第4話 「英雄①」



「シヴリル、大変なことをしてくれたな。」


 静かながら、怒りを溢れさせたその言葉に、シヴリルは鼻を鳴らす。


真っ白な大理石の空間に、白いローブを着た三人の男が立っている。そのうちの一人はシヴリルで、他の二人も、彼と同じく巨人の血を引いた英雄である。


 シンプルながらも隔絶した技術でなされた装飾、無風ながらも清浄な広い空間。

この宮殿の白さとは裏腹に、玉座に座った人の王は口を黙し、その表情は暗く落ち込んでいた。


「巨人がお礼参りしてきたらどう始末をつけるつもりだ。」


 英雄の一人、ドット・エストラムはシヴリルの胸ぐらを掴みながら、そのどこか神経質そうな美しい顔を近づけた。

神経質で、規律と道理を何よりも優先するエストラムと、いかなる時にも自分のしたい事をし、気分によって全てを変えるシヴリル。彼らはあまり上手くいくような仲ではなかった。


 「巨人が来るならば、迎え撃てばよかろう。神力を使えぬ野蛮の異類共に、俺たちが負けるはずもなし。」


「そういう問題ではないのだぞシヴリル!これは責任問題に関わるのだ、それに我らが死なぬとしても、民は違う。もし国の存続が傾くとすれば、、、」


捲し立てるエストラムの言葉が止まる。


 二人を手で制したのは、場に立つ一人の英雄だった。


始まりの英雄、ドット・ライバトール。

二メートル以上の身の丈を持つ二人よりも、さらに一回り大きな背丈は三メートルを越え、その体格に見合う巨大な大弓を背負っている。二人が自分の言葉に耳を傾ける準備が済んだのを確認すると、その男は静かに口を開いた。


 「すでに死した者について詮議するのは時間の無駄だ。今優先するべきは最悪の状態を想定し、いち早く行動を起こすことだ。」



「俺は万が一に備えて兵を動かす。エストラム、民の中からモノになりそうな人材を融通してほしい。」


「分かった、数はあまり揃えられそうにないが、広範囲から引っ張ってくるしかないか。

、、、面倒かけてすまない、ライバトール。少し熱くなりすぎたようだ。」


 場の空気が落ち着き、各々が自分のやるべきことへと気持ちを整えた。


 「ライバトール、、、総指揮は其方に任せる。儂は民に全て説明しようと思う。」


玉座から言葉を発した人の王に頭を下げて、ライバトールは与えられた任務を謹んで引き受けた。

そこへ、二人の英雄も続く。


「ならば私は備品と食糧、及び新規兵力の確保へ」


「俺は兵の指導、来る時に向けて万全の備えを」


「人の世は、其方らにかかっておるぞ」






 最悪の想定は、しかし現実となった。


巨人の王であるレグニス・リアドスディは、天然の監獄として巨人達を閉じ込めていた島から、大陸まで泳いで辿り着くという力技で、息子の仇撃ちの進軍を開始。王から遅れた巨人達も軍隊を組織し、船に乗って大陸へと到達。

 巨人の王子たるレグニス・シルバが殺されてから、僅か100年の間に、島から大陸への長い旅を済ませた巨人達は人間の国へ攻め入る準備を整えた。


 とはいえ、巨人にとってはあまりにも迅速な進軍も、寿命の短い人間にはかなりの猶予があったことは否めない。

三人の英雄と、彼らの子である四人の英雄を合わせて「七英雄」を旗頭に、人間軍は万全の状態で巨人を待っていた。



 そして今まさに、第一次人類巨人戦争の火蓋が切って落とされようとしていた。



「父上、巨人の軍は総勢8000程と見られています。」


「上々、元はと言えば、これは俺の不手際から起きた戦争だ。俺が死した後は、お前が終わらせてくれれば何も思い残すことはなし」


「お任せを、争いは、、、好きですから」


 好戦的な笑みを隠すこともなく、シヴリルの息子であるドット・ホルスは呟いた。

500年以上の寿命を持つ英雄達の中でも、弱冠80歳ですでに父を超える剣の腕と、今はまだしも、じきに敵なしとなるほどの魔法の才を持つ怪物である。


 彼は誰よりも強くありたかった。血と肉の中を駆け抜ける感覚が、夢にまで出てきた。

そして、父を含めた七人の英雄の中で、自分が一番強いと確信していた。それはすなわち、人間の中で最強ということに他ならない。それでも、まだ足りない。

 30年前、今回の戦争のために他国からも兵を集めた際に、兵の寄進を拒否した国を滅ぼした。それが、ホルスの初戦であった。だが、あんなものは戦いとは呼べない。


 大戦に、胸がおどる。

巨人、、、相手取るのに相応しい。話を聞くに、我ら英雄の祖先であるらしいではないか。どこまでやれるのか、一刻も早く開戦しないものかと待ち遠しい。


 「焦るなホルス。今一度、陣形を作り直している。もうじき始められる。」


自分たちを中心に地平線近くまで広がる人間軍の黒い頭の群れより、二回りほど飛び抜けて大きいホルスの後ろへ、羊皮紙を片手に持ったこれまた大きな男が声をかける。

鍛え抜かれたホルスとは違い、スラリと細い色白のその男は、ドット・ハクシヒルという軍師だ。七英雄の中でも、ホルスと同年代の四人のうちの一人である。

 こいつは何より頭が回る。父の後を継いで兵を指揮する立場になり、兵の動かし方を日夜突き詰めているホルスでさえ、戦いを模した盤遊戯で勝てた試しがない。ホルスだけでなく、人間の賢者を含めて誰も、ハクシヒルには敵わなかった。


「ハクシヒルか、現在のこちらの兵力と士気はどうだ。」


「はい、シヴリル殿。人間側の兵力は、先ほど到着したハビル国を足して現在六万ほど、士気はやや下がり気味といったところでしょうか。」


「そうか、ホルス。」


「はっ」


父の目配せを理解して、ホルスは胸を張る。

肺いっぱいに空気を吸い込めば、周囲の空間が吸い尽くされたようにうねる。


 「兵ども聞くがいい!!この”戦神”ホルス率いる我ら七英雄がいる限り、巨人如きには負けぬ!確実な勝利を保証しよう!!」


「「ォォォオオオオ!!」」


 六万の兵士たちが具足をつけた足で大地を踏みつけ、ホルスの一声に返答する。先程まで戦場に蔓延っていた、体が固くなるような緊張感は消し飛び、代わりに昂る心ばかりが自軍を支配した。

その一瞬の兵の変化を満足そうに眺めて、ホルスは笑いながらハクシヒルを見た。


「どうだ、これで士気は」


「俺としたことが見間違えていたようだな、士気は上々といったところか、、、」


幼い頃から知るよしみとして、シヴリルに対するものとは違って敬語や堅苦しさを外したハクシヒルの降参宣言に、ホルスは口の端を釣り上げる。


 「見ろ、俺の声に驚いたか、巨人どもが森の木陰からのぞいているぞ」


「奴らは前方に広がる"カシシヴァート大森林"に軍を潜めている。我らの作戦は、自軍で波状を描いたまま森を進み、七英雄をそれぞれ間隔ごとに配置して巨人を狩る。」


「それが最も良かろうな、、、ライバトールは後方か。父上、開戦の合図を。」


「いや、よい。お前がやれ。」


「はっ、では。」


 ホルスは目を瞑り、一点へと集中する。

頭の中に描いた映像は、やがて現実となって現れる。


「「おぉ、、、」」


 自軍に広がるざわめきを心地よく聞きながら、ホルスは魔力を顕現する。

想像するのは巨大な火の矢。巨人の頭を串刺しにし、その頭蓋を燃やし尽くす紅蓮の炎を宿した矢。


 空中に、それ自体が人間ほどの大きさのある弓矢が無数に出現する。

ホルスを起点に数百本は現れた浮遊する弓矢に、一斉に炎が燃え上がる。


 「ホルス、、、前よりも腕を上げたな」


「ふん、軍師はそこで見ておればよい」


やがて見えない弦が引き絞られて、数メートルは後退した矢の群れを見て、ホルスは右手を天に掲げる。


 「火の矢よ、空を走れ。そして巨人の頭に刺され。者共!!戦争を始めるぞ!!!」


燃え盛る矢は一斉に放たれた。


 こうして、人類と巨人の戦争は始まった。




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