クールな図書委員の女子生徒を助けたら、どうしてか押し倒されて恋人になるよう脅迫されました。
ななよ廻る@ダウナー系美少女2巻発売中!
本編
第1章
第1話 彼氏を奪った悪女な図書委員の告白
パンッ――と、図書室の奥から空気を叩いたような、乾いた音が響いた。
棚から適当に抜いた小説をうとうとしながら読んでいたところに、雷鳴のように鼓膜が震えて丸まっていた身体がびくりっと跳ねる。
「……なに?」
呟き、顔を上げる。
放課後の図書室は、喧騒とはかけ離れた静謐な空間だ。室内には僕以外誰もおらず、物静かな寂しさと穏やかさが同居している。
「……夢の音と勘違いしたかな?」
そうなると、僕は相当間抜けで、誰も見ていなくてよかったなと安堵するのだけれど。
口元を拭っても、寝坊助の跡はない。
開いた小説のページ。何行目まで読んだかちゃんと覚えているぐらいには記憶もはっきりしている。
空耳か? そう思い、耳をそばだてる。
空調の音。外からうっすらと届く、生徒たちの声。けれど、それだけではなく。
混じって、すすり泣くような、嗚咽に似た音を聞き分ける。
それは図書室の奥。
本棚を壁にして作られた細い道の先から聞こえてくる。
「おばけとか言わないよなぁ」
どうあれ、良い予感はしなかった。目を細める。
図書室のカウンター。その上の壁に設置された時計を確認する。
もう間もなく5時を迎える。閉館間際。帰ってもいいのだけれど……。
「気にはなる、か」
音を立てないよう椅子を引く。
そのまま、足音を殺して棚の間の細い道を歩く。
肩幅ギリギリの道を真っ直ぐ進んでいると、届く声はより大きくなっていく。
誰か居るのは間違いない。本棚の端っこ。棚に背を付け、こっそりと覗き見ると視界に映るのは2人の女子生徒だった。
一人は、先程から僕の耳に届いていたしっとりと悲しみに満ちた声の子だろう。
声に込められた感情のままに泣いていたのか、涙が頬を流れている。けれど、その瞳は悲しみ以上に怒りが満ち満ちていた。
緩く開いて、震える右手をもう一方の手でぎゅっと握る。感情をぶつけるように相対する女子生徒を睨みつけていた。
そんな彼女の視線の先には、感情を発露する女子生徒とは対照的に、無表情で見つめ返す女子生徒。
その頬は赤く、叩かれたのだと一目見てわかった。
こんなところでなにしてんだよ。思ったが、叩かれた少女に見覚えがあって目を細める。
図書委員の子……?
放課後。暇を見ては図書室に通っているのだが、その度、カウンター内で物静かに本を読んでいる姿を見かけていた。
他に図書委員がいないのか。それとも、彼女が率先して当番をこなしているだけなのか。
わからないが、まず間違いないだろうと確信する程度には、何度も見かけた図書委員の少女だった。
眼鏡をかけていないので一瞬誰だかわからなかったが――と、考えていると視界の端に光物を見つける。無造作に落ちている眼鏡。位置関係から、図書委員の少女が叩かれた時に飛んだのかなと推測する。
バレないよう息を潜めながら、するりと手を伸ばして眼鏡を回収。直ぐ様、棚の影に引っ込む。
気付かれたかなと思うも、女子生徒2人はそれどころではないらしく、こちらに見向きもしない。
「……っ、図書室の悪女! わ、わたしからアキ君を奪って、よくそんな平然としていられるわね……っ!」
「そう仰られましても。
私は貴女の言うアキ君に心当たりがありませんので」
事務的で冷静な図書委員の少女の言葉に、悔しそうに女子生徒が唇を噛む。
うわぁ、修羅場だ。
完全に場違いな状況に手で口を覆って息を止める。
まさか図書室で、小説の中以外でこんな愁嘆場に遭遇するとは思わなかった。できれば、一生出会いたくなかったけれど、人生とはままならないものだ。
このままこっそり逃げ出したいなと思うが、気付かれずに脱出できるだろうか。拾ってしまった眼鏡も、僕をこの場に留める重石になっている。
なにより、このまま見て見ぬふりをするのもなぁ、と良心が疼く。
見るのは図書委員の少女の赤くなった頬。
先程まで読んでいたミステリー小説を思い出す。殺人の動機は夫の浮気。
あれはフィクション。そう理解しつつも、なにかあったら目覚めが悪いとポケットからスマホを取り出す。そのまま、身体を小さく丸めてどうにかせねばと操作していると、様子を伺っていた女子生徒の目が鋭く細まり、抱えていた手が持ち上がる。
「あんたが、あんたがいなければ――ッ!!」
つんざくような声。棒立ちのまま避けようとしない図書委員の少女に、振り上げた手を振り下ろそうとして――僕のスマホから無機質な着信音が鳴り響く。
「っ!?」
こちらを振り向く気配がした。
咄嗟に顔を引っ込めたので姿は見られていないはずだ。けれど、誰かが居るというのは伝わっただろう。
こっち来るかな?
しゃがみ、膝を抱えながら胸の上から早鐘する心臓を抑えていると、誰かが走っていく音がした。そのまま、図書室を出ていく気配を感じて――はふ、と喉につかえていた息が安堵と共に溢れた。
危機は去った。そう気を抜いた瞬間、影が僕を覆う。
「……」
「……こ、こんにちは?」
見下ろしてくる図書委員の少女。
あはは、と笑って誤魔化そうとしたけれど、感情の薄い瞳に見下されて次第に萎んでいく。
沈黙。
故意ではないが、覗き見をしてしまった気まずさがあった。
居たたまれず、視線を泳がせていると、図書員の少女が目を伏せる。
視線の先は僕の手元。
そして、前触れもなく手を伸ばされて身を固める。
「図書室内はスマホの使用は禁止ですよ」
前屈みになって、不意に近付く距離に息を呑む。
主張の少ない性格とは裏腹に、制服を内側から押し上げる膨らみが目の前に迫り、思わず目を背ける。
その間に、さっと手からソレを取られてしまい、「あ」と声が溢れた。
「ですが、お礼は言っておきます。
ありがとうございました」
僕から回収した眼鏡をスッとかけて、ガラスの向こうの怜悧な瞳を細める。
笑った?
それにしては表情の変化が乏しく、瞬きの間に見た幻なのかとも思う。
「間もなく閉館時間です」と、先程まで修羅場の中に居たとは思えない平然とした様子で背を向けて、本棚の間を歩いていこうとする。
咄嗟に手が動いた。
無意識に掴んだのは、折れてしまいそうな彼女の手首。
触れた体温があまりにも冷たく、自分の行動と合わさって二重で驚いていると、図書委員の少女が振り返った。
「……なんですか?」
その端正な顔立ちに、先程までの好意的解釈を挟む余地はない。
眉根を寄せ、不愉快そうに睨んでくる図書委員の少女。
突然、異性に腕を取られたからというだけではない。なにか別の苛立ちのような感情をその表情から読み取って胸がざわつく。慌てる。
彼女の腕を掴んだ時に理由はなかった。勝手に身体が動いただけ。
けれど、呼び止める理由は確かにあって。
「保健室、行こう?」
ちょんちょんと。
僕は自分の左頬を人差し指で叩く。
示した頬に触れた図書委員の少女は、鋭い視線を僕に向ける。
けれど、直ぐに目を伏せて、「……図書室を閉めてから」と諦めたようにため息を零した。
■■
冷やして、湿布を貼って。
「はい、お終い」
「……ここまですることもないでしょうに」
向かいに座った図書委員の少女が、左頬に貼られた湿布を撫でる。
唇は不満げにむすっと結ばれ、せっかくの治療を喜んでいる節はない。
まぁ、当然か。とはいえ、
「保健の先生もいないし、念のためだから。
今日ぐらいは我慢して」
「湿布臭い」
図書委員の少女が湿布の独特な臭いに顔を顰める。それを見て僕は苦笑する。
スピーカーから鐘の音が響く。
保健室の窓は黒で塗り潰したように暗く、日はすっかり落ちきっていた。
11月。最低気温が10℃を下回る日も増えている。
あまり長居するものではないだろう。
「じゃあ、帰りますか」
そう言って席を立つ。丸椅子の足に立てかけていた鞄を持って出口に向かう。
「一応、職員室の先生に湿布使ったのとか言ってくるから、先に――「なにも訊かないんですか?」」
帰って、と言い切ることはできず。
言葉の上に言葉を重ねて、彼女が尋ねてきた。
首だけ振り返ると、出迎えたのは眼鏡の奥で妖しく輝く暗い紫の瞳。光の加減でそう見えるだけなのかはわからない。
けれど、不思議な輝きの瞳に一瞬魅入られ、言葉を忘れた。
耳鳴りがする。
ふと、惚けた意識が戻ってきて、頭が揺れる。
口元を手で隠し、視線を外す。そういう感情は、彼女にないんだけど。
「…………まぁ、ね。気にはなるけど」
頭の中に喧嘩ばかりの両親のことを思い浮かべる。
「巻き込まれたくはないから」
肩を竦める。真実、本心だった。
「そう、ですか」
なにやら思案げに呟く図書委員の少女。「暗いから気をつけて帰ってね」と言い残し、僕は保健室を出る。
背中を向けたまま開けたドアの取っ手を掴み――
「さようなら。また」
――後ろ手で閉めた。
■■
どこから吹いているのか、廊下を歩いていると外気を運ぶ風が身体を撫でる。
太陽を隠した雲の下。
日が遮られた空気は冷蔵庫で冷やしたようで、ぶるりっと寒さで身震いしてしまう。
放課後。いつもの時間潰しで暖房の効いた図書室に逃げ込みたいところであるが、鉄の取っ手を掴んだ手がかじかんだように動かない。
ガラス張りの扉。そこから室内を伺うも、カウンターまでは見えない。
首に巻いたマフラーを口元まで持ち上げ、中で白い吐息を零す。
……ちょっと気まずい。
「どうしようかなぁ、帰るかなぁ」
「――退いていただけますか?」
「ひゃいっ!?」
背中に氷を突っ込まれたような感覚に襲われ、身体を飛び上がらせる。
暑くもないのに背中に汗が吹き出し、危うく心臓が破裂するところだった。
振り返ると、そこには僕が気まずさを覚える図書委員の少女が冷ややかな瞳を称えて立っていた。
「扉の前に立たれると邪魔なのですが」
「ご、ごめんなさい」
謝り、すすすっと脇に避ける。
昨日のことなんてなかったかのように平然とした態度。
僕が気にし過ぎなのかな?
にしても、あんな場面を見て欠片も意識しないのは――「貴方」――はい?
何事かと前を向くと、扉を押して僅かに開いた図書委員の少女が黒い瞳を細めて僕を見つめていた。
「え、あ……なに?」
はぁ、とこれ見よがしにため息を零される。
え? なに。なにかやった? と、内心あたふたしていると、少女が薄い唇を小さく開いた。
「図書室。
入らないんですか?」
「や、は……入ります」
では、どうぞと言うように図書委員の少女が扉を支えて通り道を作る。
行くかどうするか悩んでいたなんてこの状況で口にできるわけもなく。
言いしれぬ気まずさを抱えたまま、図書室に足を踏み入れた。
■■
「紅茶でよろしかったでしょうか?」
「はぁ……それはいいんですけど」
図書委員の少女からカップを受け取り、曖昧に頷く。
どうして僕は図書室に奥に通されて、お茶をしているのだろうか?
疑問符を浮かべ、落ち着こうと紅茶を口に含む。美味しい。
通された部屋は作業用なのか、コンテナに積まれた本や、電源が付けっぱなしのノートパソコン。机の上に広げられた文房具などが乱雑に置かれている。
「散らかっていて申し訳ありません」
「それはいいんですが……」
口籠る。
どうして僕を招いたのかと訊きたいが、尋ねてよいものか悩む。
友好的とは言えない彼女の雰囲気もあってか、唇を重く閉じてしまう。
うーむと悩んでいると、図書委員の少女がクッキーやチョコなどの菓子類を載せた皿を持ってくる。それを僕の前の長テーブルに置き、楚々と対面に座る。
ちらりと、上がった黒い瞳が僕を映す。
「先日助けていただいたお礼ですので、そうかしこまる必要はありません」
図書委員の少女が瞼を閉じて、優雅に紅茶を飲む。
様になる姿に一瞬見入る。綺麗な所作も相まって、どこぞの令嬢に見えなくもない。残念ながら背景が乱雑な物置き然としているので、どちらかと言えば没落令嬢という雰囲気だけれど。パイプ椅子に事務用の机と無味簡素なのも相まって、格式とは程遠い。
しかし、お礼……お礼ねぇ。
「怒ってたりします?」
「いいえ、そのようなことは」
ニッコリと笑顔を向けられる。
図書委員の少女が笑うところを初めて見た。人形のように綺麗な顔立ちをしているので、さぞ魅力的だろうと思うのだが、妙な圧を感じるのはなぜだろうか。
これみよがしに左頬を人差し指で叩くのには、意地の悪さを感じずにはいられない。ついーっとぎこちなく顔を背ける。
ふぅ、と図書委員の少女が息を吐き出す。「冗談です」と苦笑する。
「お陰で腫れも引きましたので。
適切な対処に感謝しています。……湿布の臭いは、堪えましたが」
最後に文句を付け加えるのは止めてほしいのだけれど。
なんて、言い返すこともできず、カップに口を付けて誤魔化す。緊張で乾いた喉に紅茶が染み込む。
一息付く。丁度、鐘の音が鳴る。
放課後になっても鳴るのは部活動のためなのだろうか。
耳を打つ鐘の音を聴いてそんなどうでもいいことを考える。
鐘の音が消える。会話が途切れる。
なんともなしに気まずさを覚えていると、図書委員の少女が視線を窓の外に向けながらぽつりと呟いた。
「…………。
彼氏を盗ったらしいですよ」
「……へ?
あ、……へぇ」
一瞬、なんのことか理解できなかったが、直ぐに昨日の女子生徒とのことかと思い至る。
けれど気の利いた言葉を思い付かず、理解前とさして変わらない生返事が口から溢れただけだった。
愚痴なのか。同意を求めているだけなのか。
窓の外を見る彼女の横顔は、僕になにも教えてはくれない。
「盗ったんですか?」
「盗ったと思いますか?」
せせら笑うように口角を上げて、質問を質問で返される。
自分の顔なんて鏡なしで確認しようもないが、眉が八の字を描いているのだけはわかる。
「……困らせるために誘ったんですか?」
「そういうつもりはありません」
ただ、と図書委員の少女は諦めたように力なく言う。
「よく……言われるものですから」
あぁ、と。
その疲れ切った顔を見てなんとはなしに思う。
多分、昨日のような出来事は初めてじゃないんだろうなぁ、って。
目の前の少女を見る。
人形のように均整の取れた顔立ち。無駄がなく、なにより肌は日を避けて生きてきたというのが一目でわかるほどに白く滑らかだ。
波打つブラウンの長髪。
知的さを付与する眼鏡と合わさり、物静かな文学少女といった印象を抱かせる。
けれど、そんな大人しそうな雰囲気とは対照的に、冬服の上からでもわかる双丘は見事な丸みを帯びていて――
「……男性の視線はわかりやすいですね」
「……不躾でしたごめんなさい」
咳払い。
非常に魅力的な女性であるのは見ただけで伝わってくる。
その手の話に困らされるのもわからなくはなかった。彼女が居るのに粉をかけようとする彼氏に問題があるのは大前提だけれど。
「恋人が居るのに、どうして他の女性に目移りするんでしょうね」
「そりゃぁするでしょう」
反射的に答えると、軽蔑の込められた視線を向けられた。
「男の浮気は甲斐性とでも?」
「いや、そういうことではなく」
訂正する。
「恋も愛も幻ですから。
一時の心の熱を勘違いしているだけ。
他に気になる女性ができればあっさり…………な、なんですか?」
目を見開き、やたら真剣な表情で見つめられて動揺してしまう。
余計なことを口にしただろうか。
恋愛そのものを否定するような話は駄目だったのかもしれない。そういった話を毛嫌いしていそうだったから、ついつい共感めいたモノを感じて語ってしまったが、年頃の女の子が本心から恋愛話が嫌いなんてあるはずもなかったか。
やってしまったかー? と、口を手で覆う。
図書委員の少女が俯く。手で弄ぶようにソーサーに乗ったティーカップを回しだす。
くるくると、思考を巡らせるように。
「あ、あのぉ……?
なにもないようであれば、僕はこれで」
重くなった空気に耐えきれず、退席を希望した瞬間、ピタッとティーカップが止まる。
「色無さん」
「は、はいっ?」
突然名前を呼ばれて条件反射で返事をする。声が裏返る。
喉を引き攣らせ、目をしばたたかせていると、顔を上げた図書委員の少女と目が合った。
レンズの向こう。差し込む夕陽を受けて揺れ動き瞬くのは紫色の瞳。
万華鏡のように輝きを変える瞳に呼吸を忘れて魅入り、
「――私と付き合って、恋を証明していただけませんか?」
真摯に紡がれた彼女の言葉で心臓の音が止まった気がした。
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