第036話 孵化


 4日目、昼下がり。


 ゴブ達へ多大な犠牲を強いる特攻物量作戦こと鬼畜の所業しょぎょうが功を奏して、連勝を重ね続けている。


 要因としてはゴブ達の頑張りが一番大きいが、相手側がお気に入りの魔物を出し渋っているのもある。多分だけどね。


 もしかしたらゴブ達が多勢に無勢で瞬殺しちゃってるかもしれないが、それはポジティブ過ぎるので、遥か格上のヤバい魔物と運良く遭遇しなかったと思うことに。


 現在の順位が、


➡1位 タオ・イエシキ   38戦 38勝 0敗   1階層 3,286BP

 2位 コト・ナルミヤ    20戦 20勝 0敗 21階層 2,440BP

 3位 ミコト・コハル   27戦 27勝 0敗 45階層 2,297BP

 4位 ユウキ・ソウマ   25戦 23勝 2敗 42階層 2,137BP

 5位 フウカ・トドロバネ 24戦 20勝 4敗 34階層 2,021BP

        ・

        ・

        ・


 未だに首位キープ。


 そして上位20位以上から押しべて届いてるダンバト申請を華麗にスルー。

 そう皆から逃げまくり中でもあるのだ。


 所謂、様子見状態。

 対戦をする予定はない。


 卑怯でもなんでもなく、賢い選択と言ってほしい。

 クックク。

 悪い笑みが零れるぜ。


 冗談はさておき、見てる限りは俺以外の上位陣もお互いを牽制しながら慎重に勝ち星を増やそうとしているため、はからずも鈍重どんじゅうになりつつある。

 そのため対戦数が捗らず膠着こうちゃく状態の様相ようそうていし始めた。


 そんな中、フウカが5位へ上昇。

 少し前までは確か17位まで落ちていたので、怒涛どとうの追い上げ。


 初日2位のユウキは、昨日に引き続き順位を落とし4位へ。

 現在2位のコトはごほう抜きで気付けば、俺の直ぐ下に。

 

 それ以外の人達は抜け抜かれのラストスパート中で、『対戦中』のポップが順位表にズラっと並び揺れている。


 状況的には抜かれる心配は無さそうだが、もしそうなったらその時はその時だ。

 と言うことで取り敢えずダンバトは、放置することに。


 それよりも卵である。

 実は本日分の餌やりをだやってない。


 なので急がねば。

 お腹を空かしているかもしれないからね。

 とは言えゴブ達から沢山の魔力供給を得て、既にお腹いっぱいかもしれないが。


 そんな素っ気ないことも頭をぎるが、続けていきたいと思える大事な習慣でもある。

 そんな訳でモニター前の席からヨイショッと立ちあがる。

 そして振り返ると――


 うおっ!

 ビックリ。


 目の前にはソファーの上で気持ち良さそうにスヤスヤと眠る――


 ゴブ子。


 全く気付かなかった。

 思わず声を出すところであったが、口を閉ざし耐える。 


 声を掛けて起こそうかと思ったが、止めておく。

 もしかしたらゴブ達の街でもある居住施設に居づらいのかもしれない。

 今は、そっとしておこう。


 『アイテムボックス』からウサギさん柄のタオルケットをだし、大穴で見え隠れするお腹にそっと掛けてあげる。


 そしてテーブルにはポテチを。

 何も食べてないかもしれないからね。

 

 よし、行くか。

 卵の餌やりが終わったらゴブ子の相談にのってあげようと心に決め、そっと音を立てないようにモニタールームから出て、玄関ホールの転移陣へ。


 それにしてもゴブ子の自由さに驚いてしまう。

 ゴブ達は決められたシフトに従って、日々行動している。


 もしかしたらゴブ子の上司ゴブも扱いや接し方に戸惑って、距離を開けてしまっているのかも知れないな。

 可哀相なゴブ子。


 そうこうしている内に卵保管場へ到着。


 ん!

 少し騒がしい?

 どうしたんだろうか。


 手前の部屋から順番に覗いていき、3番目で世話ゴブ達が集まりあーだこーだしている様子が。

 議論中かな。


 手前にいる中で一番大きい世話ゴブ長に声を掛ける。

 

 「どうしたの?」


 「ゴゴブ。ゴブブーッ(あ、タオ様っ。大変だよー)」


 少し離れたところにある卵の方へ、指を差しながら答えるゴブ。


 「ん、卵?」


 「ゴー。ゴブブーッ(んだよー、大変だよー)」


 はっ。

 ま、まさかの餓死。

 そんな馬鹿なことが。


 俺が餌やりよりダンバトを優先してしまったばかりに。

 名も無き卵よ。

 ご、ごめん。


 周囲にいた世話ゴブ達も俺の存在に気付き道を開ける。

 出来た通り道をトボトボと突然の訃報ふほうにガックリしながらも卵の方へ歩み寄る。


 目の前にはズラッと並ぶ見慣れた卵達。

 いつもの餌くれアピール。

 それも激しめ。


 俺の存在に気付いた感の良い子達のいつもの仕草ことアクション。

 当然、鈍感な子もいる。

 ノーリアクション。


 んー!

 あれれ。

 変わりなき――


 橙色の卵達。


 ふー。

 一安心。

 早合点だったようだ。


 目の前の卵をポンポンと優しく叩いて、感触を確かめる。


 ――ビキビキッ


 えっ!

 なに、何?


 ――バキバキッ


 え、まさか。

 卵割っちゃった?


 ポンポンしたところを凝視するが、何もない。

 でも音は聞こえてくる。


 ――ビキビキッ

 ――バキバキッ


 卵の裏側へ回ってみる。


 ん!

 おお、これはー。

 穴だ。


 卵に穴が開いておりそこから放射状に、亀裂が生じているようだ。 

 そして近づてきた世話ゴブ長に、


 「これは孵化ふか。卵の殻を割ってー今から生まれてくるところだ」


 「ゴーブゴブー。ゴ、ゴブ!(おーなるほどだよー。流石、タオ様だよ!)」


 俺の言葉を聞いていた周囲の世話ゴブ達も一様に、安堵の表情を浮かべる。

 そもそも孵化を知らなかったようだ。


 それから話を聞いたところ、餌やり中に何人かの世話ゴブ達が音に気付きすぐさま出処の調査を開始。

 そして目星を付けた卵の前であれやこれやと話し合いをしている最中、今度は穴が開きパニックへ。

 慌てふためき解決策を求めて皆で右往左往している時に丁度そこへ、俺が現れたようだ。


 まあ、俺でもビビるな。


 それよりもー。

 ちょっと危ないな。

 孵化した直後に周囲の卵を倒す可能性が。

 割れないとは思うけどね。


 取り敢えず孵化室なるものを新しく作り、そこへ音がする卵を集めることに。

 当然、他の部屋の卵も対象だ。

 それから早速世話ゴブ達に卵集めを頼みその間に、パッパッと新たな部屋を作る。


 暫くすると台車で次々と運び込まれてくる卵達。

 部屋への入口には入ろうとする行列が遠目からでも見える。


 意外とあるな。

 それにどれも5mオーバー。

 この前まで4mほどだったからこの直近で、更に1mほど大きくなったことになる。

 

 「卵がいっぱい、なのじゃ」


 ん!

 うおっ。

 横を向くと隣に――


 ゴブ子が。


 「……起きたのか?」


 「起こしてくれんとはーつれない。そう言うのは良くないのじゃ」


 小言を言いながらも丁寧に畳まれたタオルケットを渡してくる。

 それを受け取り、『アイテムボックス』へ。


 「ほー、これはこれは。それにしてもーやっぱり大きいのー」


 興味津々のようでペシペシと触ったり、ツンツンしたりしてる。

 楽しそうなゴブ子。

 

 「んーあ、穴がある。どれどれー」


 「いやいや、入れたらダメだろっ」


 止める間もなく無邪気に発見した穴へ、手を突っ込むゴブ子。

 そして――


 「んー、ぎゃっあああああっ!」


 「もー何してのーっ!」


 「手ががががっ、喰われたあああっ!!」


 急ぎゴブ子の左腕を掴む。


 「ほら見ろっ。早く抜かないとー手がなくなるぞっ!」


 「手がががっ、手がががががーっ!!」


 ――スポンッ


 「んあっ、んん大丈夫ー、だった?!」


 少し抵抗はあったが勢い良く抜ける左手。


 「良かったなー。手が無事で」


 「ほーほービビったぞっ。んーでも、最悪なのじゃ」


 しかもきっちりと指も付いている様で、安堵する俺。

 でも救出された自分の手が唾液まみれの残念な状態になっていることに、ショックを受けるゴブ子。


 可哀相にとは思うが断りもなく勝手に突っ込んだゴブ子が悪い。

 所謂いわゆる、自業自得である。


 それに何よりも一番の被害者は、卵の中の子。

 青天せいてん霹靂へきれきだったに違いない。

 大丈夫かなと心配していると――

 

 ――ビキビキッ

 ――バキバキッ バキバキッ


 先程よりも更に音と共にドンドン広がる卵の亀裂。


 「なんじゃ、やるのかーっ」


 何故か、ヤル気満々のゴブ子。 


 いやいや。

 それはダメだろ。

 取り敢えずゴブ子の襟を後ろから引っ張る。


 「うげげげげっ! んーけっほ、けっほ。急にはーダメじゃろっ!」


 「んやー。孵化の邪魔はダメ過ぎっ」


 「ぬぬーあっちが、悪いのにー」


 ブーブー言いながら渋々と後ろへ、少し下がるゴブ子。


 ――ビキビキッ ビキビキッ

 ――バキバキッ バキバキッ


 一段と大きくなる割れる音。


 音的にはー。

 そろそろだよね。

 頑張れ。


 周囲のゴブ達も固唾を呑んで見守っているようだ。

 ゴブ子はガンを飛ばして威嚇してるようだが、害はなさそうなのでスルー。


 周囲からの温かい視線を浴びながら、頑張る卵。

 若干1名を除いて。


 そしてとうとうその時がやってきたようで――


 亀裂が一気に反対側の方まで――


 走る。


 ――バキバキッ、バキバキッバキバキッ

 ――パキパキッ、パキパキッパキパキッ


 ――グッボーッ


 雄叫びと共に卵の上半分の殻をブチ砕いて誕生。


 おおおお。

 やっとかー。

 待ってたよ。


 縮こまっていた体を伸ばしご満悦そうである。

 頭の上には卵の殻が。


 姿は、ダンゴムシとムカデを合体させた感じ。

 体長は、周囲にある卵達と比較して、おそらくは7mくらい。

 体色は、深みのある赤が基調で、沢山ある節の両側からは黒色で自然の葉や茎が伸びたような模様が。


 今は鎌首を持ち上げ、キョロキョロしている。

 パチくりした目で周囲を確かめているのだろう。

 生まれて初めて見る景色が、味気ない部屋なので申し訳なく思う。


 そしてこの子の種族は――


 アース・センティバルガー。


 度々拡張工事中のゴブ達と遭遇戦を繰り広げている魔物の1種。

 でもサイズと色が全く違う。


 良く目にするのは濃淡にちょいちょい違いはあるけど、焦茶こげちゃ色で大きさは2~3mほど。

 稀に4~5mクラスも。


 それにしてもー。

 デカい。

 生まれたばかりなのに、成体であるアース・センティバルガーより2、3倍も大きい。


 まあ、取り合えずは『簡易鑑定』ですな。


-----simple Analyze-------------------------

【名前】

【種族】 ベビー・レッド・ビッグ・アース・センティバルガー(♂)

【BF】バトル フォース 37,500

---------------------------------------------------


 おお。

 負けてる。


 俺のBFバトル フォースが230。

 生まれたばかりなのに俺より160倍以上。


 分かってはいたがー。

 ガーンである。


 因みに掘削ゴブ達が倒しているノーマルのアース・センティバルガーのBFが、だいたい5千~8千。


 そして種族が、


 ベビー幼生レッド亜種ビッグ高位種アース環境種・センティバルガー


 んー、長っ。

 『レッド』の表徴ひょうちょうがあるので、生まれながらにして亜種の仲間入りをしているようだ。


 それに高位種の『ビッグ』も。

 これがサイズのデカさの要因の一つかな。


 赤ちゃんかどうかは疑わしいが当然、幼生限定の『ベビー』もある。

 

 でもまあ、毎日あれだけ沢山の世話ゴブ達から餌をもらっていたのだ。

 卵の中で特異に成長してしまったのも頷けるかもしれない。

 それに俺も世話ゴブ達に負けじと良質な魔力をあげまくっていたからな。


 うんうん。

 見た目も強そうだ。

 これから更に大きくなることだろう。

 実に素晴らしい。


 「ほれー食べれー、こっちもーじゃ。もっと大きくなーれっ」


 世話ゴブ達が早速用意した肉塊をムシャムシャと食べ始め、ゴブ子も一緒になって楽しそうに与えている。

 先ほどまでのわだかまりは既に何処どこ吹く風のようだ。


 ――ビキビキッ

 ――ビキビキッ、ビキビキッ


 ――ビキビキッ

 ――ビキビキッ、ビキビキッ

 ――ビキビキッ、ビキビキッ、ビキビキッ


 部屋の至る所から卵の殻にひびの入る音が。


 ん!

 これはー。

 まさかのベビーラッシュ?

 この部屋に持ってきた沢山の肉塊に釣られてとかじゃ、ないよね。


 兎にも角にも目出度めでたいことである。

 取り敢えずこの部屋以外でも孵化ってないか『ダンマップ』で確認。


 よしよし。

 うんうん。

 問題ー、なし。


 あん!

 んんんー?

 なんだ、なんだ。


 目をパチパチして凝視するが、間違いなくまごうことなき橙色のマーカー。

 吹き出しには――


   ■ルナゼロエ x1体


 安本丹あんぽんたん異常ポンコツ謎生物。

 それも――


 この部屋。


 目視で周囲を確認するが、ゴブと卵と生まれたてのセンティバルガーことバルガーのみ。

 一瞬警戒レベルを上げたが、問題なし。


 だよな。

 そもそもサイズ的に無理がある。

 ヤツは途轍とてつもなくデカいのだ。


 とは言え可笑しなことが起きているのは確かである。

 それにダンマップでこんな明白あからさまなバグは起きないはず。


 んー。

 取り敢えずマーカーに動きなし。


 くっ。

 いや、移動してる。

 間違いない。

 それもトコトコと――


 こっちに。


 そして緊張が走ったその瞬間――


 「ん、どうした? ほれー一緒にあげるのじゃっ」


 視線を声のする方へ下ろすと――


 ゴブ子。


 はにかんだ笑顔で嬉しそうに俺を誘うゴブ子がそこに。


 「ボーッとしてー。ヤツら意外に可愛いぞっ」


 ゴクリ。

 生唾を飲み込む。


 ゴブ子が、安本丹異常ポンコツ謎生物。

 いやいや、安本丹異常ポンコツ謎生物が――


 ゴブ子。


 ん?

 あれれ。

 

 「っふ。豆鉄砲を食らったような顔をして。もーしょうがないなーほれ、手を握れっ! うん、よし、行くぞっ!」


 血塗れの手で引っ張られながら、肉塊をポイポイと投げ入れパクパクと食べるバルガーに沸く輪の中へ連れられて行く。


 あれれ。

 疑問に思いながらも促されるまま肉塊をポイっと優しく投げ込む。

 嬉しそうにパクっと食べるバルガー。


 「可愛いなー。ほれっ、こっちもっ!」


 俺に同意を求めながら満面の笑みで少し強めに肉塊を投げ込む横顔が、眩し過ぎて――


 不覚にも――


 見惚みとれてしまう。


 時が止る中、周囲では次々と卵の殻を破り誕生する様々な色のバルガー達の雄叫びが一層大きくなり、部屋の外まで響き渡るのであった。

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