第020話 岩石投げ


 広くなったドームで、キョロキョロしながら歩く。

 決して不審者ではない。


 検証をしようと適当な場所を探している最中なのだ。

 それもゴブ達の邪魔にならないところが良いのだが、一向に見つからず。

 広くなったにも関わらず、どこにでも居るゴブ。


 一応、内地ならあるんだけどね。

 でもやっぱり壁に向かって試し打ちがしたい。

 

 あらぬ方向に飛んでいき、通りすがりのゴブに当たるなんてことは確率的に低いだろうけど避けたい。

 事故が生じないことに越したことはない。

 なにより安全第一である。


 そのような理由で壁沿いを見て回る俺。

 当然、拡張工事中のゴブ達が至る所にいる訳で、ゴブ率の高さに苦慮する。


 そして――


 「ゴ、ゴブッ、ブブッブ(タオ様、さっき、たまげたっすよ)」


 「ゴメンねー。次からは事前通達するから」


 先程の影響で出会うゴブ達に片っ端から謝っている。

 所謂、自業自得の俺。



   *

   *

   *



 謝罪行脚あんぎゃにも慣れ始めたころ。


 うんうん。

 この辺りならOKかな。

 少し離れたところにゴブ達がいるが、目の前の壁周辺は拡張工事をしてないようだ。


 もう少し遠くに行かないと無理かなと諦めもあったので、ラッキーである。


 よしよし。

 それではやりますか、検証。

 とは言っても時間的に大それたことは出来ないけどね。


 お!

 丁度良い感じ。

 足元に落ちている野球ボールほどの岩石を拾う。

 

 『ダンマップ』で壁までの距離を測ると、57m。

 野球のホームベースからピッチャーマウンドまでが19m弱なので、約3倍。


 地球にいたころの俺なら、放物線を描いて届く程度。

 無論、威力は出ない。

 真っ直ぐである直球なら到達前に地面に落ちてしまう距離である。


 首をコキコキと軽めに鳴らし、フーッと息を吐く。

 そして確かめるように岩石をしっかりと握り直す。

 重さは感じない。


 パワーアップした戦力230がどれ程のものか。

 目標は、前方の壁である。


 腕を大きく振りかぶって――


 投げる。


 ――フッ


 狙い違わず真っ直ぐ飛んで――


 ――ガンッ


 投げた岩石は壁にブチ当たり、跳ねていく。

 そして、どこかへ。


 おお。

 余裕で届いた。


 それもプロ野球選手並みに速かったような。

 いや、それ以上かも。


 ん!

 岩石の当たった箇所がめっちゃへこんでる。

 視力が上昇しているので、ハッキリとここから見える。


 うんうん。

 これは凄い。


 普通に考えて岩石と壁は同質だと思う。

 要は、同じ硬さ。


 岩石の方は流石に無傷ではないと思うが、形を保ったままどこかへ転がっていった。

 一方の壁の方には、ダメージが。


 えーと。

 ここで一旦、整理かな。


 まず岩石を重く感じないのは、ステータス上昇に伴う影響。

 信じれないくらい速く投げれたのも同じである。多分だけどね。


 うんうん。

 ここまでOK。


 それから狙い澄ました訳ではないにも関わらず、目安にしていた箇所に的中である。

 投げた本人も仰天のド真ん中。

 言わずもがな投擲とうてき術Lv.170のお陰だろうけどね。

 ありがたや。


 そして凹んだ原因も同様。

 物理貫通力とダメージ量のプラス補正に伴う事象結果と言える。

 俺の勝手な解釈だけどね。


 まあ、1球目はこんな感じ。


 次は魔力を使っての投球にチャレンジしてみようかと思う。

 イメージは身体強化である。


 しかし残念なことに『身体強化』スキルは持っていない。


 同期達の中でも『身体強化』は人気なのだが、誰もがゲットできている訳ではない。

 当然、俺もその一人。


 掲示板では諦めきれない者達中心にそれっぽいのが出来ないか色々と議論されていた。

 一番多かったのが、アニメや漫画で良く見るオーラ的なヤツである。

 俺は議論には参加しなかったが、そこで検討されたことを参考に猛練習することに。


 結果的には『身体強化』は生えなかったが、副産物として体内に巡る魔力で身体を覆うことはできるようになったのである。


 と言うことで早速身体を魔力で覆うために抽出していく。


 んー!

 淀みが全くない。


 あれれ?

 ピタッと綺麗に身体に張り付く感じだ。

 質が段違いに上がっている。


 でもその所為せいで視覚的にカッコ良かったオーラっぽい揺れが、なくなってしまった。

 非常に残念である。


 あ、そうだ。

 自分で敢えて動かせば。


 おお。

 出来た。

 揺らめく感じにして、カッコ良さを更にプラス。

 自作自演である。


 うんうん。

 イイね。

 満足。


 それでは納得したところで手前の手頃な岩石を拾い――


 投げる。


 ――ヒュッ


 風切り音が聞こえ――


 ――ドンッ パラパラッ


 おお。

 すげー。


 それに速っ。

 音が違ったね。


 投げた岩石はバラバラに。

 凹んでいた箇所は明らかに大きくえぐれ、くぼみのような穴へ変貌へんぼう


 うんうん。

 それにしても凄かった。

 同程度の力で投げたとは思えないほどだ。

 投球で使用した岩石は威力に耐え切れず、砕け散ってしまった。


 これぞ正に『魔訶不思戯』の補正がプラスされた結果。


 どうしようか。

 成果としては十分なのだが。

 いや、岩石も強化してみよう。


 因みに今まで自分以外のものを魔力で覆うことには成功していない。


 あ、できた。

 魔力でピタッと覆われた岩石の出来上がり。

 当然綺麗にコーティングされているので、淀みはない。


 これは、味気なさ過ぎ。

 やっぱり雰囲気が大切である。

 所謂、見た目がね。


 イメージとしては、禍々しく見える感じに。

 カッコ良さの要素もプラスね。

 こんな感じかな。

 よし、デザイン完了っと。


 うんうん。

 イイね。

 強そうだ。


 見た目だけだけどね。

 でもそう言うのって大切だと思う。

 気分も乗って来るからね。

 

 それではと振りかぶって――


 投げる。


 ――ヒュッ


 風切り音が聞こえ――


 ――ダンッ ビシビシ


 お!

 やった。

 砕けてない。


 威力も上がったようで三回りほど大きな穴にアップ。

 その中央には、投げた岩石がり込んでいる。

 そして放射状に広がりを見せるひび


 うんうん。

 威力絶大だね。

 いやー、素晴らしい。

 罅と言うか、蜘蛛の巣状に入った亀裂にインパクトの凄さを感じる。 


 次は、周囲の魔力を取り込んでの投球かな。

 更にパワーアップすること間違いなし。


 ドキドキ。


 ん!

 近づいてくるものが。

 勿論、ゴブである。


 振り向くと手にバレーボールほどの岩石を持ったゴブが。


 「ゴブ、ブブゴッブ(タオ様、オイラもやるっす)」


 え、いやいや。

 流石にそのサイズは無理っしょ。

 しかしヤル気満々のゴブ。


 「届くといいな。頑張れっ」


 率直に突っ込むことは出来ず、代わりにエールを。

 それに届かないと決まった訳ではない。

 まあ、ゴブのヤル気に期待。


 極々普通のゴブにしか見えないが、投げたら凄いのかもしれない。

 もしかすると投擲術などの投げに特化したスキルを所持している可能性もあるな。


 因みに『簡易鑑定』でチェックした戦力は、102。

 こっちも平均的な数値である。


 取り敢えず足で線を引き、ここから投げるように伝える。


 周囲からの声援に手を振りながら、頷くゴブ。


 それにしてもギャラリーが増えたな。

 全てゴブだが。

 

 お!

 準備が終わったようだ。

 的である壁をしっかり見据えるゴブ。

 気持ち凛々りりしく見えてしまう。


 周囲もその様子に気付き、静まり返る。


 ゴクリ。

 どうなることやら。


 ワクワク。


 そしてそこまで振りかぶることなく――


 投げる。


 「ごぶッ!」


 気合いの入った声と共に岩石が飛んで行く。


 そして――


 ――ゴンッ


 放物線を描き、壁まで半分ほどを過ぎた当たりで落下。


 うんうん。

 そうなるよね。

 どう見ても重そうだったもの。


 しかし俺の思いとは裏腹に、沸き立つギャラリー。

 それにガッツポーズで応えるゴブ。


 いやいや、届いてないから。

 つい心の中で突っ込んでしまう。


 でもまあ、本人が喜んでいるならそれで良いか。


 その後、俺も私もと表明してくるゴブ達。

 無論、持参している岩石のサイズはそれぞれバラバラである。


 あれこれ言うつもりないので、見守りながら応援することに。


 それからも続々と増えるゴブ。

 更に賑やかさを見せているが、一向に壁へ届く岩石はない。

 趣旨を理解しているのか、甚だ怪しいところ。

 

 そもそも持ってくる岩石が大き過ぎなのである。

 両腕で抱えたり、引き摺ったりと投球には到底不向き。

 でも楽しそうで何より。


 それに帰る気配がない。

 御目付役の先輩ゴブに叱られないか心配になってくる。

 今ここにいるのは来る途中で見た細断をしていたゴブ達だと思うが。


 うーん。

 鉄拳制裁に合う前に一旦お開きにした方が良いかもしれないな。


 ん!

 あれ?

 ギャラリーの奥に一際ひときわ大きなゴブが。


 あらら。

 遅かったようだ。

 ガッチリとした体躯。

 間違いなく先輩ゴブである。


 んん!

 叱り付けると思いきや、体を動かし始めた?

 なんだなんだ。


 意図が掴めず、訝しむ。 

 すると――


 屈伸を始める先輩ゴブ。

 それも何度も何度も。


 その次は――


 肩甲骨周り。


 ああ、なるほど。

 ストレッチだ。


 それもめっちゃ、丁寧。


 あ!

 目が合った。


 俺に対してお辞儀をする先輩ゴブ。


 なんとめっちゃ、慇懃いんぎん


 それから入念にストレッチを繰り返す先輩ゴブ。


 暫くして準備が整ったようで、ギャラリーを掻い潜り前へ。

 そして――


 最後尾に並ぶ。


 なんかめっちゃ、律儀。


 丁度良いので『簡易鑑定』でチェック。


-----simple Analyze-------------------------

【名前】 

【種族】 ビッグ・ゴブリン・リーダー(♀)

【戦力】 2,070

---------------------------------------------------


 ほうほう。

 戦力は2,070。

 俺の9倍か。


 しかもメスゴブのようだ。

 改めて見ると強そうである。


 お!

 漸く先輩ゴブの順番がやってきたようである。


 ん!

 でも手に岩石を持っていない。

 どうするんだろう。


 すると他のゴブが引き摺って持ってきたが、重過ぎて投げること適わなく放置されていた岩石をおもむろに持ち上げる先輩ゴブ。


 その光景にギャラリーが沸く。

 俺の心も沸き立つ。

 

 周囲のことを気にする素振りを見せず、淡々と投球の準備をする先輩ゴブ。


 お!

 岩石を両手から右手に持ち直すようだ。

 すごっ。


 血管が異常なほどに浮き出る右腕。

 岩石がどれほど重いかが伝わって来る。 


 力を凝縮しているのか更に腕が一回りほど大きく変化。

 そして――


 「ごぶアッーーツァーッ!!」


 咆哮なような叫び声と共に――


 投げる。


 ――ゴォーッ


 ――ドッカンッ バラバラッ


 目にも留まらぬ速さで、あっという間に壁へ衝突。

 そして大きな衝撃音。


 おお。

 すげー。


 ぶつかった箇所は砕けているものの、俺ほどに罅は入ってない。

 それにに投げた岩石は、粉々に砕け散ったようだ。


 これ以上ないほどに沸くギャラリー。


 いやー、良いものが見れたな。

 それも俺より速かった。


 上に上がいるもんだ。

 それも意外なほど近くに。


 うんうん。

 色々な意味で満足。

 それでは、終わりで。


 ゴブ達に解散を告げようとしたその時――


 ――ピーッ

 ――ピーーッ、ピッピーーッ

 ――ピーッ、ピーッ、ピーーッ


 次々に鳴るかん高い警笛。


 ほうほう。

 いつもの魔物の落下かな。

 でもここからだと目視は流石に無理か。


 取り敢えず『ダンマップ』で確認。


 ん!

 あれれ。

 いつもは天井の入口付近にある侵入者のお知らせマーカーが見当たらない。


 あ、矢印が点滅している。

 それに従ってマップをスワイプしていく。


 ほうほう。

 これか。

 ここから5kmほどのところで、ドームの壁が大規模に壊れている。

 それもその箇所全体が真っ赤に。


 崩落事故?


 真っ赤になっているシルエットは岩盤かな。

 大きさ的に滅茶苦茶なサイズである。


 いつもの吹き出しには、『アンノン』と。

 なんだろう。

 生きものでないから、バグってるとか。


 それよりも救助に向かおう。

 『アイテムボックス』である程度の大きさの岩石は取り込めるから、役に立つはずである。


 取り敢えず色めき立つゴブ達に、事情を簡単に説明。


 よし、急ごう。

 その時、ふと目に入った吹き出しに――


   ■アンノン x1体


 ん!

 『1体』って何?

 だって岩盤でしょ。


 さっき見たときは『アンノン』の文言に気を取られ、気付くことができなかった。


 えーと。

 いやいや、あり得ない。


 いやー、生きものはないっしょ。

 ないよね。 


 嫌な汗がにじみ出る。


 いやいや、まさかのまさかだよ。

 だって生きもののサイズじゃ、ないよね。


 息を深く吐き、新鮮な空気を鼻腔からゆっくりと取り込む。

 そして心を落ち着かせ、数舜――


 考える。


 赤は、…………。


 「……くっ」


 マジか。

 すぐさま思考を切り替え、ゴブ達を置き去りにして駆け出す。


 最低最悪を超えた何かが、俺のダンジョンに来やがった。

 マジか。

 くそっ。


 突然の事態に大驚失色たいきょう しっしょくになりつつも、全速力で5km先の現場を目指し駆けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る