過去噺 5(前編)【閲覧注意】

 あの『音』が鳴った。

 だが、僕はセッカの疑問に対して答えることにした。

「そんなに、面白い『過去』ではないですよ」

 当然、眼の前にセッカはいない。

 だが彼女は、真剣な表情で僕の話す物語を聞いている。そんな気がした。


 暗闇に包まれた舞台は消え、場面はまた新しいものへと切り替わっていた。

 今の舞台は、村の少し外れ。

 昨日の夢の数時間後ほど後の話だ。僕は『妖精たち』に切られた喉の痛みと、倦怠感けんたいかんに襲われながら、『   』の所へ帰ろうと、村へ続く道へと向かう最中だ。

 僕は、ぬかるみに取られるように動かしていた足を一時的に止め、走り出した。

 その前に受けた疲労感、心労などと言うものはすっかり忘れたかのように、自分に残るすべての力を用いて、地面を全力で蹴り、駆けていた。

 走っても、走っても。村は一定の速度で大きさを広げることはない。

 今まで一度も思うことのなかった、この道が異様に長く感じた。

 息を切らし、視界がぶれる度に、線香程度に見えなかった一本の黒い靄は、何本も太く上がっていた。

 そういえば、今は夜ご飯時か。くつろいで、ご飯でも『   』ちゃんに作ってもらおう。

 眼の前に見える現実を、平和ボケした思考で乱そうとしてみるが、強く鳴り響く拍動が、その思考をすぐさま洗い流していく。

 だが、近づいていくにつれて。村が見えていくにつれて、そんなことすら考えることが出来なくなっていた。

 

 呼吸を整えながら、村を改めてみた時、僕は気が付いた。

 僕が殺した『カミサマ妖精』は、一部に過ぎなかったことに。

 昨日まで、何事もなく人々が暮らしていた民家は、ほとんどが瓦礫の山となっていた。

 そうだ。こういう時は深呼吸をしよう。

 とにかく精神を落ち着かせ思考を整えなければ。

 深く息を吸いこみ地面に向かって吐く。

 だが、僕に届く情報はそれすらも許してはくれない。

 いや、深呼吸自体は一度行うことができた。

 むしろ落ち着いてしまった事が問題だった。

 心拍が落ち着いたことで、耳鳴りのように響く音が消え、外の情報が聞こえ始めてしまったのだ。

 最初に聞こえたのは、子供の泣く声だ。

 何を言っているのか、内容は聞こえない。聞くことが出来ない。声にもならないものだったのか、僕が思い出せないのかも分からないが、一番に聞こえる声がそれだった。

 次に聞こえたのは呼吸だった。

 ひゅー。こひゅー。

 入り口近くに立ち尽くす僕に聞こえたのは、そんな今にも消えそうな、掠れた息の音だった。

 そこを向いてみる。

 そこには、大人がいた。

 名前も姿も、思い出せない。

 靄がかかった顔だ。

 だが、いつも村の入り口で、出入りに挨拶をしてくれるその人は、仰向けの体勢で僕のことを見ていた。

 助けを求める顔だ。

 腹部を柱に潰されたのか、その人は腕の力を振り絞って、上半身だけを、僕の方向へ数ミリ動かした後、動かなくなった。

 ひゅ……こ…………

 

 ……そういえば、この人は女性だったな。

 靄が消えた、女性の死に顔を見ながら、『今』の僕は思い出していた。

 二呼吸目をしようとした時、僕は別の何かがこみ上げてきた。

 吐きだすと、酸味がかった後味だけを残し、僕はさらに冷静になることが出来た。

 

 少しした後、僕はここを『観光』することにした。

 だって僕は、『普通』の『旅人』だから。

 知らない村を観光することなんて『普通』のことだろう?

 そう言い聞かせながら、僕は声が聞こえる方向へとゆっくりと歩いた。

 あれだけ僕は走っていたというのに、心は既に冷静になっているようだ。


 村の通路を歩いていると、何個かもやがかかった人々が民家や通路で寝そべっていた。

 たしかあの人は……八百屋をしていたおば様だったか。新鮮な野菜を褒めた時、サービスしてもらった苦手意識のある根菜は、思ったより美味しかったな。

 この人は……本屋のお兄さんか。先代の母親が早くに亡くなって、意気消沈していたけどみんなで励ましあって、先月ようやく店を再開できたんだっけ。僕は読書が好きだから、『   』ちゃんが見失った僕を見つけ出すときは、だいたいこの場所だったな。

 死体と、瓦礫を見ながら、僕は思い出に耽っていた。

「っつ……」

 ふと、掌に痛みを感じ、見てみると、何処にぶつけたのだろうか。一定の感覚で、半月状の傷痕が両手に出来上がっていた。

 

 しばらく、村の中を散策していると、僕は、少し違和感を覚え始めていた。

 ここまで様々な靄を見続けていたが、それらの中には子供の姿は殆どないのだ。

 倒れていても、それは若い女性に抱えられた赤ん坊だったり、ある程度大人の仕事ができる、あどけなさが残った、僕くらいの見た目の青年くらいだ。

「……どうして、『この程度』で済んでいるんだ?」

 純粋な疑問が、ふと口から漏れた。

 

 もし『妖精たち』が、『カミサマ』ごっことして村の中で裁きを行ったのだとしたら、建物ごと、全ての村の人たちを消してしまうものだろう。

 そもそも、カミサマのように裁きを行うのなら、僕が村に戻ってから僕以外を殺せば、さらに傷を刻めるというのに。

 勿論傷ついていないわけではない。だが、自分の快楽に正直で、無垢な連中のやることにしては生温いのだ。

 いや、こんな事を考えるのはよそう。とにかく、『   』の安否を確認した後にこの村を出なければ。

 『妖精あいたちつら』が、こんな遠回りな手段を使うのは何か理由があるはずだ。

 そんな、嫌すぎる信頼があった。

 だって……あいつらは。

「きた……みんなみて!きたよ!」

 そんな僕の思考は、声変わり前の声と、目の前の光景でかき消された。


 それを見た瞬間、僕は、『やらなければいけないこと』を理解した。

「あ。あぁ……はは。なるほど。そっかぁ……はは……」

 ドクン。ドクン。

 拍動は、痛いほど響く。呼吸も、油断すれば涙がでそうなほど、呼吸も乱れる。だが、それをこの子達に見せてはいけない。

 笑え。いや、笑えなくてもいい。平静を持ち続けろ。

 この瞬間だけ、この瞬間だけでも演技をし続けろ。

 僕は、服の袖に仕込んだナイフを手に握り、村中の少年、少女達の集まる広場の方へと歩を……ゆっくりと……進めた。

 

 僕が広場に着いた時、僕の胸下をすがるように十数人が、集まってきた。

「やっと来てくれたんだね!」

 その中の一人。この広場で、この年代のリーダーとして良く遊んでいた男の子が、代表するように僕に話しかけてきた。

「……」

「ねえ!助けて!僕たちを助けて!」

 男の子が言うと、似たような言葉を、餌をねだるひなのように他の子供達も口々に喋る。

 ……『俺』は、深呼吸をした。そして、軽く笑顔を作り優しく子供たちに話しかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る