第3話 「ドット・シヴァリール」

その肌は青白く、髪は燃え立つような赤色。

六本の指にて山の頂を掴み、鉄を炎に焚べん。

 

 蛮勇にして、虚の島にて吠えん。

山を飛び森を踏み荒らし、島は滅びん。それゆえ神々、巨なる樹を生やし、相手として巨なるトカゲを与えん。巨人族、蛮勇に遊びて暮らさん。




 巨人の祖は、たった四体から始まった。


最初に生まれたのは、ドット・トッド・ハルバトール。くすんでいながらも、濃い炎のような赤髪の巨人。神々の長であるドット・アムの血を引き、賢く強靭な肉体を持つ。


二番目に生まれたのは、ハラ・ディロ・ガヌー。明るく澄んだ太陽のような赤髪を持った女の巨人。

三番目は、ハラ・ディロ・イェルング。ガヌーの弟であり、姉と同じ澄んだ太陽の髪を持つ。始まりの鍛治氏であり、人間と共に鍛治の技術を作り上げた。

四番目は、ワ・レグニス・スレウニス。冷静で慈悲深く、人との語らいを好んだ。橋の発明者であり、治水と建築に力を注いだ。


 彼らと人間は、仲睦まじく暮らした。

やがて人間の村は大きくなり、巨人の数も増えていった。しかし、増えすぎた巨人は、やがて人間の食糧を食い尽くした。双方は悩んだ末に、居住地を分つことにした。しかし、ハルバトールとその妻であるガヌーだけは、人の地に留まった。


 始まりの巨人であるハルバトールが1400年の寿命を迎えて死んだ頃、遠方の地に移った巨人たちを、慈悲深きレグニスの血筋を引く一体の巨人がまとめあげた。巨人の王、レグニス・レガウラである。


 その咆哮、世界を揺らし、その足音、海を震え上げん。名をレガウラ、巨人の王なり。


その体は大木をゆうに越すほど大きく、それは他の巨人の倍はあった。負けず嫌いで、何よりも彼は武勇を好んだ。知恵や知識などは矮小な人間の物として、彼はただ暴れ、食って、眠ることを自らの民に推奨した。


 ある日、そんな彼を戒めようと、巨人の賢者達が助言した。王はその言葉に耳を傾けたが、何を言っているのかさっぱり理解できず、ついには怒り出した。そして、年老いた自分の親もろとも賢者達を国から追い出した。

 なにせこんな時代が3000年以上は続いたため、巨人達はだんだん粗野で暴れん坊でただ蛮勇になっていった。


一方で、人間のそばに残ったドットの血筋は、人間の中に溶け込んでいった。ドット家の巨人は、皆そこまで大きくはならなかった。それでも五メートルはあったが、人間の間に子ができるのは不可能なことではなかった。


 巨人の国へ使いに行った者が、もう彼処へは行くことはできないと震えて王に頭を下げるほど、巨人達の品性が崩れてしばらくの事、彼らは人間を喰らい始めた。

人間の国はなすすべなく蹂躙され、人々は生きたまま食われた。そのあまりに残虐な有様に、星の外側にいた古き神々は嘆いた。神々は、巨人を人間から引き離し、巨人への対抗手段として人間に魔力を授けた。


 こうして巨人は人間から離れた島に幽閉され、人間の国からは、英雄と呼ばれる原初の魔術師達が産声を上げた。

巨人を幽閉した島はティノタン島と呼ばれ、そこには巨人から見ても巨大な木が生え、いくら殴っても斬っても、瞬く間に生き返るトカゲがいた。巨人達は退屈せずに遊び暮らした。


 

そんな平和な時代も、やがて終わりを迎える。

一体の巨人が、運命の囁きによって島を脱出した。彼はレグニスの血を引く巨人の王子であった。彼は人間の国まで走って行く途中で捕捉され、尋問されることになる。





 「名を問おう、若き巨人よ」


昼の森の中、こちらを見下ろす一体の巨人に向かって男は問いかけた。


 巨人の王子であるレグニス・シルバは、自分を見上げる小さな人間達を眺める。革の鎧や兜を被った人間達の先頭にいるのは、純白のローブを着た男だ。燃え上がるような赤髪をかいて、シルバは言った。


 「グ、トヒヤ?」


「人語が扱えぬか」


 シルバの質問らしき唸り声を無視した男は、思案げに目を回した。

男の名は、シヴリル。ドットの血を引く者であり、三人いる英雄の一人である。


 英雄とは、巨人と人の血を引く者であり、巨人ほどではないが、恵まれた体躯を持ち、人間にしか持てぬ魔力も持っている。彼らは神の子であるとされ、人間の国では国王を凌ぐほどの信頼と権力を持っている。

シヴリルは、剣と魔法の道に長けた英雄であり、王国の兵を率いるリーダーでもある。遠くに巨人の頭が見えたため、少数の兵を引き連れて、王国外に広がる大森林での尋問を試みたのだ。


 「巨人語はあまり得意ではないが。」


 苦い顔をして背後の部下を振り返ったシヴリルが、喉を鳴らす。

人に近い存在ながらも、彼の身長は三メートルほどもある。しかし、頭髪は巨人とは違って、淡い青色をしていた。シヴリルだけでなく、他の二人の英雄の頭髪もどこか青みがかった色をしている。


 「ルア、シヴァリール、、、ドット・シヴァリール。」


「グ、ドット!ドット、ハルバトール?」


「ウガ、ハルバトール、モ、ルアウーヤ」


 低い叫びのやり取りを、革の鎧を着た兵達が緊張の面持ちで見守る。


「団長、この巨人は何を?」


 「うん、聞いてみよう」


自分の巨人語が通ずると知り、シヴリルは当初の目的である尋問に戻る。


「グ、ワモ。ウォン、シル。」


「ルア、レグニス・シルヴァ。ドンガ、ノ、レグニス。」


 地面に腰を下ろしてなお、周囲の木々とさして背丈の変わらない巨人を見上げながら、シヴリルは深いため息をついた。



 「自分のことをレグニス・シルバと名乗った。レグニスという名は巨人の王族の苗字だ。」


「となると、この巨人は王族だと」


兵の言葉に頷いて、シヴリルは暗い顔をする。

この巨人が本当に王の血筋である可能性は高い。巨人はあまり嘘をつくような生物ではないし、森の木漏れ日を受けて燃え上がるような赤髪は、かつて巨人と国交があった頃の記録にもある。


 「巨人が人間を虐殺して、ティノタン島に引きこもる前の記録には、レグニスという名前の、鮮やかな赤髪の巨人が王を務めていたと残されている。」


「子孫ということですか」


「この巨人の言っていることが真実なら、そういうことになるだろうな。」


 シヴリルと兵達の目の前で、巨人が不機嫌そうに体を揺らす。自分の知らない言語で好き勝手なことを話されるのが癪に障ったらしい。シヴリルの親戚の巨人達は違ったが、ティノタン島の巨人は気が短く荒いらしい、暴れられるのは避けたいところだが。


「ルア、オーウ、ム、ユラマネル。」


 「運命、、、か。」


運命に招かれて、ここへ来たらしい。分かるような、分らないような話だ。

 眉を顰めたシヴリルは、ふと、誰かに見られているような気がした。後ろの兵士達でも、目の前の巨人でもない。その視線の元を探ると、森の木々の隙間、遥か遠くに、青いローブを着た人影が立っていた。しかし、より確認しようと目を細めた瞬間に、その人影はかき消えていた。


 「団長?」


「、、いや。」


 不可解な出来事に、より一層眉を顰めるも、今大事なのは目の前のことだ。

シヴリルが巨人と向き合おうと顔を戻した瞬間、巨人の手がシヴリルの体を鷲掴みにした。


 「ユラマネル、フワ!グ、ム、オー!!」


兵士たちのざわめきの中、シヴリルが言葉を唱える。


「巨人に魔法を使うのは初めてだな。」


 そう呟いた途端に、シヴリルをきつく締め付けていた巨人の指が、付け根から切り離されて、ボトボトと地面に落ちた。背中から宙に投げ出されたシヴリルは、軽く一回転して勢いを殺した後、足元の衝撃を頭上へと流しながら着地した。


「グオォォォオオオ!!」


 痛みと怒りと驚きに身を任せた巨人が、肩でシヴリル達を押し潰そうと突進を仕掛ける。

白いローブについた土を払い落としたシヴリルは、どんどん大きく迫る巨人へと駆け出して、地を蹴って飛んだ。空中で一閃、剣を抜き、巨人の太い首へと振り下ろす。


 再びシヴリルが地面に着地した時、巨人の首はすでに体から転がり落ちるところだった。



 「む、、、もう少し試し撃ちしたかったが、咄嗟に殺してしまった。」


 

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