小噺 6

 目を覚ました時、僕は、草原の香りに囲まれていた。

 昼寝日和の温かな日差し。雲の白とのコントラストが美しい青空。

 僕は、その下で足を伸ばして座っていた。

 ここが『夢』で見た昼寝場所でなければ、彼岸だと言っても説得力がある風景だ。

 ……いや、ある意味此処は、僕にとっての彼岸かもしれない。

『平穏な日常』を地獄へと変える選択を行ったこの場所は。


 ふと、背中に誰かがもたれかかった。

 体重が大きくかかっており、僕が支えなければ倒れてしまいそうな程だ。

「僕は、間違いだらけだね」

 後ろの子に問いかけてみるが、返事は返ってこない。

 僕は、気にすることなく話しかけた。

「頭では理解していても、本能的に察していても、僕はすぐ周りが見えなくなっちゃうから」

 返事は、返らない。

「最近気が付いたんだよ」

「どうして、自分が『平穏な日常』を求めていたのか。どうして、それを求めながら死にたがっていたのか」

 二度と、返事は返らない。

「僕は、『   』ちゃんに殺されたかったんだ」

 冷たい背中の感触に触れながら、僕は話した。

「ちょっとだけトラブルに巻き込まれながら、ご飯のことについて話し合ったり、くだらないことで喧嘩したり。そんな日常を過ごして、『空っぽな自分』を……殺してほしかったんだと思う」

 かかる重みがずれかけて、倒れそうになる彼女を支えながら、僕は話しかけ続けた。

「でも君は、僕が『求めるべき』だと感じるものが、僕の持つ感情が重すぎたんだよね。だから、こんなことをしたんだ」

 頭に少しかかっていた重みが消えた。

「理解するのに時間はかかったけど、ごめんね」

「大丈夫。まちがったことは、してないよ」

 僕は、地面に手を付き立ち上がると、後ろの重みが消えた。

 同時に、さっくと、草を大きく草を踏んだ音が聞こえた。

「……」

 僕は初めて、数年ぶりに聞いた音の方向を振り向いた。


「……久しぶり」

 そこにいたのは、黒く、長い髪を持つ少女だ。

 簡素な衣服を、大きなリボンを、その下の草を紅く染めた『僕そっくり』の少女だった。

 彼女は、幸せそうな笑顔を浮かべながら、眠るように倒れていた。

 胸に深々と刺さったナイフを、まるで神に祈るかのように握りながら、笑っていた。

 僕は、自分のポーチの蓋が空いていることに気が付いた。

 確認すると、ナイフが一本足りなかった。

 いつか、補充しないとな。


 彼女は、左の髪に髪飾りを付けていた。

 羽の脈相ごとに様々な宝石が埋め込まれた、女の子用の可愛らしい髪飾りだ。

 僕は、右髪の癖毛をくるくると回した。

 プレゼントでもらった髪飾りに、指が当たった。

 蝶の髪飾りだ。


「……そろそろ向かわないとな」

 僕は、『ここではない』場所に向かうために、眠りにつく少女を抱えて、眠りやすい木の下に簡易的なベッドを作ることにした。

 これは、彼女の名前と同じ木だ。名前は思い出せないが、この木から作られた紙は、とても質がいいことは知っている。こんなことだけ覚えていた。

 でも、もうすぐで思い出せる。そんな気もした。


 僕は、最後に泥だらけになった身体を洗うために、近くの川へと向かった。

 少し先には、煙の上がる村が見えた。

 旅を再開するのに、いきなり手頃の村が燃えているのは、不運なことだ。

「……」

 川の水面を見ると、僕の顔が映った。

 だが、流れが緩やかなはずなのに、僕の顔は靄がかかって見えない。

 洗い落とそう。

 僕は、両手で水を掬い、顔を洗った。水は赤くなったが、大量の川の水で薄まっていた。

 もう一度見た時、そこに映ったのは、右髪が外に跳ねた白い髪の癖毛を持つ、『僕の顔』になった。

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