

さらには生殖器も存在しなかった。コロンソが辛うじて子を息子と呼んでいるのは、彼が息子らしく振る舞っているからである。


 男でも女でもない、しかし美しい顔の三つの目を瞬いて、バレルシウスは訓練場に続く廊下を進む。その小さな背中を眺めながら、コロンソは空恐ろしいものに心を掴まれていた。それは、他ならぬ畏怖であった。人間である兵達が、決して辿り着けぬ位置にいるコロンソを眺めるように、コロンソはバレルシウスの背を眺めていた。



 訓練場は、出城から外へ出たところにある。

森を切り開き、線と龍を模したターゲット、そして弓の的が並んでいる。


 バレルシウスは、訓練所に着いたにも関わらず、まだ先へと歩みを進ませた。コロンソはそれに従った。


、、、やがて森に出た。

そこまで来ると、バレルシウスは立ち止まった。


 「では」


そう一言だけ言うと、目を瞑って魔法へと集中した。しかし両の目と違い、額の目は爛々と輝いていた。


 静かに、森の木々が根本から切断されて浮かび上がる。

持ち上げられた木々の枝葉が、ざらざらと音を立てる。


 丸太となった木々は、さらに音もなく板材へと切り分けられていく。

そのまま直接地面へと突き立てられ、再びバレルシウスが目を開けた時には、開けた森の中央に、小さな出城が立っていた。完璧に再現されたそれは、どこをとっても、実際にコロンソ達が住んでいる出城そのものだった。


 「有り得ない、、、」


これほどの精度は、コロンソにも不可能だった。

一体どれ程の精密な想像と力の行使をすれば、このようなことが可能なのだろうか。



 この子は、神だ。


コロンソはそう思った。

そして、自分の持つすべての魔法の技を彼に与えた。全てを渡すのに、たったの一日も必要としなかった。

バレルシウスは、最強の魔術師となった。



 


 バレルシウスは、急いでいた。


薄々と、強敵の接近を感じていたからだ。

彼は何か、魔法とは別の不思議な力にも近い距離にいた。それは、あらかじめ決められた糸のような、高度に構築された辞書のようなものであった。それを少し努力して見つめれば、彼は部屋の中から、魔法も使わずに明日の天気を当てることができた。


 明日の天気はあらかじめ決められているのだ。


、、、天気だけでない。この世界は、すべて決められた糸の上を辿る。

そのことに、バレルシウスは生まれ落ちたその日から気づいていた。そして、自分の見えうる最も太い糸の先に、自らの強敵の姿を認めたのである。


 「父、覇王が来る」


「覇王、、、なんだそれは」


 バレルシウスは30歳を迎えた。

これまで、自らの建てた予想図通りに準備することができた。途中、家族と共に王国へ帰還した際に買った材料で、世界初の魔法杖も自作した。


 敵を相手に立ち回れるよう、魔法を後回しにしてまで肉体の成長を優先した。剣を身につけ、最後に魔法を手に入れた。魔法、私の最高の宝。


 魔力は常にこの世界に満ちている。

この世界は、突き詰めれば数種類の小さな球体から構築されている。そして、その一つに魔法の素がある。それは他の球体達からは仲間はずれで、もともと存在していたそれらとは違い、後からこの世界に注がれた物のようだ。


 彼らに一言呼び掛ければ、バレルシウスは大抵のことを知ることができた。

それは、この大地の代わりをなしている、大きな大きなヨミガルドの機嫌であったり、よく食料品を盗む兵士の肉の隠し場所だったりした。

 なんせ魔力はこの世界に満遍なく満ちているのだ、彼らの返答を聞けば、バレルシウスは部屋から出なくともあらゆる事を知ることができた。それは、地の底から天の上、青が黒に塗りつぶされる境界線に至るまでの全てである。


 「覇王、竜の王。」


真っ青な髪の隙間から覗く第三の目の視界には、魔力が映る。

それはぼんやりとした人影のような形をしていて、バレルシウスの質問に対して絶対に正確な答えをくれる。


 今も、”覇竜”の存在する方角を、朧げな白い人影が指差している。



「、、父、兵の用意を」


「分かった、だが本当なら私が出陣するぞ、見た目は大人であっても、お前はまだ50にもなっていない。」


 父を死なせるつもりは毛頭ないため、バレルシウスは父に偽りの返事をした。

彼の嘘は、彼に似合わず拙い物であったが、コロンソもまた、気づくことはなかった。


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