第5話 「英雄②」


戦いは熾烈を極めた。


初めこそ、七英雄と人間軍の魔法に恐れをなして後退を繰り返していた巨人達であったが、レグニス・リアドスディの単独奮戦によって英雄の一人、ドット・ハルマネルが討ち取られてから風向きが変わった。


 激しい反撃に出るようになった巨人達によって、人間軍はかなりの力を削がれていった。

しかし、戦いが長引くにつれて、再び人間軍が優位を保つようになっていった。理由は明白で、巨人達と人間の回復力の差が顕著になってきたのである。


 巨人の寿命は、長命な英雄よりもさらに長く、時に1000年を超える。

ともなると、巨人が子供が戦える年齢になるまで少なくとも百年はかかる。一方で、人間は15年もあれば十分である。その数の違いが、徐々に戦場に現れ始めていた。


 「ハクシヒル!今日も勝ったぞ!」


「わざわざ言わなくとも分かっている。だが目覚ましい活躍だったことは否定できんな。」


「ふん、父上のような喋り方をしおって」


 一日の戦闘が収束し、焚き火を囲んで合流した英雄達の輪の中へ、戦果である巨人の首を右手にぶら下げたホルスが混ざる。その生首を見た他の英雄達が、ややギョッとした目でホルスの顔を見る。


 「そう、あの”鍛治氏”ドーボロの首だ。」


「レグニスの次に暴れていたヤツじゃねぇか、ついに仕留めたか」


ホルスの隣、英雄達の中で最も巨大な体躯を誇る”巨神”ドット・ルマシーが、座ってもなお起立した時のホルス以上の位置にある顔を綻ばせてニヤけた。

 ホルスの仕留めたのは、巨人の王であるレグニスの次に人間を食い殺したドーボロという巨人である。この巨人はその二つ名の示す通り巨人の鍛治氏であり、腕の良い鍛治氏の多い巨人達の中でも、国交を絶っていた人間の国にまで伝わるほどの凄腕で知られていた。


 「こいつの戦斧だ、ルマシーお前にやるよ。」


「いいのか?相当な業物だろう?」


そうは言いつつ、斧の刃の輝きにすっかり魅了されている”巨神”に苦笑いながら、ホルスは囲んだ火の対岸にいる女に声をかけた。


 「これ、魔法武器(マジックアイテム)だ。詳しく鑑定してみてくれよ、”魔神”さん?」


 「うん、いいよ」


海のように蒼い髪をかき上げて、”魔神”と呼ばれた女は巨大な斧を両手で受け取る。

場の六人の英雄の視線が、一斉に斧の光に吸い寄せられる。


 女はしばらく斧を眺め回し、額で鉄の冷ややかさを確認してから、惚けたような顔で斧を巨神へと返しながら、ホルスへ伝えた。


「とんでもない武器、、、雷の力を封じ込めたまま、斧の形に作ったみたい。ただの鉄と炎でこんなことができるなんて、、、。」


 「私にも少し見せてくれ、戦力として数えられるなら把握しておきたい」


横合いから斧を掻っ攫って、ハクシヒルは隣に座るシヴリルとライバトールへ見せる。


 「馬鹿げた大きさだが、ルマシーなら扱いに問題はないだろうな、だが実戦で命を預ける前に多少は試しておいた方がいい。」


「雷と、、、少しだが大地の力も封じられているようだ。害をなす様なものではない、大切にしなさい。」


古株の二人が問題ないと判断して安心したのか、ハクシヒルはルマシーへと斧を返した。ルマシーは巨人の血を強く受け継いでおり、青髪が特徴である英雄達の中では異質で、もはや白髪に近いほど薄い色をしていた。また、指も巨人と同じで六本であり、魔法も苦手だった。その代わりにもっぱら肉弾戦を得意とし、巨人に迫る体躯から繰り出される剛力には、ホルスも一目おいていた。


後に”知恵神”と呼ばれるハクシヒルも、今はまだ先達を頼りにしている。彼の父はエストラムというらしく、シヴリルの友人だったと聞いているが、物心つく前に死んだ父とハクシヒルは話したこともない。

 父は、巨人の軍が進軍してきた周辺の国へ兵力をかき集めに向かった先で、巨人に殺されたらしい。だから彼にとって、父親は育ての親であるシヴリルであるし、そのシヴリルがどれほど口を酸っぱくしてエストラムのことを褒め称えていたとしても、いまいち実感ができていなかった。


 焚き火を囲み、ホルスとハクシヒルはすっかり斧を自分のものにしたルマシーと戯れている。ライバトールは、自身の娘である”魔神”のドット・サリワトールの質問に対して、魔法武器の始まりと魔法との関係性を静かに説いている。


 「、、、どうした、シヴリル?」


やや静かになっている隣の男を心配してか、珍しく感情を含んだ声で、ライバトールは名を呼んだ。


「いや、今そこの木陰に誰かいなかったか?」


「、、、いや、魔力は感じないが。」


 どこか釈然とした顔で、何かを思い出そうとするかのように眉を顰めた後、シヴリルは笑みを見せてライバトールに応える。


「真っ青な髪をしたローブの男が見えた気がしたが、、、見間違いだったようだ。俺も歳かな。」


「青い髪というと、我らと同じ英雄だが、、、。」


好き勝手語らっていた若き英雄達も、場の空気に気づいてこちらへ耳を傾けている。

平穏が壊れるのに耐えられなくなり、シヴリルは息を吐いて誤魔化した。


 「いや何、俺が耄碌したというだけの話だ、気にするな。」


「何を言っているんですか父上、まだそんな歳ではないです」


 詳しくは数えていないが、もう四百は越しているだろう。自分がいつまで生きるのか分からぬが、確かにまだ幻を見るような頭ではなかった。

とはいえ、正体不明の青髪の男についてこれ以上話すこともなく、広がった波紋が水中に吸い込まれるかの様に消えた。







 人間の有利に進んだいた戦局はしかし、思わぬ方向へと転がることになる。


軍の副指揮をとっていたシヴリルが、巨人の王の連れてきた巨大なトカゲとの戦闘で死亡。


さらには、シヴリルを助けようと咄嗟に弓をつがえたライバトールが、一瞬の隙をつかれて、レグニスの放った投石に頭を砕かれて死亡。人間軍は、副指揮と総指揮を同時に失うという大損害を受け、全滅に近いほどの辛酸を舐めた。


 四人の英雄は必死に応戦するも、少数となった人間軍もやがては削れていき、ついに巨人軍の前に敗北した。

英雄達と、ごくごく少数の生き残りは命からがら国へと帰りつき、やがて訪れる破滅の足音へと備えることになった。


 だが国で巨人達を待ち構えて100年が経った頃、ハクシヒルの立てた策略と、それに乗っかった英雄達は、人間の王を説得して再度出兵。国の手前に広がる平原にて、再び巨人達と相見えることになる。


人間の軍勢は僅か1200程。

最初の兵力とは比べるまでもなかったが、”知恵神”であるハクシヒルは、勝てると踏んだ。


 巨人達は、人間以上に消耗しているからだ。

一度、人間に勝利したとはいえ、彼らは兵力の回復が著しく遅い。百年間鍛え直した四英雄率いる人間軍ならば、たとえ少数でも勝利をもぎ取れる。


 彼らは、再度巨人へ宣戦布告した。

第二次人類巨人戦争が始まった。



 「行くぞ」


「ようやくこの斧にも慣れてきたんだ。ホルス、あげた首数で勝負だからな」


白いローブを風の様にはためかせ、誰よりも先に駆け出したホルスと、その後に続く"巨神"。


再び英雄達は大地を回ることとなった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る