第6話 「時代変」



 「レグニス・リアドスディイイ!!」


「ガッ、、ドットォオオオオオオオ!!」


いまだ距離があるにも関わらず、耳元で叫ばれたかのような大音量で咆哮する巨人の王の声に、ホルスとルマシーは狂気的な笑みを深める。


 飛び交う矢と剣戟の奏でる戦場の喧騒の中、巨大な英雄達は、さらに巨大な王へと肉薄する。


「ルマシーィイイイ!!」


「オオオウ!!!」


 呼び声に答えて、”巨神”ルマシーが斧を振り下ろす。巨人の王は、自らの足に迫る斧が特別な業物であることを直前で見抜き、咄嗟に左足を一歩引き込む。ややぐらついて、王の体が崩れる。腰巻き一つしか身につけていない王の腹部へ弾丸のように飛び上がり、ホルスは抜きがけに目の前の巨大な手のひらを切り飛ばす。


 六本の指のうちの三本が宙を舞い、巨人の王は痛みに怒りを燃え上がらせる。

空に輝く太陽を地上へと落としたかのような赤髪が逆立ち、さしもの英雄達もその圧迫感に飛び退る。


 「グ、ワモ。ナヲトオウ、エイユウヨ」


「ドット・ホルス。」


「同じく、ドット・ルマシー」


 二人の顔を消し去るような強烈な視線で睨みつけた後、巨人の王は構えをとった。

両手をあげて、今にも飛び掛からんとするその圧力を全身で感じて、ホルスは自分の額に冷や汗が流れたことを遅れて認識した。緊迫の一瞬、ホルスは踏み込んだ。


 加速の瞬間に、王の拳が後頭部を掠る。

直撃すれば、まず間違いなく頭は消し飛ぶであろうその質量に対し、ホルスは無感情のまま剣を抜く。

この戦いで巨人の王は、父から受け継いだ剣で仕留めると決めていた。


 「100年前、お前は父上の名前を聞かなかった。」


「オオオオ!!!」


巨人特有の青白い肌が、引き攣るように皺がよる。

ホルスの視界の外で、ルマシーが雷の斧を巨人の背中に突き刺していた。


 「ドット・シヴリルの名も、死後の世界へ行く前に覚えるがいい」


「ガアアァアア!!」


 感電し続けてもなお、巨人は近づくホルスの剣を警戒して自らの首の筋肉を固める。

それを無視して、ホルスは巨人の腹を左から右へ、一刀両断に切り離した。剣が巨人の肉をかき分ける感覚を味わいながら、ホルスは叫んだ。


 「巨人の王、レグニス・リアドスディ!ドット・ホルスが討ち取ったぞ!!!」


 上半身だけになってもなお、怒髪を靡かせながらホルスへと腕を伸ばす巨人の首を刎ね飛ばした瞬間、人間軍が雄叫びを上げる。王を失った巨人達の心は折れ、少なくない数が瞬く間に討ち取られていった。



戦争は終わった。


 ”戦神”ドット・ホルス率いる英雄軍は、巨人の軍を一掃し、国へ帰還した。

その十年後、周辺国の軍を含む一万の兵を連れてティノタン島へと遠征。巨人の生き残りを一体残らず殲滅し、巨人はこの世から姿を消した。


 シヴリルを食い殺した巨大なトカゲは、当初は処分される予定であったが、どんな方法を試しても瞬く間に傷を再生させてしまったので、元々の住処である巨人のいなくなった島へと放たれた。その巨大なトカゲは島に九匹生息しているらしく、ハクシヒルによって「竜」と命名される。


 国へと戻った四英雄、


”戦神”ホルスは剣を。


”知恵神”ハクシヒルは学問を。


”魔神”サリワトールは魔術を。


”巨神”ルマシーは道徳と人生を。


英雄が民を導き、人間の世にその後四百年続く平和で豊かな時代は「四英雄時代」と呼ばれた。


 やがて戦神が死に、知恵神と魔神、最後に巨神が死ぬまで、争いの無い楽園の時間は続いた。

巨人の時代は終わりを告げ、やがて次の時代がやってくる。四英雄の死後、原初の英雄達も姿を消し、新たに溶け合った神の血は「魔術師」と呼ばれる存在の台頭を予見した。


 やがて訪れるのは、枝分かれして進化した新たなる支配者である「竜」と、ある一人の魔術師の物語である。

その者の名は、ドット・バレルシウス。


 まだかつて無いほど、深く鮮やかな青髪をした、過去未来最強の魔術師である。







 「四英雄時代」が終わりを迎え、人間はまた元の、平和でも戦乱でもない世界へと戻った。

それはすなわち、いくつかの国同士が牽制代わりに小さな争いを起こしたり治めたりするような、くだらない繰り返しである。

神の子を輩出するドットの血筋も、特に目立つような逸材こそ出なかったものの、年月とともに、いくつかの国を実質手中にするほど広がった。生まれてくる子達にも変化が起き、以前よりも全体的に小さくなり、もうほとんど人間と変わらない体格の者が多くなった。また、額に円形の痣を持つ子供が幾人か生まれ、体格よりも魔法を重視する進化を遂げた。



 一方、巨人の島ティノタンでは、天敵を失った竜達が繁栄していた。

巨人の退屈凌ぎの相手として生み出された始祖竜達は、永遠に近い寿命と個体で進化を行う性質を持ち、天敵が永遠に消え去ったと判断すると、単為生殖にて子を生み出した。


 子は古竜と呼ばれ、何よりも魔法と知恵を好んだ。

やがて彼らは独自の言語を作り、一風変わった竜魔法の礎を作り始める。



竜と人間は、互いに交差することなく長い年月が経った。

人は繁栄し、居住地を大陸の半分ほどにまで広げた。同じく竜も個体数を増やし、山の様に大きな”山竜”や、繁殖スピードが速く、適応能力の高い”灰竜”など、様々な種が島をひしめくこととなった。


 そんな中ある山竜が、一匹の竜を産んだ。


山竜は、水分のみで生命を維持することのできる巨大な竜で、かつての巨人と同じほどの始祖竜と、それより一回り大きな古竜を遥かに凌ぐ体を持っていた。彼らは文字通り山よりも大きく、その背中には木が生え、森や湖ができるほどであった。

 彼らは数百年に一度、単為生殖にて子を生み出すが、その方法も変わっている。

背中に並ぶ脊椎から、新たな子孫を生み出すのだ。時が来ると、背中の脊椎が繭を作り、遺伝子情報を核とした山竜の肉片がその中で成長する。

 しかし、山竜の子らは皆生物として不完全なで、生まれてくる竜達は頭が複数あった。それらは多頭竜と呼ばれ、それほど大型化することなく、浅瀬で魚や海藻を食べて三百年ほどの短い生命を過ごした。


 そんな不完全な命を生み出し続けていた山竜であったが、ある時、奇跡的に完全な子をなすことに成功する。

その子は初めは小さく、大蛇ほどの大きさしかなかった。しかし、食事を必要とせずにどんどん大きくなった。


 山竜と同じく水分のみで生命維持が可能な竜であり、驚くことにその体は山竜よりもさらに大きくなった。

蛇のような姿のその竜は、すぐに島全体に巻き付けるほど大きく成長し、ついに海へ出た。それでもなお巨大化し続け、その成長が一旦の落ち着きを見せる頃には、その竜は遥か離れた大陸と島を繋ぐ架け橋になるほどの大きさになっていた。


 山竜と同じく緩慢な動作のその竜は長い休眠に入り、海の上にその大陸ほどもある背中を浮かばせていた。

そんなこんなで、竜達の住むティノタン島と、人間の住まう大陸は繋がったのである。その蛇の様な竜の背中は「ヨミルカルド」と呼ばれ、竜と人間達にとって新たなる未知の領域となった。


 人間はヨミカルドへ国を築き、竜達も生息域を広げんと足を伸ばした。

突如現れた広大な土地を、双方は両端から領地にしていった。やがて人間の先発隊と、下位竜である灰竜の遭遇により、竜の時代が幕を開けることとなる。




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