5日目昼 望む。 2
「それは……どういたしまして。で、いいんですかね」
「うんうん、その実感してない様子の顔、その顔でいいんだよ」
彼女は上機嫌に机にいつの間に置いてあるクラッカーを一つ、口の中に放り投げて食べた。
お酒のつまみのような感覚で食べているあたり、彼女の感覚としては、この状況を楽しんでいる程度の認識なのだろう。
「気分が良さそうですね」
「まぁねー。読書が好きで、私としっかり話してくれる友達なんてなかなかいないから」
「……意外ですね、友人扱いされていたなんて」
「美しい活字を読む人間に悪い人はいないから、私の主観として。そういう意味ではこの屋敷の人たちはみんな好きだよ」
彼女は……本当に上機嫌そうに話しているな。
「……お嬢様も、絵本が好きですからねあの『文章は』、素晴らしい構成だと思いますよ」
「でしょう?あの文章、自分でもうまく書けたと思っているんだよねー。今まで報告書とか、資料とかは仕事柄書いていたけど、私に絵本の才能があるなんて思っては……あ」
彼女は、何かに気が付いたようで、笑顔を一瞬停止させた後、満面を苦みへと変化させた。
「……やっぱりあの絵本は氷雨さんが描いたんですね」
「あはは……調子に乗らされちゃったなぁ……それで、いつ気が付いたの?」
「消去法です」
「うわ、すごくシンプル」
「それと……『美しい活字』っていう部分ですかね。慣れていないとはいえ、韻を踏みながら絵本を作るなんて発想は、詩や小説を学問的に読むような魔術師以外考えられませんからね」
僕の説明を、探偵小説の犯人役のような神妙そうな顔で聞いた彼女は、二度頷くいた後僕を褒めるように拍手を四回行った。
「ねえ、一緒に探偵事務所でも開いてみる?多分二人でやったら名コンビだよー」
「生憎、執事探偵には名作があるので、お断りしますよ」
「ありゃー、フられちゃった」
「でも、推理を当てたお礼に、何か面白い事を教えて欲しいですね。推論では導き出せない、犯人しか知らないことってやつ」
「……もしかして、そこまで考えてこの会話をしたの?」
彼女は、素直な疑問を口にした。
僕は、少し考えた後、正しい表現だと思われる言葉を紡ぐことにた。
「いえ、『そうするべき』だと、何となく感じたので」
「……やっぱりキミは『からっぽ』だね」
彼女は、僕の言葉に優しい笑顔を返した。
「そろそろ……無駄話もやめようかな」
そう言うと、彼女は、一瞬視線を横に外した。
たしか、その先にあるものは掛け時計だったはずだ。
「じゃあ、最後に一つだけ」
「一つだけ?」
「うん、『犯人しか知らないこと』ってやつ」
彼女は、人差し指を口につけ、このことは内緒だと言いたげなジェスチャーをした後に告げた。
私は基本『中立』の立場をとっているから、多くの事は言えないけれど。
そういった枕詞を残して。
「キミが『意図的』にか、『直感的』に言ったのかはわからないけれど……フィルちゃんに渡した本の『文章』を書いたのは私なだけで、『物語』を作り出したのは……」
その先の言葉は聞こえない。
いや、覚えられなかったというのが正しいだろうか。
彼女の言った『物語の核心』は、僕の衝撃を受ける反応と……『音』によって、かき消されたのだから。
はは、こんなところまで、探偵モノのようにしなくてもいいのだが。
「それは……
バキ──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます