そして神へ至る
鰹節の会
巨人の時代
第1話 「死海文書序章」
星があった。
起動の中心に位置する恒星の光を受けて、その星は青々と煌めいていた。
星には、原生的な生物がいた。
後に〝人〟と呼ばれる類の生き物達も、木の実を食べ、石を投げて暮らしていた。
彼らは、他の生き物とは何も異ならず、特に優れているというわけでもなかった。細々とした穀物や、小動物を狩って生きていた。生態系の中から見れば、彼らは食べられる側の生物であり、無力な存在だった。
熊や狼から逃げながら、生息域を森林から草原へ移し、兎や魚を食べながら、火の扱いや知恵を少しづつ発展させながらも、大きな力を持つことは決してなかった。
そんな生き物の住む星へ、降り立った者達がいた。
彼らは広い空を旅してきた者達であり、いつ、どこで生まれたのかは定かではなかった。
彼らは船団を率いて、この星へ留まるようだった。
少し、生物についての話をしよう。
生物というものは、細かな遺伝子情報の違いによって様々な種に分けられている。基本的に、種族の違う生物同士の間に子は産まれず、自然界では掛け合わせは発生し得ない。
例え、猫と虎が愛し合っても、人とチンパンジーが愛し合っても、金魚とメダカが愛し合っても、アトラスオオカブトとコーカサスオオカブトが愛し合っても、子供が生まれる事は無い。
しかし、時には、近縁種同士の間で交配によって、子孫が生まれるというイレギュラーが不可能ではない場合もある。
それは例えば、虎とライオンの間の子である「ライガー」や、馬とロバの間の子である「ラバ」、コクワガタとオオクワガタの間の子である「オオコクワガタ」などである。
しかし、彼らは本来、自然界ではそうそう生まれるものではなく、産まれてきたとしても、肉体に何らかの障害を持っていたり、生殖機能が無かったりと、種としては不完全な個体である。
しかし、近縁種の中でも特に近しい遺伝子情報を持つ種族との間には、正常な個体·····すなわち、混血種(ハイブリッド)を生み出すという現象が発生する場合がある。
ホッキョクグマとグリズリー、犬と狼、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人·····。
·····話を戻そう。
この星に降り立った彼らは、果てしなく膨大な知恵と技術を持っていた。彼らは優れた科学技術を駆使して、偶然見つけたこの星を、巨大な基地として機能させようとしているようだった。
彼らは星へ住み着いた。
とはいえ、彼らは水も食料も必要としなかった。また、老いることも疲労することもなかった。彼らはボタン一つで星の地形を自在に変えることができ、彼らが放った動く鋼鉄の塊は、なんの指示も受けずに建物を建築した。
あまりにも高度に発展した文明を前に、後に〝人〟と呼ばれる猿達はそれを神と呼び、信仰し始めた。
〝彼ら〟は、肉体のホルモンバランスを操り、脳に施術を施し、身体に科学を埋め込んでいた。彼らの遺伝子情報は、元の種族からはかけ離れ、技術によって寿命の壁は消し飛ばされた。頭に埋め込んだチップにより、先人達の知識と莫大な情報を個人で保有する。
·····彼らはまさに神であった。
遠く離れた場所にいても、彼ら同士は会話ができた。猿達は、それを念力や奇跡の類と認識した。
長い寿命を持つ彼らを崇め、拝しながら、猿は徐々に進化していった。時たま、〝彼ら〟を敵視し、恐れる者も現れたが、一匹の猿が、超越者を相手に何ができるものか。
何の因果か偶然か、猿達の容姿は、進化するにつれて〝彼ら〟に似てきた。
それだけでなく、彼らのような知恵を重要視した進化の道を選んだ。
ここで一つ、運命の力が大きく作用する。
〝彼ら〟は、優れた科学技術と、宇宙を彷徨う間に見つけた数々の知恵と資源を蓄えている。しかし、彼らの体は宇宙に適応し切っているため、地球の酸素や重力に対して無抵抗極まりなかった。よって、野外の作業の殆どは機械に任せ、自分たちが外へ出る時も、特殊なスーツを着る必要があった。
そこで、彼らの中の一人が、ある提案をした。
この星に住む原生生物の遺伝子の一部を、自分たちの体に組み込んで、星の環境に適応しよう、と。
遺伝子を譲り受ける生物として、彼らは〝人間〟を選んだ。本来ならば、なんでも良かったはずだ。酸素を体に取り込む肺組織や血中成分、重力に耐えうる丈夫な関節やバランス感覚·····。
宇宙で過ごす為に作り替えてきたはずの体を捨ててまで、彼らはこの星に適応した。
遺伝子工学の極地にある彼らには、進化というものが個人で発生する。遺伝子を組み替えて数十年もすれば、彼らはこの星を身一つで歩くことができるようになっていた。
人間は彼らに似、彼らもまた、人間に似た。
もっとも、力関係は絶対であり、未だ猿の域を出ない人間達は、指先の動きだけで自分たちを消し炭にできる彼らを相手に、せいぜい遠巻きに眺める程度の事しかできなかった。
再び、運命は大きく動く。
〝彼ら〟が内部分裂を起こした。
ただ神を崇める猿達は知る由もないが、〝彼ら〟は決して一枚岩ではない。
頭に埋め込まれた、祖先達の莫大なデータに従った思考をしていたため、下らない争いはそもそも起らず、意見を上手く一致させてきたに過ぎない。
彼らの喧嘩の原因は即ち、後に〝人〟と呼ばれる猿の処遇に関するものであった。
内容は下らないもので、常に優れた判断をするはずの彼らには珍しい事だったと言える。
もしかすれば、血と闘いを好む愚かな猿の遺伝子を宿してしまった事に関係があるかもしれないが·····。
ともかく、彼らは議論に次ぐ議論の末、片方が罵声を浴びせ、それを受けたもう片方は、自分達の仲間を連れて基地から出奔した。
それは主に生物学者や一部の遺伝子学者を中心としたグループで、環境に適応した体と少数の機材を持って、この星に住み込むこととなった。
グループに罵声をあびせた片方·····。つまり、宇宙船と基地に残った方のグループは、反対されていた〝猿〟を使った実験を始めた。
実験の内容は、「この星に居住する全ての生物が持つ共通の遺伝子」「猿の持つ可能性」「猿が徐々に我々に姿を似せてきている原因」の解明であった。
〝彼ら〟の一部が基地を後にしたのは、まさにこの実験に反対した為である。
実験には、それなりの数の素体が必要であり、それは生きた猿に他ならない。基地に残った〝彼ら〟は、近くの猿のコミュニティから実験体を捕獲し、容赦無く解剖した。
肉体の構造や、骨、血液中の成分·····。肉体を構築している細胞を、更に構築している物質まで、原子単位で解析した。
一体や二体ではない。統計を取るのには、膨大な標本が必要である。
〝彼ら〟は、猿の全ての遺伝子情報を解析し、そのさらに奥までを覗かんとした。
だが、それを許さない者達がいた·····。
それが、口論の末に基地を飛び出した〝出奔組〟である。
彼らは、猿達に〝人〟という名を与えた。
出奔組と、基地に残った実験組の長い妨害戦の始まりである────。
肉体の性質上、互いに命を奪うのは難しい為、妨害工作は主に〝人〟を中心に巻き起こった。
人を知恵と力を付けた。
出奔組は、環境に適応した。
気が付けば、共通の敵を持つ人と出奔組の〝彼ら〟は親密になっていた。
人にとっては長く、〝彼ら〟にとってはそれほど長くない時が過ぎた。
人は目に見えて知恵を発達させ、基地を離れて時間が経過した出奔組の〝彼ら〟は、この星に完全に適応した。
それはすなわち、互いに互いが似てきた事に他ならない。
先程言った通り、〝彼ら〟は個体で進化を遂げる。時を過ごし、人と同じ暮らしをした時間が長ければ長いほど、〝彼ら〟の遺伝子情報は人と同じものへと変質して行った。
そして、人は遂に〝彼ら〟の言語を理解するに至った──────。
条件が整い、再び運命が転がり出す。
進化した〝人〟は、〝彼ら〟に匹敵するほどの知恵を備えて産まれてくるようになった。無論、脳にデータを埋め込み、様々な施術を施し済である〝彼ら〟との差は以前、歴然としていたが。
それでも、人は彼らの背中を確かに見初めた。
そして、運命は〝人〟に満面の笑みを注いだ。
〝人〟の中でも特別容姿の優れた者達と、〝彼ら〟は交わった。血が、混ざり合った。
ついに人という種族は、神の血を手に入れた。
運命は、このシナリオが酷くお気に召した。
出奔組は、実験組から強い非難を受けた。
当然である。出奔組の言い分は、「この星の原生生物へみだりに影響を与えてはならない」というものが多数含まれていたからだ。
そのくせ、今では生物の枠を超えた自分達の遺伝子情報を原生生物に編み込もうとしているのだから。
しかし、出奔組がその非難に耳を貸すことは無かった。
人と彼らは、愛という概念を共有する事に成功した。言語を共有し、姿かたちを共有し、知恵を知能を共有した。
運命は、再び·····再び、再び再び再び再び再び、笑った。口の端を釣り上げて、目を剥いて。
〝人〟と〝彼ら〟の間に、子ができた─────、
そしてその子達は、障害や欠陥を全く持っていなかった。つまり、そこから更に子孫を残せるという事である。
ただ、産まれてきた子供達は親と異なる姿をしていた·····。
神と人の間の子は·····。
初めてこの星に生を受けた〝神の血〟を引く者は·····。
巨人であった──────。
そして、神代の時代が幕を開ける。
それは、壮大な人類の夜明けであった。
◇◇◇◇◇
「死海文書(第1章:巨人らの時代)」
世界始まりし時、天空より幾多もの巨大な船現れり。
船から現れし神々、地に降り立ち、人類に知恵と力を与えん。
神と人はいつしか交わり、やがて子、生まれん。
彼の者ら、人にあらず、巨大なり。その体躯、天まで轟き、歩みは地を揺らさん。
大きく喰らい、大きく育たん、神の子ら。
してそれら、雲に霞む巨人となる。
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