英雄を継ぐ

@pink18

第1話 遺伝子保持者

 

 待ち受けるプロジェクトの全貌。

 全てが一つになる。


 ──サラブレッド育成計画。


 通称、プロジェクトG。

 遺伝子を受け継ぐ者。

 人為的に造られるサッカー選手達のサラブレッド。


 世代を超えたオールスターチームが、ここに誕生する。


♢♢♢



 離島にある廃校。校門には以前の名称がそのまま掲げられていた。

 人知れぬ無名の学校のグラウンドに、明らかに異質な影がフィールドを震撼させている。

 彼の名前は三ケ日静ミッカビシズカ。サッカー日本代表U-15のキャプテンを務める男だ。


「あいつ、本当に同世代かよ!?」


 全国から集められたエリート集団の中でさえ彼のプレイは一際輝いている。日本サッカー界、英雄レジェンドの遺伝子。「ゴッド」の遺伝子を継ぐ者。その噂に恥じない、同世代を凌駕する卓越したプレイはライバル達をも魅了した。


 それと同時に歴然とした実力差は、入学まもないというのにもかかわらず、全校生徒に敗北感を植え付けていた。



 しかしそんな三ケ日に一人の男が果敢に挑む。

 ──晴天に迎えられた入学式当日。


「俺と勝負しろ!」


 恐れ多くもゴッドの化身に喧嘩を売ったのは不自然にメタリックな銀髪の男。

 火花を散らして放たれる「勝負しろ!」などという啖呵たんかは、この世代の頂点に君臨する三ケ日にとって、ガヤ以外の何物でもない。小蝿でもあしらうかの如く素振りで踵を返した。

 しかしそれも銀髪男の術中、切り札は別にあった。



「ビビってんじゃねーーよ! おいみんな! コイツ恐れをなして逃げるつもりだぜ! 絶対に!」


 群衆を巻き込み焚き付けるのが銀髪男の常套じょうとう手段だった。何事かと騒めき立った野次馬達の包囲網が瞬時に渦中の二人を取り囲んだ。

 声のデカさと無類の態度のデカさは入学初日にマウントを取るのには後ろ盾として十分だった。



「勝負は5本のPK、勝った方がこのチームのエースだ!」


 銀髪男は大袈裟に煽り三ケ日を逃がさなかった。前哨戦を手中に収めた銀髪男がギャラリーたちを引き連れて意気揚々とグラウンドへと踏み入れた。


 三ケ日は眉間にシワを寄せて茫然と立ち尽くした。周囲の視線から逃れる口実を探したが、客寄せパンダとなった今、その出口が見出せない。不幸にも入学初日の特大イベントとしての主役に抜擢されてしまったのだった。



「ちょっと待ってろ! 今キーパー連れてくるから!」


 銀髪男の段取りの悪さに大きなため息が漏れる。いぶかしげな表情をみせる三ケ日に、銀髪男はギロリと凄んでみせた。釘を刺すような鋭い眼光には「逃げるなよ」の意味合いが込められている。


「……はあ、めんどくせぇ」


 目を伏せてぼやく三ケ日。

 喉元まで出掛かっている言葉は「コイツとは金輪際関わらない」。この茶番が手切れ金だと開き直った。そして三ケ日はその端麗な容姿をぐにゃりと卑劣に歪ませた。



「お前はだ」



 ──三ケ日静。サンデーグループの御曹司。

 ──プロジェクトGの首謀者である。



 戻ってきた銀髪男の背後には、サッカー選手育成機関には似つかわしくない優男やさおとこが立っていた。


「それじゃあ深井、キーパー頼むわ!」


「はぁ!?」


 唐突な無茶振りに深井と呼ばれた優男はたじろいだ。メタリックな銀髪が破壊的な狂気を醸し出している。蹂躙じゅうりんともいえる入学初日の愚行。恥じらいが躊躇ちゅうちょなく深井の足をすくませる。


 深井は思わず声が上擦った。同情の中に好奇心の眼差しが混じり、一丸となったギャラリーの視線がプレッシャーとなって押しかかった。

 

 ようやく自分の立たされている状況を理解した深井は冴えない表情を揉み消し渋々グローブをはめてシュートに備えた。


「深井! 友達だからって手を抜くなよ!」


「誰が友達だよ!」


 怒りを露わにする深井。それもそのはず彼はキーパー未経験者だった。同郷のよしみで銀髪男に借り出された、いわば即席キーパー。銀髪男がシュートを放ち、ボールはゴールネットをいとも簡単に揺らした。



「おい深井! 少しは反応しろ! ヤラセだと思われるだろ!?」


 深井が動けないのも無理はない。粗暴ではあるが銀髪男もまた世代を代表するストライカーだった。



「はいまず一つ!」

 

 我がもの顔にこの場を支配する銀髪男がそのバトンを三ケ日に手渡す。攻守の切り替えに遠目で見守るギャラリーたちは固唾を飲んだ。


 深井が身構える。日本代表キャプテンのプレースキック。キーパーは未経験者だったが、キッカーとしては自分も全国レベルだと自負している。



 水を打ったような静けさの中、乾いた音が響いた。ガス圧で弾け飛んだシャンパンコルクのような軌道が宙を舞い、噴き出した泡沫うたかたが予期せぬ方向へと放物線を描く。


「あっ!!」


 ボールがクロスバーの上を大きく超えていった。歓喜とも絶叫とも言えぬ声がギャラリー達から溢れた。



「よっしゃーーあ!!」


 銀髪男が愉悦感たっぷりに躍り出た。相手に対する敬意など微塵もない。深井はその光景を視線の端に捉えながら、半ば放心状態で目を疑った。



「次、俺いくぞ!」


 銀髪男の声でハッと我に返る。三ケ日が外したことで気をよくした銀髪男が右脚を振り上げるや否や、


「こらぁ! てめぇら何してやがる!!」


 鬼気迫る怒声を発した教員が勢いよく走り込んできて、銀髪男に飛びかかった。体勢を崩した銀髪男の右脚が空を切り、つま先が天を仰いだ。


 流れるようなドロップキックが直撃して銀髪男の体はくの字にひん曲がる。目の前の衝撃映像に群衆は爆風に蹴散らされたちりの如く一目散に逃げ散った。


「あとてめぇ! その髪の色はなんだ! 今すぐ職員室に来い!」


 首根っこを掴まれた銀髪男がズリズリと音を立てて引きずられていく。襟首を掴まれた銀髪男は、傾斜45度の体勢を保ちながら必死の抵抗を試みた。


 なんでですか!

 どうしてですか!

 嫌です!

 絶対に行きません!



 入学初日から人騒がせなこの銀髪男、──彼もまた英雄の遺伝子保持者であった。



♢♢♢


 世界的に人気があるスポーツ、サッカーにおいて選手の育成はビジネスだ。優秀な選手が誕生すれば多額の金額が動く。サッカー先進国の欧州や南米では、クラブ主導で選手の育成が行われている。田舎のサッカー少年が高額で取り引きされる商品へと変わる。


 いち早くサッカーに商業価値を見出したフランスは、1991年にクレールフォンティーヌ国立サッカー学院を設立。国立のサッカー学校を作り、国家事業として英才教育の選手育成に取り組んだ。結果、1998年ワールドカップ初優勝。この時、活躍した選手すべてが、国立サッカー学院出身の選手達だった。


 日本も遅ればせながら、2006年にサッカー協会が運営するJFAアカデミーが開校した。




 しかし、日本にもう一つのサッカー学校があることは誰も知らない。








 ──この学校の、本来の目的を、この時の彼らはまだ知る由もなかった──、全てが一つになる。






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