三日後

「それで?フィルは結局月詠夢の腕を掴めたの?」

 まるで恋バナでもするかのノリで、お姉様は私に聞いてきた。

「……掴んだと言えば、掴んでる」

 目を逸らしながら、私は返した。我ながらとんでもなく小さな声だ。

「何も起こらなかったの?」

「いや、手を握って引っ張られた瞬間、今度はお兄様がバランス崩して倒れたの」

「ふふ、締まらないわね」

「しかも、彼は転んだ拍子に痛みで気絶しちゃったし」

「まぁ……仕方ないわよ。左足の粉砕骨折に、全身の打撲、しかもあなたを掴んだせいでひび割れた右腕の骨が完璧に折れたんでしょう?ショック死してないのがおかしいわ」

「……そうだね」

「そんなに落ち込まないで、紅茶の味気がなくなるでしょう?まだ一口も付けてないのに勿体ないわ」


 お姉様とのお茶会なんて何年ぶりだろうか。

 思い出せないほど昔にやったお茶会への緊張と、今までの迷惑とが混じって、今にも紅茶を零しそうだ。

「ふふ」

「な、何で笑うの?」

「別に、可愛らしいなと思っただけよ」

 また、思わず目を伏せてしまった。

 籠っていた頃から言われていたことなのに、今更になって照れてしまう。

「それで?あなたはいつまでこの地下の部屋にいるの?もう外だって自由に見ていいって気づいたなら、早く階段を昇ればいいのに」

 お姉様の私物のティーセット以外何もない、地下の私の部屋で、お姉様は私に聞いてきた。

 私の荷物は既に整理された後で、私が元々暮らしていた、お姉様の隣の部屋に置いてある。

「私としても……こんな殺風景でお茶会は控えたいのだけれど」

「えへへ。ごめんなさい」

「笑顔に免じて許す」

 お姉様……ちょろいなぁ。


「そういえば、月詠夢ってどんな人なの?」

「え?フィルが見た通りの人間よ?」

「違う。中身じゃなくて、外見そとみ?の話。この言い方で伝わるかなぁ……」

「えぇ。しっかり伝わったわ」

「そう?良かった」

「心配症ね。まぁ、根幹はそんなに変わらないわよね」

「……?何が?」

「こっちの話、それで彼の話でしょう?私の知っている限りだけど、それでいいわよね?」

 私は首を一回上下に動かした。

「そ。じゃあ、ちょっとだけね。と言っても、ある程度は『絵本』で知っているでしょう?」

「うん。読んだ分は」

 従者が入ってくる時、お姉様は必ず、従者の物語人生を『絵本』として、私に渡している。(まぁ、基本的に余程面白くないと読みもしないが)

 その本によれば、月詠夢……いや『にんぎょう』は、みずいろの妖精に育てられたと書いてあった……気がする。

「結論だけを言うなら、彼は『妖精と人間の子供』。『ハーフフェアリー妖精』なの。あなた、妖精は知っているわよね?」

「うん。自分の好奇心でいろんなものに迷惑をかける……『生きる自然災害』だったっけ」

「まぁ、大体そんなところね。あなたは屋敷の外についてあまり知らないだろうから、その程度の認識で構わないわ。後で勉強すればいいし」

 お姉様は紅茶を一口飲んだ。

 合わせて自分も飲んでみる。普段も飲んでいるものだが、不思議といつもより美味しかった。

「『みずいろの妖精』がどのような存在なのかはわからないけれど、一般的に半妖精と呼ばれる種は身体が普通の人間よりも頑丈で、怪我の治りも速いの。それこそ、あなたの『能力』を瀕死ながら耐えるくらいにね。ただ……代わりに、少し問題があるの」

「問題?どこに?」

「それは……精神よ」

 そう言ってお姉様は胸に手を当てた。

「半妖精は、身体が強烈に頑丈な代償に、特定の感情が強烈に強くなってしまうの。一途と言えば聞こえはいいかもしれないけれど、その視線はあまりにも強すぎてそれ以外のものが見えなくなるほどに強い感情を示してしまうの。それこそ、火の中や、薄氷を全力疾走するみたいな、感じにね」

「……でも、それにしては月詠夢は理性的すぎると思うけど?」

「半妖精だからこそ、でしょうね。自分の弱点を一番理解しているからこそ、常にそれだけを意識すれば、ある程度コントロール可能なのでしょう。私は理解できないけど」

「……大変なんだね」

「そうでもないんじゃない?」

 他人事のようにお姉様は言った。

「だって彼、あなたを見てから常に暴走してたもの」

 ……?彼は、ただ私の事を献身的に……

「……あっ」

「ふふ、今更?鈍感ね」

 顔を赤くする私を、お姉様はほほえましく見ていた。

 

 とんとん

「失礼します」

 優しいノック音が後ろから聞こえた。

 相変わらず、後ろの大穴はスルーされている。

「セッカ、どうしたの?」

 セッカ……たしかお姉様のメイドの名前だったっけ。

「覚えて頂き……ありがとうございます」

 うわ、ホントに心が読めるんだ。すごいなぁ。

「……本題の方に入ってもよろしいでしょうか?」

「あ、ごめんなさい」

「別に、構わないわ」

 私が椅子を反対に向けたのを確認した後、フードを被った灰髪のメイドは尻尾を動かしながら、報告を行った。

「先程まで昏睡状態になっていたツクヨムですが……二十分前程に意識を取り戻しました」

「ホント⁉」

 自分の予想以上に出た声に、セッカはこくりと頷いた。

 椅子に膝を乗せ後ろを振り返ってみる。

 お姉様は微笑んでいた。


「行って……しまいましたね」

「そうね……まだ、紅茶は飲みかけなのに。ね」

「……どこまで伝えたんですか?」

「彼の『外見』、までかしら」

「結局、『絵本』は最後まで……読ませなかったんですか」

 冷たい目で、メイドはルッカの椅子を見る。

 机の下で、ルッカは一冊の絵本を抱えていた。

 タイトルは『こおりづけのくに』と書かれていた。

「……いいのよ。この先の『物語』に、この本は必要ないもの」

「空は……怒りそうですね。「せっかく作ったのにー」って」

 淡々とメイドは口にした。

「ふふ、全く似て無いわね」

 それを見て屋敷の主はまた、微笑んだ。

 そして、右手に持った氷漬けになった森が描かれた表紙を見つめて、呟いた。

「これは『幸せになるまでの物語前日譚』のために作ったもの。『幸せになるための物語序章』には、いらないわ」

 ぱちん。

 指を鳴らす音が部屋に響くと共に、メイド長と主は姿を消し、後に残るのは灰だけとなった。

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