過去噺 5(後編)

「『大丈夫。慌てなくてもいいですから。どうなったのか、僕に聞かせてくれませんか?』」

 銀髪の旅人が言葉を発すると、子供達は落ち着いたのか、彼の周りへと離れ、代表として話していた男の子だけが目の前に立っていた。

 涙目のまま、旅人を見つめる少年の手は、恐怖によって震えていたが、それを勇気と、覚悟で押し殺すように、腕を握りしめ、まっすぐと彼を見つめている。

 旅人はそれを見て、一歩、少年の前へと歩き出した。

 びくりと、少年は怯えるようにあとずさりしかけるが、子供ながらに精一杯抱えた責任感によって、それを踏み留める。

 旅人は、少年を見つめながら更に一歩近づき……

「『よく、頑張りましたね。ゆっくりでいいですから、ここで、何があったか教えてくれませんか』」

 片膝を付いて少年の頭を優しく撫でた。

 冒険を達成した勇者を称えるように、迷子を根気強く探し当てた慈母の最後に見せる愛情のような優しい声で少年の行動を、旅人は労わったのだ。

 

 勇気ある少年は、滂沱の涙をしばらく流した後、旅人に告げた。

「ぐす……いつもみたいに、あそんでたら……ひぐ……なにかおおきな物が落ちてきて……色んな声とか……血がいっぱい流れて……」

 少年は耐えられなくなったのか、また大粒の涙を流しながら叫び、崩れ落ちた。

 それを見た旅人は、ゆっくりと少年を撫でた手を離した後、子供達の集団を改めて見つめた。

 少しの間、集団は騒いだが、しばらくするとその中から、勇気ある少年の次に背の高い少女が、代表者となった。


「わたしは……わたしは、本のお店でえほんをかおうとしたら、いきなりお店がこわれて……」

 二人目がそう話すと、他の子供達も、堰を切ったように口々に広場に集まった理由を話し始めた。


「『つまり、皆はいつもみたいに過ごしていたら、突然誰かに広場に連れ去られて、気がついたら家やお店が壊れていた。ということでいいですか?』」

 旅人は、様々に流れる状況説明の嵐を、優しい笑みを浮かべたまま黙って聞いた後、口を開いた。

 子供達は黙って頷いた。

「それでね……みんなが集まってしばらくしたら、空を飛んでる僕らくらいの子が来たんだ」

 涙をぬぐった最初の少年はまた話す。

 それに合わせて「みた!」「僕も」「私も」と、口々に話し出す。

 旅人は、それを片手で静止し、少年の方へと再度向かい同じように片膝を付いて、傾聴した。

「『それで、その子はなんて言っていましたか?』」

「えっとね……『かわいい、かわいい人間さん。わたしは、この村のカミサマです』あとは……ええっとぉ」

 妖精の難解な言い回しに少年は悪戦苦闘していたが、全ての言葉を行った後、旅人は理解したように頷いた。

「『そうですか。だいたい分かりました』

「えっ……もうわかったの?」

「『はい。よく、聞いていたので』」


 旅人は、理解した。

 子供たちを連れ去ったのは『カミサマ妖精』であること。

 カミサマは、『生贄』を用意しなかった事を怒って、大人たちを『連れ去った』こと。

 ……この後に現れる『旅人』が、みんなの事を助けてくれること。

 それを言って空の彼方へと消え去ったことを。

 ……本当に、いい性格をしているよ。あいつらは。


 旅人は、少年の話を聞いた後、一つ呼吸を置いた。

「『ありがとう。みんなを集めてもらってもいいですか?』」

「……うん!」

 少年は笑顔でみんなを広場の中心に集める。

 緊張した面持ちをしていた子供達は、いくらか安心したのか、多少の談笑を交わしながら一定の間隔で並び始めた。


 旅人は、話し声が聞こえる少年少女たちを黙って見つめた。

 しばらくすると、見つめる旅人に子供達は気が付き、一人、また一人と彼の方を向き、やがて完全な静寂が訪れた。

「『皆さん。安心してください。僕は、皆さんを助けることに決めました。僕は、皆さんを大人がいる場所に連れて行ってあげましょう』」

 その一言を発した時、子供達は喜んだ。

 やっとお母さん達に会えると泣いて喜ぶもの。すぐに連れてって!と、無理矢理集団から抜け出そうとするもの。様々な歓喜の声に広場は溢れた。

「『ただ』」

 旅人は一言を発した。

 その声はそれほど大きくなかったが、先頭にいる少年が静止し、すぐに元の静寂へと変わった。

 旅人は、少し悲しそうな顔をして告げた。

「『それをするには、たった一人。一人だけここに置いていかなければなりません』」

 一瞬、空気が凍り付いた。

 十代前半。その年代は、物心が付き、様々な事を知り友好を深め『社会』を構成する年齢。

 そのような多感な時期の子供達が、今まで仲良く暮らしていた友人の一人を置いていく。

 戦慄が走らないわけが無かった。


 途端、一気に静寂を突き破り騒音が起こった。

 嫌だ、嫌だと、旅人に縋る者。それを引きはがし命乞いのように首を垂れる者。新しい『生贄』を差し出す者。阿鼻叫喚あびきょうかんの言い争いが始まった。

 たった一人。されど一人。

 その一人を差し出すために、数多の友情や親愛が崩れ去るような状態へと傾くかと思われたが……

「うるさい!……僕が、僕が残る!」

 その静寂は一人の挙手によって打ち砕かれた。

 そう。最初に声を出し、纏めあげ続けた勇者少年が、この醜い争いを引き留めたのだ。

「『本当に……いいんですか?』」

 旅人が聞くと、それに続いて少年の後ろから、声が聞こえる。

「だめだよ」「残らないで」「君が残るなら、どんくさいこいつのほうが」「こんなこという君の方が……」「私が」

 先程まで、責任を押し付合っていた子供達は、矢継ぎ早に自己犠牲の言葉を話し始めるが、少年が止まることはなかった。

「みんなが言い争ってしまうんだったら。僕がのこってみんなが仲良くなってほしいから」

「『……キミは優しいね』」

 旅人はそう言うと、少年一人と話がしたいと、子供達に告げ、二人きりとなった。


 ……もう、『演技』はこのくらいでいいだろうか。

 僕は、男の子が集団から見えないように陰に隠しながら、一つの質問をした。

「ねぇ。キミは、『   』ちゃんを知ってる?」

「?どうして、あの子の……」

「お願い。質問に答えて」

 少年はびくっと、身体を震わせたあと、無言で指を指した。


 首を真横に傾けると……そこには、虫の息で倒れる一人の少女がいた。

 身体中に青痣を付け、頭から血を流しながら倒れていた。

 死人に見えた。だが、それを否定するように。

「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」

 と、うわ言のように呟いていた。

 ……まだ、間に合う。治療魔術を用いて、『やるべきこと』さえすぐ終わらせれば。『いつも通り』にさえできれば……彼女は助けられる。


「……どうして、言わなかったの?」

「言いたかった……言いたかったけど……みんなは『わるいこ』はこいつだ。『わるいこ』のせいでこうなったって……まるで『悪魔』みたいにあの子を……」

「……『カミサマ』が、『わるいこ』だって言ったの?」

 僕の質問に、少年は答えた。

「……うん」

「……『そうですか。ありがとうございます』」

 ……『旅人』は、少年の方を向いた。

 だが、少年の表情は、大幅に歪んでいた。

 今まで勇気に溢れ、犠牲を選んだ勇者は、絶望したように瞳孔を震わせ、呼吸を急速に乱していた。

 旅人は、『満面の笑み』で質問した。

「どうして、怯えているの?」

 少年は、震えながら答えた。

「だって……『同じ顔をしてた』から」

「いつ?」

「僕の方を……見る前」

「……どんな。かお?」

「あの子を殴ったり、蹴ったりしてたみんなと……」

 そこまで言った後、勇者は、ようやく気が付いた。

 でも……遅いよ。

 キミは、本当に優しいね。本当に、勇気があるね。

「ねぇ……わらってよ」

 せっかくさ……


 『最初に』


 さく。


 大きく息を吸った少年を、僕は、抱きしめた。

 その口を塞ぐために、僕は、最大限の愛情をもって、抱きしめた。

 少年の掌が僕の腕を、子供とは思えない力で握り潰そうとした。

 だが、遅かった。

 その力は、びくんと跳ねた後にすぐに消え去った。

 どさり。

 少年は力なく倒れた。

 簡素な服が、胸元を中心として深紅に染まっていく。

 

 僕は、びくびくと跳ねる彼の瞳の光が暗く淀んでいくのを確認した後、後ろを振り向いた。

 また、空気が凍った。

 だが、先ほどよりも早く静寂は消え去った。

 ……これを『地獄』と表現するんだろうな。

 僕は、悲鳴一色で染め上げられた広場の地面を蹴り、『二番目』の勇者の心臓めがけて駆けだした。

 次は『三番目』。少年代わりになろうとした、僕を止めようとする少年を。

 『四番目』は、『一番目』の少年の死体をみて、力なくへたり込む少女を……

 『五番目』の少年。『六番目』の少女。『七番目』『八番目』の姉妹。

 『九』『十』『十一』『十二』逃がそうと立ち向かった一行。

 『十三』。『十一』を売った少年の首を断った。

 『十四』『十五』『十六』『十七』『十六』……ちがう、『十八』


 僕は、様々な様相を見せる少年少女を。

 刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、断って、斬って、蹴り潰して、刺して、刺して……

 最後の一人を『連れていく』ために……

「ひ……ひぃ……」

 僕が持つ、ぼろぼろのナイフを……

「悪魔!こっちに来ないで!」

 最後の十八人目に、全力で突き立てた。


 パリン

 ナイフは、心臓に深々と突き刺さった後、その役割を終えて完全に折れた。


「はぁ……はぁ……は。はは、ああぁぁ!ああああああああああああああ!ひぃ……ひはは……アはああぁぁ……」


 僕は、笑いとも叫びとも取れない声を上げた後、身体を洗い、『   』を連れて、村から出ていった。



 ──ガチャン

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