『夢』を見始めた頃

「で、どの程度話した?」

「フィリア様のお母様が、魔術師の鑑な所までですね」

「魔術師の鑑。その言葉、素晴らしい皮肉ね。今度から使ってもいいくらいには」

「ご自由に。それよりも、その『鑑』さんは、どういう研究をしていたんですか?」

「……」

 そこまで難しいしたつもりはなかったのだが彼女はカップを置いて、手を顎に添えて、考える仕草をしていた。

 研究内容を言葉としてまとめるのが難しいのだろうか。

「……ルッカ様?」

「……わからないのよ」

 添えていた手を上にあげた。お手上げのポーズだ。

「子供の頃で覚えてないとかですか?」

「いえ、本当に理解ができなかったの。何かの器具を使った検査、血液の採取、目の検査そういうメディカルチェックくらいしか、した記憶が無いのよ」

「それでも研究資料や記録みたいなものは、あるでしょう?」

「……そうね、あったのでしょうね」

「あった。ですか」

「燃やしたものは戻らないもの、仕方ないでしょう?」

 若気の至りを後悔するかのように、彼女はため息を吐いた。

 まぁ、彼女は今でも若いどころか、見た目で言うなら普通に子供だが。

「ただ……メディカルチェックを頻繫に行っていた理由は、今になって理解できたわ。心拍や精神をすり減らすようなことが、実験体に起こってはいけないもの」

「それが、ルッカ様の能力の研究に必要だったから、ということですか」

「えぇ。自分の母親を殺すことを決めた時、にね」


「……これまた、あっさりと言いますね」

「仕方ないでしょう?私はそこまで深刻な空気が好きじゃないの。あ、クラッカー、残り一つだから、食べてもいいわよ」

「……じゃあ、いただきます」

 残り二口分の紅茶を飲んだ後、僕はクラッカーをさくさく、と食べた。これは特に上手く焼けていて今までで一番美味しい出来だ。

「……お母様を殺そうと決める一か月ほど、前だったかしら。私は夢を見るようになったの。

「『夢』……ですか」

「そう。あなたの考えている解釈が一番わかりやすいと思うわ。まぁ、ここでは夢という表記で表現させてもらうけれど。当時の認識的にはこっちの方が正しいし」

「……?『ゆめ』の発音の仕方は同じに聞こえましたが」

「ふふ、こっちの話」

 ……たまに、良く分からないことを言うな、この人。

「まぁ、その時から一ヶ月間、毎日夢を見続けていたわけ」

「……あまり聞きたくないですが、どのような?」

「妹が、お母様に殺される夢」

 淡泊に、彼女は述べた。

「……それは、辛い夢ですね」

「三日間くらいはそう考えていたわね、懐かしい」

「懐かしむには物騒が過ぎますがね」

「それはそうね。でも、二週間くらい見続けた時には流石に見飽きるほどだったのよ。三十日後、お母様が、妹に妙に上機嫌な姿で妹に夕食を提供した後、妹は突然眠りにつく。その数分後に今のあの子よりも、少しずつ青白くなっていく様子を、まるでキスをする前の王子様のような視点で、ゆっくり観察した後に『これで完成する』の一言が響く。そんな夢。今でもはっきり思い出せるわよ」

 淡泊だ。だが、彼女の手は本当に少しだけ、ぴくりと動いた。

「フィリア様は心配したでしょうね」

「ええ。『大丈夫?』『怖いなら一緒に寝るよ?』『元気出して、お姉ちゃん』こういう言葉を、夢も含めたら数えきれないくらいに心配されたわ」

「羨ましいですね」

「ええ。もっと羨みなさい?」


「ただ、そういう心配をされるときには別の言葉を夢で聞くようになっていたわ」

「どんな?」

「『ねぇ……本当に、大丈夫なの?』『抱えないで、私にも教えてよ』『私の。私のせいなの?』」

「……余裕がなくなっていたんですね」

「そう。私は段々『夢』を見る回数が増えていったの。寝る前だけに見る『夢』は、少しボーっとした瞬間に。短くて一週間後くらの『夢』は数時間先まで。何より……一回から、二回程だった『夢』を見る時間が、気が付いた時には『現実』の時間すら上回っていたの」

 あ、勿論今は違うわよ。そう付け足しながら、彼女は紅茶のカップを高い角度まで傾け、その後自分の手で湯気の出る紅茶を淹れた。

「まだ、紅茶は残っている?」

「えぇ。あと一口ですが」

「時間があるなら、カップ半分ほど継ぎ足してもいい?」

「えぇ。喜んでいただきますよ」

 カップを前に突き出すと、慣れた手つきで液体を高い位置から……

「あっちい!」

「あ、ごめんなさい」

「……これは、見えなかったんですかー?」

「さあ、どっちだと思う?」

 ミステリアスな雰囲気を醸し出していますが……あのびっくりした表情の後にされても威厳はありませんよ。と、顔で伝えることにした。

 新しく淹れられた、ストレートティーを飲んでみる。

 やはり、熱々の紅茶は後味にまで紅茶の香りが残って全く違う味わいになっている。


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