第021話 邂逅(1)


 ――ゴォーッ

 ――ゴォゴォゴォーッ


 横壁に直径200mを優に超える滅茶苦茶デカい穴が開いており、そこから凄まじい量の風が吹き込むことよって巨大な音響装置となって、当たり一帯を轟かせている。


 一方、崩れた岩石によって大量のゴブ達が負傷をしているようだが、幸か不幸かマップ上で死亡している者はいない。


 Newニュードームにしたばかりなのに、見るも無残な光景。

 なによりうめき声と怒号が飛び交う惨憺さんたんたる状況である。


 そしてあの強大なシルエットは鳴りを潜めているのか、ここからはうかがえない。


 俺も急ぎ、救護活動に移る。

  『アイテムボックス』から纏めてポーション取り出し、怪我をしていないゴブ達にドンドンと渡して手分けしながら手前の負傷者から直していく。


 そんな中、不意に、


 ――ドンッ ドドドッ

 ――バンッババッバッ バババババーッ

 ――ダンッダダダダダダダダダダダッ ダンッ


 攻撃魔法の着弾音が響き始める。


 穴のふちから洞穴ほらあなに向けて、戦闘員達が絶え間なく打ち込んでいるようだ。


 ん!

 あれ。

 もしかして、押されてる?


 ここからでは崩れた岩盤が邪魔で全容は分からないが、チラチラと後退している様子が。


 ――シュタッ


 「タオ様、あそこの防衛ラインまでお下がり下さい」


 うお!

 ビックリ。


 「お、あそこね。了解」


 突然、音も無く真横に現れた白色の元イケゴブことシロツキに、驚かされながらもどうにか無難に応える。


 そして俺の返答を聞くや否や、一瞬で目の前から颯爽と消え去るシロツキ。


 おお。

 まさに忍者。

 カッコよ。


 そのあと素直に従い、言われた通り防衛ラインまで。


 『ダンマップ』上で見ると、ダンジョン領域に侵入しようとしている長細い物体のシルエットが映っている。

 全体像は見えていないが、既に20m越え。


 ほうほう。

 これはー、デカい。


 んー、でも。

 最初見たときは、もっと巨大な岩盤っぽい無骨なシルエットだったはず。

 でも別生物とは考え難い。


 普通に無骨と長細は同一のものと考える方が自然か。

 そうすると俺がここに到着する前に一度あの馬鹿デカい穴に押し戻され、そしてまた出てこようとしてる感じかな。


 俺の勝手な見立てだが間違ってなさそうである。

 吹き出しは『アンノン』のまま。


 んー。

 やはり状況は芳しくないようだ。

 進化玉を使って大幅な戦力アップで以前と比較にならない凄まじい攻撃が放たれているにも関わらず、依然とズリズリと後ずさる戦闘員達。


 もしかしてピンチはピンチでもこれは、大ピンチ?


 尋常でない事態であることは分かっていたが、なんだかんだで強くなったシロツキ達が対処してくれると高を括っていたのかもしれない。


 遠目から見ても陣頭指揮をるシロツキから余裕が感じられない。

 他のエンペラーの面々の緊張した顔も目に入る。

 

 これはヤバイと再認識。

 ツーっと頬を冷や汗が流れる。


 その時――


 ――バリバリッ

 ――バリバリ、バリバリッ

 ――バリバリ、バリバリ、バリバリッ


 目の前の巨大な穴のふちことダンジョンへきを領域ごとじ開ける強烈な破裂音が響き渡る。


 破壊され裂けながら倒れ落ちる岩盤もそうだがボロボロと砕け落ちる巨大岩石で、あっという間に視界が砂煙で覆われていく。


 ゴク。

 唾が上手く飲み込めない。


 俺含め全員に緊張が走る。


 そして立ち込む砂煙に、薄っすらと巨大なシルエットがヌーッと映り込む。


 「……っ」


 衝撃なサイズに震撼し、知らずに奥歯を噛みしめる。

 デカ過ぎ。


 身動みじろぎもせずシルエットを注視する俺とは違い、周囲のゴブ達はエンペラー組の指示に従いテキパキと動き出している。


 そして眼前には俺を守護するためか、体躯のデカいゴブ達が長方形の巨大盾で防御陣形を展開。


 相手のサイズから意味を成さないと思うが、無いよりはマシである。

 細やかではあるが視覚的な安心感を手に入れたその時――


 ――ハ ハ ハック ショーーッ


 強烈な一陣の風が。


 それにより一掃された砂煙。

 そしてそこに現れたのは――


 超巨大な顔。


 穴の規模は謎生物とゴブ達の攻撃より壊され、直径300m弱に広がっている。

 そこからニョキっと頭部の前半分が突き出している感じ。


 ――バリッ

 ――バリ、バリッ


 頭部をグリグリと動かす度に、穴の縁が削れていく。

 それでも、引っかかる何かがあるためか、頭部を全てを出し切れないようだ。


 頭部が明らかになることで、先程『ダンマップ』上で確認した細長シルエットがこの謎生物の鼻先だったことが分かる。


 ん!

 漸く諦めたようで、動きが止る謎生物。

 そしてこちらを見据える2つの眼光がキラリと光る。


 超強大な口に並ぶ鋭い牙の一つ一つがゴブ達よりも大きい。

 それに汚れ一つないキューティクルで、ピッカピカ。

 加えあらわになっている頭部も、キラッと輝く桜色のような淡いピンク色の鱗で覆われている。


 見惚れるほどの美しさだが、相手が相手だけに身の毛がよだつ。


 んー。

 これはダメだろ。

 改めて見上げるが、本能が受け入れ難い事実を訴えかけてくる。


 ダンジョンの終わりが訪れてしまったことを。


 「タオ様、お逃げ下さい。我々で時間を作りますので」


 隣にスルスルと寄ってきた赤紫色の元秀才ゴブことアヤメからの重い一言。

 そして俺の返事は聞かずに、前へ。


 後方からドシドシと、


 「タオ様、ワシらに任されよっ! タッパのあるヤツ、前だーっ! !」


 赤色の元デカゴブことガクサンの号令で俺の前にゴブ達による生身の壁が作られていく。

 謎生物の視界から俺を隠そうとしているのだ。


 後ろに控えていたゴブ達も俺を置き去りにして、前へ前へと歩みを進める。


 揺れ動く肉壁の隙間から最前列で陣頭指揮を執るシロツキと偶然目が合う。

 無言だが伝わってきた『俺に行け』と。


 そして更に後方から続々と駆け付けるゴブ達。

 僅かに震える手で武器を力強く掲げ、俺の横を威勢を放ちながら通り過ぎていく。


 1体のゴブが吠える。

 それに呼応するように他のゴブも自分を鼓舞しながらたける。

 更に増え続け、咆哮となった熱気が唸り立つ。


 「……くっ」


 心の中で『ゴメン』と一言を添え、皆に背を向け駆け出す。


 そして俺の行動に合わせるように大号令が――


 「突撃ーっ!!」


 「「「ごぶッ!!!!!」」」


 呼応するゴブ達の雄叫び。


 「カッカカ。なんじゃーまだやるのか、片腹痛い。小童こわっぱどもがっ!!」


 背後から謎生物の大地を揺さぶるような重く低い、威圧感たっぷりの声が

耳をつんざく。


 ヤバっ。

 でも駆ける足を止めない。


 一体この謎生物は何なんだ。

 此畜生こんちくしょうだ。


 ここに来て2カ月、苦しくない日などなかった。

 努力したが一向に報われず、廃れ続ける日々。


 そんな中、漸くだ。

 漸く潮目が変わり始めたのに。

 全てをブチ壊してくれた。

 

 ゴブ達との絆も然り。

 上司としては極ハラだったかもしれないが、少しでも良好な関係を築くために物で釣ったりと頑張った。


 そうそれが今は忌々しく思う。

 心が痛いのだ。


 ピンチに陥ったらゴブ達で時間稼ぎにするのは、当初からの予定調和である。

 だから逃げる今の俺は想定通り。


 でも何一つ命令していないにも関わらず、平然と身命をなげうつゴブ達の姿に――


 心が耐え難い。


 今思えば苦しくも楽しくもあったかもしれないゴブ達とのダンジョン生活が走馬灯のように脳内で回想され始めようとしたその時――


 ――フンスカッ


 さっきよりも強烈な疾風が俺の背中にぶち当たり、転びそうになるがどうにか踏ん張り耐え抜く。


 ん!

 えっ、なに。


 俺の横を何かが通り過ぎた。

 そして地面にバウンドしながら、前方の大岩に衝突。


 そこには大岩にめり込んだシロツキとガクサンが。


 マジか。


 2人ともにピクピクしている。

 生きているようだ。

 取り敢えず安堵。


 あ!

 アヤメも。


 そして次々と同様に吹っ飛ばされてくるゴブ達。

 気付けば逃げる方向である前方は、ゴブだらけに。


 ゴブ一面と化し退路が塞がれ、完全に足が止まる。

 ならばと後方へ振り向くと――


 ゴブゼロ


 謎生物の前に立ちはだかる勇敢な者は、一人も居ない状態に。

 それに小石から岩石までも一緒に飛ばされたようで、俺と謎生物の間を遮る物は全くなく、逆に見通しが良くなってしまった。


 えっ、全滅?

 いやいや、早くない。


 だって今生の別れみたいのをして、5秒も経ってない。

 俺全然、逃げれてないよ。


 前門の謎生物、後門のゴブ塗れ。

 逃げ場がない。

 ガーンである。


 残念なことにフンスカしてプンプン中だろう謎生物と目が合ってしまう。

 向き合ってるから自然の成り行きではあるが、嫌過ぎる。


 「その方が、ここの主であろうがっ」


 透かさず、ブンブンと首を振る。

 条件反射だ。

 他意はない。


 「『ダンジョンマスター』か。我の目はー良く見えるのじゃっ」


 マジか。

 でも否定するため、ブンブンと首を振る。


 そのあと、繰り返し同じ質問を受けたが、首を振って否定しておく。

 肯定は、嫌過ぎる。


 「そなたは、話せないのか。それともーゴブ語の方良いか。ゴブの主は小難しいのー。がっはは」


 わざとかどうか分からないが、煽ってきやがった。

 ムカッとくる。


 取り敢えず近くに倒れているゴブにポーションをバシャバシャと掛け、隣へ『アイテムボックス』から残りのポーションを全て吐き出して置いておく。


 そもそも逃げ道はとうにない。

 意を決して、前へスタスタと歩く。


 恐怖はもうない。

 なぜか分らないけどね。


 それに今更何をしても結果は変わらないと思う。

 ならば言いきってスッキリした方が良い。


 そして時間を掛けずに先程までいた防衛線に辿り着く。


 目の前には先程の場所からは気付くことが出来なかったが、気絶したデカゴブ達が折り重なっている。

 一応死んではいないようだ。

 それに見た感じダメージらしい損傷も見当たらない。

 脳震盪のうしんとうか何かで気を失ってるだけかもしれない。


 それならばと壇上として使わせてもらうことに。

 ゴブ達の背中をトントンと華麗に跳ね上がりながらじ登り――


 謎生物と対峙。


 ほんと馬鹿デカいなコイツ。

 圧迫感も凄っ。


 腕を組み直して背筋をピーンっと伸ばし、溜まりに溜まった感情を吐き出す。


 「ゴブ語、話せねーしっ」


 「がっはっは。何かと思ったらーそんなことか。それにしても其方そなたを守ろうとしていた者をー無碍むげに扱うとは、鬼畜過ぎてー引くわっ」


 謎生物の極々真っ当な指摘に良心が揺さぶられる。


 チラッと下を見ると気絶していたはずのゴブ達と目が合い、アイコンタクトで『俺達、大丈夫っす。ガンバッ』とエールを送ってきた。


 死んだふりかよ。

 突っ込みどころ満載だが、ここは我慢。


 引くに引けぬとはこのことかと思ったが、自らここに来たことを思い出す。


 取り敢えず戦っても勝てないことは百も承知。

 ダンジョン含め俺達全員、謎生物に生殺与奪の権利を握られていることも理解している。


 だが吉報もある。

 会話が成り立つことだ。


 ならば交渉に持ち込みたいところである。

 そのためにも情報が不可欠。


 まずはこの謎生物がここに来た理由を知らなくては。


 えーと。

 交渉の鉄則は『始めは強気で攻めろ』だったはず。多分だけどね。


 「んで、なんでダンジョンの壁を破ってんの? 困るんだけど」


 「えっ! 何だったかなー。あれじゃ、あれじゃっ」


 おお。

 俺の言葉遣いに激昂するか心配だったが、どうやら大丈夫のようだ。


 そのまま続ける。


 「あれじゃ分らん。お前はー『あれじゃあれじゃ』と言いながら、人の家を壊しながら生きてんの。暴れん坊かっ」


 「あれじゃあれじゃ、あーれ? あ、あれじゃ」


 「大きな穴を空け、あれじゃしか言えんとは。この色ボケじじいがっ」


 「爺でもばばあでもないわ。あれじゃ、あーれれ?」


 一向に『あれじゃ』の正体が出てこないポンコツ謎生物。

 久々に声を張り上げたこともあり、ゼーゼーと肩で息をする。

 

 どうしたものか。

 それが分からねば、交渉に持ち込めない。


 「そろそろ、あれの正体を教えてくれない?」


 「あれなのじゃがー。あ、ああっ」


 出そうででない。

 もどかし過ぎる。


 ポンコツ謎生物もあれを思い出したい。

 俺も交渉のためにも思い出して欲しい。


 ん!

 ここに来て利害が一致か。


 ならば協力するしかない。


 「それに関連する場所とか何か、ないの?」


 「出そうでーでん。あ、ああっ」


 「色とか形とかー、どうよ」


 「形ー? あ、ああっ分かったのじゃっ!!」


 ふー。

 胸を撫で下ろす。


 これで漸く交渉に入れるな。

 

 「んで、何だったの?」


 「卵じゃっ」


 「卵?」


 「我の卵が無くなっていてのー。躍起になって探してたら前方不注意でここにブチ当たったのであった。がっはは」


 タラ―っと何かが頬を伝って流れる。

 下を見るとゴブ達も同じようだ。


 でも自分の卵だと言っていた。

 このポンコツ謎生物のサイズからしたら、さぞかし超巨大な卵になるはずである。


 「卵のーサイズは?」


 「大きさはー小さいぞっ」


 ほうほう。

 小さいそうだ。


 だが小さいと言ってもだ。

 ポンコツ謎生物から見たらの話である。


 多分だが実際は、大きいはずだ。

 サイズ的な認識のズレが激しいな。


 他の情報を聞き出そう。


 「色は?」


 「ゴールドを帯びてキラキラしてー、綺麗なのじゃっ」


 あ! 

 終わった。

 

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