第3話 Gアカデミー


 僕が入学する学校は離島にあった。一クラス三十名の二クラス。入学者六十名。全国から集められたエリート集団だ。


「諸君は今日から親元を離れ、新しい人生のスタートをきります。最初の一歩をいかに踏み出すか……」


 不可解なアディショナルタイムのように長い校長の話が続くなか、僕は会場を見渡した。そして一人の男を見つけた。


 三ヶ日ミッカビ。僕の世代でサッカーをやっている者ならば、その名を知らない人間はいない。

 クラブチームが運営するユース出身の三ヶ日は、日本代表U-15のキャプテンを務めていた。三ヶ日だけではない。全国でも名高い顔ぶれがいたる所で見受けられる。



 この学校でやっていけるのか?


 式が終わり、臆病風に吹かれながら渡り廊下を歩いていると「おい! 深井!」聞き覚えのある声に呼び止められた。中学校の同級生、尾栗オグリだった。見慣れた黒髪が銀色に染まっている。


「お前二組か? 残念だな。一組に遊びに来いよ! 同じ中学校同士仲良くやろーぜ!」


「分かった。後で遊びに行くよ」


「絶対だぞ! 絶対!」


 悪い奴ではないが無神経で厚かましい。若干の嫌悪感を抱きその場を取りつくろった。


「お前も俺みたいに髪染めたら? 最初が肝心だぜ! 舐められないように目立たないとな!」


「染めるなら絶対、俺に相談しろよ!」


「ありがとう。考えとくわ」


 畳みかけられる猛攻。圧倒的なワンサイドゲームで、同郷の頼もしさよりも、わずらわしさが勝っていた。



 全寮制とうたいながら、寮なんていう立派な建物は存在しない。先輩も後輩もいない校舎。教室は腐るほどある。畳が敷かれている教室が幾つかあり、そこが部屋であり寝室だった。


 寝泊まりする教室で荷物の整理をしていると、入り口から尾栗が顔を覗かせた。


「深井、深井!」


 手招きをしながら近づいてくる。


 なんだよ。めんどくせー。


 こちらの都合などお構いなしに教室の外へと連れ出された。


「まだ荷物片付けてないんだけど……」


「いいから、いいから。ちょっと付き合ってくれよ!」


 そう言って肩に腕が回される。尾栗にはパーソナルスペースという概念がない。


「今から面白いことがあるから」


「面白いこと?」


「勝負だよ。勝負。三ヶ日と俺。どっちが上か勝負すんの」


「はあ!?」


 足を止めると、回された腕はヘッドロックのように巻きつき、引きずられる形になった。


「三ヶ日とは同じ一組だからな。どっちが上なのか最初に決めておかないと!」


「U-15のキャプテンだぞ! 勝てるわけないだろ!」


 連れション感覚だった僕は、ことの大きさに気づき、慌てて腕を振りほどいた。



 ──時すでに遅し。グラウンドには人だかりができていた。一組の連中が三ヶ日を取り囲んで輪になっている。彼らもまた被害者なのだろう。


「待たせたな! 勝負は五本のPK。勝った方が一組のエースだ!」


「それじゃあ深井、キーパー頼むわ!」


 はっ?

 ふざけんじゃない。

 とんだとばっちりだ。

 無理矢理、連れてきておいてキーパーまでさせるつもりかよ。


「嫌に決まっているだろ!」


 腹立たしかったが、ギャラリー達は勝負の行方を心待ちにしている。苛立ち混じりの視線にさらされた。断れる状況ではなかった。


「真剣勝負だからな。友達だからって手を抜くなよ!」


 誰が友達だよ!

 お前なんか全力で止めて恥をかかせてやる!

 僕は込み上げる怒りを噛み殺して、渋々身構えた。


「いくぞー!」

 尾栗のプレースキックはバックスイングをかなり大きく振りかぶる。強烈なインパクトでスピードボールを叩き出すのが特徴だ。


 ビュン!


 耳元に風切り音が鳴ると同時に、ボールはゴールネットを揺らしていた。一歩も動けなかった。


「少しは反応しろ! ヤラセだと思われるだろ!」

 県選抜にも選ばれるストライカーだ。キーパー未経験者に止められるはずもない。


「はい、まず一つ」


 尾栗はボールを拾い、三ヶ日に投げ渡した。下品な銀髪とは違う、自然な黄褐色おうかっしょくの髪がなびいた。


 手足の長いバランスがとれた体格に端正な顔立ち。実力だけではなく美貌も兼ね備えている。


 三ケ日は、大きく一呼吸ついてから軽やかにボールを蹴った。一連の動作に思わず見惚れてしまう。


 あっ!


 ギャラリー達から驚きの声が上がった。ボールがクロスバーの上を大きく超えていった。


「よっしゃーー!! よし、よし、よーーし!!」

 ボールの行方を見届けた尾栗は、奇妙な腰ふりダンスを恥ずかしげもなく披露した。


 僕は唖然とした。尾栗のアホさ加減もさることながら、三ケ日の洗練されたシュートフォームに。インステップ、インサイドどちらで蹴るのかさえ予測がつかなかった。


 力任せに打つ尾栗のシュートとは違う。正面から見る日本代表のプレースキック。それは力の差を歴然とさせるものだった。



「日本代表も大したことないな! じゃあ、次、俺いくぞ! どりゃああーー!」


 三ヶ日が外したことで気をよくした尾栗は、雄叫びをあげながら二本目のシュートを放った。



「こらぁ! てめぇら何してやがる!!」



 バコーンッ!!


 駆け込んできた教員のドロップキックが尾栗に突き刺さった。教員は尾栗の襟首を掴み、そのまま引きずるように連行した。


 教室に戻ってきた尾栗は坊主頭になっていた。メタリックな銀髪は跡形もなく消え失せている。同情の余地など微塵もない。初日は目立たない方が良い。絶対に。

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