その凶器は私の喉を貫いた

椛猫ススキ

その凶器は私の喉を貫いた

「はい、おはようございます。今日はどうされました?」

 笑顔が優しい耳鼻咽喉科の医者に私はおずおずとこたえる。

「信じてもらえないと思うんですけど」

「はい」

「食パンが喉に刺さりました」

「はあ?」

 医者のなに言ってんだおまえという顔に私はうなだれるしかなかった。


 その日の朝のことだ。

私はのんきに朝ごはんの支度をしていた。

食パンにハムとチーズをトッピングしてオーブントースターでカリカリに焼く。

香ばしいパンとチーズのいい匂いにおなかがぐうと鳴った。

カフェオレと共に幸せな朝ごはん。

の、筈だった。

もしゃもしゃとパンを食べていたそのときだった。

 突然、喉に激痛が走った。

なにがなんだかわからないが喉がとんでもなく痛い。

汚い話だがテーブルに食べていたものを吐き出してしまう。

喉を抑え、えずいているとその散らばったもののなかに鮮血をみた。

なにかが喉に刺さっている。

げえげえと吐き続けているとまた血が見えた。

ふと、喉に痛みはあるものの少し楽になっていることに気がついた。

なんとか息を整え涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をタオルでぬぐう。

そしてひどい有様のテーブルを見渡した。

これ、片付けるの嫌だなと思っていると真っ赤に染まったなにかを見つけた。

なんだろうと確認すると、少しふやけてはいるが食パンのかけらだった。

こんがり焼けたイギリスパンの山形の部分。

あわてて食べ残しのパンを確認する。

山形の部分はよく焼けていて固い。

とくにこんがりと焼いたところが固くなっている。

間違いない。

私の喉に刺さったのはイギリスパンの山形のところだったのである。

多少治まったとはいえ未だに痛む。

私は半泣きで食べ残した食パンのかけらを持って耳鼻咽喉科に行くことにしたのだった。


「と、いうわけでこれが刺さったと思うんです」

 私の話を医者は嘘だろ?という目でみて、看護師は笑いをこらえて震えていた。

「食パン以外になにか食べなかったの?おせんべいとか」

「おせんべいが刺さった人はいるんですね?」

「固いやつをね、よく噛まない人がね、まれにね、いたりしますけど」

 医者は食パンのかけらを触りながら

「これぐらい固いと刺さるか…?」

半信半疑な顔で考えている。

「まあ、とりあえず喉を診てみましょう」

 ライトで喉の奥を照らす。

大分治まったもののなにかを飲み込むとやはりまだ痛む。

「喉に傷ありますね。うーん、少し大きいけど縫わなくても大丈夫かな。とりあえずうがい薬だしますから。刺激物とお酒は当分控えてください」

「はい、ありがとうございました」

 辛いものも酒も好きな私はしょんぼりである。

まあ、さすがにキムチ鍋とか食べたら絶叫すると思う。

「いやー食パンもよく焼いちゃうと刺さるんですね。勉強になりました」

 そんなこと笑顔で言われても。

「食パンでもおせんべいでもよく噛んで食べてくださいね」

 医者の真顔が心に沁みた。

米は一口三十回噛めと言っていた婆さんを思い出した。

その横で唇を噛みしめている看護師に心のなかで謝った。

会計時、そこのスタッフにじろじろ見られたのは気のせいにした。

とほほ。


 薬局で薬をもらうときに同じように質問され

「信じてもらえないと思うんですが食パンが喉に刺さりました」

と、答えたら私の対応していたお姉さんは看護師と同じような顔をした。

「んっふ…そんなことあるんですね」

 明らかに震えている。

可愛い顔が歪んでいるから相当ツボにハマったのだろう。

いいんだよ、思いっきり笑っても。

私だってビックリだよ。

「あの今回のこと症例の報告にだしてもいいですか?」

「なんですかそれ」

「あんまりない症例は貴重なので報告することがあるんです」

 正確な話は数年前のことなので忘れたがそんなことを言われたと思う。

「いいですよ。でも食パンが喉に刺さっただけだから…」

「いえ、貴重なことですから!!」

 そうきっぱりと断言され、私は承諾したのである。

私のあほな失敗が今後だれかの役に立つならそれもいいだろう。

役に立つか?医者も看護師も薬剤師も笑うの堪えてたのに?

 まあ、私そういうことよくやらかすからな、と納得した。

なのでどこかで食パンが喉に刺さることがあるとか刺さった人がいるなどのことが書いてあるのもをみたら、それは私かもしれません。

とほほ。





 


 

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