第4話 噂


 ──この学校は何かが変だ。

 僕は「Gアカデミー」に入学してすぐに、途轍とてつもない「違和感」を覚えた。




 まず、教員の暴力行為が平然と行われる。

 入学初日に尾栗が鮮烈なドロップキックをお見舞いされたが珍しいことでもなんでもなかった。「義務教育じゃねぇんだよ!」ことあるごとにその言葉でねじ伏せられたが、時代は令和だ。教育機関で暴力の横行が許されるはずがない。レッドカードで一発退場。懲戒免職だろう。



 そして、執拗なまでのメディカルチェックが頻繁に行われる。学校といえばすぐにイメージできる簡易的な保健室ではない。X線CTやMRIまでもが完備され、一つの教室が大学病院顔負けの仰々しい医療施設と化している。専属のドクターまでもが配属され、脳波や精液まで検査される。



 そこまでやる必要があるのか?



 極めつけは、高等学校年代(第二種登録選手)に出場資格のあるすべての大会に参加することができなかった。これは教育機関としてかなりおかしい。同じサッカー学校、JFAアカデミーはクラブユースと同等の試合に出場できる。サッカー選手を目指す僕らにとってこの規制は致命的だった。



 ここはサッカー学校ではなく、人身売買のための施設。健康優良児を育て高値で売り飛ばす。映画やアニメで観たことがある設定、そんなイメージさえ付き纏った。



 想像していた「サッカー選手育成機関」とは明らかに違っていた。



 ここでの生活は朝五時に起床。校内の清掃と準備体操を終えると、坂路ハンロと呼ばれる練習が始まる。急な坂道をダッシュで駆け上がる。


 それが終わるとプール。ひたすらに水の中を走らされる。二つのメニューをこなして、ようやく朝食にありつける。


 午前中は戦術練習が行われ、午後からが実戦練習。元日本代表といった豪華絢爛のコーチ陣を迎え、夜になるとそれぞれの課題練習と筋トレが待っていた。


 ハードな練習に慣れているはずの強豪校出身の僕らでさえ、一日が終わると倒れ込むように眠りこけた。


 テレビで観たことがある元日本代表選手に教えて貰える。それだけが唯一の救いだった。



 さすがに人身売買の線はないか……。



 クラスの担任は安田といった。夏を待たずしての半袖からは黒光りした上腕二頭筋がはみ出している。生徒を「てめぇら」と呼び、容赦なくブン殴る。尾栗に衝撃的なドロップキックを浴びせた張本人だ。



「いいかてめぇら、ここは生きるか死ぬかの戦場だ。法律や常識は通用しねえ! 六十人のうち進級できるのは四十人だ! 死ぬ気でやれ!」



 ショッキングなニュースが安田から伝えられた。

進級テストによって二十名が退学処分となる。当然、そんな話は聞いていない。普通、入学前に伝達される事項だろう? なにもかもが理不尽だった。



 僕は後悔していた。

「Gアカデミー」サッカー選手育成機関。

 華やかなネーミングに釣られてしまった自分を恨んだ。入学しただけで、何かを成し遂げられると思い込んでいた。



 ……もう帰りたい。

 ……だって無茶苦茶じゃないか!?



 僕が不信感を抱くようになったある日、──奇妙な噂が囁かれるようになった。


「Gアカデミーはサラブレッド育成機関らしいよ」


 その噂は唐突に放り込まれた。


「サラブレッド?」

 一斉に顔を見合わせる。


 ※サラブレッド

 人為的に管理された血統を意味する。競馬はブラッドスポーツと呼ばれている。サラブレッドは競走馬として作り出されたもので、「純血」という意味があり、「完全に育てあげられた」ということを表わす。



「サラブレッドって競走馬の?」

「そう。それの人間バージョン」


 SF映画のようなスケールがでかい話題は学校中を駆け巡った。


「俺たちがサラブレッドってどういうこと??」


「プロサッカー選手の遺伝子を受け継いでいる……、はず……」


「はっ? うちの親父、寿司職人なんだけど??」

 坊主頭の尾栗が釈然としない様子で首を傾げた。


「それは育ての親で、産みの親は別にいるって、話じゃないかな?」


 尾栗の父親をよく知っている。地元では有名なお寿司屋さんだ。そして何よりも顔が尾栗にそっくりだ。産みの親が別にいるはずがない。



「JFAアカデミーがあるのにわざわざGアカデミーがあるって、そもそもおかしいと思わない?」


「だよな、だよな! 俺もそれはずっと思ってた! サッカー学校といえば、普通JFAアカデミーだもんなっ!」


 尾栗が前のめりになって、極太の血管を浮き立たせた。


「Gアカデミーで検索してもなんも出てこないからね。この学校は何かを隠しているよ!」


「たしかに教育機関としては不自然だな……。すべての大会にも参加できないし……」


 僕がずっと前から抱いていた違和感を皆が口にし出した。


「うわーー! 説得力あるわーー! 納得するわ! 絶対にそうだわ!!」


 不安が渦巻くなか、尾栗は動揺をおくびにも見せず恍惚とした表情をみせた。



 ・ゴッド

 日本サッカー界の立役者。アジアカップで魅せた「七人抜き」はサッカー史上初めての偉業で世界でも伝説になっている。その存在は神とまで崇め奉られている。



 ・キング

 中学校を卒業すると単身でサッカー王国ブラジルに乗り込んだ。南米仕込みの卓越した個人技が持ち味。プロサッカーリーグの一時代を築き上げたいわずと知れたスーパースター。



 ・カミカゼ

 快足を武器にヨーロッパで活躍。海外では真珠湾攻撃の事件から自爆テロのことをカミカゼと呼ぶ。日本出身の攻撃力あるフォワードを賞賛して名付けられたのが由来。



 ・マウントフジ

 日本を代表する大型フォワード。ポストプレーヤーとして海外で活躍。恵まれた体格から繰り出されるプレーは海外選手を相手にしても当たり負けない。聳え立つ勇士はまさに富士山。



 ・番長

 日本を代表するセンターバック。ディフェンダーでありながら、強靭な肉体から放つロングシュートで世界を脅かした。日本人離れしたフィジカルと威圧感ある存在は泣く子も黙ると恐れられる。



 ・イナズマ

 高速ドリブラー。日本の切り込み隊長として名を馳せる。電光石火のドリブルは無類の速さを魅せる。瞬時に抜き去るスピードは稲光りの如し。



 ・超人

 桁はずれの身体能力で世界を震撼させた。誰よりも強く、速く、高い。三拍子揃ったプレイはサッカー界だけでなく引退後には様々なスポーツに挑戦し世間を驚かせた。



 ・プリンス

 日本で初めてファンタジスタと呼ばれる。芸術的かつ独創性あるプレーは海外リーグでの賞を総ナメ。トップクラスのビジュアルから日本だけではなく、海外の女性ファンも多い。





 英雄レジェンドたちの騒々たる名前が飛び交い学校中が湧いた。




「つまり、俺達は一流サッカー選手達の子供って、ことだろ! 夢あるわ! 俺、プリンスの遺伝子がいいわーー!」


 尾栗の興奮が最高潮に達した。



 百歩譲ってサラブレッドだとしても尾栗が「プリンス」の遺伝子を受け継いでいるはずがない。


 お前は自分の顔を見たことがあるのかっ!?



「でも、一体なんのために?」

「……それは金儲けだろうな」


「競馬でいうとな……」


 饒舌に仕切り始めたのは美輪ビワだった。色白で華奢。今にも寝てしまいそうなトロンとした目。醸し出される倦怠けんたい感はスポーツマンタイプではなく、夜の商売が天職といったところ。


「まず牧場がサラブレッドを生産する。それを馬主うまぬしが購入する。馬主は厩舎きゅうしゃにあずける。競走馬がレースで活躍すれば馬主が儲かる。その流れでいくと厩舎が家族で、さしずめGアカデミーは外厩がいきゅうのトレセンか…」


「トレセン?」

「トレーニングセンターの略。サッカーでもあるけど競馬にもあるからね」


 美輪はこの歳にして競馬の知識に長けていた。


「お前詳しいな」

「まぁ、競馬だけじゃなくてギャンブル全般聞いてくれ!」


「今の話から推測すると馬主うまぬし、いや人主ひとぬし? が、存在するのかな?」


「人主か? その可能性もあるな……」

「つまり俺達の活躍によって人主が儲かると……」



 俺達が産まれる。

 セリによって人主が購入。

 人主が両親に預ける。

 両親がGアカデミーに預ける。

 今ね。


 ちょっと待て!!

 それは、ほぼ人身売買と同じ構図じゃないか!!

 僕の背筋にゾクリとした悪寒が走った。



「質問なんだけど、サラブレッドだったとしても全員が活躍できるわけではないよね? 進級テストで落ちる奴もいるわけだし……。競馬でもそうだよね? そういう馬はどうなっちゃうのかな?」



 ──競馬の場合は、屠殺とさつされる。


「……さあな」

 美輪はすべてを話さず、言葉を切った。

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