第2話 「大いなる者達」

 自らを神々と名乗り、人類のコミュニティの中で特別な待遇を持って受け入れられていた彼らは、配偶者とした美しい娘達から生まれた自らの子を見て驚愕した。生まれてくる子供の頭髪は赤く、指は六本あった。そして、通常の赤子の3〜4倍は大きかった。


生まれてきた子供は巨人であった。


 彼らは、自分達の科学に汚染された遺伝子が、自らの子に影響を及ぼしていることを直感した。そして彼らは、異常な存在として生まれた巨人達が、その欠陥故に成長できずに死んでしまうのではと考えた。


 しかし、彼らの懸念を裏切って巨人の子等は丈夫に育った。


 最初に生まれた巨人の子は、神々の言葉で”始まりの火山”を意味する「ドット・トッド・ハルバトール」と名付けられた。


 ハルバトールの住む集落は、山間部のごつごつとした岩の並ぶ地に存在した。数名の神々とその妻達を長として、約150名ほどの人数で暮らしていた。



 ハルバトールの父親は、神々と崇められるの中でも、出奔組の先導を務めた者だった。名をアムといい、燻んだグレーの髪を持つ若々しい男だった。そして、限りなき叡智を持つ彼らの中でも一際、賢く人情に溢れていた。


 出奔組の面々は宇宙船から離れたのち、いくつかの人間のコミュニティに迎えられるようにして散らばった。彼らはそれぞれ人間と子を成し、暮らしていた。そして、居残組がサンプル目的に人間を狩ろうとすれば、すかさず出張ってその邪魔をするのであった。彼らは賢明な種族であったが、なにぶん今までの生で間違いというものを経験したことがないので、自分の意見を翻す方法を知らなかった。不毛な争いだと痛いほど分かっていながら、彼らは相手が意見を曲げないことに苛立ち半分、不可解半分で、そんな調子を数百年近く続いていた。


 出奔組から見れば、文明とデータはともかく、感情面では自分たちとさして変わりのない人間を非道な実験隊にするなど、罷り間違っても通る筋でもなかったし、居残組は居残組で、動物園にきていたらいきなり、猿の檻の中へ駆け込んで「俺たちは猿山に生きる道を見出したのだ」と宇宙船を捨てた気狂い達の主張に耳を貸す道理などない。

 双方は見事に食い違い、元は単なる停泊星だったはずのこの星に釘付けにされる羽目になった。


とはいえ、何も焦る必要はない。彼らは寿命や時間といった概念から解き放された生物であり、さらにはやることが山積みだった。

 彼らの前には、広大な宇宙を旅して手に入れてきた数々の未知のエネルギーや資源が、今も研究されるのを待っているかのように宇宙船の巨大な倉庫に整然と収納されているからである。


 そんなこんなで居残組は、猿に一目惚れして船から飛び出した理解不能な出奔組が意見を変えて戻ってくるまで、ゆっくり待っていればよかった。知的好奇心が生命の根幹となっている彼らは、猿の解剖なぞしなくても、尽きることのない宇宙由来の研究材料をすでに持っている。その仕事にも疲れてしまったなら、休眠装置でしばらく眠っておけば良い。1,000年や2,000年、いや、長くとも一万年ほど眠っておけば、出奔した奴らも船に戻り、再び当てのない宇宙の旅に出れることはまず間違いないのだ。

 

 そんな呑気な居残組とは一転、出奔組の意思ははかなり強固だった。まぁ無理もない、彼らは人間と過ごせば過ごすほど、体質的にも感情的にも人間に近づいていくし、妻と子までいるのだから、自分の率いる集団のことは真剣に考えるのは至って当然のことである。




 手を伸ばせば、その奥の深部に手が届きそうなほど透き通った色をした宇宙の下で、日の落ちた暗闇の冷たい空気を吸う。白い粗末な布を身に纏い、自然界には不自然なほど綺麗な体表と、漣一つたたない感情を表すかのような無表情な顔をした男が、背の高い木々の根本を歩く。

 周囲を見回すその男の左手には、明らかに身に纏う衣服とは違う、自然由来のものではない塊があった。薄赤い半透明の鉱石でできたそれは、楕円のフォルムの下部に握り手があり、その反対側には銃口と思わしき空洞がある。


男は何度か木々の隙間を目で探って、ついに目標を発見した。

それは宙から一メートルほどの距離を浮遊して進む、巨大な円形の物体だった。一切の凹凸無く、白い陶器を思わせる表面をしたその物体は、目も口もない正面を男へと向けると、グオングオンと低い音を出して変形した。


 「いいか、お前は別種だと思われているから襲われないが、村の者達のためにも見つけたら排除するんだぞ」


時々ちょっかいをかけてくるが、その性質上ほうっておく訳にもいかない「猿捕獲機」の鋼鉄のアームを銃で撃ち落としながら、村の長であるアムは息子を”見上げた”。

 手元の銃は一瞬、眩しく赤色に発光したのち、再び元の透き通るような色に戻った。すぐ前方を見てみれば、暗い夜の自然に全く似合わない、ゴテゴテとした部品を搭載した卵型ロボットが胸に大穴を開けて破壊されていた。



「近くにもう一機ある、次はお前がやってみろ」


「はい」


父の落ち着いた言葉に頷いて、ハルバトールは銃を受け取る。

遥か遠くの星から来た物質の冷ややかさに、人一倍大きな体がゾワりと震えるような心地がする。


 ここは、標高の高い岩山の中腹に位置する村から少し下ったところだ。

巨大な針葉樹の森が広がっており、冷ややかな月の光は、赤茶けた木々が夜空に向かって伸ばす直線的な葉の隙間から降り注いでいた。


 「トッド、、、」


「はい、父さん」


 父、ドット・アムの指差す先には、木々の間をすり抜けていく白い球体があった。

慎重に狙いをつけたハルバトールは、自分の指にかかった小さな引き金引いた。


 



 二人が村に戻ると、すでに夕食の準備ができた頃だった。


「お帰り、二人とも」


「あぁアミレス、少し話がある。ハルバトール、お前は食事に行きなさい。」


ゴツゴツとした地面から生える小さな木のアーチの下で、二人を出迎えたアミレスに、アムが眉を顰めて伝える。その話の内容に興味を持つも、父の言葉に従ったハルバトールは、村人達の集まる夕食場へ足を向けた。



 「近いうちに、宇宙船へ行こうと思っている。」


「そんな!やめてください!」


アミレスは、巨人であるハルバトールを産んで死んでしまったアムの妻、ナディンの妹であり、今までハルバトールの母親がわりを務めてきた女性である。


 「もう争いが始まって百年近いのだ、そろそろ終わりにしたい。私も、少し疲れた。」


そう言ったアムは顔を上げ、村の方を見た。

木の古屋が乱立しただけの集合居住地はしかし、アム自身が生み出したにも関わらず、どこか果てしない異郷の地を思わせる。ちらりと、向かいの岩山の頂上に、ローブを着た人影が見えた気がして、アムは目を擦った。しかし、もうそこには何もなかった。


 「あぁ、かつての先祖は、これを哀愁と呼んだのだろうか。」


アムの瞳には、アミレスの決して知り得ない世界が映っていた。そして、それは過去だけでなく、じきに訪れる日々でもあった。





 始まりの巨人であるドット・トッド・ハルバトールが120歳になった頃、彼の父であるドット・アムは村から姿を消した。彼だけでなく、他の神々も消え去った。不審に思った人々は方々を探し回り、それでも見つからなかったので、意を決して宇宙船のあった場所へまで近づいた。しかし、あれほど巨大で数多くあった宇宙船も、すべては跡形もなく消え去っていた。


 神々は、消え去った。

人類に巨人を残して。





 人々は夜もすがら空を見上げん。

崇めたり神々は姿かき消え、その信仰を失わん。やがて空より来たりし船、すべて空へ戻らん。人の子ら、ただ空を見上げ、その再来を願わん。しかし、その願い叶うことなし。



 その後のことは、こうも書かれている。



 大いなる巨人、栄ん。

数を経て、さらに大きく、さらに強く。しかし、その血は至らぬ、肉と引き換えに魂に欠けん。彼ら皆、須く蛮勇なり。知に欠け、粗野なり。ついに彼ら、片親たる人の血肉を喰らわん。

 古き神々、これを見て怒らん。巨人の子らを一つの島に封じ込め、人と隔離せん。その島、「ティノタン島」という。





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