第2話 僕
ワールドカップ優勝おめでとうございます。
ありがとうございます。
振り返ってみてどうですか?
そうですね。やっぱり「ハットトリック」のおかげですかね。と、一人二役でインタビューに答えてみる。
僕が決めた「ずる休み」の条件。月曜日、雨、魅力のない給食。この三つが重なる日。
一試合に三本のシュートを決める「ハットトリック」と同じ難易度だ。
ゲームを購入して一ヶ月。「ずる休み」のおかげで、ようやく成し遂げたワールドカップ優勝。余韻に浸りながら、爽快な気分でカーテンをあけ、思わずまぶたを閉じる。
「まぶしっ! 雨、止んでんのかよ……」
陽光と遮断していた現実が目の奥に突き刺さった。ゆっくりとまぶたを押し上げて、晴れ渡る青空を眺める。ゲーム三昧の偽りの休日。湧き出す罪悪感に
モニター画面には幼なじみの「
「
対抗してか内ちんも僕らを、ちん付けで呼ぶ。
「これ預かってきたプリント」
手渡されたものは、進路相談の用紙だった。
記入項目に、将来の夢がある。
「内ちんはどう書くつもり?」
「ミュージシャンに決まっているだろ!」
ダイレクトボレーのような鋭い言葉がゴールネットを揺らした。トン、トン、トン、ズバーンではなく、トン、ズバーン。得点を決めたストライカーさながらのドヤ顔が、憎たらしくもあり、まぶしくもあった。
病院の家に生まれた内ちんが羨ましい。ミュージシャンになんかならなくても、病院を継げば裕福で幸せな人生が保証されている。
家が病院だったら僕は、迷わず医者になっている。芸能人の息子に生まれて、二世タレントとして脚光を浴びるのも悪くない。社長なら社長で、政治家なら政治家で、石油王なら石油王だ。
「病院はどうするの?」内ちんは僕の問いに、
「決められたレールの上なんか走れるかよ! じゃあ、バンドの練習があるから」と、使い古されたフレーズを、さも自分の言葉かのように吐き捨てて、足早に去っていった。
「決められたレール」。そんなレールが僕にもあったとしたら、それはきっと、早く母を楽させてあげること。そう思い、用紙には「就職希望」と書いた。
チャイムが一日の終わりを告げ、教室は笑顔で
よそ行き用のおめかしをした母が不安げに覗いている。「来るのが早いよ!」憤りを感じながら、母に気付いて視線を送ってくる友人達に、できる限りの笑顔で応えてみせた。
「お母さん、お忙しいところ申し訳ありません。どうぞお掛け下さい」
「すいません。失礼致します」
友人達が廊下から様子を伺っている。切り離された空間で身動きのとれない状況は、教科書の偉人達と同じで、どんな落書きでも受け入れるしかない。
「それでは三者面談を始めたいと思います。深井君には、進路を用紙に記入してもらったのですが……」
担任が廊下を視線で牽制し、いつもと違うよそよそしい口調で話し始めると、これまた母がよそよそしく相槌を打つ。
威厳の欠片もない担任だ。廊下にいる友人達は、帰る様子もなく高みの見物で楽しんでいる。「カ、エ、レ」と、口を動かせても効果はない。内ちんにいたっては、舌を出して中指を立てている始末だ。
「拝見した限り進学ではなく、就職を希望する。で、いいのかな?」担任の質問に、慌てて視線を戻し、
「ええ、そのつもりです」
進路相談の用紙に「就職希望」と書いたことを知った母は、目をまん丸くして驚いていたが、その後にもっと驚いたのは、僕の方だった。
強い西日が廊下から差し込んでくると、いつの間にか友人達の姿は消えていた。
『Gアカデミー入学のご案内』
担任が差し出してきたプリントには、そう書かれていた。
サッカーなら負けない自信はある。なにより学費全額免除で進学できるのは、母子家庭の僕にとって大きな魅力だ。「Gアカデミー、サッカー選手育成機関」その響きに惹きつけられた。
三者面談以来、一度もずる休みをしないで、卒業式を迎えた。白く反射したグラウンドの上を、魚群のような桜の花びらが舞い上がる。ここで過ごした時間や思い出、それらすべてを巻き込んで、抜けるような青空の
学生服の第二ボタンがない友達を見つけて、内ちんと目が合った。
「義務教育も今日で終わりだな」
「……だな」沈黙が流れた。
校庭に設置された仮設の壇上で記念撮影が始まる。
「あいつの第二ボタンがない理由知ってる?」
内ちんが呟いた。「えっ」戸惑った。
「……長男の第一ボタンに相続争いで負けたから」
ピースサインをして笑った。
カメラのシャッター音があちこちで鳴る。
吹き抜ける三月の冷たい風がとても心地よく感じた。
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