5日目 日常と


「それは、そうだよ。私は『共犯者』?っていう立場らしいから」

 らしい。彼女は曖昧な表現で、立場を示した。

 『共犯者』。それも、ただ『黒幕』の命令に淡々と従う、事情を知らぬ協力者ということだろうか。

 目を合わせると、こくりと彼女は頷いた。

「自白しても大丈夫なんですか?」

「空の言葉を借りるのなら……『ごっこ遊び』みたいなものだから」

 そういえば、氷雨さんは自身のことを『中立』だと、表現していた。

「……へえ。空らしい……ね」

 彼女は、納得したようなに、瞬きを行った。

「伝えられていないんですか?てっきり、みんなで口裏を合わせてこんな言い方をしているのかと思っていましたよ」

「私は……ルッカ様に命令されてこの表現を使った……だけ。口裏合わせているなら、そっちだと……思うよ」

「なるほど、それで氷雨さんは、何か引っかかるような言い方をしていたんですね」

「……ツクヨムは、空にも愛されてるね」

「そんなに意外なことなんですか?」

「うん……とっても。だって、話ができてるから」

「話?膝枕してもらえたとかではなく?」

 こくり。

 彼女は首を縦に振って、肯定を示した。

「だって、興味が無かったら、そもそも出会おうとすら……しないし」

「興味がないという点においては、似た者同士に見えますけどね」

「まぁ……同じ、かもね」


 彼女は背中を伸ばしながら、面倒くさそうに僕に告げた。

 セッカとしては、命令以外のことには興味がない。とでも、言いたい感じなのだろうか。

「そうじゃない。私の理解の範疇を超えているから……その通りに動くことを優先した。ただそれだけ」

「淡泊ですね」

「違う。何か明確な目的を持って命令している主に対して、従者の私が口出しすれば……その決心を歪ませてしまう。ただ……そう判断しただけ」

 従者の鑑のような事をいう彼女の言葉は、普段淡々と話す彼女の声にしては珍しく力がこもっているように感じた。


「それなら……私の方から質問をするね。今日のツクヨムは、まだ空と話していないのに、何で『中立』ってことを知っているの?」

「いや、それは……って、状況を理解してないなら疑問に思いますよね」

「うん」

 セッカは聞かせて、とでも言わんばかりに、ぴこぴこと尻尾を動かして返答を待ち始めた。

 

「……ちょっと待ってください、どう説明すればいいか考えるので」

 これはあくまでも推測でしかないが……『中立』という立場を氷雨さんが語る前に、この会話が行われている……つまり時系列的にはセッカさんとの会話の方が氷雨さんより先で……

「いや、そこまででいい。疑問は……解決されてるから」

「え。こっちはまだ、分かりやすい説明を考えていませんよ?」

「口では出なくても、頭は整理してた」

「口と心でそこまで理解に差があるんですか?」

「うん。声に絵はないけど……考えには絵があるから」

「……?」

「何かを説明するとき。頭の中では、分かりやすく説明するために、簡単な箇条書きか、図表を作ってから、文章を作るでしょ?それを聞いただけ」

 なるほど、分かりやすい。

 ・氷雨さんは『中立』という言葉を使った。

 ・自分は今日。氷雨さんと会話している。

 ・セッカさんは、僕と氷雨さんはまだ会話していない。

 ・よって、この会話は氷雨さんと会話する前に行われている。

 僕は説明をする時にこの情報を考えてから文章を作り出し、言葉を考えていたから、心を読んで、この無意識的に行った要約を確認していたわけか。

「……そうなってるんだね」

 ……考えすぎだったかもしれない。


「ただ……そこまで頭が回るのなら、空が膝枕する理由も……分かるよ」

「一見因果が無いように聞こえますが?」

「……」

 回答は、帰ってこない。

 何を思っているのか。それとも特にないのかは分からないが、何も言うことなく僕の方を、猫は見続けていた。

 路傍で、まるで待ち人でも待ち続けるかのように、運命や未来を観察するかのように見つめる大きな蒼玉の双眸は、何を思っているのか。それとも特にないのかは分からない。

 ただ、何も言うことなく僕の方を、灰色の猫は見続けていた。

 まるで……僕を屋敷まで導いたあの時のように、彼女は……


「……ん」

「っな……」

 突然、セッカさんが背伸びをしたと思うと、僕に向かって手を伸ばし……

「あうっ」

 再現するように額を叩いた。

「……懐かしく感じるね」

「そうですね」

「……私は、基本的にルッカ様命令と、空のお願いを聞くことしかしないけれど。一つだけ、たった一つだけ『自由に選択』していることがあるの」

「……」

 猫の手のように額に乗せた掌が少しづつ開く。

 ……僕は腰を屈め、前に身体を寄せることにした。

「月詠夢。あなたを『案内する』選択を行った私は間違っていなかったと、心の底から思いますよ」

 メイド長は、部下をいたわるように優しく手を左右に揺らした。


「だからこそ、ごめんなさい」


 彼女は手を止めた。

 見上げた視線の先には、一滴だけ、朝露のような液体がまつ毛の先から頬を伝う光景が映っていた。



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