「6日目の夜。『物語』を語り、真実を知る」

 ──ガチャン。

 僕の舞台が終わると共に、陶器のカップが、割れるような音が聞こえた。

 きりきりと痛みが止まらない演劇のフィナーレには丁度いい音だ。

「……これが僕の、つまらない『小噺』です」

 誰に言うでもなく、そんなことを呟いてみた。

「そう?『私たち』は、皆楽しめたわよ?」

 透き通る少女の声が、そんな独り言に手をとり、答えた。

 

 視界を認識した時、そこにいたのは屋敷の主、ルッカだった。

 いつものように、茶会の席で僕の対面に座り、拍手をすることも無く、ストレートティーを演劇の余韻に浸るかのように、優雅に飲んでいた。

「ただ……私の可愛いメイド長には、少し刺激が強かったかもしれないわね」

「……セッカさんは?」

「あなたの『物語』を見終わった後、過呼吸で倒れたわ。号哭という言葉は、こういう時に使うものなのでしょうね」

 それはそうか。

 これを実体験した後、僕は一か月、刃物を見るだけで吐き気を催す程の精神的なダメージを受けたのだ。客観的とはいえ、心に何か思わない訳がない。

 ましてや、彼女は心の声を聞けるのだ。もしかしたら、僕が心の奥底に抱える唾棄すべき感情すら聞き取ってしまったのかもしれない。

「……そんな顔をしないで、昨日も言ったけれど、可愛い顔が台無しになってしまうじゃない」

「面食いですね」

「あら、容姿は大事よ?少なくとも、他人の目を気にする意識があることは最低限分かるのだから。気にしすぎは良くないけれど」

「そうですか……」

「大丈夫よ。明日には、どうせいつもみたいにあなたに食いかかってくるわ」

 彼女なりの励ましだったのだろう。だが、僕は表情を変えることはできなかった。

 口が多少悪いし、手どころか足すら飛ばしてくるとは言え、これまた手取り足取り教えてくれた人間を、自分のせいで傷つけたということは変わらないのだ。

「さっきも言ったけど、気に病みすぎよ。仮にも私のメイド長よ?この程度でやられてしまうほどヤワな子だとあなたが思っているなら、あの子の代わりに私があなたを蹴るわ」

「……あはは、そうですね。『蹴るよ』と言う前に、また蹴られちゃいますよ」

 はにかみながらそう言うと。

「そ。そっちの可愛い顔の方が、私は好きよ」

 ……この姉妹は、二人揃ってずるいひとだ。


「そういえば、今の時間は?」

「そうね……あなたの『物語』の時間もあったから……三日間の時系列的には、二日目の夜。あなたの基準で例えるなら……『六日目の夜』が正しいんじゃない?」

 さも、当然かのように彼女は、僕の質問に完璧な回答を返してきた。

「……どうして、僕の考えた基準を知っているんですか?」

 僕は当然の疑問を返し……


「どうして、ねぇ……その基準の映像を作ったのは、私だから?」

 『黒幕』は、定期試験の答案を返すようなテンションで、真相を語った。


「……驚かないのね」

 無反応な僕を見て、ルッカ様は思ってもいなさそうな事を口にした。

 もう、知っているのでしょう?そうでも言いたげな態度で、紅茶をまた一口飲みながら彼女はカップを持つ手と反対の手で、指し示した。

「紅茶、飲まないの?」

 指が指し示す先には、すっかり冷めきったストレートティーが置いてあった。

「いただきます」

 持ち手を指でつまみ、一口飲んでみる。

 香りと、熱さは抜けきっているが、透き通ったシンプルな味わいは変わらない。

「ルッカさんが脚本したのは……『絵本』だけではなかったんですね」

「そ。なかなか大変だったのよ?一週間しか猶予が無かったのだもの」

「……今のこの状態も?」

「それは、どうでしょうね」

 彼女は意味ありげに呟いて、また紅茶を飲んだ。

 まだ、中身が残るカップの液体は、湯気が出ていない。

「まぁ……そのあたりに関しては、私の持っている『能力』を聞けば、何となくわかるんじゃないの?」

「……『能力』ですか」

「ええ。今のあなたに起こっている異変を引き起こした、妹が持っているのよ?私が『能力』を持っていない方が、不思議じゃない」

「簡潔に……お願いしますよ」

「心配ないわ。そのまずい紅茶を飲み終わる頃には、終わっているだろうから」

 彼女は、そう言って支配人のように、足を組み、ルッカと言う少女の『演劇』を始めた。

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